第139話海の神

「海神か……」


 窓から映る果てしない海を眺めながら、エルピスは小さく息を吐き出す。

 昨日の夕方、龍の気配を感じて外を眺めるとあの時の海龍がルミナと喋っているのが見え、何かあったのだろうかと思っていたらエルピスに用事があったらしい。

 もちろん鍛治神から海神に言伝をお願いしていたのでそうなることは承知済みではあったが、戦闘を行える神に会いにいくとなるとエルピスの心も少しだけ浮き足立つ。

 海の神が相手だ、鍛治神の時のようにお気楽に行くことはさすがのエルピスにもできかねる。


「やぁエルピス、緊張してるねぇ。僕がまた慰めてあげよっか?」

「余計なお世話だよニル、それに緊張なんかしてないし!」

「またまた、さすがに無理があるよー? 僕的にも海神は要警戒って感じかな」


 にひーっと笑みを浮かべて現れたのは、制服姿に身を包んだニル。

 何も用事がなく彼女がここにきているわけではなく、エルピスが昨日ルミナから報告を受けた直後について来てくれないかとお願いしておいたのだ。

 学生服で来るあたりはおそらく校則を守ってのことだろう。

 かくいうエルピスも既に制服を着用しており、同じ帝国式の制服なので二人が揃うと軍隊式の制服も相まって、どこか同じ部隊にでも所属しているようである。


「しかも今から行くのは海の中でしょう? 下手をするとーーなんて事にもなりかねないかもね?」

「その含みの中にいったい何があったのか、聞く勇気が欲しい気もすれば欲しくない気もするよ、おはようセラ。急に呼び出してごめんね」

「なんなのさー僕だって急だったじゃんかー! 姉さんおはよー」

「おはようニル。そう言えば武器の方用意してくれるって聞いたけれど……」

「ああ、ちゃんと用意しておいたよ」


 そう言ってエルピスが取り出したのは双剣と杖。

 双剣の方は両方エルピスが持っていた魔剣を主な素材としており、それ以外にも様々混ぜてはいるものの、夜空のような綺麗な黒色はそのままに最低限の装飾のみ施されている。

 次に杖だが、こちらはエルピスが持っている手持ちの小さい杖ではなく、1メートルを超えるかなり大きな杖となっている。

 多少性能を落とせば伸縮は自在であり、硬さも龍神の鱗を使っているだけあって相当なものなので殴られると普通に死ぬ。

 両者の戦闘スタイルによって様々な点で細かく調整しておいたが、これができたのも全ては鍛治神の知恵があってこそだ。

 エルピスの持つ刀も今となってはかなり強化されており、じっくりと手に馴染むようになっていた。


「良いですね、これなら思いっきり撃てそうです」

「この世界に来てから同時発射数に若干ではあるけど制限入ったもんね、僕のこれも結構良い感じに整備されてるしさっすがエルピス!」

「ありがとう、まぁ全部鍛治神のおかげだけどね。ニルのやつはあのでっかい狼の姿になった時ように変形機能も入れておいたよ」


 どう考えても作成手順的に変形機能などつけられるはずもなかったのだが、なんだか上手くいってしまったのだからしょうがない。

 権能も解放していないのに随分とまた強くなった武器類を見ながら、これなら装備も作っておけば良かったかなと心の隅で若干思うものの、防御面に関してはあまり不安がないので早急にするべきこともないだろう。

