第133話同級生

「みなさんも聞いていると思いますが、こちらはかの土精霊ドワーフを統べる鍛治神の一人娘でありお名前をーー」

「ーールミナと申します。皆様と学びを共にできる事、非常に光栄に思います。至らぬ点もございましょうが、どうぞよろしくお願い致します」


 教室の中を酷く粘度の高い緊張感が襲う。

 目の前にいる少女、赤い髪に特徴的な火傷と、それをアクセントだと言わんばかりの完成された造形美の少女が、鍛治神の娘であると言う事を再確認して。

 人類の中で、一体何人が本当の神と出会ったことがあると言うのか。

 そもそも神は自分が司る種族の者以外にその姿を表す事は非常に稀であり、もしあったとしてもそれは大国の王が謁見に出向いたときなど限定的な状況下でのみだ。

 それがその神本人ではなく娘とは言え、いずれ神となる人物が目の前にいるのだ。

 この世に生まれてだかだが十と数年、緊張するなと言う方が難しい事であろう。

 それにここまで生徒達が緊張しているのは、何もそれだけの理由ではない。

 彼等も王族や貴族の生まれであればこそ、神には及ばずとも遙か高い位の人物に出会ったことがないわけではない。

 だがそんな位の高い人物にあってきた彼等だからこそ、目の前の少女の腰の低さが不気味なのである。

 強者とは、覇者とは、神とは傲慢であり不遜であり絶対であるべきである。

 そうなるはずの神の娘がまるで人の子の様に振る舞っているその姿に、力を振るう方法を覚えた獣を前にした様な恐怖感を生徒達は味わっていた。


「「よろしくお願いします」」

「次にそちらの方達は……?」

「ああ、すいません、では私の方から。神の娘 ルミナの後に恐縮ではありますが、これから皆様と少しの間一緒に勉強させていただく、エルピス・アルヘオと申します。魔法に関しましてはそれなりに自信がありますので、もしよろしければ何か有ればお気軽にご相談ください」

「ーーあのアルヘオ家?」

「確か長男がいろんな国を回ってるって噂だったけど……」

「ご両親はいま魔族領にいらっしゃるんじゃなかったかしら。父と文通しているのを見たわ」

「あら、私の母と文を交わしていたときはそろそろ魔族領を出るとおっしゃっていた様だけれど?」


 どうなら学園長がうっかり伝え忘れた様で、三者三様の反応を見せながら先ほどよりも圧倒的に教室内がざわざわし始める。

 教師がそれを急いで宥めに行くが、目の前にいるのは転生前のエルピス達と同じく話したい盛りの16やそこらの青年になりかけている少年少女達だ。

 その程度の納め方でおまるはずもなく、数分ほど教室内はざわざわとした空気のままである。


「すいません、エルピスさん。これはとんだご無礼を」

「いえいえ、お気になさらず。家柄で言ってもこの中では下も下、その程度に扱っていただけた方が私と致しましても過ごしやすく思います。少々人数が多いので申し訳ありませんが後の者は自己紹介を省かせていただきます、皆様もご了承ください」


 少し意地悪な返答にはなってしまったが、それでも文句を付けずにさらっと流したのだから勘弁して欲しいところである。

 教室の一番後ろ、何故か綺麗に開けられた席に座りながらエルピスは久方振りに自分の机の上にペンと紙を置く。

 日本で使っていた頃と似たようなシャーペンと紙が、そこにはあった。

 明らかに日本製、この世界において異質な存在であるからこれは全く使っていないせいで、セラから他の技能と統合して新しい便利な技能に変えましょうと言われたこと計6回を超える|技能〈スキル〉〈ガチャ〉によって手に入れたものである。

 エルピスとしてもこの〈ガチャ〉という運が絡んだ技能は楽しそうなので積極的に使っていきたいのだが、問題点としていかんせん費用対効果が尋常ではないほどに悪い。

 たとえばこの紙とシャーペン、素材交換でガチャを行うポイントを入手し、それによって引いたものであるが、値段に換算すればエルピス達が旅でよく着る王国で買ったあの目玉の飛び出るような値段のするローブと大差ない程である。

