青年期:魔界編
第188話家族の行方
「痛ッ! なんか踏んだかァ?」
無限に続くと思えるほどに果てし無く広い荒野にて、夜の闇に紛れながら逃げるようにして歩く一行の姿がそこにはあった。
事実彼等はとある人物から逃げているのだが、それを知るのは逃げている面々だけである。
先頭を歩いていたアーテが何かを踏んだ痛みに立ち止まると、少し後ろにいたエルピスが回復魔法をかけてその傷を癒す。
「気をつけてよアーテ。病気や怪我は治せるけど痛いよ」
「私も回復魔法は得意って分けじゃないし、怪我はしないに越した事ないわね」
回復魔法はこの世界において他の魔法とは別に、医学的知識を要求される少し難しい分類の魔法である。
その理由は人体に直接作用する上で副作用が発現する唯一の魔法だからであり、取扱方法を間違えれば毒にもなるこの魔法は取得難易度の高いものになっている。
魔神であるエルピスにしてみれば関係のない話なのだが、やはり無条件での回復が行えるほどにはこの世界も甘くできていないのだ。
怪我の心配をしているアウローラ達とは違い、もう少し別の事で心配していたのは少し後ろを歩くエラ。
「本当にニルを置いてきてよかったのかしら……」
「私達はどうでもいいかも知れないけれどエルピスが居たら不味かったのよ、仕方ないわ」
「いつも面倒事ばかりあちらこちらから引っ張ってきてすいません」
基本的に問題ごとを持ち込んでくるのはいつだってエルピスだ。
これで幸福な人生を確約されているというのだから笑いもの、結局のところ自分の行いが間接的にでも関係している事柄からは逃れられないようである。
「まぁでもニルなら大丈夫でしょ」
「私もそう思うけれど仙桜種の底力は侮れないわよ?」
「私戦ってるところ見た事ないからなぁ」
仙桜種の限界点があそこであったとして、最後に自分と戦った時のものが限界点であったとして、だとすればニルが負ける要素などあるはずもないだろうとエルピスは考えていた。
だがあれ以上があったとすれば、ニルが無事かどうかは正直どうか分からないのが本音だ。
いま自分にできることは残してきた人物たちを信頼することだけ、それにエルピスはニルの次に自分の師匠であるレネスのことも信頼していた。
「とりあえずいまはニルを信じるとして、ひとまず俺達が向かうべきなのは──」
「街でしょうね。資源も無限というわけではありませんし、補給や情報収集もかねて街には寄っておきたいです」
いまの面子の中で食事を必要とするのはアーテとアウローラのみ、ともすれば事前に用意しておいた食料でも当面の間ならば問題なく解決できそうなものだ。
だが食料問題は解決できるとして消耗品の類は必要になってくるし、それでなくとも情報収集の為には人が集まっている場所にいくしかない。
そうなってくるとやはり人の多く集まる街に行くのが選択肢の中に出てきてしまうのは仕方のないことだろう。
しかし目の前に広がっている広大な荒野にはどこにも街など見つけることもできず、アーテがそれに対して困惑した表情を浮かべる。
「そうは言ってもエルピス様よォ、こんなただッぴれェ場所からどうやッて街を探すんだ?」
「そりゃもう神様パワーで探すんだよ。ちょっと離れててね」
広大な土地の探索を行うのであれば、上から広範囲を眺めるかもしくは魔力探知を行うのが一般的である。
龍神の翼を用いて上空へ移動したり、魔法を使用して空高くまで上昇する方法もあるものの、そういった方法でも見れる範囲はやはり物理的に限られてきてしまう。
たとえば地下に街を作っていた場合その方法ではわからないし、何かそれに類する方法で隠されていた場合発見が遅れてしまう可能性もある。
そういった理由からエルピスは魔法による探知を選び、大地に手を当てながら目を閉じて集中する。
大地から魔力を吸い取る事が可能な魔神の権能を上手く扱えば、逆にその魔力を自分のものであるように扱うことも難しいことではない。
技能である〈魔力探知〉を応用しての探知で周辺地域の環境を把握しながら、エルピスは街がある場所までひたすら索敵の範囲を広げていく。
「セラ、あれって魔法探知よね?」
「そうよ。〈神域〉での探知は位置がバレるけれど、これならどこから探知を始めたか神でも分からないはずよ」
「なんだか難しい事してますよねー」
疑問を投げかけたアウローラに対して答えるセラ、場の空気に適応しようととりあえず頭を縦に振っているのはリリィだ。
もしかすれば森の中であればリリィもどうにかできるのかもしれない、だが魔界の大地で無作為に探知するのがどれくらい難しいことか。
一瞬軽く頭を振るうと頭痛を抑えるようにして頭に手を当てたエルピスは、大地から手を離して立ち上がった。
「おっけー、大体の場所は分かったからもういけるよ。夜だけどこれくらいの距離ならまだ師匠が追いかけてくる可能性もあるし、ちょっと早足で行こうか」
説明をするために地面に地図を書きながら、エルピスは走り始めるために準備運動を行う。
その地図を見てみれば街までの距離はあまりにも遠い、人類生存圏内では考えられないほどの距離の開き、人の世界の狭さを嫌でも理解できる程のものだ。
「果てしなく遠いですね、全力で三時間くらいですか」
「私大丈夫かしら、最近走ってなかったから」
「魔力を足に向ければ大丈夫でしょ。なんなら俺がおぶって行けるし」
「恥ずかしいからパスよ」
アウローラをエルピスがおぶって走るのがおそらく移動速度としては最も早いのだが、本人に断られては仕方がない。
音を置き去りにしてしまうのではないかという速度で走り出した一行は、ひたすら前へと向かって地面を跳ねるように飛んでいく。
身体が持たないほどの圧倒的な速度、それを持ち前の身体能力と魔法による強化で無理やり解決しながら走っていると、ふと並走している種族がいる事に気がつく。
「エルピス様、左からなにやら気配が」
「本当だ、見たことない種族だな。どこの誰だろ?」
「あの特徴は……
隣を走る彼等の表情は清々しいところもある、人間の下半身のままそれを馬にしたような見た目の生物にエルピスは訝しげな目を向ける。
「めちゃくちゃ並走してきてるけど」
隣を見てみればニヒルな笑みを浮かべて爆走している
「速さ比べか縄張りに入られて警戒しているか。どちらなのかしら」
「確かあいつらって速さ勝負を挑むんじャなかッたかァ?」
魔界において最速とも名高い彼等だが、その速度は物理限界に最も逼迫している種族だと言っても過言ではない。
速さ勝負のために進化をした結果であるのならば確かに理想的な進化の形なのだろうが、わざわざと少し先を走っては変顔を見せてくるあたり性格は良い方向に進化しなかったようだ。
「なら喧嘩を売られてるってわけか。よし、ちょっとペース上げるよ」
「了解です」
売られた喧嘩は買うのがアルヘオ家の家訓、さらに速度を早め林の中に突入しながらも早くなっていくエルピス達にさすがの
一番後ろを走るのは万が一の事を考えて後ろにいるエルピス、そして一番前を走るのは意外な事にリリィである。
「フィトゥス! 遅いんじゃない!?」
「さすが森霊種なだけあってリリィサン森の中だと脚はえェ!」
森霊種は森の中にいるだけでその身体能力を著しく強化する事ができる。
精霊との親和性が高いリリィであればそれは尚更顕著であり、まるで木々の間をすり抜けるようにして走るリリィと比べてしまえば、他の面子はやはりどこかよちよちとしたものだった。
後ろから何か問題が発生しないかと眺めていたエルピスだったが、ふと木をすり抜けて滑るように走るセラの姿を見つける。
「セラそれどうやってるの?」
「身体の魔素化を上手く使うのよ。物体をすり抜けるくらいならわけないわ」
「エルピスは出来ないの?」
「魔神でも出来ない事はあるんだよ。いやまぁ正確には出来るけど途中で気が抜けて木と合体するのが怖い」
身体の魔素化を行なったとして、それで木の間をすり抜けている最中にいきなり魔素化が解けてしまった場合、身体がそれと融合する可能性がある。
脳以外の主要な部位であれば正直無くなってもいまのエルピスからしてみれば些細な事だが、脳と木が一体化して抜けられなくなったら笑うことすらできない。
「法国の実験でそんなのあッたなァ。転移魔法の発表会で建物に腕を持ッてかれてた奴が居たぜ」
「そんなつまらないことで腕無くしてたらやってられませんね」
魔素化を用いたすり抜けを研究していたのは意外だが、その技術を人類が正式に使用可能になるのはまだまだ先のことだろう。
要求される魔法技術に人間の技術力が追いつくか、新たな魔法形態を製造して通過できるようになるか。
魔神であるエルピスが知り得る最効率の方法が使われるようになるのは、早くても数千年はさきであろう。
「どうやら半馬人も諦めたみたいね」
エラのそんな言葉に辺りを少し探ってみれば、確かに
ようやく諦めてくれたかと少し速度を遅らせたエルピスだったが、そんなエルピスの前で騒いでいるのは滝のように汗をかいているアウローラだ。
「そりゃあこんな速度で走ってたら諦めるでしょ! 何キロ出てるのよ!!」
「アウローラ息上がってるよー」
「かなり速度も落としたし、いまは200〜400キロくらいじゃないかしら」
「人の出せる限界超えてんのよ!」
出て来ている汗の量が尋常ではないのは、この速度を人が無理やり出した弊害でしかない。
回復魔法と冷却魔法、さらに身体強化魔法の同時使用によってのみ繰り出されるこの速度はひとえにアウローラの魔法技術の賜物である。
一応魔法の三重使用という高度な方法を避けるため回復魔法を使わずに身体強化と冷却のみを使用して走る方法と、回復魔法と身体強化を用いて肉体を溶かしながらそれを治して走る方法もあるのだがそれはあまり推奨されるものではない。
よくて短距離を少し速く走れるだけ、結局人間の限界を突破しようとするのであればそれなりの強さは必要になってくる。
「アウローラだけだからねぇ人。えらいならお姫様抱っこしてあげよっか──ぐふっ!?」
冗談二割本気八割で提案したエルピスに対して、アウローラは見事な飛び蹴りをかます。
綺麗にエルピスの腹を蹴破ったその蹴りの威力を受けて、エルピスははるか後方へと吹き飛ばされていった。
「アウローラこの速度で飛び蹴りは不味いよ!?」
「馬鹿にしたバツよ!」
「もう姿見えなくなりましたね」
「生きてますかエルピス様ー!」
遥か後方へと転がっていったエルピスの姿を見て、女性陣は微笑みを男性陣は苦笑いを浮かべる。
あれで怪我をするほど弱くはない、それを知っているからこそ残念ながら本当に心配しているものはいないが。
「死にかけたけど生きてるよ!」
「女性に無駄な口出しはしないが吉ですね〜」
「本当だよ」
照れ隠しに膝蹴りを喰らってはどうしようも無い。
女難の中ではアルへオ家の中でもエルピスに近いくらいの存在であるフィトゥスからの言葉であれば、エルピスも全面的に降伏するしかないだろう。
それから十数分後、ゆっくりと足が遅くなっていったアウローラはついにはその足を完全に止めてしまう。
意思の力で無理やり動かしていたらしい体は既に動くことをやめてしまったようで、両膝に手をつきながらぜえぜえと息を吐き出すのはそれだけ限界であるという証だろう。
「──はぁっ、はぁっ、ごめんエルピスおぶって」
「お疲れ様。まぁ任せなよ」
走り切ったアウローラをいたわりながら、エルピスはその体を軽々と持ち上げると背中におぶる。
それから
「えっと……何この紐」
「お姫様抱っこしながら運べたら良かったんだけどね、早く走るとアウローラ飛んでっちゃうから」
エルピスは他人を背中に乗せるのに必要な技能を有していないので、移動時の風圧から何からすべてアウローラに直接降りかかる。
温度や風くらいならば何とでもできるものだが、それら以外の被害については何とかならないのが現状だ。
耐えきれる限界点で走るつもりだが、少しでも負担を減らすためにこれくらいの事はしておいた方がいいだろうという判断である。
「飛んでくってそんなギャグ漫画みたいな」
「冗談抜きで飛ぶわよアウローラ、舌を噛まないように口を閉じていた方がいいわ」
「よしっ、じゃあ行きますか」
先程までの速度が歩いているのと同じくらいだとすれば、今の速度はそれこそ戦闘機にでも乗っているほどの差がある。
アウローラの知覚速度ではどう頑張っても認識できない速度、アウローラ以外の面々がその速度に何とか食らいついていけているのはひとえに神の称号を開放したエルピスが近くにいることによって発生する身体能力強化がゆえだ。
「────」
「ごめんアウローラ! 喋るならもうちょっとおっきい声で!」
「速すぎんのよ!!」
口を開けばもはや何か口の中で爆発したのではと思えるほどに大量の空気が入り込み、呼吸をするどころか肺を安全に保つこと自体が困難であると思えるほどの状況で喋れるのだからアウローラも対外に人をやめている。
大地の上を飛んでいく流星のような速度で進んでいく中であっても、アウローラ以外の面々は余裕がないわけではなさそうであった。
「この速度でも喋れるの凄いですね」
「さすがにエルピス様について来ただけの事はあるなァアウローラ様」
「個人的にはアーテがまだまだ余裕そうな方が驚きだよ」
神の称号は神と共にいる期間が長ければ長い程に強くなることがわかっている、だとするとこの中で一番後から入ってきたアーテは強化もまだまだ上昇の余地があることだろう。
よく考えてみれば身体能力の基礎値自体は森霊種や悪魔と比べても半人半龍であるアーテが最も高い、この速度についてこれているのもその基礎値あっての物だ。
数分ほど走ってどうやらただ走っていることに飽きてきたらしいエルピスは、背中の上でこの速度にも慣れてきたのかあちらこちらを眺めているアウローラに話しかけてみる。
「もう慣れて来た?」
「喋れるくらいにはね。急カーブとかされなければ問題ないわ」
そういわれるとしてみたくもなるが、この速度でそれをしてしまうと内臓が大変なことになってしまうのでさすがにはばかられる。
当初の予定よりも大幅に短縮しているので想定よりも早く着くだろうが、それでもただ走っているだけというのはなかなかに暇なものである。
「このペースだとあと十分くらいで着くかしら?」
「フィトゥス、貴方ペースが落ちて来たんじゃない?」
「言ってろ俺の方が早いからな!」
「二人ともあんまり早く行くと怪我するよー!」
更に早く前へ前へと走っていく二人の背中を見ながらも、エルピス達も一定の速さでそのあとを追いかけていく。
予定よりもはるかに速い移動ではあったが早いに越したこともないだろう。
夜のうちにたどり着いた魔物の国は、思っていたよりもよほど村としての定性を保って作られていた。
人類がかつて魔界へと進出しようとしていた時の建築方法をそのまま流用して家を作っているとの話は出発前に事前情報として聞いていたが、実際に見てみればしっかりと街に見える。
建築資材がそれだけしかないのかそれともその素材以外の建築方法が広まっていないのか全てが石で作られた建築方法を物珍しく眺めながらも、エルピスは見て最初に思ったことをそのまま口にした。
「高い城壁が無いのは自信の現れかな? あれなら密入国し放題だと思うんだけど」
「魔界は国という体系を取っていませんからね。あくまであれは寄せ集まりの家でしかありません」
たまたま家を建てたところに後から他の人が集まり始め、気が付けばそれなりに大きい村としての体裁を保ち始めたという事なのだろう。
遠目から見てみれば確かに国旗などの政治に関わってきそうなものは見受けられないし、街中を歩いている種族も多岐にわたっていた。
人類でいうところの街とはまた違ったルールで回っているその場所だが、どうやら自警団のようなもの自体は存在しているようで一応門のような場所には兵士らしき男の姿も見える。
「なるほど。問題は身分の証明だけど……どうしようっか」
「今の魔界のルールについては私はからっきしですフェルは何か知っているかと」
「万が一の為とはいえ置いて来なかった方が良かったかな」
権能の半分ほどを渡したうえでニルの元に送り出したフェルの存在が気になるところではあるが、あれはレネスの不確定さに対してエルピスが用意した対抗策であり必要なものでもあった。
必要が必要であるがゆえに送り出した手前、呼び戻すなど論外なのだがそれでもないものねだりをしてしまう。
フェル自身はどう思っているか知らないが、魔界においてエルピスが最も頼りとしていたのはフェルの存在である。
原住民との円滑なコミュニケーションは旅においては必須、そうなるとエルピスが召喚するまでの間この地において生活していたフェルの知識は何にも代えがたいものなのだ。
「最悪抵抗してきたのを全員なぎ倒せば問題ないでしょう? そちらの方がわかりやすくて好きよ」
「そんな終末的な考えありなの!?」
「でもここ魔界だしね、それでも良さそう」
「しかも賛同的!?」
ごたごたと無駄話をするくらいならば、力で解決できるこの土地はエルピスからしてみるとよほどやりやすい。
もし言葉が達者な物であれば人の国の方が多少はよいのかもしれない、だが力しか持たないエルピスとしてはやはり楽なのはこちら側だ。
「なら私とエルが先に行きましょうか」
「それじゃあそういうことで」
街へと向かってゆっくり歩き始めた二人は、警戒されないように自然な足取りでおそらくは出入口らしきところへと足を運ぶ。
門というにはあまりにも簡素な作りで
製造された城門の前に立つのは、装備すら身にまとっていない悪魔の姿である。
彼らの特性を考えるのであれば確かに門兵の役割は適任ともいえる、明らかによそ者の風貌であるエルピスを前にして警戒心を強める辺りそれなりに仕事をこなす意識はあるらしい。
「貴様ら何者だ!」
「帝国からの旅人です、人を探していまして」
「人の国からか。それを証明出来るものは?」
「なんかあったっけ」
「何もないですね、馬車も置いてきてしまったし」
(仙桜種の村に馬車を置いて来たのは痛かったな……)
当初の予定とはだいぶ違った行動になっているから仕方がないとはいえ、それにしても随分としちめんどうな事になったものである。
手持ちを探してみればあるのは最高位冒険者の証くらいのもの、これだって複製しようとすればできないものでも無い。
「……まぁそう言うわけなんでどうにかなりませんかね?」
「どうにかと言われてもな…そもそも何をしにきたのだ?」
疑問は当然である。
ため息をつきながらなんとも言えない顔をする門兵に対して、エルピスはそれはそうだと納得しながら言葉を返す。
「父と母を探しに。この街にも訪れたことがあると聞いているのですが」
「父と母を? 見たところ
まぁ魔界語も喋れるくらいだから多少は魔界にゆかりがあるのだろうが」
「それはまぁ頑張って覚えたので」
確かに普通の人間であれば龍人がそばにいたとしても辛い環境ではある、だが父の実力を考えればその心配は不要であろう。
「それで父と母の名前は? 確認が取れれば入れてやらんこともない」
「イロアス・アルヘオとクリム・アルヘオです。人と龍人の夫婦にもしかしたら小さな娘もいたと思うんですけど」
妹がこの街にいるかどうかの話は聞いていないが、両親には二ヶ月は前に魔界に行く事を既に伝えておいたので、もしかすれば伝えておいてくれたかもしれないという甘い考えもあった。
それにもしこれで入ることができなかったのであれば、転移魔法を使用してバレないように中に入ることも視野に入れるべきだろう。
「イロアスとクリム……ああこれか、二ヶ月前にもし来たら通すように言われている。いいだろう、問題行動を起こすなよ」
「ありがとうございます。アウローラ! 出てきていいよー」
さすが両親、言葉足らずの息子の意思をよく汲み取ってくれている。
どうやら中に入れるらしいと判断したエルピスは、後ろで待機していたアウローラ達を呼び出した。
のそりとのそりと歩いてくる姿はなんだか不審者のようであるが、エルピスが離れた事で強化が緩み疲労感がそのままやって来たのだろう、歩くのすらままならないようである。
「──おいおい、頼むからちゃんと全員姿表してから来てくれ書類足りないだろ。ったく、持ってくるからここで待ってろよ?」
「はははっ、すいません」
入国管理に書類を要求するように指示しているのは一体誰のものだろうか。
少し気になるがそれは中に入ってから調べればいい、そう判断しつつ渡された書類に必要な情報を記載すると案外簡単にエルピス達は中へと入ることができた。
「これで無事中に入れたわけだけど……どうする?」
村に入ってすぐそんな事を口にしたのはエルピス、計画性には自信があったのだがここまで乱れては修正の目処も立つことはない。
必要な仕事が多くあるために優先順位の取捨選択が難しいところではあるが、少し頭を回せばそれくらいの問題は解決できる。
「とりあえずはエルピスのご両親の捜索が急務でしょうね」
「そう言うことなら私は情報調達に──」
「一人だと危ないし俺も行くよエラ。セラはアウローラをお願い、フィトゥスはリリィと一緒に行動してね。アーテは宿を頼んだよ」
セラとは事前にある程度の情報交換を行なっているので、おそらくやっておかなければいけない仕事のうちの一つは言わずともやってくれるだろう。
だとするとエルピスがしなければいけないことは、セラが口に出した通り両親の捜索だ。
「了解です。ほら行くぞリリィ」
「ちょ、エルピス様なんでこいつと2人っきりなんですか!」
「人数の関係上仕方がありません。フィトゥス強いしね、リリィが弱いって言ってるわけじゃないけどさ」
エルピスの目的の中でも残念ながらかなり低い場所に位置している目標ではあるが、フィトゥスとリリィが仲良くなる要因になればよい。
それに最悪のことを考ればフィトゥスがリリィの側に居るのは何かと都合がいい、逃げるまでの瞬きの間の時間さえ稼げればそれだけでも十分だ。
「たしかに……それはそうですが」
「じゃあそう言うことで頼んだよ。解散」
これでこちら側の問題は無事解決、それ以外の問題はニルが無事に帰って来てからでいいだろう。
それぞれの成すべきことを成すために街の中を歩く彼等、特筆するべきはこの場合やはりフィトゥスとリリィその両名であろう。
「エルピス様にはああ言われたけど分かってるわよねフィトゥス、なんかしたら殺すわよ」
「勘弁してくれよ、俺お前に何もしたことないだろ」
「うっさいばか!」
街中を歩いても違和感のない程には共に過ごしている二人、だというのに亀の歩みよりも遅く進むその関係は長寿が故なのかはたまた種族的な問題か。
(エルピス様勘弁してくださいよ…急にこいつと2人っきりになっても何すればいいか)
男の方に少しだけやる気が出て来たのがまだ幸い、ただお互いの雰囲気を共有できない以上はまだまだ道のりは遠そうだが。
「とりあえず宿を取りに行くわよ。貴方魔界語は?」
「話せるよ。そもそも俺もこっちの出だしね、100年以上前に出てきたから街の位置とかは知らないけど」
言語はそうすぐには変わらない。
多分、という言葉を暗に含ませながらもそう言い切ったフィトゥスに対してリリィは少し笑みを浮かべると口を開く。
「そう。私と同じね」
「ん? リリィも魔界出身なのか?」
「いえ、そう言うわけではないけれど、私も100年以上森には帰っていないから」
「帰ってないってよりは帰りたくない。だよな、少なくとも俺はそうだったから帰省の時も帰ってないし」
家に問題点があったからこそ、彼等はこうしてアルヘオ家にやってきたのだ。
命令だから帰省するとして、はたして実家に帰られるものがどれだけ居ることか。
「……帰省って行っても王国に近づくなって意味合いの方が近かったものね。本家にいる人間でまともに帰ったのなんてヘリア先輩くらいじゃない?」
「あの人も謎な人だよね。森と一体化してるって言われても納得がいくくらい森に詳しいし」
「私が森に興味が無さすぎるだけなのかもしれないわよ?」
「そうか? 森にいるときは気分良さそうに見えるけどな。酒場は──ここでいいかな」
岩でできた頑丈な砦、見た目だけでいうなら人の国でも戦術都市と呼ばれる類の、戦争に用いられる都市にしか見られない建築方で作られている。
「ここ本当に酒場? 城の間違いじゃないの?」
「魔界の値段が高いとこは大体こんな感じだぞ、攻撃されても大丈夫なように設計されてるから」
外からの攻撃はもちろんのことであるが、中からの攻撃というのもなかなかに問題である。
亜人同士の戦闘は人類生存圏内でも度々起こることはあるが、戦闘に特化した魔界の亜人種達が行う戦闘というのはなんともまた周囲に被害を及ぼすものなのだ。
「伊達に年がら年中戦ってるわけじゃないってことね」
「まぁそういう事」
「私は話せないから頼りにしてるわよ?」
「任せな」
酒場に入っていった二人組は、これからするべきことをするだろう。
主人の為に互いの為に、それを行うことこそが彼等の役割であると知っているから。
そうして献身する対象であるエルピスは、街を歩きながらぽつりと言葉を落とす。
「いまごろフィトゥスとリリィいい雰囲気になってる頃かなぁ」
「やっぱり何か悪巧みしてたの?」
「まぁね。フェルがこっちに居ないのはちょっと痛いけどまぁ何とかなるでしょ」
思い返してみればそういった点においてもフェルが居ないのは辛いところだ。
できれば灰猫にも話を聞いてみたかったところだが、いま灰猫はルミナに連れられて世界のどこかを巡っているところ、さすがにこんな用事で呼び戻すというのも忍びない。
「あのお二人もお似合いなんだから早くくっ付いたら良いと思うんだけれど、エルも同じこと思ってたのね」
「お互い意識してるけど近すぎて感覚が分かんなくなっちゃってるんでしょ」
距離感が近すぎるというのは、場合によってはこういった事態も招いてしまう。
それを解決してくれるのは外部からの衝撃、時間は事態を悪化させる要因でしかない。
そんな雑談を交わしながら冒険者組合へとやってきたエルピス達はいつも通りその門を叩く。
「さてと、ここが魔界の冒険者組合か」
石造の冒険者組合内部は人間の国とそう変わらない形態を保っており、中を探ってみてもいつもと違った様子は見られない。
人類が管理していない冒険者組合、それがここであり魔物達の長が冒険者組合という機構を真似して作ったそれに近い場所だ。
「人の世界のものとそう変わらないわね」
「分かりやすさって大切だよ」
いつもあるところにいつもあるものが、場所が違ってもその全てが同じというのは見知った場所に来たのではないかという錯覚すら覚える。
共通字である魔界語を読みながら依頼内容を確認してみれば、突如居なくなった貴族の子供の捜索依頼や誰も倒せなかったのか古びた魔物の討伐依頼書など。
内容こそめんどうなものが多いがもはや慣れ親しんだものばかり。
「さてと近況報告のところは……なになに──これって!」
もはや誰も使うことはなく黒く薄汚れた木のボード、そこに取り付けられた新しい紙に書かれていた内容を上からじっくりと眺めていたエラは、その内容に呼吸を止めてしまうほどの驚きを与えられる。
イロアス、クリム両名作戦行動中に死亡。
そのたった一文を見て。
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