第145話不穏な影

 帝国領直轄地で元エルランド公国の領土でもあった通称山下ろしの大森林。

 幻影種フェイカー誘いの妖精ピクシーなどの小さな精霊達が多く存在し幻影の森とまで呼ばれるここは、世界的に見てもトップクラスの行方不明者多発地域でありその圧倒的な武力によって次々と領土を拡大した帝国が最も責めるのに手こずった場所でもある。

 そんなまともに開拓も進んでいない辺境の土地で、怪しい影が森の中を蠢いていた。


「ようやくか、久々に力を振るうから加減が出来るかどうか」

「武官の貴殿のように私も戦地で腕を振るえれば良いのだがな、どうやら力を貰ってもなを、そうはいかんらしい」

「いやいやアルフォード卿、貴殿の様な優秀な商人がいてこそ我々の武勲も成り立つというものだ」

「いやはや、全くでありますな」


 辺境の森に相応しくない豪華な馬車を併走させそんな事を喋っているのは、馬車に取り付けられている旗からして、おそらく帝国と元エルランド公国の貴族だろうか。

 その後ろにも帝国旗だけでなく王国、共和国、連合国などなど。

 馬車に乗っている人数が多く無いので見た目ほどには人数はいないが、それでも五百から千人ほどの貴族やその付き人が森の奥へと向かって示し合わせた様に進んでいく。

 その手の中には小さな地図が握られており、どうやらそれを頼りに進んできていた様である。


「……入れ、主人がお待ちだ」


 馬車を進めていくと小さな砦が目に入り、その門番を務めていた窟暗種ダークエルフが心底嫌そうな顔をしながら中へと通す。

 一部の貴族達の手が腰にかけられた剣に届きはしたものの、ここで殺しても意味がないと判断したのか不服そうにしながら手を退けると無言で中へと進んでいく。

 進んだ先にあったのは小さな小さな奉行所のような小屋であり、洋風の建築に慣れた貴族達からすれば物珍しい建築様式ではあったものの、敷物が敷かれた場所に何も疑問を持たず男達は座っていく。

 全員が座り終えると貴族達が今いる場所より少し高くなった座敷に、黒髪の若い青年が一人ふらりと現れた。

 彼こそが貴族達が出会いにきた人物であり、そして貴族達をこの場に呼んだ人物でもある。


「ようこそ遥々遠方の地から、ここに来た理由は人それぞれだがお互い顔を見合わせれば同族だ、なんとなく分かるだろう?」


 青年の言葉に釣られるようにして左右を見てみれば、不安げな顔をして肩を少しだけ震わせて何かに怯えたような姿をした男達の姿がそこにはあった。

 かつて貴族同士の交流として公の場であったときの誇りだかそうな姿はどこに行ったのか、そこに居たのは農民と遜色ないーーいやむしろそれ以上に酷いーーただの男である。

 そんな男達の顔を見て彼らが何故ここに来たのかと言う理由をはっきりと把握すると同時に、おそらく自分もこのような顔をしているのだろうと言う事を無理やりにでも分かってしまう。

 金がなくなり国から逃げたもの、覇権争いに敗北し土地をなくしたもの、住む領地を戦争によって奪われたもの、貴族という称号を持ってすら拭えないほどの罪を犯したもの。

 ここに集まっているのはそんな者達だ。


「どうやら分かったようだな。それでだが本題だ、手紙にも書いた通りお前らに復讐の機会をやろう、自らを捨て、惨めな生活を強制させた愚かなる豚どもに反逆する機会とそして力を与えてやろう」


 そう言うと男は小さな盃を取り出した。

 男が手をかざすと何もなかった盃からゆっくりと染み出すように透明な液体が現れ、先程門番をしていた窟暗種ダークエルフの手によってそれはこの場にいる全員に届けられる。

 貴族達がいきなり目の前で大口を叩いた青年の言葉を信用するのには訳がある。

 それはこの場に辿り着く前に青年の力によって、貴族達は力であったり金であったり、いずれにしろ多大な利益を獲得していたからだ。

 百の言葉で説得されるより一の利益を見せつけられた方が男達からすれば信頼に足りる、だからこそ遠路遥々こんなところまで来たのである。


「これは一体何なのか……いや聞くのは無粋というものか」

「それでは頂きます」


 毒が守られているかなど気にする様子もなく、貴族達は盃にもられた液体を一息で飲み干す。

 表立って見える変化はない、だが貴族達は己の身体の中に今までにない全能感が溢れてくるのを感じていた。

 人の限界を超えた実感は全能感となって全身を回り、自らには無限の力と叡智があるようにも思える。

 だがそんな力を手に入れても目の前の青年に勝てる気は一切湧かず、貴族達は自らの力に酔いしれながら次の言葉を待った。


「では改めて自己紹介を、俺の名は南雲雄二という覚えておいてくれ。それを飲んだと言うことは今からお前らは俺達の仲間だ、ようこそと言っておこう。さて我々側の目的はただ一つ、今現在人類が作り上げた社会というシステムを根本から破壊し、そして新たな世界を作り上げることだ。それには財力と労力と何より力が必要になる、力と労力は我々が、財力もある程度は保証しよう。ならば君達が行うべき事は我々が作り上げたその剣を振るう係だ、人のシステムは人にしか壊せない、貴族の君達ならばそれを壊すこともたやすいだろう?」