 自分の鱗よりも硬い材質のものを見つけられていないのが一番の問題点だとは分かっているが、龍神の鱗より硬いものなどそうそう見つかる事もない。


「ありがとうエルピス! それじゃあそろそろ約束の時間だし行こっか」


 そう言ったニルに連れられるようにしてエルピス達が来たのは、昨日ルミナ達が話していた漁港である。

 朝一番に来るようにエルピスの方から海流にはお願いしておいたので、そろそろ来てもおかしくない時間帯。

 こちらを不審がったような目で見つめてくる船乗り達の目に晒されながらも、エルピス達はゆったりとした雰囲気で海を眺めながら待つ。

 明らかに学生である見た目のエルピス達が腰に武器を指しているのだ、疑問に思うのも無理はないだろう。

 だがその疑問も船員たちの悲鳴と共に現れた海龍によって吹き飛ばされたようで、海龍はエルピスを見ると大きくため息をついた。


『久しいな龍の祖よ。迎えに来たぞ』

「それ気を使ってるつもり? なんか別方向の勘違いされてそうなんだけど」

『人に我の言葉は聞こえておらん、いいから黙って乗れ。それと今から向かう先は深海だが問題ないか?』

「魔法貼るから問題ないよ、目立つんだから早く」

『そう急ぐな、ほら乗れ』


 海龍の背に乗せてもらい、驚いた顔をした船乗りたちを無視してエルピス達は海の中へと進んでいく。

 魔法によってエルピス達の周りの水を侵入して来れないように阻害し、一通りの作業が終われば気付くと学園は遥か彼方へと遠ざかっていた。

 さすが海の神の使いといったところだろうか、海中での移動速度で言えば全力時のエルピスの飛翔にも匹敵しそうなほどである。

 羽が無いため羽ばたくような動作はないが、背鰭と体を上手く使いながら進んでいく姿はこういってはなんだがうつぼのようにも思える。


「かなり遠いね、人類居ないでしょここら辺」

『人類どころか陸地もないから陸上生物は殆どいない。見えてきたぞ、あの海溝の最下層に海神の城、がある』

「うっわ、下見えないんだけど……なんかこう陸上生物として無性に恐怖感あるよね」

「俺はもうすでに横を泳いでいるこの魚にちびりそうになっている」

『なんだその程度の雑魚にびびって、我にびびれ我に』


 口を大きく開けてこちらを見つめるごかいのような生物を見て、エルピスのやる気はどんどんと削られていく。

 深海といえばすでに深海ではあるが、こんなどこぞのゾンビ映画にも出てこない見た目をしたクリーチャーがもう出てくるのだ、下まで潜れば一体どんなヤバい生き物が出てくることやら。

 そう思っていたエルピスの予想とは裏腹に、深海へとたどり着くと目に飛び込んできたのは先程までと真反対の光景だった。

 暗視を使わずとも見通せるほどに明るい海中には様々な色の珊瑚が生息しており、それ以外にも様々な色の生き物達が優雅に当たりを泳いでいた。

 魔法の範囲外に手を出してみれば水圧もどうやら水面と同じ程度しかないらしく、水温も少し冷たいが丁度いいくらいの温度に保たれている。


『驚いたか? 海神が綺麗な生き物が好きだというのでな、こうしてすでに上では絶滅していたり数が少なくなっている生き物を離して居るのだよ』

「なるほどねー、だからこんな可愛い生き物ばっかりなんだ」

「そうね、これも可愛い──ゲテモノが混じっているのだけれど」

『ぶさかわと言うやつなのだろうよ。我の感覚からすれば全て餌だから何も感じんがな。ほれ見ろ、城もここまで来れば見えるだろう』


 そう言うと同時にエルピス達の目の前に、先程まではなかった大きな城が現れる。

 贅の限りを尽くされているであろうその城は今まで見てきたどの城よりも大きく、美しく、そして気高い。

 おそらくは中庭であろう場所に降り立ったエルピス達はその広さに圧倒されながらも、先程までのように自らの周りを空気で囲みながら龍の背から降りる。


「ふう、ようやくこの姿に戻れた。でかいと腹が減るからなるべくこれでいたいんだがな」

「な──っ! 人間に変われたんかい!?」

「そりゃ長いこと生きてるからな。使い勝手いいからこの格好は好きだぞ」


 深海のような深い青の髪に鮮やかな青の瞳、浴衣の様な軽い着こなしで海龍は佇んでおり、なんとも言えない渋さがある。

 実力的にも人型を取れておかしく無いので不思議は無いが、それにしても随分とまた渋い姿を取ったものだ。

 年にして30後半から40前半くらいだろうか、目つきの鋭さは変わっていないが人型になったことで先ほどよりは少し親しみやすくもなった。


「お帰りなさいませ」

「海神は落ち着いているか?」

「いえまったく」

「だろうな」


 上半身は人間、下半身は魚、所謂所の人魚ではあるが麗しい女性ではなく屈強な男性の姿をした兵士がふらりとやってくると、それだけ会話を終えてどこかへと泳いで行ってしまった。

