第138話恋の駆け引き
恋愛とは難しいものである。
一対一の恋愛でも難しいのだから、一対多数ともなればかなり難しい話だ。
相手を自分に振り向かせるのは下手をしてしまえばフリーの男性を狙うよりよほど難しく、独占欲と公平性の中でなんとかお互いに最大利益を得ようと女達はいつもながら頭を悩ませていた。
「どうそっちの方は」
ふぅと息を吐き出しながらそう呟いたのは、ハートがあしらわれた寝巻きに身を包んだアウローラ。
時刻は10事を過ぎた頃、部屋の中には人影が四つは見えている。
白い衣に身を包み、頭を軽く下げながらアウローラの意見に同意したのはセラだ。
先程まではお風呂にでも入っていたのか濡れた髪はその魅力を最大限に高めており、綺麗な赤い瞳をうろうろとさせながら珍しく自信なさげに言葉を投げた。
「中々どうして上手くいかないものね。分かっては居た事であるけれど、放任主義もここまで来ると手のつけようがないわ」
主目的は元は他のことであったとは言え、エルピスに嫉妬心を抱かせてみようと実験的に部活に入って早くも十日。
先程までそこらをフラついていたニルを加えてエルピスになるべく分かりやすく自分達の身の回りの話をしては見ているものの、エルピスに嫉妬という感情が芽生えたようにはどうにも見えなかった。
ニル曰く嫉妬はしている筈だとのことであるが、自分の気持ちに気付いていないのか、それともこんな事をしてしまう自分達に呆れてしまったのか。
考えると少し背筋がぞわりとするが、ここまできてしまっては引くに引けず宙ぶらりんになってしまっているのが今である。
「ーー失礼してもいいかな?」
コンコンとノックの音が部屋の中に響き渡り、ついでここ最近で聴き慣れた声が小さくドアの向こうから聞こえてくる。
彼女の部屋からこの部屋まで、そう遠い距離ではない。
ニルが声に応えて扉を開けると、部屋着のルミナが少々気怠そうにしながら部屋に入ってきた。
男子と女子は宿泊場所が別棟なので、そう大きな声を出さなければエルピスにも彼女がここに来たことはバレないだろう。
別に隠す必要があるわけでもないが、状況が状況だけに気配だけを探られ異性と逢瀬をされていると疑われるのは最も避けたいところである。
「どうしたんだい今日は?」
「何やらみんな集まって画策しているようだから、力になってあげようかと思ってね」
「ありがとうございますルミナ様」
少し眠たそうではあるが興味本位で来たであろうルミナに対して、エラがお茶請けを出しながら感謝の言葉を述べる。
こちらの状態を知っているのなら、ルミナには是非力になってほしい。
もう少しいえばフェル、もっと言えば灰猫あたりが感づいてくれれば楽ではあるのだが、フェルは部活に入ったし灰猫は学園中をふらふらと移動しておりたまに見たとしてもそれはエルピスの部屋。
手伝って貰おうにも話しかけるタイミングがないのだ。
そんな中でルミナのほうから助け舟を出してくれている現状は、エラたちからすれば願ってもいない状況である。
「それでまあエルピスの部屋にこの前行ったときある程度のことは察したけれど、何があったんだい?」
「はい、当初の目的はエルに対して嫉妬心を抱かせようというものだったのですが、思っていたよりもエルが反応してくれないせいでどうすればいいのか困っているのです」
「なるほどねえ」
エラから改めて何をしようとしているか聞き、ルミナは少し眉を顰める。
恋人が一度もいたことのないルミナが口に出していい問題なのかどうかといった疑問点はあるものの、もし言っていいのならばなぜそんな面倒なことをするのだろうか。
嫉妬心を煽る理由も分からないし、それに手順ももう少しいい方法があっただろうに。
母から恋に溺れると、人はわけのわからない事をするようになるを聞き及んではいたがまさかここまでとは。
天使の方はどうやら無駄であるという事を分かっていて面白いからと眺めているようだし、神獣の法に関して言えばルミナですらその思考を読み解くことはできないが碌なことは考えていなさそうだ。
とはいえ正直かかわることすら面倒ではあるが、相談に乗れば恋愛について何か学べることもあるかもしれないし、さらに言えば自分に彼氏ができた場合にも相談に乗ってもらえることだろう。
十分にメリットが得られると判断したうえで、ルミナは深くうなずいた。
この解決法でいいのか分からないが、話が一番早くおわりそうである。
「本人に直接言えばよくない?」
部屋の空気がルミナがかつて感じたことのない程に低下していくのを感じながら、ルミナは何を間違えたのか考えてみる。
まず今回の目標はエルピスにどうやって嫉妬させるか、そして今回の議題はそれに気づいてもらうにはどうすればいいか、である。
ならば文言はどうであるにせよ、エルピスに嫉妬させるようなことを言って目の前で嫉妬させてしまえばいいのだ。
手っ取り早いし効率もいい、これ以上の解決方法はないように思えるのだが……?
