第143話教師
僭越ながら本日は、学問都市シュエン・ヴィル通称学園のオリハルコンクラス統括である私、ハーライス・ローラン・アーカイドの話をさせていただくとしよう。
まず私の業務はオリハルコンクラスの朝のショートホームルームから始まる。
遅刻や欠席という物から最も遠い存在であるところのオリハルコンクラスではあるが、最近転入してきたエルピス、アルヘオならびに神の子であるルミナに関しては何度か遅刻ギリギリで来ていたとの報告もあり目を光らせておく必要があった。
「ーーというのが本日の予定だ。本日は必修科目が多いためしっかりと授業に遅れることなくやって来るように」
それだけ生徒達に伝えると、私は早々に教室から退出する。
この学園において教師の立場と言うのはかなり弱い、教師もどこかの貴族の出であったりこの学園の卒業者であったりするのだが、なにせ相手は時期国王やそれに近しい権力者達。
生徒達にとって気に食わなければ一体どうなるか分かったものではないが、とはいえ私に怯える気持ちは一切ない。
生徒達が生徒としている以上は、教師である自分が教師たる態度をとって姿勢を示さねばそれこそ役割不足という物。
要求されている事柄をなしているだけ、それで怒りに触れたのならば正当性がどちらにあるかなど明白だ。
「お疲れ様ですアーカイド先生、エルピス君の調子はどうでしたか?」
「今朝も随分と張り切った様子でしたよ、この前はあんな事をしたと言うのにまるで何事もなかったようです」
先日とある部活動の失敗により周辺の雨雲を大量にこの島に引き寄せた事件があったが、話に上がった通りエルピス・アルヘオがその事件を解決したのは記憶に新しい。
元より最高位の冒険者であることは既に知っていたので実力自体はある程度想定していたが、まさかあれ程とは教師全員思っても見ていなかったところだ。
冒険者になってから表立った功績をあまり残していないので、学園内でも父であるイロアスに対しての敬意として送られた最高位冒険者の証なのではと言われていたがその一言をあの行動だけで全て跳ね返したとも言える。
「生きる世界が別とはああいった人物の事を言うのでしょうな、神とも知り合いであの魔法技術に両親は公明な冒険家であらせられる。全てを持っているとも言えます」
「過ぎたる力は心の弱き者に破滅をもたらします。そうならなければ良いのですが、それだけが心配でなりません」
「それこそあり得ないでしょう。何度か話したことは有りますがあの子は力に溺れるタイプでは有りません、どちらかと言えば力を飲もうとするタイプです」
そう言って笑う教師の意見にはアーカイドも賛成である。
ただ、だからこそ力を飲み込み完全に御しきろうとするエルピスだからこそ一抹の不安を感じずにはいられない。
あれだけの魔法を制御したあの力は、下手をすれば一夜にして一国を滅ぼせる可能性すらある。
それでなくとも共和国盟主の件で噂も立っており、それが真実であれそうでないにしろ火のないところに煙は立たぬとも言う。
僻み妬み嫉みで作られた噂である可能性もあるが、真実である可能性も同時に存在する以上は警戒心を抱いてしまうのも無理はないだろう。
「だと良いのですが、巡回に行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
職員室から外に出て渡り廊下を歩いていけば、中庭にて魔法の実技を行う生徒達の姿が見え、アーカイドは生徒たちの様子を見るために中庭へと降りていく。
すると実習を行っている生徒たち人紛れて、エルピスがゆったりしているのがアーカイドの目に留まった。
先程注意したばかりだというのに、もうすでに外に出ているエルピスに対して溜息を吐き出しながらアーカイドがエルピスの方へと歩いていくと、エルピスは軽くアーカイドの方を一瞥し面倒だと言う事を隠そうともせずため息を吐きながら怠そうに立ち上がる。
「エルピス・アルヘオ君、直ちに教室に戻り授業を受けたまえ、今行っている授業は必修科目のはずだが」
「その必修科目の先生から授業へ参加しなくて良いと言う指示を頂きました、なんでもこれ以上私に教えることは無いとのことでですので、ここで暇をつぶしておりました」
それだけ言うとエルピスは軽く頭を下げ、再び少し距離をとって横になる。
確かに彼に対して物事を教えるのはかなり困難なことであるし、投げ出してしまった先生の気持ちは分からなくもない。
だがそんな彼がこんなところにいると言うのは良くない、頑張って実習している生徒達の横でこんなにもだらけているものがいてはやる気に関わる。
「それならば私がその隙を埋めてやろう、ついて来い」
「お忙しいでしょうし構いません、アーカイド学園主任はどうぞ授業見学の続きを」
お互いの目線が交差する。
エルピス・アルヘオの気持ちは理解できる、自由時間なのだから関わってくるなと言いたいのだろう。
これが昼食中や友と居る時ならばアーカイドも引き下がっただろうが、いまエルピスの周りには誰もいない。
言外に付き合えと言う圧をかけてみるが中々どうして応じようとはせず、それならば仕方がないかとアーカイドは溜息をつきながら条件を提示する。
「もしついて来てくれるなら午後からの私の必修科目を一限だけではあるが免除してやろう、どうだ?」
「……それなら構いませんよ」
渋々と言った顔ではあるが、なんとかエルピス・アルヘオを引き連れる事に成功して一安心し、アーカイドは近くにある椅子に腰掛ける。
そこからは実習の内容もよく見え、エルピスとの会話をしつつ当初の目的であった実習の監視もできるうってつけの場所だった。
