第136話部活動!

「入部?」


 言われた言葉をそのまま返した私の言葉に対して、目の前の少年少女らはそれであっているとばかりに頭を縦に振るう。

 ここは学生寮から少し歩いたところにある小さな小屋、いくつかこのような小屋が学内に存在し、部活動を行っているのは事前説明でアウローラも知っていた。

 さて、入部は抜きにしたところで部活動などいったい何年ぶりのことか。

 自分が高校生活を送っていたのがそもそも……そこまで考えて一旦思考を止め冷静になる。

 歳のことなんて考えても良いことがないのだ、とりあえずは改めて一から話を整理するとしよう。


「それでなんで私を部活動に?」

「はい。この派手魔法研究部において最も重要視されているもの、それが魔力量! ヴァスィリオ家は王国内屈指の武闘派貴族、その中でも特に魔法の才を持つアウローラさんには魔力面で強力して頂きたいのです!」


 目の前で熱弁しているところの彼の話を要約すると、この部はこの学園において最も派手で高出力で高火力の魔法を作り出すことを目標としている部活らしく、その為に魔力量、魔法操作技術共に彼らよりもさらに高いアウローラをスカウトに来たということらしい。

 それならばセラやニル、エルピスなんかに誘いをかければいいと思うのだが、あの三人は近寄りがたいオーラを常に身に纏って生活しているので、話しかけづらいのは私も分かる。

 実際エルピスやニル、まだしも知らない状態でセラが前から歩いてきたら、私も目線をずらす自信があった。

 部活に誘われた事自体は特に問題はないし、お爺ちゃんや父からもこの機会にと学園を満喫するように言われている。

 部活動に入ること自体には問題がないと言えるだろう。

 ただ大きな問題が一つある。

 それは何かあった場合、エルピスの近くに居ることができないのですぐに移動できなくなる可能性がある事だ。

 それにアウローラがエルピスの旅に付き合っている理由は、各国の動きを調査し、万が一王国に危機が迫った場合ヴァスィリオ家の娘であるところの自分が民に誰よりも早く注意喚起を行う為だ。

 一か所に留まり続けるのはその当初の目的に反しているし、エルピス自身も船旅の最中にあまり学園に長居する気は無いと言っていた。

 だとしたら私の魔力頼りに魔法を作ったところで魔法を発動する人間がいないのだから、そもそも部活に入らない方が良いと思う所ではあるが……。


「お願いします! なんとか!」

「私からも!」

「僕からも!」

「どうかお願いします!」


 真面目な顔をして真剣に物事に取り組んでいる小さな子達に、こう言われてしまえば私的にも断りづらいのも確かだ。

 どうしようか周りすぎて痛む頭を抑えつつ、とりあえず保留にしておいてほしいと小さく呟くのだった。


 /


 薄く白い衣を見に纏わせ、普段ならば見えないようにと隠している左右合わせて系六つの羽を広げながら、セラは言われるがままにポーズをとっていく。

 ここは女人のみしか入部を許されていない秘密の花園、シュエン学園美術部。

 所狭しと並べられた絵や彫像の中には様々な技法が取り入られているのが目に見え、この学園に通う生徒達の美術に対する意思と技術の高さがその作品群から垣間見える。

 ただ残念なことを言ってしまえば、その作品群の中に明らかに学校に作るのに際して適していないと思われるものが多く含まれている事だが、女人しか参加を認めていないのはこう言った背景があるからなのだろう。

 逆に男性のみの部活も見てみたいところではあるが、どうやら話に聞くと数年前に部員数の低下によって廃部してしまったので、今となっては見ることもできない。


「すいません、無理してお願いしてしまって」

「いえ構わないわ。こうしていろいろして頂いているし、それにこう言っては自惚れのようだけれど慣れているので」


 出されたお菓子や飲み物、クッションなどを目にしつつ、セラは申し訳なさそうな生徒に声をかける。

 それにセラ本人が口に出した通り、こうして絵に描かれるのはセラにとって珍しい話ではない。

 熾天使、天女、女神などなど、姿形は変えているが様々な文献にセラはこう言ってはなんであるが、くどいほどに登場している。

 天界での実務に比べれば座って茶菓子を食べているだけでチヤホヤされるこの仕事は、かなり楽な部類に入ると言っても良いだろう。


(とはいえエルピスと喋れないのは少し残念だけれど。図書館の方で魔法反応を感じるし、おそらく読書中かしら?)


