第134話制服

 時間は少し経過し、時刻は18時過ぎ。

 王国の暦では既に夏になる時期ではあるが、この地域では秋が始まり太陽も6時にもなると既に地平線の彼方へと落ちてしまっていた。

 エルピス達はというと生徒用の宿舎へと案内され、一通りの説明を受けた後一番広いルミナの部屋に集まり時間を潰している。


「学園に来て初めて使う力が部屋の改修なのなんだかなぁ」

「部屋の中が不便だからしょうがない。今時自動で水も流れないとかナンセンスだよ」

「基準が土精霊ドワーフだから人間の国で暮らすの大変そうね」

「自動ドアやエスカレーターの類似品もいくつか見受けられましたし、魔法でそれらを作る森霊種エルフとは違い日本と同じものが多く見られた印象だわ」

「買い物とかも組合で慣れてたからあの時は気にならなかったけど、普通の店でもあのデジタル式? の方法使ってたしね」


 人類の科学的な技術は頭打ちになっているというのが現状であり、一部発展している技術は転生者が持ち込んだものや土精霊ドワーフから買い取っているものだけである。

 原因としては、そもそもこの学園が魔法を主にする学園であるように、科学技術よりも魔法操作技術の方が重要視されているという世の風潮もある上、鉄などの資源は土精霊ドワーフだけでなく土下人ノーム土大獣ベヒモスなどの管理下にあることが多く無闇に手を出せず貿易で手に入れるしかないのが現状だ。

 しかし化学技術があまり使われていないのも一般的に使われる道具の話だけであって、国によっては銃などを使用する部隊もいくつか存在するし、武器に関する技術だけで言えば地球よりも上ではある。

 ふと気配を感じエルピスがドアの方へと視線を向けると、この学校内における雑事を担当する執事やメイドといったもの達が入ってきた。


「アウローラ様、エラ様、準備が終わりましたのでこちらへどうぞ」

「セラ様、ニル様、ルミナ様もどうぞこちらへ」

「残った男性陣は私が。隣の部屋が空いておりますのでそちらで」


 言われるがままにエルピス達は隣の部屋へ移動すると、各国の様々な様式を取り入れた制服が所狭しと並べられていた。

 丈の違いから材質、かけられている魔法効果までどうやら違うようで、本当にその国特有の気候や文化に合わせた制服作りを行っているらしい。

 エルピス、灰猫、フェルの三人は所謂自分達の国と言うものを持たない生活を送っており、エルピスは順当に行くならば王国に傾きがちではあるが、それでも決して王国の民というわけでもないのでどの服を着ようとも問題はない。

 神官職によく見られる装飾を真似して作られた法国の制服、規律ある軍隊のような帝国の制服、ラフな格好で過ごす様に作られた王国の制服などなど。

 選ぶ幅があまりにも広すぎて困るところではある。


「では説明をさせていただきます。まずこの制服の着用義務ですが、一定の日を除き、例えば卒業式や入学式などの学園行事であるとか、年に数度行われる公開授業以外においては着用の義務はございません」

「ないんだ、てっきりあるものかと」

「王族貴族ならぶっちゃけるとこれより良い服なんて腐るほどあるからね、灰猫の言いたいことも分かるけどそんなもんさ」

「まぁ確かに。エルピスに貰ったあれも高そうだったし、金銭感覚バグってるよね」

「確かにそれは僕も同意ですね」

「いやあれは俺も高いと思った、とてつもなく」


 なんだか久々にフェルとしゃべったような気がしなくもないが、思えば海の上では殆ど死にかけていたのでそれも仕方がない。

 話を途中で中断してしまった事に対して謝罪し、一通りエルピスが聞いたことを纏めるとこうである。

 一つ、この制服の値段は一律であること。

 二つ、この制服は最高級の職人の手によって作られたものであること。

 三つ、この制服に泥を塗る行為は学園に泥を塗る行為である。

 四つ、学園に許可を取って外出する際、特に問題がなければ制服を着用すること。

 五つ、制服を何着購入しようとも個人の自由である

 ようするにこの制服は資金力に圧倒的な開きがある大国と小国の貴族達が、その資金力にものを言わせて子供の衣服を着飾ってしまうと目に見えて格差が生まれてしまうため、学園の名の下に公平な制服を作成するということだ。