「それが言えたらもうとっくに言ってるわよ!?」
「僕もさすがにちょっと直接はね……何思われるかわかったもんじゃないし」
「いやここは腹をくくるべきなのでは? 長引かせるとろくなことにならなそうですし」
「私もエラの意見に賛成ね、正直これ以上引っ張る理由もないし」
「どれ、じゃあ三対二だし多数決的に言いに行きましょうか、私連れてくるから待ってて」
「いやちょ、まってーー」
うまい具合に分かれてくれたので、早々に決着をつけてルミナは転移魔法でエルピスの部屋に移動する。
物珍しさに遊びにきたはいいが、いつまでも他人のイチャコラに巻き込まれるのはさすがに勘弁してほしいのだ。
エルピスの部屋に転移してみれば灰猫、フェル、エルピスが部屋でテーブルゲームをしており、背を向けているからかこちらに気づいていない様子のエルピスの服をつかむとそのまま無言で転移を開始する。
この間おおよそ二秒ほど、そうなると心の準備が一切できていない状態でアウローラ達はエルピスの前に放り出されたことになる。
「何も準備ができてなーーって早いのよ何でもかんでも!」
「え!? なんで俺いきなり怒られてるの!?」
完全に巻き込まれた形になったエルピスは、突然の転移と叱咤に頭を混乱させる。
突然怒られたのだ、驚いてしまうのも無理はない。
誰だってテーブルゲームに勤しんでいたのにいきなり怒られれば疑問を感じる。
そしてその疑問はもちろんここに連れてきた張本人に向かった。「」
「それでなんなんだよルミナ、なんで俺呼ばれたの?」
「かくかくしかじかということだよ」
「まるまるうまうまーーって分かるかい! 母親と同じようなテンションやめてくれないかなあこう言うときは!」
「注文の多い男だね本当に、教えていいの私が……よさそうだね、じゃあまあ説明するよ」
「頼む」
それから数分後。
あらかたの事情を説明し終えたルミナは、あとのことをエラたちに託して部屋の隅へと移動する。
ベットの上で正座している美女四人を見つめつつ何か面白いことにならないかなとルミナが見つめていると、一番最初に口を開いたのはエルピスであった。
「大体状況は分かったんだけどさ、えっと……結局何がしたかったの?
「うっ!」
「男友達ができる事を案じて部活動禁止するくらいなら、そもそもこの学園に来ないと思わない?」
「ううっ!」
「……もしかして俺信用されてない?」
「ぐはぁ!?」
「セラ! アウローラが血反吐吐いてます!」
「大丈夫ニルは失神しかけているわ」
まるで安っぽいコメディドラマでも見ているような気持ちになり、ベットの上でスナック菓子を頬張りながら横になったルミナは事の進展がどのように動くのかを見極める。
彼氏ができない理由ははっきりいっていまのそのルミナの姿そのものにあるのだが、それを指摘できるほどの余裕がある人物は今この場にいない。
「ニル~、帰っておいで~」
「ダメだよエルピス。僕はもう…僕は……」
「エルその子泣いてないよ、嘘泣きよ」
「なんでバラすのさ!?」
「必要のない事をするからよ」
「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない。アウローラの真っ赤な顔でも見て落ち着きなさい」
ニルやエラも確かに顔は赤くなっているが、この中で最も周知の感情を覚えているのは人間としてエルピスと同じ程度の恋愛の価値観を有しているアウローラである。
自分ならばこう考えるだろうという考えは精神的な、種族が同じである以上他の面子に比べれば似通ったものになるはずで、つまりはエルピスはアウローラがなぜ嫉妬して欲しかったのかを理解しただろうと思っているからだ。
そしてそんなアウローラの姿を見てエルピスもようやくそのアウローラの表情を理解し、これまでにないほどに下衆な表情を浮かべて子供が大泣きするような悪い笑みを浮かべる。
「あははっ! 確かにいいもの見れたわ、ルミナありがと」
「ちょっとエルピス!!」
「馬鹿にしてるわけじゃないよアウローラ。むしろ逆だよ、可愛いと思ってる」
嫉妬して欲しいと人が感じる1番の原因は、その人物がいかに自分に愛情を向けているのかということに対しての確認行為であると言える。
ともすればその行為は、相手の愛情がどれほどなのか確認したくなるほどにまた自らの愛情が強いということも吐露する行為そのものであり、それを理解したエルピスはそんな行動を積極的にとっていた目の前の女性が可愛らしくて仕方がなかった。
そんな中で逆にに嫉妬心を燃やしたもう一人の可愛い森霊種が、エルピスの袖を引っ張りながら言葉を投げかける。
「エル! 私は!?」
「もちろんエラも可愛いよ。セラとニルは……今回は触れないでおこうかな」
「下心が…僕の下心が見透かされ始めているだとっ」
「最初っから下に隠れてなかったわよあなたの心」
恋愛に関して言えば誰よりも上手に事を運べるはずなのに、いつも割りを食うのはどうしてかこの二柱である。
次の作でも考えておくかと頭を捻るニルと、そんなニルの作戦をいかに上手く利用しようかと考えるセラはそんなところがおそらくエルピスに見透かされてしまっているのだろう。
ルミナの予想ではそんなところだったのだが、実際のところはこの二柱が何を考えているのか本当に理解しているのは二柱だけなのかもしれない。
かくしてほとんど無駄であった謎の嫉妬させる計画とやらは、全く意味もないままに露と消えていったのであった。
「──あ、そうそうエルピス」
「どうかした?」
「この間の海龍が明日迎えにくるから来いってさ」
「うへぇ」
お願いされた事をすっかりと忘れていたがこれで伝えたので大丈夫だろう。
そう思いながら再びルミナはお菓子を食べ始めるのだった。
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