 なんとなくで感じる気配だけでそれを読み取ると、セラは再び崩れかけていたポーズを取り直す。


「あの方美しいわよね、翼が様になっていらっしゃるわ」

「あの羽は自前らしいわよ。なんでも特殊な天使の方で、エルピス様が召喚なされたのだとか」

「エルピス様の使いでしたのね? それに天使……なるほどあの美貌も肯けます。嫉妬心すら抱くこともできませんわね」


 ひっそりコソコソと喋られては気になって仕方のないところではあるが、口に出して注意するほどのことでもない。

 褒められているのだから素直に喜べば良いのである、ただし向けられている感情の中に友情や親近感などと言ったものと別に恋心がある事を除けばではあるが。


(とりあえずは書き終わって解放してもらったらエルピスの元に行きましょう、そろそろアウローラやニルもアタックしそうな時期ですし)


 /


「—―という事ですので、実際に戦闘経験のあるエラさんに顧問として入部していただきたいのです」


 どこかの誰かが同じような事を言われている不思議な感覚を味わいながら、エラは目の前の彼の言う事に頭を悩ませる。

 戦闘経験の一切無い一般的な学生の顧問役として程度ならば満足な仕事は行えるだろうが、どこまでブレようともエラの本業はエルピスの身の回りの世話。

 王国では先輩が代わりに業務を行なっていたので何もできなかったが、この場においてはエルピスの世話をできるのはエラにだけ許された事である。


「お誘いいただきありがとうございます。ですがその……私はエルピス様の従者、その業務を怠るわけには行きません。それに皆様方は有名な貴族の家の出、私程度が皆様に物を教えると言うのはなんとも」


 昨日、大貴族や王の息子や娘だけがエルピスに話しかけていたように。

 今日、昨日とは違いエラやセラ達に人だかりができていたように。

 この学園においても立場の差というのは顕著に現れている。

 表向きは平等を歌う学園ではあるが、ここを卒業すれば各々自らの国で決められた場所に戻っていく。

 そうなると学園の時に仲が良かったから、などと言って当人達が対等に喋ると国の力関係が上手く均衡を取れなくなってしまうのだ。

 それを抑止するための役割として生徒会がこの学校にも存在し、様々なルールを生徒内で暗黙の了解として作り出し運用しているらしい。


「この部は軍隊のような物です。外部から持ち込んだ権力より、純粋な力が地位を決める場所、ならばエラさんが一番上なので問題はありません」

「な、なるほど……?」


 非常に困った事になってしまいました、一体どうしましょう……。

 とりあえず仲間と相談するとだけ告げたエラは、その場から逃げるようにして去っていくのであった。

 —―そして時はエルピスが宿舎へと到着してから、三十分ほど経過した頃に進んでいく。

 偶然部屋の前でばったりと出会ってしまった三人組、おそらくここに来た理由は同じような物だろう。

 そんな彼女たちはお互いの顔を見合わせて決心したような表情を見せると、エルピスの部屋の扉を叩き返事を待たずして中へと入っていく。

 中にいたのはポーカー中のエルピスとフェル、二人とも制服を乱雑にベットの上に投げ捨てており、窓辺に取り付けられた椅子を取り囲む二人はいつもの私服へと着替えを終えている。

 まるで修学旅行にでも来ているような二人の格好を見つつ、一番最初にエルピスに声をかけたのはアウローラだ。


「あの、ちょっと用事あるんだけどいい? エルピス」

「お帰りアウローラ、エラ、セラ。作業しながら聴いてもいい話かな?」

「多分三人とも同じ内容な気がするからとりあえず聴いてから決めてくれない?」

「三人とも? 別にいいけど」


 頭の上にハテナマークを浮かべながら、一応作業の手を止めたエルピスに対して、三人は顔を見合わせてタイミングをはかり、せーのと掛け声が聞こえそうな勢いで声を出す。


「「部活に誘われたんだけどどうすればいい?」」

「へ? 部活?」


 決死の覚悟で言ったアウローラ達に対して、エルピスの態度はそんな事なの程度の反応である。

 三人の中から誰かを決めて欲しいと言われる可能性すら想定していたエルピスからすれば、質問の想定していた方向性とだいぶ違ったので驚いてしまったのだ。


「良いと思うよ? みんな何部に誘われたの?」

あたしは派手魔法研究部ってところ」

「私は美術部のデッサン対象として入部……と言って良いのかは分からないけれど協力して欲しいと」

「私は……あの部活名前なんて言うんだったかな? 戦闘経験があるので教官役として来て欲しいと」

「あ、言い忘れたけど僕も悪魔同好会的なとこから誘われたんだった」


 アウローラとエラはなんとなく予想していたのでそうなっても大丈夫なように色々と考えてはいたが、まさかセラまで抜擢されるとは思ってもみていなかったエルピスは頭を回し始める。

 なにより驚きなのは普段から近寄りがたい雰囲気を醸し出しているセラに話しかけられたことだ、エルピス自身逆の立場であればしり込みしていること間違いなし。

 確かにセラはデッサン対象としてこれ以上ないほど優秀な人材だと思うし、エルピスだってそれを踏まえても自分が絵を描けたなら一度セラやニルを書いてみたりしてみたいものである。