 そのまま言われるがままに先に行っていく海龍の後をついていくと、〈神域〉を使わずとも分かるほどに濃密な神の気配が廊下にも漂ってきている。

 戦闘する気が向こうにないと分かっていても相手が相手、強張る顔を軽く叩き緊張を解くと、気が付けば扉一枚向こう側にまで神は迫ってきていた。


「さて準備はいいか? これから対面するわけだが」

「いつでもどうぞ」

「それじゃあお構いなく」


 海龍が扉を開けると同時にエルピスの側を大量の魚が泳いでいく。

 先程外で見たのと同じ種類のようで、その美しさに見惚れていると目的の人物が目の前に座っていた。

 海龍と同じく青い目と青い髪、服装は昔美術館で見たギリシャの人が来ているような大きな一枚の布で出来た衣服を着用しており、手には身長と同じくらいはあろう刺又が握られている。

 まるでギリシャ神話の神である所のポセイドンのようだが、一つだけ決定的な違いがあるとするならば若さであろう。

 海神はどう見ても二十代前半程度にしか見えぬ見た目をしており、いまのエルピスと同じくらいの歳の顔立ちをしている。


「良く来たな創世の神よ。話は鍛治神から聞いている、会えた事を光栄に思うぞ」

「こちらこそ、全海を支配する海神に会えて非常に光栄です。私の名はエルピス・アルヘオ、どうぞよろしくお願いします」

「そうかよろしく頼むエルピス、私の名前は海神わだつみという。海龍とそこのお嬢さん方以外退出してくれ」


 いかにもギリシャの神のような見た目をしているのに、名前はかなり日本的な海神わだつみの指示を受けて周りに居た兵士達がエルピス達の横を通ってどこかへとはけていく。

 どこかで見たような気がする状況にもしやと思いつつ、エルピスはとりあえず海神と自分の間に一枚大きな障壁を貼る。


「よし、全員退出したな──よう創生神会いたかったぜ! いや本当に! なんだか楽しそうな事が起こるらしいじゃねぇか! えぇ!? 俺も混ぜなって!」


 平気な顔して障壁を打ち破り、エルピスの隣へ来ると背中をバシバシ叩きながらガハハと笑う海神を見て、エルピスは大きくため息を吐く。

 なぜ上に立つものは他の者を退出させると途端に性格が急変するのか、いや素の性格に戻っているだけなのだろうが、それにしても急変が過ぎる。


「力になっていただけるなら嬉しい限りです。ところでその話とは別件で一つ聞きたいことがありまして、よろしいでしょうか?」

「もちろん構わんともさ。海に関する事なら俺に質問すれば間違いはない」

「異世界人が最近僕の周りを荒らしていまして、名は雄二というのですがご存知ですか?」

「雄二……雄二」


 目の前で名前を小さく反復しながら、海神は目の前で権能を発動させる。

 権能の発動程度ならば感知できるように訓練したので、ある程度の事はなんとなく把握できるのだ。

 おそらくは探知系の権能なのだろうが使用してから数秒後、笑顔でこちらに向き直り海神わだつみはサムズアップしながら大きな声でエルピスの問いに答える。


「終わったぞ、まぁこの程度余裕よ」

「さすがです。それで結果の方は……?」

「はっはっはー! わっかんねぇ!」

「いや分からんのかい!」


 沈黙が辺りを包む。

 エルピスの声だけが微かに耳に残るものの、それ以外の音は何もなく至って静かなものである。

 慣れない事ノリツッコミなどするものでは無い、変なテンションに身を任せたのが間違いだったのだ。


「ぶふっ! エルピス見事に滑ってるし」

「うるさいよニル! 自分でもちょっと思っちゃったけどさ!!」

「いや悪いとは思うがね、海の神である俺が調べて分からないという事は少なくとも海にはここ最近近づいてすら居ないな」


 恥ずかしい思いはしてしまったもののの、それを知れただけでもかなり大きな収穫である。

 海に近づいていないならば内陸部か上空、次元の間にいる可能性もないわけではないが、そう言った可能性を考慮しだすと無限に増えるのでひとまず内陸部か上空を探すのが手っ取り早そうだ。


