第137話閑話休題?

 話は飛んで一週間後。

 知らない土地と言えど七日も住めばある程度の事は分かってくるもので、移動や会話に困る事はもうない。

 最初は警戒されていたルミナも今となってはクラスの輪の中に溶け込んでおり、時間が物事を解決するとはよく言ったものだが、予想より早くルミナにも友達ができていた。


「なるほど……面白いねその発想、ぜひ取り入れて見たいところだね」


 どこから持ち出したのかルミナの手に握られているのは青い版、その上にレポート用紙を止め左手でそれを持つと器用に意見を書いていく。

 制服の着用義務がないとはいえ、ルミナは昼間からラフな格好に身を包み、まるでそこら辺の生徒と同じような態度を取っている。

 これが神の娘だと言うのだから手がつけられない。

 最初は怯え切っていたクラスメイト達も、今では何でも作れるルミナにあれやこれやと案を出しては面白いものを作らせる始末。

 この学園に来た目的が恋人を作る為であるのだから積極的である事はもちろん良いとこではあるのだが、それはそうでもいくらなんでもと言ったところである。


「ルミナちゃんはお洒落とかしないの?」

「私かい? 私は動ける服の方が好きかな、ドレスなんか来た暁には破いちまうかもしれないね」

「私も動きにくいからドレス嫌い。パパが着ろって言うから着てはいるけどさ」

「私もそんなものよ」


 未だにクラスメイトから敬語で話しかけられるエルピスが見たら、指を加えそうな程の人気っぷり。

 これならば案外思いの外、早く恋人が見つかりそうなものではあるのだが。

 なにしろルミナ、そもそも恋人を作る気が全くない。

 父が居らず街の中の住民達を父として仰ぎ生きてきた彼女からすれば、そもそもの話、目の前にいる人物は皆平等に仲良くするべき人物で止まってしまうのだ。

 つまりは誰とでも仲良くはなれるが、それ以上を作ろうとする気が本人にないのである。

 だからこそ今の鍛治神は状況を変えてみようと質の良い人間が多くいるここに娘を遣わしたのだが、娘からしてみればアイデアを出してくれる友達の幅が広がっただけでもあった。


「それじゃあ私は一旦この辺で、明日もよろしくね」

「じゃーなー」


 教室を後にしたルミナが真っ先に足を運んだのは、エルピスの部屋であった。

 住みやすいように改造してはもらっているものの、エルピスの部屋は湿度温度魔力量などが常に最適になるようエルピス本人によって調整されており、作業をするのにはなにかと都合がいい。

 訪れてみれば部屋の主はソファでだらだらと時間を潰しており、時折り天井を眺めては物思いにふけったような表情で深くため息をこぼしていた。


「どしたの?」


 そんなエルピスの姿に耐えかねて疑問の声をルミナがこぼすと、エルピスは小さく声を出しながらソファから滑り落ちるようにして移動しそのままベットに飛び込んだ。

 どうやら相当の重症らしい。

 母親相手に啖呵を切っていた目の前の彼が、ここまでひよった態度を取るのには何か分けがあるのだろう。


「いや最近ーーまぁそうは言ってもここ数日の話だけれど、日々を怠惰に生き過ぎていて果たしてこれで良いのか、と思ってね」

「随分とまぁ変な悩みだね。やる事ないなら怠惰に暮らせば良いじゃないか」

「そうも言ってられないんだよ。他のみんなは部活動で忙しい中、自分だけこうして部屋でゴロゴロと言うのもね。もちろん情報収集はしっかりとしているけれど」


 何を悩んでいるかと思えば、随分と社畜的な根性が奥底にへばりついているらしい。

 休める時に休んでおく、これは土精霊ドワーフ達にとっては常識である。

 休みなど放っておけば永遠に来ない可能性すらあるのだ、自分から休みを取りに行くくらいが世の中丁度いい。


「やる事やっているのなら問題ないだろうに。それに部活動をしたいなら生徒達に教えてやりゃあ良いじゃないか。難しい事じゃないだろう?」


 神が自ら司るものを軽々しく教えるものではないが、エルピスは特例系統の神だ、そんな事を気にするだけ無駄であろう。

 それにルミナから言わせてみれば神の力は万人に広めるべきだ、どうせ誰も使えはしないが万が一誰か一人でもその力を扱えるようになれば新たな可能性を見出せる。


「そりゃまぁね。ただ俺がどこの部に肩入れすると言うのは不味いんだよ、それに部活動と言えば大体所属している国は同じ、なら親がしていない手前俺が勝手にどっかと仲良くするって言うのは……」

「神の癖に下らない事を気にするんだね。それに君の歳、親の言う事を聞くものでも無いだろうに。いつまでも親に縋ってどうするのさ」

「確かに親元を離れる時期ではあるけれど、親に告げずに親離れなんて馬鹿なことも出来ないだろうに。まぁそうだな、考えておくよ」


 捉えにくい答えではあるが、本人がそう言っているのならばルミナがこれ以上口を出す必要もない。

 他人の決意の後押しをしはするが、とはいえ最後までそれを見送るには自らのやるべき事を終えてから出ないといけないだろう。

 夫を作れと親から言われた手前、答えを見つけずに他人を助けられる余裕もない。


「ところで何で急に部活動なんかを気にしだしいんだい?」

「ああ、急にセラとかエラが中の良い部員の話し始めたから、部活に入るかは別として俺も仲良い人を作ろうかと思って」

「へぇ、それは男なの? 女なの?」

「男八割女二割って感じかな? 元々この学園男の方が多いし」


 それは如何なものなのだろうか。

 いやまぁ先ほど自分の答えを見つけ始めようとした人間が、他人の恋路に口を出すのはどうかと思うところではあるものの疑問に思うものは思うのである。

 自分がまだ恋愛をしたことがないので詳しくは分からないが、普通に考えてそれは所謂嫉妬してもらおうと思ってのものなのか、もしくはエルピスよりちょっといい人見つけちゃった、と言うことなのではないのだろうか。


「いやそれって……まぁいいか、私から言う必要もないだろう」

「なんだよ気になるなぁ!」

「どうでもいいから気にしないでくれ」


 気にしないでと言われれば、気にしたくなるのが人の性。

 何がなんなのか全くわかっていないエルピスを置いてけぼりにし、ルミナはその場から走り去って行くのだった。

 それからルミナが向かったのはこの学園に最初に来た時と同じ港、数日前から何度か母からの連絡があり、今日港へと迎えと言われていたのだ。


「ああ、そういう事」


 たどり着いてみればなぜ母親がここに来るよう言ったのか、その意味がすぐに分かった。

 船の影より大きな影、不気味な魔力の奔流に少し気分が悪くなる。

 戦闘を得意としないルミナにとって恐怖の対象ともなり得るそれは、海の神の使いであるところの海龍だ。


『この前ぶりだな鍛治神の娘よ。息災であったか?』

「この前って、会ったの私が生まれてすぐくらいでしたよね……? まぁそんな事より今日はどういった用事なのですか?」


 神の使いともなれば齢は万を超えることもザラである。

 その中でも海龍といえば人類史ができるよりもさらに前から存在し、海神の使いとして土精霊達にも親しまれている存在だ。

 相当の年月を生きていると思って間違いはないだろう。

 母からもどう言った理由で海龍が訪れるか聞いていないので正直に本人に尋ねると、ルミナの問いに対して少し笑ったような雰囲気を見せながら答える。


『相変わらずだなあの神は。うちの神ほどではないにしろ、神は適当でないと生きていけない法則でもあるのだろうか……まぁいい、今日来た理由は他でもない、あの神に用があってきたのだ』


 あの神、というと先程まで会っていたエルピスの事だろうか。

 この学園にくる道中何度かエルピスが海龍の話をしていたので両者に面識があったのは知っているが、どうやら何か用事があったらしい。

 さしずめ母親が関わっていることから考えて、海神とエルピスの仲を取り持つ為に来たのだろう。

 神の使いとは言えご苦労なことだ。


「エルピスならいま部屋でゴロゴロしているから呼んでくるよ」

『休憩中なら構わん、代わりに言伝を頼む。海神からの誘いでな、明日この時刻に我がここに来るから待機しておいてくれ。迎えに来る』

「了解。同伴は何人まで?」

『連れてきたいならいくらでも構わないと言っておいてくれ』

「分かった、確かに。迷宮にかけて本人に伝えるよ」

『ああ、頼んだ。すまんな』


 それだけ言うと水竜は長い首を海へと戻し、船より大きな影を再び海の中へ生み出しながら驚く程の速度で何処かへと行っていく。

 先程はぐらかして部屋を出た手前、戻るのは少々面倒ではあるものの最も大切な迷宮にかけて誓ったのだ。

 仕方ないかとため息をつきながら、ルミナは再びエルピスの部屋へと向かうのだった。

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