 きっとセラを誘った学生はそれくらいの思いをもって誘ったのだろうし、他の生徒にしてみてもしっかりとした判断に基づいたうえでの行動であることは考えるまでもない。

 不安そうな顔をしている三人に対してエルピスはきっと慣れない土地で不安なのだろうと考え、優しく背中を押してあげる方向性にシフトチェンジする。


「良いと思うよ、魔法研究部に美術部、あと謎の部活にそれよりもやばそうな部活。諸経費かかるなら僕から出すし、気にせず楽しんでおいでよ」

「……アウローラ、これ失敗かもしれませんね」

「え? なんの話よ—―ってああそう言う事? セラだけ目的若干ずれてるのにここに来たのってそう言う事だったの?」

「大丈夫エラちゃんは自然とやってるから、あとニルも」


この場にいないニルの名前が出たことで会話の内容に少しだけ興味がわいてくるが、特にこれといって発展しそうな会話内容でもないのでエルピスは軽く触れるだけに抑える。


「何言ってるんだろ?」

「さぁ? 分かんないけど女の子のひそひそ話は聞いて良いことなんて一つもないことだけは知っている」

「それは確かに」


 部屋の隅の方へと移動して三人で団子になり話をしているセラ達を見ながら、フェルとエルピスは片手間にしていたポーカーを終わらせる。


「げ!? 何この手!?」

「昔から運の絡むゲームで負けたことないんだよね」


 机の上に投げ捨てられているのは四枚の同じ数字のカードと一枚だけ山に入れたジョーカーからなるファイブカード、ローカルルールではアルがこれに勝てるのはロイヤルストレートフラッシュだけだ。

 まるで自分が勝つ事を事前に分かっていたような口ぶりのエルピスは、席から立つと台所の方へと消えていく。

 先程軽食を作ると言っていたので、それを作りにいったのだろう。

 なんだか負け方が精神を逆撫でする負け方なのでもう一度挑みたいところだが、目の前にある役を見てしまうと正直100回やっても勝てる気はしない。

 テーブルの上のカードを綺麗に並べていると、いつのまにか三人組がフェルの近くまで近づいてきており、その中でも一番相手にしたくない相手がフェルの目の前、つまり先ほどまでエルピスが座っていた席に座る。


「ねぇ悪魔、どう思う?」

「何がですか、あと近いから肌ピリピリするんですけど。紫外線か何か出てるんじゃないですか」


 フェルとエルピスが先ほどまで座っていたのは座るだけでギリギリの小さな椅子と、カードを置いてしまえばそれだけで机が埋まってしまうような小さな小さな机だ。

 もちろん対面に座ればお互いの手が届くほどの距離であり、セラにこれほどまで近づかれるとフェルの肌が神聖な魔力に当てられたチリチリとし始める。

 なんとなくこちらに来ることは分かっていたので、事前に多少辺りの魔素を汚染してそれを抑えようとはしたが、正直時間の問題といったところだ。


「出てないわよ。それでだけれど、貴方何か良い案出しなさいな」


 いきなり現れて普段あまり直接話さないのに良い案を出せとは、暴君にも程がある。

 いや、まだ文献に出てくる暴君の方がいくらか優しいか。

 暴君だって目の前の天使を見たら裸足で逃げ出すに違いない、堕天していないのが不思議なくらいだ。


「えっと……何を何の為に誰に向かってするんですか?」

「エルの嫉妬心がどんなものなのか気になったらしいですよ?」

「あのエルピスよ? どこまでやったら焼きもちを焼いてくれるのか少し気にならない?」

「悪魔であるあなたならエルピスが嫉妬するとどうなるか、見てみたくないかしら? あの飄々としたエルピスが嫉妬に燃え狂ってる様」

「悪魔の事なんだと思ってるんですか。ですがそうですね—―」


 セラにそう言われて、フェルも頭の中で嫉妬に燃えて怒りをあらわにするエルピスを想像してみる。

 —―うん、無理だ。

 そもそもあの手の輩はなんだかんだそう言った出来事が起きる前に事前に回避させるタイプだし、起きていたところで気づいてすらいない可能性もある。

 むしろ仲良い友達が増えるのは良い事だなどと言って、積極的に友達作りをさせようとすらしている側面もたまにあった。

 そんな彼が自らの嫉妬心を自覚し、鬼のように怒る様は恐怖が若干あるものの確かにほんの少し見てみたいものではある。


「軽くご飯作ってきたよ、カロリー抑えめだけどみんな食べ—―どうしたのセラとアウローラそんな怖い顔して? エラ何か知ってる?」

「あ、いえいえ、お気になさらず私関係ないので」

「ほぅ?」


 何を言っているのか分からず首を傾げるエルピスだが、数秒後にはどうでもいいかと意識の外へ消えていく。

 警戒心を無くし何を話しているか聞こうとしなかったエルピスは、にっこりと微笑む狩人達の目の前で何も分からず笑みを浮かべるのだった。

かくして女性陣の第一回嫉妬させるとどうなるでしょう計画は発足する、面倒な女性であると思ってはいけない、彼女たちもまた不安と自己を愛している証を明確に目にしてみたいだけなのだから。

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