第168話四人の従者:中編
そうして応接室へとやってきたエルピス達。
扉を隔てる前から感じられるほどの人の気配は数が多く、扉を開けてみれば視線がこちらへと一気に集中する。
なんだか慣れない空気にニルはエルピスの影に隠れると、その背中を押しながら入室した。
「お疲れ様ですエルピス様。どうぞこちらへ」
「我々は自己紹介いりませんね。とりあえず代表としてヘリア先輩選出の四名から自己紹介を軽く」
予め用意されていたであろう席にエルピスが座らされると、一人の老人が前に出てくる。
部屋の隅に移動したニルからはその背中しか見えないが、聞いた話があっているのならばトゥームだろう。
茶髪に綺麗な茶色の目、顎髭は口全体を覆うようにして生えており、シワこそ目立つがまだまだ目には生きる気力が見受けられた。
大柄な彼に茶色のローブは非常によく似合い、ぱっと見どのような戦闘スタイルなのか判断はつきにくいが、それも彼なりの誤魔化し方だ。
その人物はエルピスの前で膝をつくと、古い方法ではあるが忠誠を誓う為の祈りを捧げる。
「墓暴きのトゥームと申します、貴方様に忠誠を。
アルヘオ家では珍しい人ですが、十分に活躍はできるかと。
道具の生産や使用などはお任せください」
次に前に出たのは
お互い顔はかなり似ている方で、事前に話を聞いているので姉妹だと言うことはすぐに分かる。
東の国の衣装なのか姉は巫女服によく似た非常に動きにくそうな格好をしており、エルピスはその姿を見てイリアよりもよほど巫女らしい人物が来たなと感嘆した。
妹の方は東の国の衣装ではないようだが、こちらもエルピスの前に出るように正装に着替えたのか非常に動きにくそうで顔もどこかもどかしそうだった。
「トコヤミです。14です。お姉ちゃんより強いです。よろしくです」
「アケナと申します、既にヘリアさんの方から話は聞いているかもしれませんが妹は遊撃を、私は軍事をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
二人の姉妹を終えれば最後に残っているのは問題児、アーテだ。
金色の髪に翠の目をしており、口からチラリと見える犬歯はクリムのそれと似たような形をしている。
服装としては珍しく室内で敵もいないのにしっかりとした装備を着用しており、装備に付けられた龍の鱗らしきものは彼の個性を演出している。
「最後に俺様だな。俺様は破滅のアーテ、好きなものは強い奴、嫌いな物は芯が通ってない奴だ。よろしく頼む」
これで代表格の一通りの自己紹介と忠誠の儀を終え、エルピスはとりあえずそれっぽく頷き言葉を返す。
考えているのはこの四人とどう仲良くなるかで、この世界に来てからもほとんどは成り行きで人の信頼を得て来たエルピスからしてみれば初めての試みでもあった。
「癖が強いねぇ」
「初対面の癖の強さで言えばニルがダントツで一位だよ」
いつのまにか近くにやって来て小声でそんなことを言うニルに対して、エルピスは心からの返答をする。
百回層の迷宮の最深部、そんなところでちょこんと座っていた狼は今となってはこんな可愛らしい姿に変わっていた。
ニルから聞いたところによるとあの姿は、この世界線で安定を取るためになっていただけの姿らしく、よほど必要な時でない限りは使うつもりもないとのことである。
あのふわふわを触れない事はエルピスからしてみればかなりショックではあるが、そうは言ってもニルの人としての可愛らしさもエルピスにとっては捨てがたかった。
「さて、みんな自己紹介ありがとう。まずは遠路はるばる俺のわがままの為に集まってもらってすまない、助かった。
特にトゥーム、帝国へ出戻りになるというのに本家での会合にまで来てもらって感謝している」
「私程度であれば如何様にでもお使いください。
イロアス様への恩義も御座いますればこの程度の事、些細な事で御座います」
片膝をつきそう言ったトゥームに対して、エルピスはただただ申し訳なさを感じていた。
何故ならこの部隊はエルピスの手足となりエルピスの援護をするために作られた部隊で、そのエルピスは一週間後に帝国領へ行く必要があるので出戻りになってしまうからだ。
王国から帝国までは途方もない距離があり、その距離を移動するのは相当な心労もかかる。