「ちなみにカラーリングなど気になる点がございましたら自由に決める事が可能ですので、その点に関しまして着用の際にお申し付けください。装飾品に関しましても学校指定の物のみとなっております」


 渡されたカラーリストや装飾品一覧を見ながら、エルピスはある程度目星をつけていく。

 それから数分後、もうおおよそ決まったエルピスとは対照的に、灰猫とフェルは頭を抱えて悩んでいるようである。

 こういってしまっては何であるが服なんて大体どれでも同じなので、エルピスからすれば気にするほどの事でも無いと思うのだが、なんらかの理由があるのだろうか。

 それは不安げな顔をしながらこちらを向いた灰猫によって伝えられる。


「この代金払えるほどお金が無いんだけど……」

「右に同じくです……。一応へそくりとして魔石がいくつか有りますけど足りるかどうか」

「ああなんだフェルも灰猫もそんな事気にしてたの? いいよ全然気にしなくてそんな事。金なら本当にいくらでもあるからさ」


 共和国で巻き上げた金額だけでも、この学園でエルピス達一行がこれから豪遊三昧したところで過ごしていけるだけの金銭を稼いでいる。

 それに踏まえて王国での研究協力に際して得た金銭や、各地で手に入れた雑費に、雄二達との戦闘後グロリアスから無理やり手渡されてしまった王都防衛に際しての防衛費用。

 確かに月収という点で言えば気分次第で0にも100にもなるエルピスではあるが、万が一の場合に何かあっても問題はないくらいの金銭はある。

 たとえ今からアルヘオ家が解体されても、本邸にいたメイドや執事達と両親といま居る仲間達全員死ぬまで養えるお金は、既に別に保管してあるのだ。


「うーん……なんだかな。そのお金に対しての見返りを返せる自信がないよ、僕はフェルほど強くも無いし」

「大丈夫だよ灰猫、けど確かに無償って訳にも行かないよね。それだと納得出来なそうだし……そうだなどうしようか」


 灰猫が力になれないと以前から悩んでいたことは知っているので、いつか意識を改善させてあげたいと思っていたのだが、意外なところでチャンスが巡ってきた物だ。

 そもそも灰猫自身元はエルピスの首に刃を突き立てるほど力に対して誇りを持っていたわけで、そんな灰猫からまるでペットの猫のように甘やかされている現状は非常にもどかしいのだろう。

 エルピスとしては今のメンバー全員、居てくれるだけで精神が安定するので居てくれるだけでもいいのだが、そうして何もせず放置すると人が離れていくことはエルピスにもなんとなく分かる。

 灰猫とフェル、あとエラとアウローラにも出来る事ならこの学園でそういった負い目から脱却してほしい。


「ならこうしよう。学年トップ10位以内に入れなかったら、この制服代とその他諸々を払ってもらう。もし取れたら永久雇用という形で家でずっと働いてもらう代わりに代金は肩代わりするよ。それでどう?」


 条件としては悪くないはずだ。

 この学園のトップ10ともなれば、下手をすれば新たな国を開けるほどの力を得る必要がある。

 それを雇用できるのであればその程度の金銭、端金だと言っても差し支えないだろう。


「うん……うん! それなら僕も納得だよ」

「私も大丈夫です。頑張ってトップ10を取り永久雇用してもらいましょう」

「ん? いや何言ってるのフェルは別条件に決まってるじゃん」


 自分も頑張って見せましょう、そう言いたげなフェルに対して、エルピスはバッサリと切り捨てる。

 まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするフェルだが、エルピスがそう言った理由など説明するまでもないほどに簡単な事だ。