 50枚入りのレポート用紙を当てるためだけにその費用である、おいそれと引いていてはエルピスの財布が空どころか借金すらできる勢いだ。

 そんな諸々の事情から〈ガチャ〉は封印していたが、最近懐も潤ってきたのでそろそろ再び使ってもいい頃合いかもしれない。

 そんな事を思いつつ、おっかなびっくり授業をしている教師の話を聞きながらエルピスはノートをとっていく。


「ねぇねぇエルピス、なんか青春って感じしない?」

「そうだな」


 ふとノートを取っていると、横に座っているアウローラがそんな事を言い始める。

 小声でそんな事を言ってくるあたりアウローラも結構楽しんでいるんだなぁと思いつつ、エルピスは軽く笑みを浮かべつつ頭を縦に振った。

 久々の学生生活、無くしてしまった青春を今になってようやく取り返しているような気分である。

 修学旅行さえなかった高校生活だったので、いまこうして好きな人と一緒に授業を受けている今こそ最も青春らしい。


「案の定というかなんというか。というかこれなんの授業なの?」

「火魔法発動時の待機中の魔素変化における水魔法発生時の発動遅延についてだよ。36Pに図が載ってる」

「ありがとフェル。それであそこの席だけど大丈夫? 若干2名顔が阿修羅だけど」

「阿修……なんだいそれ? まぁセラさんもニルさんも隣に座るつもりだったろうし大誤算ってとこかーー」

「ーー悪魔、消されたくなかったらちゃんと授業受けなさい?」

「はい」


 授業も中盤に差し掛かり、ゆったりと教室内の緊張感も解け始める。

 すると同時に睡眠を必要としないエルピスが船を漕ぎ始め、時同じくしてニルもゆったりと頭を振り始めた。


「こらエルピス、起きなさい」

「寝てない、大丈夫幻覚貼ってるから起きてるように見える」

「何も大丈夫じゃないし、がっつり寝に行ってんじゃないわよ。当てられたらどうするの」

「そうよエル、後でお昼寝の時間はあるから」


 睡眠を必要としないエルピスですら眠たくなるのだ、教師の声には全員強制的に眠らせる効果でもあるのではないだろうか。

 アウローラに注意されてしまえば起きないわけにはいかないし、エラに至っては若干ではあるが子供扱いさえし始めている。


「それではこの問題をーー君、答えてくれるかな?」

「ーーはい。それは空気中の魔素量の欠如により、魔法反応の三段階目で発動条件を満たせなかったが故に起きた現象です。対処法といたしましては魔法発動前に周辺に魔力を垂れ流す事や、可能であれば周囲の魔素濃度を上げることが対処法となっております」