「ありがとうございます海神わだつみ。助かりました」

「いやいや構わんよこの程度、それでは本題に入ろうか」


 空気が酷く重く感じられる。

 海神が言う所の本題、今後この世界のどこかに現れる可能性のある破壊神に対しての対抗策についての話だろう。

 鍛治神とも事前にやりとりをしており、必ずそれに関する質問が来る事はわかっていたが想定していたよりも重い空気にたまらず唾を飲み込む。

 こう言った空気は何度経験しても慣れないもので、その言葉に深く頷きながら海神からの言葉を待つ。


「大まかな話は聞いている。破壊神の復活も、何故君がここに居るかも。協力者として俺に話をもってきたのは間違いではないし、協力する気も勿論ある。この世界がなくなるのは嫌だからな」

「なら直ぐにでも協力してくれる──訳でもなさそうですね」

「そりゃあ同じ神のよしみだ、問題が起きれば協力するし助けて欲しいなら助ける。だがこれはそんな簡単に終わる話じゃない、俺の命と、俺の家族の命がかかっている。そう簡単に決められる問題じゃない」


 破壊神に対して対抗する手段を持つ者が今この世界にいるかと言う問いに対して、エルピスは分からないとしか答えられない。

 何故ならば創生神は既に死んでしまい、その後継者である所のエルピスも未だに海神の力には遠く及ばない事だろう。

 将来強くなる可能性だけでいえばもちろんエルピスは破壊神と同等の力を持つ可能性もあるが、その可能性が芽吹く前に破壊神が行動を開始しないとも限らない。

 ならばエルピスがその行動前に強くなれるだけの男なのか、そこを見極める必要が海神には合ったのだ。

 最悪なければエルピスをここで殺し、辺りを放浪する創生神をエルピスの肉体に無理やり詰め込み新たな器とすることでも代替え品程度にはなり得る。

 本気のニルを相手にしたときでも感じたことのないほどのプレッシャーに膝が震えるのを感じながら、エルピスは声が上擦らないように気をつけながらゆっくりと口を開く。


「勿論理解しています。どんな問題であろうと、どんな試練であろうと、乗り越えるつもりでここにはやって来ています。如何様にもなさってください」

「そうか……そうだな、何故破壊神からこの世界を救いたいか、それだけ教えてくれればそれでいい。今の君の力を見たところでどうしようもない、ならば君の心を見せてくれ。それで君と協力するか決めよう」


 心を見せてくれとはまた、実力よりもよほどの難題であるように思える。

 明確な答えがない以上は海神に媚びた答えを出すか、それとも己の中にある答えを実直に伝えるかそのどちらかしかないだろう。

 だが今回に限ってはエルピスに迷いはなかった。

 既にその問題はエルピスの中でも出ていた物で、その為にエルピスは力をつけて来ていたのだから。


「俺がこの世界を救う理由は好きな人が居るからです。セラ、ニル、アウローラ、エラ、優柔不断で誰か一人を選べないこんな俺について来てくれた何よりも大切な四人です。彼女達を守る為に私は戦い、彼女達が生きてきたこの世界を守る為に戦います」

「なるほど愛か、確かに理由としては悪くない。だがそれではもし彼女らを別の世界へ移動させ、君自身もその世界に転移させ安全を確保すると言われたらどうする?」

「それでも戦いますよ。父さんや母さん、可愛い妹に手のかかる王様。ぶっきらぼうな師匠に案外鬼畜な魔法の先生だったり、彼等を見捨てて彼女達と逃げて胸を張って生きてはいけませんので」


 ありきたり、そんなの元より承知の上。

 愛情と友情を持ってこの世界を守ろうとする事こそエルピスにとっては大切で、それ以外は特に必要であるとも思えない。

 大切なのはこの世界で出会った人物達、今のエルピスを作り上げてくれ人々達である。

 その人達を見捨てて逃げるくらいならば、エルピスには自分が死ぬ可能性があったとしても引く気にはなれない。


「そうか……いや、答えが気に入らなかったわけじゃない、むしろそう言うのはかなり好きだ。

海の人間として、生命の源として、大きな愛情はあるべきだし、友に対する想いも勿論それと同じく必要であると思う。だがもし仮に君以外全員が殺されたらどうする? 戦えるか?」


 もちろんエラ達だって生命を持つ種族だ、首を飛ばされれば死ぬし身体をチリにされれば死ぬ。

 この世界では死者を蘇生させることも安易には出来ないし、出来たところでそれがその人本人なのかと言う問いに対して、エルピスは答えられる答えを待ち合わせていない。

 ならばここは傲慢に、最初この世界に来たときの自分の思いをそのままに伝えるのが正解なのだろう。


「殺させませんし殺されません。もし異世界転生したら女の子は絶対に泣かせないって決めてたんです、既に何回か破っちゃってますけど悲しい涙は絶対に流させません」

「傲慢とも取れる発言だな。今の君にそれほどの力があるとは思えないが」

「もし何だったら称号全て解放して死ぬ気で戦いますよ、それでも無理だったらそうですね……敵と俺だけ別空間に切り離して永遠に殺し合いでもしますかね」


 作り出した世界ならば自分で軽く条件さえ設定してしまえば、後は相手にその条件を上書きされない限り永遠にそのままである。

 エルピス以外の神で世界を作り出せる神は今のところセラとニル程度のものなので、それを考えると破壊神以外に妨害されることはほとんど無いだろう。

 もし相手が破壊神で合ったとしても、その時はそのとき。

 昔からこう言う困った時に限ってなんだか上手くいくのだ、もし無理だっとしてもその時に何か良い手が転がってくるはずである。


「良いだろう、それだけの気概があるなら俺からはもう何も言わない。現時点を持って俺たちは公平な仲間だ、よろしくなエルピス」


 エルピスの答えに対して納得してくれたのか、海神はにしゃりと笑みを浮かべるとエルピスに対して手を差し出す。

 先程までは神の中での位を気にしてエルピスだけ敬語であったが、名前を呼んでくれたと言うことは認めてくれたと言うことなのだろう。

 先程までとは違い、しっかりとした気持ちで海神の手を掴むと、エルピスもにっこりと微笑む。


「こちらこそよろしくお願いします海神わだつみ

「ああ、よろしくな。そうそう、お近づきの印にこれやるよ」


 そう言って海神が懐から取り出したのは、小指ほどのサイズの小さな笛である。

 どうやら鍛治神の手によって作られたもののようで、作り出した時の鍛治神の記憶が脳内を巡っていくのを感じながら、それと同時に魔神の称号が何か不思議な力がその笛にかかっているのを感じ取った。

 この力の感覚はおそらく権能だろう。


「俺の力が籠もった笛だ、込めた魔力量に応じて海の生き物を呼び出せるようになってる。各海に住まう主なんかも俺の名前の元に働いてくれるはずだ、もし何かあればそれを使え」

「ありがとうございます。私からもこれを、鍛治神にも渡したんですが、それを使えばどんな攻撃も絶対に一度は防御できるはずです」


 エルピスが手渡したのは、ドッチボールサイズ程度の大きな赤い球体である。

 それはフィトゥスに対して昔エルピスが渡していたのと同じ、魔力を鍛治神の力によって無理やり固めたものの様に見えるが、決定的な違いが二つある。

 一つ目は込められている魔力量の差、エルピスは今現在魔力量に制限がない為、この球体に込められている魔力ももちろんとてつもない物となっている。

 二つ目にその魔力を、邪神の障壁として展開できる機能がついていることだ。

 これはエルピスの邪神の権能の中でも最強の権能である所の障壁を、エルピスの魔力に反応するようにして外壁に薄く組み込んでおいた代物であり、エルピス本人が近くにいないと直ぐに消えてしまうものの天災魔法すら防ぐ効果があることは既に自分の魔法で実証済みである。


「悪いな、受け取っておく。だが客人と商品を物々交換すると言うのもなんだ、追加でこれを渡しておこう」


 そう言って海神がどこからか取り出したのは、大きな酒樽であった。

 エルピスはまだ酒を嗜んでいないのでそれの重要性が如何程なのかは分からないが、海神が渡してきた物なのだ、それなりに良い物なのだろう。


「ありがとうございます。それではこれ失礼させていただきます」

「ああ、また直ぐ会うことになるだろう。それまでしばしのお別れだ」


 海神に見送られエルピス達は無事陸へと帰っていく。

 情報こそ手に入らなかったものの、難しいと思われていた海神との契約は無事に終えることができたのは行幸である。

 陸に上がる海龍の背で、エルピスは今日一日の頑張りを実感するのだった。

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