普段授業中はあんなにも態度の良いエルピス・アルヘオがこのような態度を取る事に少し驚きはあるものの、授業中は先生に対して媚を売る生徒などさして少なくもないので驚きはすぐに消えていく。
「それで何用でしょうか?」
「そうな話を急ぐな、私は数々の生徒を見て来たが君はその中でも一級品の才能を持っている。もっと落ち着いて冷静になり周囲を見渡す目をもってだな、それに周りとの協調性も大事だ。君がこれから生きていく上で周囲とは切っても切れぬ関係になる事など少なくはないだろう、特に貴族社会の中でもこう言ってはなんだが少しばかり異端寄りであるアルヘオ家の長男であれば尚更だ。そんな君が自覚を持たずにあそこでああして寝そべっていると言うのは、つまり力を持つ自分自身に対する申し訳なさと両親に対する申し訳なさを感じるべきなのではないかね? もし感じていないのならば今一度普段自分が行っている事を思い出してだね、自分の何がいけなかったかという事を自己反省する事で君はまともな大人へと成長していける分けだ」
100人が聞いたら99人は聞き流すようなそんな話を、だがアーカイドの目に映るエルピスは真面目に聞いてくれていた。
教師として長年働いて来て初めての感覚に火がつき、そこから何度も何度もエルピスに人生の先輩としての教訓を教えていると、ふともう一人の生徒がやってくるのが見える。
気がつけば一限目の授業がすでに終わっており休み時間に突入していたようで、その生徒も休憩をしにここへ来ていたのだろう。
「エルピス、貴殿に決闘を申し込む。貴様が負ければ遺族への謝罪と金銭の手渡しを、私が負ければ貴殿の要求を受けられる限りでなんでも一つ受けよう」
そう思っていたアーカイドはその生徒が言った言葉で、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてしまう。
生徒の名は確かフレデア、共和国盟主の長男でありオリハルコンクラスの生徒でもある。
この学園において確かに決闘という制度は存在し、それを有効活用している生徒も居るには居るが、それは同じクラスの同じ実力の物だから有効に活用できるのだ。
教師が手を投げ出すほどの魔法技術を持つエルピスに対して、決闘を挑むのは無謀だ。
「フレデア君、さすがに教師としてその決闘をさせる訳には行かない。平等でない決闘は学園の規則にも行ってはいけないことになっている」
「問題ありませんアーカイド学園主任。今回彼と行う決闘の内容は剣術勝負、それもこれを使ってステータスを同じにしての平等な決闘です」
「確かにそれならば……よろしい、ならば学園主任の名において決闘を認める」
アーカイドがそう宣誓すると、付近の生徒達があちらこちらからどこにいたのかと言うほど大量に集まってくる。
授業開始のチャイムがなるが誰も教室に入ろうとする気はなく、何故なら決闘中は各自の判断で好きに決闘の閲覧が許可されているからだ。
オリハルコンクラス二人の戦いとなれば見物客の多さは目を見張るものがあり、かなりの数の生徒がエルピス達の戦闘を覗きに来ていた。
「幻影に向かってベラベラ喋らせてゆっくり昼寝するつもりだったのに……まぁずっと付き纏われるよりはましか」
「何をごにょごにょとほざいている?」
「随分嫌われたもんだね、なんでもないよ。呪い系統じゃなくて契約式の身体能力低下なら僕にも効くから丁度いいや」
「試合開始は両者のタイミングで勝手に行え」
エルピスに焦っている様子は少しも見られず、フレデアがエルピスを睨みつけるものの何食わぬ顔で木刀を受け取り少し距離を取る。
決闘の審判はもちろんアーカイドが務め、今回のルールであるところの魔法使用不可が破られないかどうかを見定めていく。
腕に覚えのあるものならばエルピスが魔法もそうだが剣術に長けていることは周知の事実だが、国際的な大会などは知っているものの王国内でしか開かれなかった大会を一々確認している者は数少なく、観戦者の中にはフレデアが勝つと思っている者が多くいた。
保持している技能の差からしても勝敗などはなから決まっていたようなものなのだが、それを知らない観客達は試合開始と同時に目の前で起きた光景に驚きの声を上げる。
「試合終了、エルピス・アルヘオの勝利!」
人間並みの筋力にされているにも関わらず木刀を圧し折る膂力、十歩以上の距離を瞬間的に詰める瞬発力、人の筋力でこれ程の力だ元は一体どれほどなのか想像することすら出来ない。
「一から全てを調べ直して、それでも不満があればもう一度挑んでくるといいよ」
「おい、なんだよあの動き」
「当たり前だろイロアス様は超一流の魔法使いだが母であるところのクリム様は四大国主催の武闘大会で並いる強敵を素手で倒した猛者だ。それに武闘派と名高いヴァスィリオ家のアルキゴス殿の弟子でもあるらしい」
「耳痛いぃ、木刀一本折っただけでなんで音鳴らしてんだよ!」
「エルピス楽しそうだねー弱い者いじめは良くないと思うけど」
「私達の知らないところでボッコボコにされてたみたいだし、仕方ないんじゃない? ねぇレネス」
「それを私に言わないでくれないかいアウローラ? 対応に困る」
エルピスの剣術に対して様々な意見が述べられる中、エルピスは何処かへとふらりと消えていく。
残されたフレデアはガックリと膝を折ったあと、土を握りしめ大粒の涙を溢す。
超えられない絶対者との壁、それを痛感させられたフレデアは怒りに身を燃やすのだった。
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