「父への恩義があろうとも俺の為に来てくれたのは事実、感謝しているよ。
さて他でも無い皆に集まってもらったのは、今後確実に起きる大戦に向けて自由に動かせる部隊が必要になったからだ」
戦場はいずれ固定化され、資材の投入と人員の投入によってそこは戦地へと変化していく。
だがそれまでの間とそれからの戦場の支配権を手に入れるには、圧倒的な力で局所的に物事を解決できる部隊がエルピスがグロリアスと話し合った結果必要であった。
人数含めて全ては過去にエルピスが読んだものを参考にしているだけだが、それは作戦の部分だけでこの部隊を動かせるかどうかは全てエルピスにかかっている。
エルピスの呼びかけに対して一番最初に言葉を返したのはアーテだ。
「話は聞いてるし納得もしてる。それが必要である事は計画書を見れば明白だし、今のアルヘオ家の状況を見れば妥当な判断だとおもうぜ。
エルピス様がこれを一人でやろうとしてた方が異常だ」
「アーテ、その通りだよ、今考えたら無謀もいいとこだ。
月並みだが俺一人では何もできない、君達が居るから俺は動けると言っても良い」
戦場ならば一人で制圧する事も可能だろうが、一番大切な事は安定させた後の処理である。
エルピス一人で民の不安を晴らせるだろうか、エルピス一人で数千数万にも及ぶであろう民の飢えを晴らせるだろうか。
答えは無理だ、そして戦闘でもそれは同じことが言える。
国民全員を守る事は可能か、これにはエルピスは同意を持って返せるが、ならばそれを一年続けてミスがないと言い切れるだろうか。
いわばエルピスに取って彼等は保険だ、エルピスが何かを失敗してもそのミスを補ってくれる保険。
だがその保険を機能させるには何よりも彼等からの信頼が必要だ。
「エルピス様難しいこと考えてるですか? 眉間に皺が寄っているです」
「トコヤミ、ですをつければ良いものじゃ無いって何度言えばいいの」
「エルピス様なりにみんなの信頼を買おうと尽力しているんですよ、静かに聞いてあげてください」
いつのまにか眉間によってしまっていたシワを手で揉み解し、リリィに声をかけられた事でエルピスは思考をまとめる。
これだけ熟考する時間があれば言葉を選ぶのはそう難しくない。
「ヘリアじゃなくてリリィにそれを突っ込まれるとは思っても見なかったけど……まぁそうだよ。
正直今この状況で俺はみんなに気に入ってもらおうと色々考えてる」
考えた末の結果は正直に全てを話す事だ。
この行動にはかなりのリスクが付き纏う、まずこれをする事によって頼れる上官やそう言った類の存在になれる事は殆どなくなった。
しかも頼りになるかと言われればそれも無理、だがこの場にいる全員がエルピスの言葉は誠実なものだと思ってもらうにはこれが一番効果的である。
「ぶっこみますね、もうちょっと順序踏んでも良かったんじゃ?」
「仕方がないよ。それにこれは父さんの受け売りだけど、隠し事をしている人に人はついていこうとしない。
なら綺麗に見せようと取り繕うのをやめたのなら後は本心で話すしか無いよ」
本心で話して無理なら何を取り繕ったところで最終的な結果は同じ。
ならはと覚悟を決めてエルピスはそのまま突き進むことを決める。
「カッカッカ、俺様そういうの好きだぜエルピス様。思い切りが良いのは良いことだ」
「ありがとうアーテ、君良い奴だな。
とりあえず今から一週間王国に行くまでの間、俺は個人的に君達全員に接触を取り信頼を勝ち取っていくつもりだ」
「何故です? 私達はエルピス様の指示に従うです、それで問題はないですね?」
「トコヤミ、俺はそれは問題があると思ってる。
主従関係は大切だと理解しているが、もちろん君達が忠誠を誓ってくれているのは両親だ。
その両親からの言葉で俺に従ってくれるのも嬉しいが、俺はみんなに俺が上であることを納得して作戦に従事してほしいと思っている」
両親の言いつけがあるからエルピスの指示を聞いている、ではもしもの時に判断を下しても行ってくれない可能性すらある。
そんな事は万に一つもないと思うがそんな危険性は排除するべきだし、何よりエルピスを信頼してついて来てくれていない人物を相手にするのはエルピスだって立ち回りづらい。