 この世界の国は外部からの圧力に対して、非常に強力な抵抗を見せる傾向にある。

 そもそも人類以外にも多種多様な知的生物が存在するこの世界、浮ついた気持ちで日々を過ごしていればあっという間に国の一つも飲み込まれるのだ。

 人類史にも様々な生物による策略で滅びた国が存在し、一つの国が滅びるたびに人類はより強固な監視システムを構築していった。

 それは敵はもちろんの事こと隣人友人、親兄弟にいたるまで相互的に監視するその目は、昔の恐怖に彩られているだけあって並の探知魔法より余程の効果を持つ。

 だがだからこそ外部に対する力が強すぎるあまり、内部から崩されれば簡単に撃ち壊れてしまう。

 それがいまの国家の弱点であり、そして唯一国家を圧倒的な武力以外で崩壊させる手段でもある。


「御身の御心のままに、元連合国所属代表ラーリット・ハーブ力をお貸しいたします」

「元共和国所属代表エンダール・ホルダール二世、右に同じく」

「元帝国所属代表アルマンデード・ラスグリーン・ターボルク、敵を倒せれば俺は何でもいいっ!」

「元法国所属代表ハイド・ライ、神を裏切った罪人どもに鉄槌を」

「元王国所属代表ワンデイン・ナイン・リソース。龍の子に天罰を、愚かな王に裁きを」


 代表として雄二の前に現れたのは、各国の貴族の中でも多大なる力を持つ四大貴族と人員整理によって王国を追われた王国の代表。

 全員が片膝をつき首を垂れて雄二に対する忠誠を誓い、雄二もそれに対してニヤリと笑みを浮かべると嬉しそうに声を漏らす。

 雄二の目標はただ一つ、この世の中を混乱に貶める事。

 本来ならばもう少し時間がかかったであろう貴族の買収もあの王国で出会った龍と人のハーフのお陰で円滑に進み、今となっては同級生の十人程度は安い出費であったと考えられる。

 情報漏洩のことを考えれば殺しておくに越したとこはないが、自分のところまで来れるとは到底思えない、無視しておいてもいい案件だろう。

 そう思いながらゆっくりと口を開く。


「反国家連合、人類開放軍、遊牧連合……まぁ名前なんてどうでもいいか。先も述べたとおり我々の目標はただ一つ、この世界の根本をひっくり返す! 手始めにまずはこれだ」


 雄二が軽く指を鳴らすと空中に映像が現れる。

 水系統超位魔法〈水鏡〉と呼ばれるその魔法は遠隔地の情報を魔法によって観察することができる便利な魔法で、こう言った作戦会議の際には他国でも大変重宝されている代物だ。

 そんな〈水鏡〉に映っているのは大きな島、その島全体がどうやら祭りでもしているのか随分と活気に溢れており、未来を期待できそうな有望な若者が歩いているのが目に入った。


「ここはもしや……っ!」

「そう、人類が学問を追求する場であり! の同盟関係を結ぶ架け橋であり! 人が理性を持った生物である事を証明するこの島を今日! 地図から消す。

 もちろん生徒や教員も同様だ、若さをすすり、力に溺れ、親の金でできたぬるま湯に浸かる生徒達には一度熱湯を浴びせてやらねばな」


 力強く声を投げかけ戦闘に対する意欲からか少し興奮気味の雄二に対して、目の前で先程までやる気に満ち溢れていた貴族達はどこか不安げな顔だ。

 いまさら少年少女を殺すことに問題があろうはずもない、目の前の貴族達が心配しているのは自らの身である。

 雄二もさすがにあの龍の子がいる事を知っている以上、そう簡単に攻略できるとは全く思っていない、ましてや力に溺れる貴族如きにあの龍の子が殺られるとは到底思えない。

 だからこそ対応策は用意してある。


「顔を上げろ、何を不安がる事がある」

「し、しかしシュエンヴィルと言えば四大国主導で作り上げただけあって兵士や教員も超一流、そんなところに無闇に突撃するのは!」

「ラーリット氏のおっしゃる通りだ、ここは戦力の増強も考えまずは近場の小さな国から落としてーー」

「ーー戦力の増強? 言っただろう力ならば貸してやると。俺の手下が、俺の手駒が、お前達だけだと思ったか?」


 そう言って再び雄二が軽く指を鳴らすと、怪訝そうな表情を浮かべていた貴族達の顔が今日初めて恐怖に染まる。

 雄二が〈水鏡〉に映し出したのは数万に及ぶ亜人の軍勢、そしてそれを見た瞬間に貴族達は自らの役目を理解した。

 わざわざこれほどの力を持つ亜人を従える雄二が自分達に直接会ってまで、話をしてまで仲間に引き込もうとしている理由をだ。

 一つ目は彼が言っていた通り人の国を壊せるのは人だけだから、二つ目はこの暴走する亜人という力を武器として扱えるように、つまり指揮官となって亜人達を効率良く敵を叩き潰す道具として使えるように呼ばれたのだと。

 圧倒的な力が、四大国であろうと一晩で滅ぼせるであろう圧倒的な力が自らの手の内にある、そう思うと貴族達は自らの血が沸騰してしまうのではないかという興奮を覚える。

 その興奮は徐々に口から漏れ出し、そして周りの音に合わせて徐々に大きな音へと変わり、最後には雄叫びへと変化していく。


「お前達はここから指示を出すだけでいい。被害を出しても構わん、ただしお前達の直接戦闘はまだだ」


 まるで神話の1ページのようなこの状況に臆することもなく、雄二は口笛を吹きながら優雅に転移魔法を起動する。

 計画は順調、二つ目も問題はない、ならば後は目の前のことに集中するだけでいいのだ。


(後は計画通り動くだけだ。全ては力の為に)


 転移の浮遊感に身をまかせながら、雄二はゆっくりと口角を上げる。

 決戦の時は近い。

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