「へ? な、何故でしょうか?」

「当たり前でしょ普通に強いんだから。実力隠してるけどエラよりも強いの知ってるからね? そもそも全開時のニルの頭を踏みつけている訳だし」


 確かにあの時のニルに対して不意打ち的な形で攻撃を仕掛けたフェルではあるが、はっきり言って不意打ちなどエルピス達の戦闘において存在しない。

 ニルはフェルが頭上に現れるその前からニルがいる事に気がつき、そして対策しようとしていたはずである。

 その上でニルに対して攻撃を仕掛ける事ができたのだ、状況があったにしろかなりの実力がある事は想定済みだ。


「まぁそうだね、フェルの目標は一度でも良いからこの学園にいる間に俺と戦闘して、肌に傷をつける事。それが目標ね」

「難易度が跳ね上がった所の騒ぎじゃ無いんですけど、まだこの学園の年間の学費1日で稼げって言われる方が簡単ですよ?」

「それだと簡単すぎるでしょ、だから丁度良い設定。それにこの学園でトップ10って死ぬほど難しいよ? エラにアウローラも居るし、ミリィさんにアデルさんこれで四人居るからこの四人に魔法と戦闘の総合点で勝たないといけかもしれないんだし、結構きついね」


 この学園に元からいるトップ10も〈神域〉を使って探った感じではかなりの実力者である。

 神の力を抜きにし半人半龍ドラゴニュートとしてこの学園に来ていたなら、エルピスもトップ10に入れたか怪しいところだ。

 それ程の無理難題を灰猫に対して課したのだから、フェルに対してもそれなりに無理難題を課すべきだろう。


「魔法に関してはエルピスのサポートを受けても良い?」

「もちろん。エラを除けばさっきの三人も俺が教えてるしね、任せてよ灰猫」


 魔法に関する教育であるならば、エルピスはかなり経験を積んできた。

 問題なく、それでいて完璧に、その人物の潜在能力を引き出せる自信がある。

 自身たっぷりなエルピスの姿に灰猫は満足げに耳を動かすと、大きく頷いた。


「ーーっとそういえば制服を決めるのが当初の目的だったね忘れてた」


 一旦話が終わり、申し訳なさそうに間に入ってきた執事を見て、エルピスは何をしにいまここにいるのかを思い出した。

 制服を決めるのが今回の目標なのである。

 灰猫やフェルも再び選び始めてしまえば、それほど時間がかかるような様子もなかった。


「では私はどこの国とかはないので標準制服で」

「僕はゆったりしたのが良いから王国式かな、アウローラとかも多分これだろうし」

「俺は帝国式の制服でお願いします」


 標準制服は今日学園の中で見かけた、少し濃い青色を主とした少し特徴的な制服であった。

 フェルが選んだのはその中でもこれと言った装飾のない落ち着いた物であり、半袖と長袖両方を選んだようである。

 灰猫が選んだ王国式の制服は、日本の制服に慣れているエルピスからすると制服なのか疑問に思ってしまうほどにゆったりとしたものであり、どちらかというと部屋着のようにすら見えた。

 逆に帝国式であるエルピスの制服は規律然とした装いであり、軍服のようにも見えるそれを着ると少しだけ背筋が伸びるのを感じる。


「意外だ、それ選ぶんだね。なんかきっちりしてるから嫌がるかと思ってた」

「うーん、まぁ切り替えしやすいしこの方が。緩い服着るとやる気でないんだよね」

「ふーん? そんなもんなのかな」

「そんなもんだよ」

「ーーではこちらの方で計測させていただきます。もうしばらくお待ちくださいませ」


 こうしてエルピス達の学園生活は始まっていく。

 計測されていく自分の身体を眺めながら、エルピスは新たな生活に向けて深く息を吐き出した。

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