第167話四人の従者:前編
「これで荷造り完了かな」
王国にあるアルヘオ家の別邸、そこで息を吐き出して作業に一段落を付けたのはエルピスだ。
この部屋には現在多数の機密書類が用意されており、それらの運搬や処理を行えるのはエルピスとニルのみである。
機密書類はあらかた
扉をコンコンと叩くその相手に対してエルピスが入室を許可すると、おずおずと言った風にゆっくりと入ってくる。
「お疲れ様ですエルピス様、次の目的地はどこに?」
「お疲れ様イリア、次は帝国領かな。多分そろそろ招集かけられると思うし」
「遠いですね……兄さんもできる事なら早く帰ってきて欲しいんですが」
国王達が集まる世界会議が行われてもう二、三ヶ月。
あまりにも長い会議だが、足の引っ張り合いに責任の押し付け合い、出せる武力の捻出に二、三ヶ月で済んでいると思えばまだマシか。
エルピス達最高位冒険者が呼ばれるとすればそろそろの頃合いで、先に向かっておくのは悪い判断ではない。
「まぁ帝国領はこっから正反対の位置だし、帰ってくるのにももうちょっと時間かかりそうだね。内政はいま誰がやってるの?」
「内政の方は私が。アウローラにも相談していますが」
そう言えばと疑問を浮かべたエルピスは、それならば問題ないだろうと納得する。
イリアは他人を動かすことだけで言えばグロリアスすら超える力を持つ、それにアウローラの問題解決能力が有るのならば当面の間王国は大丈夫そうだ。
「ならもう少しくらいは大丈夫そうだね。
あ、そうそう巫女になってから何か変化あった? ニルに聞いておけって言われたんだけど」
「変化ですか……そうですねこの間行商人が使っていた飛龍にやけに懐かれたのと、精霊や妖精がよく言うことを聞いてくれるくらいでしょうか」
精霊や妖精だけでなく龍種などにも影響が出ているのは、明らかに巫女になったことが起因しているだろう。
エルピスが鍛治神に個人的に連絡を取ったところ、土精霊の国の巫女、つまるところはあのエルピスが鍛治を教えてもらっていたゲイルに確認を取ったので間違いないはずだ。
「龍神と妖精神の効果っぽいね。多分他にも後々出てくると思うからその時はまた報告して」
「はい。もちろんです、お任せください」
口下手なエルピスは妙なところで会話を終わらせてしまい、作業をするエルピスの近くにイリアはゆっくりと近寄っていく。
そしてエルピスの背中に魔法で綺麗な模様を書くと、満足そうに空を眺めてうんうんと頷いていた。
「ええっと……何?」
「気にしないでくださいませ。巫女としての役目ですので」
「ええっとこのサインって確か…あ、そうだ! 巫女がもうついてるって他の人に知らせるときのだよね」
「なっ──! なんでそんなことだけ知ってるんですか!」
「調べたから」
真っ赤な顔を更に赤くさせ、イリアは咄嗟に顔を隠す。
偶像崇拝の関係上巫女が存在していなかったので完全に形だけのものだったが、どうやらどこからかその情報を引っ張り出して来たらしい。
かくいうエルピスも神に関する書類を一から全て調べ直したので、その内容を知っているのだが。
「ま、まぁいいでしょう。とりあえずこれで他の国の巫女は寄り付いてきません、安心して見送りできます」
「それなら良かった。それじゃあ俺はこれで、やらなきゃいけない事があるんで」
「行ってらっしゃいませ」
なんだか気まずい雰囲気に耐えられなくなりエルピスは部屋を飛び出すと、どこかへと駆け足で向かっていく。
その行く末がどこかはイリアには知る良しもないが、今はその行き先があったことに感謝しよう。
でないとこの恥ずかしさをいつまでも隠さなければいけなかっただろうから。
「はぁ。ニルさんがいる手前これ以上何もできないし、私も旅着いていけば良かったなぁ」
いまさら言い出しても遅いのは百も承知、アウローラが居なければなんて思いもするが、もし逆の立場になっていれば思うことが反対になるだけだろう。
彼の優しさが残る部屋を後にして、イリアも渋々仕事に戻るのだった。
/
そしてこらちはアルヘオ家本邸。
やはりというかなんというかエルピスが逃げ出した先で一番最初に候補に上がったのはここで、膝の上にニルを乗せてその髪をわしゃわしゃとしながらエルピスは暇な時間を潰していた。
「気を取り直して僕だけれど、ご機嫌いかが?」
目を細めエルピスの手のひらの感触を味わいながら、ニルは甘い声音でそう呟く。
レネスはと言えば彼女はエルピスのそばにいないときはもっぱら王国で食べ歩きをしており、いまもおそらくはそのほほをリスのように膨らませて歩いていることだろう。
「最高にいいよ。今日もニルが可愛い」
「嬉しいねぇ、ありがとう。エルピスの為に頑張った甲斐があったと言う物だね」
そう言いながらニルがぽんぽんと叩くのは、天井に届くのではないかと思えるほどの書類の山だ。
そのどれもがエルピスが先ほど処理していたような個人情報と同じかそれ以上の重要度を誇り、軽く一枚手に取ってみてみれば共和国の盟主の一人について事細かな記載がされた書類が手に入る。
一体誰から手に入れているのか、予想もできないがおそらくはエルピスが知らなくてもいい方法だろう。
「調べ来ておいてもらってなんだけど多いな量。これ全部覚えるの大変だぞ」
「仕方がないよ必要な事だし。というか今日は珍しいねこっちに来るの、僕はいろいろと楽だからこっちにいる事多いけどエルピスあんまり居ないイメージだから」
そう言われてみれば確かにエルピスは本邸にいない事の方が多い。
そもそも王国に居ないことが多いので仕方がないのだが、エルピスにとって実家であるここから常に離れているのはニルからしてみれば疑問でもある。
「んー本当は俺もここに居たいけどやらなきゃいけない事多いしね。仕方ない」
「まぁ僕としては? エルピスの部屋を占領できてるから良いわけで…こんなものも見つけちゃった──ありゃ、消えちゃった」
エルピスの秘蔵の本はニルによって簡単に見つかり、エルピスはそれを自らが認識するよりも早く虚空へと投げ飛ばす。
エルピスがそれを認識しない限りエルピスの中ではそれはなかった事なのだ。
「虚空って便利だよね、ゴミ捨てやすいし」
「また太郎くんを捨てられないか心配です」
「ヘリアさんお疲れ様ー」
エルピスに釘をさすようにして部屋に入ってきたヘリアは、ニルの挨拶に対して軽く会釈すると部屋の壁に立てかけられた椅子を持ち出し腰を掛ける。
ヘリアがこの部屋に入ってきたこと自体はエルピスが呼んだので驚きはないが、数年も前の話をヘリアが覚えていたこと自体がエルピスには驚きだ。
「いまさらその話持ち出すの酷くないヘリア。俺だってちゃんと反省してたじゃんか」
「ええもちろん分かってますよ、ただの意地悪です。
それにしても今日は屋敷の中が息苦しくて堪りませんよ、まったくいつになく好戦的な者ばかりを集めましたね」
そういってヘリアは応接間の方を見つめる。
アルへオ家の本家に大量の人間が集まることなどほとんどなく、王国の別邸にその役目を与えてしまっているため人を大量に入れるには応接間しかないのが現状だ。
好戦的な者を集めたというヘリアの言葉通り、ニルが意識をそちら側に軽く向けてみればそれに反応するようにして殺意の混じった意識のながれがこちらを向くのが感じられた。
もはや獣に近い気配感知能力をみて、ニルも確かに好戦的な者達だと納得しそれと同時に疑問を投げかける。
「エルピス今回は何をしようとしてるの?」
「うちの家で動かせる最大戦力を結集させてみたんだ、もちろん両親からの許可もバッチリだよ」
「とは言っても各家に最低二人以上の戦闘要員と伝達要員を置く必要があったので、それほど人数は多くありませんが」
「八人一組が四セットで三十二人が僕が選んだ人選で、残りの八人一組四セットはヘリアが選抜した人達なんだよね。今日はそれの顔合わせ」
そこまで言われてニルは、そういえばエルピスが企画書としてニルに渡してきていた書類の中にそんなものがあったと思い出す。
いつでも自由に動かせるエルピスが指揮系統を持つ完全なる遊撃部隊、何のアニメに影響を受けたかはニルではわからないが、やけににっこりとしていたので過去に相当見ていたアニメなのは間違いなさそうである。
「エルピスが選んだ人達はどんな人達なの?」
「基本的には関わりある人で強い人かな。
ニルが知ってるのだとフィトゥスは副官として、リリィにヘリアもそうだしメチルにティスタは各部隊の隊長として呼んであるよ」
「私の方からは過去に冒険者として活動記録もある強者を隊長として四名選出させていただきました。
まずは帝国から墓暴きのトゥーム、彼は冒険者時代迷宮探査を主な仕事としその功績は冒険者の中でもかなり大きい方です」
冒険者組合には様々な種類の冒険者が存在するのだが、トゥームは迷宮探索を主とする冒険者でその名声は一般の冒険者には認知されているほどである。
第一線を退いてからは目立った活躍こそ世間に公表されていないが、アルへオ家内部では魔道具の作成や道具の使用に関しての講習など歴戦の冒険者として非常に貢献しており、帝国にあるアルへオ家所属の者の平均的な戦闘力を大幅に上昇させた功績もある。
自身は迷宮から手に入れた装備でその全身を固めているため攻守ともに非常に優秀な構成で、単体性能も高くその実力は折り紙付きだ。
「ついで今は居を変えましたが共和国から暁闇のトコヤミ。
単体能力が非常に高く、足が早いので遊撃としては最高峰かなと」
トコヤミは東の国から流れ着いた姉妹の片割れで、年齢こそ若いもののエルピスの急な要請にもこたえ家を守る行動を起こせる優秀な人員だ。
冒険者としては白銀とお世辞にも高いとは言えない階級だが、これは年齢も関係しており共和国の冒険者組合の長が年功序列を基礎原則としているのでなかなか階級が上がらなかっただけであって、実際の力はオリハルコン上位にも匹敵する。
「次に連合国から極撃のアケナ、アケナとトコヤミは東の国から流れ着いた姉妹です。
アケナの方は指示が得意でその冒険者時代の二つ名からは想像できませんが軍師の才があります。
ただ二つ名通りその一撃はとてつもないらしいですが」
トコヤミの姉であり、連合国にある別邸で済んでいたアケナ。
彼女に関して言えばヘリアが指名したのはひとえにその軍師としての才能が一番の要素である。
もちろん極撃とまで呼ばれる彼女の一撃は魅力的な者ではあるが、一日に一度しか使えずさらにはそれ以降の行動に制限がかかってしまうアケナの能力は戦争には不向きだ。
もちろん基礎的な戦闘力は高いので戦闘面にも期待しているが、ヘリアとしては隊の脳になってほしい。
「最後に法国から破滅のアーテが。彼は……まあ素行は悪いですが実力は確かです。
四人の中で一番不安なのはこの子ですね」
アーテはアルへオ家に参加している亜人種の中で唯一の|半人半龍〈ドラゴニュート〉であり、実在の神が最高権力者として生きる法国で家を守ってきた彼は警戒心が人一倍強い。
もちろん同じ家の者にその牙を向けることはけっしてないが、ここ最近ヘリアがさばいている王国内でアルへオ家の者が起こした不祥事の大半は彼の行いである。
盗みを働いたものの取り押さえが乱暴であったり、顔が怖すぎて道行く女の子に泣かれてしまったくらいの物だが彼に非がなくとも他者から見た問題行動はヘリアとしても注意せざるおえない。
「なんかかっこいいね二つ名って、僕もなんか付けようかな」
「ああいうのは勝手に付けられるからカッコいいんだよ、俺なんて未だに二つ名無いんだよ? 最高位冒険者なのに」
「ありますよ?」
最高位冒険者と呼ばれ続けもはやそれを自らの二つ名として認識し始めていたエルピスは、自らに公式で二つ名がついていることをここで初めて認識した。
本人であるエルピスが知らないのに、メイドであるヘリアが知っていることに一瞬違和感を覚えるが、思い出してみれば今に始まった話でもない。
「──え?」
「この間鍋が終わって帰り際にぽつりと『あ、そういえば伝え忘れてましたが冒険者組合からは今後公式にエルピスさんを龍帝と呼ぶ様にといわれました』と彼女から言われました」
「うわぁ…ださ」
「ニル、今の結構傷ついたんだけど」
龍神であるエルピスが龍帝と呼ばれることに本人としてはまぁ違和感は無いかと納得するが、ニルからしてみれば似合っていない。
たとえばこれがエキドナの二つ名なら納得できたが、エルピスが龍帝だと言われても納得できないのは仕方がない。
「エルピスがださいわけじゃないよ、二つ名がダサいだけ」
「そっちの方が──まぁいいか。とりあえず待たせてもあれだし行くか……」
落ち込んでしまったエルピスの頭を撫でながら、ニルはエルピスを連れて応接室の方へ歩いていく。
どんな奴らが来るのかいまから楽しみだ、そうワクワクするニルはからかやな足取りで廊下を歩いていくのだった。
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