戦場で気まずい空気を背負いながら戦うくらいならば、いっそ一人だけの方がマシに思える事もあるだろう。
「不快に感じたのなら言ってくれ、父と母への手前断れないだけだと判断したのならこちら側から切る。
俺は戦術なんて分からないし、いままでも大人数のチームに所属した事もない。
何かにつけて君達を頼るが、この一週間で君達に認めてもらえるように努めるつもりだ」
誠意は見せた、やる気も十分ある。
これから先を判断するのはエルピスではなく彼等だ。
エルピスの演説がひとしきり終わるとフィトゥスが当初の予定通りに動き始める。
「では一旦全員事前に渡した情報通りに班分けを開始、班が出来上がったら先に交流を済ましておくように。
エルピス様が接触するもの以外はヘリア先輩から出された特別訓練メニューを定時までこなすよう」
「「了解」」
部屋の外へとぞろぞろと人が出ていけば、先程まではあんなにも窮屈に感じられた応接室が随分と広く感じられる。
残ったのはフィトゥスだけでもし一週間後こうなっていたらと身震いするエルピスをよそに、フィトゥスは気軽に声をかけた。
「一先ずこんなもんでいいでしょうか。大変ですね人の前に立つのって」
「フィトゥスが居てくれて助かったよ、居なかったら今頃どうなってたか」
「それは良かったです。でも中々良い演説でしたよ? 心温まるというよりは微笑ましくなりましたが」
「馬鹿にされてないと思うことにするよ」
「まさか、そんな訳ありませんよ」
フィトゥスがエルピスを馬鹿にするなどあるはずもなく、エルピスもまたそれを分かっているが、そんな事を口にしていないと不安感はいつまでも胸に溜まったままだ。
「まぁこんなこと話している訳ですけれど、これって私が一番最初の話し相手ということで良いんでしょうか?」
「うん、それで良いよ。でも今さらフィトゥスに言うことなんて何もなぁ」
「秘密も知ってますもんね」
「あれその内ヘリアとリリィにも教えるからね、別にフィトゥスだけじゃ無いから」
「──今世紀最大のショックですよ、千年分の驚きですね」
神であることを知られてももはや問題はない。
懸念されていた神との衝突はむしろエルピスがこれから先率先的に行うべき事で、他者に知られる事ももはや問題ではなくなっている。
ならば何故リリィやヘリアに言わないのかと聞かれれば、それはやはりいつも通りタイミングが悪いからなのだがフィトゥスからしてみれば驚きだ。
「まぁじゃあ一つだけ質問、どうやったらもうちょっと砕けた口調で喋ってくれる?」
「どうやったらって…命じて頂ければ?」
「そう言う関係じゃ無い関係を作りたいから話してるのに、それじゃ意味ないでしょ。もっとリリィ達と喋ってる時みたいなさ」
フィトゥスはエルピスと喋っている時こそ敬語だが、それ以外の人物と話すときは途端に口調が砕ける。
一人称も私から俺に変わり纏う雰囲気もまた違ったものになるので、エルピスからしてみらばそちらの方がより仲良く慣れそうで羨ましさもあった。
「うーん。そうですねぇ、でもこの喋り方はエルピス様とイロアス様に奥様、後は私もまだあった事は有りませんがフィア様だけのものです、そう考えるとこっちの方が良くありませんか?」
「上手いこと言うね」
「悪魔ですので」
フィトゥスのそんな答えに対してそれなら仕方がないかと諦めたエルピスは、はあっとため息をつくともういいよというふうに手をふらふらと振るう。
フィトゥスのおかげでだいぶ緊張も取れて来たし、もう話し始めてもなんの問題もないだろう。
だがそんなエルピスとは違ってフィトゥスはどうやらまだこの場にいたいようであった。
「でももうちょっと何か質問しても良いんですよ? すぐに終わっちゃうとヘリア先輩の訓練行かないと行けないので」
「誤魔化されたからダメです。とりあえず戦闘訓練始まったらアーテ君呼んできて」
「了解しました」
だがそんなフィトゥスを見送るとエルピスは事前に渡された書類に目を通し始める。
大切なのはお互いの利害を一致させた上で歩み寄ること、学園生活の中でそれを覚えたいまのエルピスならばなんとかなるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます