第144話学生生活

 この世界の祭りは派手なものが随分と多い。

 王国祭しかり他国で開かれる祭りしかり、祝い事に関して言えばこの世界はかなり力を入れており、それは国という単位だけでなくもっと小さな単位にまで根付いている文化だ。

 エルピス達が学園にやってきて三ヶ月、最近あまり外に出ていなかったので当日になるまで知ることは無かったが、どうやら今日は学園祭だったらしい事をエルピスは外を眺めて知る。


「うわぁ……! すっげぇ!」


 見下ろした先にいるのは数え切れないほどの人。

 数だけで言えば王国祭の時の方が多かったが、島が小さい分人口密度が高いので王国祭の時よりも人通りが多いように思え、あまりの驚きに気づかぬうちに口から言葉が漏れる。

 エルピスがここ数日部屋から出ていなかった理由は、先日の魔法暴発を無事に解決した一件から、教師達に教えることは何もないとサジを投げられてしまったからだ。

 図書館の本も読み終え授業の参加もしなくていいとなればエルピスが外出る意味もない。

 とは言え興味のある授業に参加もしているので、一応学生らしい事もしてはいるが。


「おはよーエルピス! 外見た?」

「おはようアウローラ。みたよ、凄いな」

「食べ物とかもあるみたいだし、どう?」


 扉を開いて中に入ってきたのは、制服に身を包んだアウローラだ。

 いつかと同じように長い髪を後ろでくくり、腕には下の祭りで買ったのか連合国の特産品の一つである魔石を用いたブレスレットが付けられていた。

 そんなアウローラの言葉に同意しながらも、エルピスは廊下にアウローラが来た時から誘いに来てくれた事をわかっていたので、丁度部屋に入っていたと同時に制服に着替え始める。

 久々ーーとはいっても四日ぶり程度だがーーに袖を通した制服になんだか妙な気分になりながらも着替えを続けると、不意にアウローラから声がかかった。


「ちょ、ちょっと私いるんだけど!」

「着替えくらい別にみられたところで気にならないぞ?」

「あんたが気にしなくても私は気にするのよ!」


 そうこういっている間に着替えも終わり、エルピスは顔を赤くしながら注意してくるアウローラの後を追いかけつつ外に出る。

 エラとセラ、それにニルとレネスが共に行動しているのを感じ取り、エルピスは灰猫とフェルの居場所を探す。

 レネスはあの戦闘の後エルピスを鍛え直してやるとこの学園に居座っており、エルピスが授業にでられないほど疲労する原因を作っている人物でもある。


「セラ達とは合流しないの?」

「さすがに女の子が多すぎるからさ、アウローラもあっちで回ってきてもいいんだよ?

「なんのために抜け出して一人で呼びに行ったと思ってるのよ、それくらい察しなさい」


 そういってそっぽを向くアウローラの耳は赤く、そしてそれよりも自分の顔が熱い事を感じる。

 普段サバサバしているアウローラだが、こういう時のアウローラは卑怯なほどに可愛らしい。

 勇気を出して手を差し出してみればそっぽを向いたままがっしりと手を握られ、その温かい手にエルピスの頬もゆっくりと綻んでいく。

 数十分も歩けば灰猫の姿が見え、エルピスは道中で買った食べ物を口に運びながら灰猫達の元へと向かう。


「おはよう灰猫、一緒に回らないか?」

「おはようエルピス、いいよ回ろうか。フェルはいまちょっと野暮用らしくて居ないけど直ぐに帰ってくるってさ」

「ふぉっか、ならちょっとここで待つか」

「エルピス口に物を入れながら喋るんじゃないの、私も一つもらうわね」


 近くのベンチに腰掛けてゆっくりしていると、それから数分もせずにフェルは戻ってきた。

 フェルは悪魔としていくつかこの学園に入ってからお願いをされたらしく、エルピスもそれを許可する形で知っているのでおそらく今日もその内のどれかだろう。

 本来ならばフェルを雇うのには莫大な金銭と魔力が必要なのだが、エルピスはそんな事を知らないし、フェルもエルピスの為になるからと格安で依頼を引き受けている。


「おはようございますエルピス」

「おはようフェル、人気者は忙しいね」

「雑用ばかりですよ、演劇部の舞台装置を作っていたのですがチケットを貰いまして、どうですかこれから見に行くと言うのは?」

「いいねフェルそれ採用! エルピス行くわよ!」

「引っ張らなくても行くよ!」


 アウローラに引っ張られて後をついて行くと、普段は体育館のような場所で活動している演劇部が外に出ており、数分後に劇を開始すると告知しているのが目に入った。

 フェルの貰ったチケットはかなりいい席で、案内されるがままに進んでみれば最前列ではないものの中央のかなり前の方の席だ。

 この劇用に急ごしらえで作ったのか少々がたつく椅子に座り前を見ていれば、時間になったのか締め切りの合図と共に一人の青年が前に出る。

 劇は既に開始しているらしく、右の演目には小さく英雄伝説と記されていた。


「我が名はイロアス・アルヘオ。小宵は四大国を恐怖に陥れた厄災を倒す為、一人で敵の本拠地へと乗り込んでいるところだ」

「イローーはぁっ? え、もしかしてだけどこれって」

「エルピスのお父さんの話ね、間違いないわ。私も題名見た時怪しいと思ったけれど、まさか学園祭でやるなんてね」


 一人称が我だったり、なんだか喋り方が古風だったり、パーティーメンバーを引き連れて倒しに行ったはずの父が何故か単身だったりと、指摘したいところは枚挙にいとまがないものの、劇を中断するわけにも行かないので静かにしておく。

 英雄伝説、所謂所の英雄として世界に父が認められた戦いを記した物語であり、そして父と母の出会いの物語でもありエルピスがこの世に生まれることができた理由になった話でもある。

 目の前で行われる劇の内容を見ながらエルピスは両親から聞いた話と記憶のすり合わせを行い、徐々に集中していくと次第にその内容に魅入っていく。


「人があの龍を倒す……か、大きく出た物だな人間如きがッ!」

「龍の姫よどうか聞いてほしい、人々を救う為たとえこの身が滅びようとも私は人を救わなければならない!」

「……どうなのあれ、合ってるの?」

「親の恋愛事情あんまり詳しく聞いてないけど多分合ってる。お母さんあそこまで怒ってはなかったらしいけど、無駄死にするくらいならぶっ飛ばしてやるって戦闘になったらしいよ」


 父と母の仮装をしている人物が目の前にいることがなんとも言い難い違和感を生みながらも、エルピスはその物語の忠実性と再現度の高さに舌を巻く。

 忠実性としてはパーティーメンバーが居なかったり一部違うところはあるが、それらは全て居られると国絡みで面倒な事になる事が多い物だけでそれ以外は全て史実に基づいていると言っていい。

 再現度は完璧だ、魔法を使用しての演出、演者達の迫真の演技、魔法を使用した丁寧な音響、まるでその場いるかのようにその時の状況を肌で感じ取る事ができる。


「ーー止めだァァ!!」


 水魔法系統の幻影によって作り出された厄災と呼ばれるこの世界でも屈指の実力を持っていた古龍が倒れると、イロアスも同じようにその場に倒れて伏す。

 史実では七日七晩以上続いた戦いだ、父からも最後には魔力も尽きて体も動かなくなったと聞かされている。


「まさか本当に人の身であの龍を倒すとはな……次は私の番だ英雄よ」

「まさかあんな状態でクリムさんと戦うの?」

「違うよ、母さんが警戒してたのは父さんじゃなくて厄災の亡骸。龍は死ぬとそのまま即時土に帰って魔素を撒き散らすから辺りの生物がとんでもなく凶暴化するんだよ」


 エルピスが口に出したそばから目の前で小さな幻影がやがて大きな魔獣へと変わっていき、最大容量は増えたものの体内にわずかな魔素しか内包していない魔物達は力尽き今にも意識を失いそうなイロアスに向かって一心不乱に突撃していく。

 大きすぎる器はそれを満たせるだけの力が無ければ、その器の大きさに堪えきれず身体が崩れ落ちていくので、魔獣達は直感的に自らの器を満たせるだけの力を食らうためにイロアスに向かっていったのだ。

 森一つを相手にするような無謀な戦い、それをクリムはイロアスを助けるために引き受けた。

 母から聞いた話では父と一緒にいたのは叔父のダレン前国王のムスクロル・ヴァンデルグそして前国王の嫁、つまり王妃であったニンス・ヴァンデルグの3人で、その内ニンスが負傷しておりダレン伯父さんも魔力のほとんどを失っていたらしい。


「他の兵士の助けとかは無かったの?」

「人類未開拓領域でしかも怒らせたら下手な神よりやばいのが敵だったからね、少数精鋭で援護と補給無しだよ」

「帰って来なけりゃ勇者で、帰ってきたら英雄か。都合のいい話ね本当に」


 死んで帰って来なかったものが勇者と呼ばれることは有っても、生きて帰ってきて勇者と呼ばれるものは少ない。

 何故ならば勇気を出して行いをする物を人は勇者とよび、そしてその上で結果を残してきた者を英雄と呼ぶのだから当然と言えば当然と言える。

 それが蛮行で有ったにしろそうで無かったにしろ勇者と呼ばれる者は古今東西に数多く存在し、そして本当の試練の前になす術なく散っていったのだ。

 劇も終わり人も少なくなってきた観客席でエルピス達が軽く雑談をしていると、父と母の役をしていた演者がこちらへと近寄ってきているのが見えた。


「エルピス・アルヘオさんですよね! ファンなんです握手してください!」

「私もファンなんです! 良ければサインください!」


 父と母の事について聞かれると思っていたエルピスは何がなんだか分からなくなり、頭を押さえて一瞬冷静になると直ぐに笑みを浮かべて状況の対処を開始する。


「面白かったです、ありがとうございました。サインは無いのですみません、父と母の勇姿を実際に観れたようでした」

「いえいえそんな! 喜んでいただけたなら精一杯頑張った甲斐がありました!」

「フェルさんにも手伝っていただいて本当にありがとうございました。この恩はまたどこかで」

「じゃあいつかの日に何処かで」


 軽く挨拶を終えれば向こうも二回目の講演の準備に戻り、エルピス達もそれを見送ってから再び目的もなく街中を歩き始める。

 それにしてもこの島やけに広い。

 しかも通常の祭りと違って魔法が大量に使用されているので魔法反応が多く、人混みも相まって神域を切らずにはいられないほどの不快感にエルピスも襲われていた。


「なんかやけに向こう人多く無い?」


 だが神域を切ってもエルピスには存在を感じ取れる生物がいる。

 アウローラが指差すその先、その向こう側に明らかに二人分その気配がするのを感じ取り、エルピスは考えるより先に最短の方法で後ろへ振り向き歩き出そうとするが、抵抗虚しくエルピスの肩は振り向く前に抑えられた。

 人の速度では無いし肩に込められた力も半端なものではない、戦闘をしない神でも強いものは強いのだなと思いつつエルピスは口を開く。


「どなたでしょうか?」

「酷いなぁエルピス君、君と僕の仲じゃないかアウローラちゃんも居るんだあまり困らせないでくれよ」

「おーエルピス、お前さんが居る学園で祭りをやるっていうからな来てみたんだ。どうだいい変装だろう?」

「せめて気配を隠してから来てくださいよお二人とも。地味な服装してるくせにびっくりするくらい人目につくんですから」


 神の姿は他の生物の目によく止まる。

 命の危険を感じ取っているからか、人知を超えた美の塊である神の姿に酔いしれているのか、はたまたそれ以外の理由か。

 どんな理由かまで判断できるほどにエルピスは他人に詳しくないが、普段気配を隠しているエルピスだからこそ目の前で目立つ二人は余計目立って見える。

 とりあえず軽く隠蔽系の技能を付与して周囲の意識から外しつつ、アウローラに神であることを知らされるかもしれないという切り札を握られたエルピスは黙って鍛治神の動向を見守る。


「まぁこれで無事解決だろう? どうだいうちの娘は、問題なくやれているかい?」

「ええ全く問題なく、彼氏はまだ出来ていないようですがそろそろ決断はできそうですね」

「エルピス、こちらの方々はどちら様なのかしら……?」

「なぁにちょっとした仲間さ嬢ちゃん、気にするほどのことでもない」


 海神と鍛治神が気を使ってくれているようなので、その好意に甘えてエルピスも素直に話に乗っかる。

 エラが居たらほぼ間違いなく何かしら言われていたところであるが、アウローラならば王国に来る前に出会った人物達だと言えば問題ない。


「それより気付いてるか? なんだか怪しい動きをしている奴らがちらほら居るが」

「ええもちろん、気配察知系は切っていますがそれ以外もありますので。場所は逐一確認していますがよろしければ手伝っていただいても?」

「祭りを邪魔されるのは嫌だから構わんがな、なにせこいつも居る。そこまで派手には手伝えないぞ」

「いやぁ悪いね足引っ張っちゃて、死なないようには頑張るからさ」


 たとえ派手で無かろうと海神の援護は心強い。

 海上ではなく陸の上なので水中ほどの力は発揮できないだろうが、それでも海の神が味方についてくれるのならば多少の問題ごとならばエルピスが出る幕もなさそうである。


「殺したところで死にそうにはないがな、敵が来るまでは我々も自由に行動しておくよ」

「ありがとうございます。何かあった時までまた」


 人混みの中に消えていく二柱の神の背中を眺めつつ、エルピスはゆっくりと体内に保有する魔力の量を増やしていく。

 この世界来てから何度も味わった確かな戦闘前の雰囲気は、警戒するにはエルピスにとって充分すぎる理由だ。

 不安げなアウローラの手を握り締めながら、エルピスは再び人混みの中へと消えていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る