「正解です。ありがとうございました」


 問題を解き終わるとドヤ顔でこちらを見つめてくるニルに対し、笑顔で手を振りながらエルピスは再び身体を机に預ける。

 幻影が見えるように魔法を設置しているので、教師には今のエルピスは至って真面目に授業を受けているように見えている事だろう。


「天才はあれだからねぇ」

「解けりゃ良いってもんでも無いとは思うけれど、あそこまで完璧な答えを言われるとね」

「多分セラもそうだろうけどあの二人もうこの教科書全部暗記してるよ、現にセラ教科書読んで無いし」

「本当に? 教科書読んで無いなら何をしてるんだろ? 寝てる雰囲気もないし、考え事かな?」

「この空間の魔素を以下に削れるか俺と勝負してる、いま俺が補充する番で、セラが魔素を削る番」

「あんた達授業内容を実習してるにしても、難易度高すぎるのよしている事自体が」


 そんな風にゴロゴロと時間を過ごしていると、いつのまにか一時間が経ち授業が終了し、担任が出ていくと同時にエルピス達の周りに人だかりができる。

 転校生自体がそもそも珍しいこの学園において、一番上のクラスであるここに転校生が入る事などまずないのだろう。

 さすがにルミナには近寄りがたいようではあるが、親の関係で両親のことを知っているのかエルピスに喋りかけてくる生徒は多かった。


「ご機嫌ようエルピス・アルヘオさん。私はセンテリア帝国第三皇女ハーマイト・ミクロシア・センテリアと申します。イロアス様にはご贔屓にして頂いておりました」

「共和国第三序列ライハン・ヴォルデウスの第一娘、ライハン・サージェントと申します、どうぞお見知りおきを」

「連合国最高司令の一人息子、アイデリック・フォン・カールと申します。同じくお見知り置きを」

「法皇の次女、ペトロ・ケファ・アリランドと申します。ペトロとお呼びくださいませ」


 まず最初に挨拶してきたのは、四大国の重鎮達の娘や息子達だ。

 さすがに同じクラス内においてもカースト順位が存在するようで、大国に遠慮したのか貴族の一人息子や一人娘などはこちらを遠巻きに眺めているだけである。

 ちなみに名前を誰一人として覚えていないので、どうしても呼びたくなった時は〈鑑定〉で見てから呼ぶしか方法はなさそうだ。

 一通り挨拶を終えると前の三人はそそくさとルミナの方へ向かって行ったが、ペトロだけは何故かニコニコとしながらこちらを眺めていた。

 神官職の人間とは出来るだけ出逢いたくなかったが、その中でも法国の一人娘となると少々面倒なところである。

 神であることがバレずとも、いつぞやの王国での時の様に神に関する質問をされては面倒だ。


「もしやではありますがエルピスさんはーー」

「ーーそういえば話を遮る様ではありますが、フィーユという名の幼い少女と王国で出会ったのですが、もしかして……?」

「フィーユと会ったのですが!? フィーユは私の妹です、何か無礼なことをしていないでしょうか?」

「大丈夫ですよ、良い子でした。可愛らしい妹さんですね」


 なんとか記憶の底から引っ張り出して妹と出会った時のことを思い出し、エルピスはおそらく聞かれそうになっていたであろう神に関係しているかと言う質問を間一髪のところで回避する。


「人見知りな子でしたが、たまに会うと可愛く見えるものです」

「兄弟や姉妹は良いですよね。僕にも妹が居るのですが未だに会えていないのが少し残念です」

「まぁ、それは確かに残念ですね。エルピスさんの妹ですからとても可愛らしいのでしょうね」

「ありがとうございます」

「ーーアウローラ、僕の何か第六感的な物が危機感を感じ始めてるよ」

「奇遇ね私もよ。ーーあ、どうもご機嫌よう。こっちはこっちで話しかけられるからエルピスの方に行けないし……まずいわね」


 まだ一度も出会ったことのない妹ではあるが、文を交わしているのでどんな物が好きかくらいはエルピスも知っている。

 出来れば早く会いたいところではあるが、直ぐに会える様な距離にも居ないので、会うとしてももう少し先の話になりそうだ。

 それから少しの間互いの妹の話に花を咲かせていると、ふと教室の前川の扉が開かれ見知った人物が入ってくる。


「あー! やっぱりエルピスさんもう来てたんだ!」

「久しぶりですミリィ様、アデル様」

「様はやめてよエルピスさん、クラスメイトなんだし」

「なら改めて、よろしくお願いしますミリィさん、アデルさん」

「さんもなんだか……って感じだけど、お久しぶりアウローラさん」

「久しぶりミリィ。貴方も私にさん付け要らないわよ」


 グロリアスと事前に連絡を取っていたエルピスは知っていたが、ヴァンデルグ家の三男と次女である二人もここに来ているのだ。

 先程の授業は二人共取っていなかった様だが、次の授業は取っているようなのでそれでここに来たのだろう。


「エルピスさんに教えてもらったおかげで、この学園でも僕らの成績トップクラスなんだよ!」

「それは良かったです」

「まぁエルピスさん達が来ちゃったからもうトップは取れそうにないけど……」

「あー、私一位取ろうと思っていたけどエルピスだけじゃなくてセラとニルも相手になるのか、無理ね」

「心配しなくても僕はテスト自体は受けますがランクからは抜いてもらいます、さすがに実戦経験のある僕が受けるのは卑怯ですからね」


 この学園で行われるテスト筆記、魔法実技、戦闘実技の三種類。

 その内エルピスとセラ、ニルが受けることになっているのは筆記のみである。

 魔法実技は言わずもがなではあるが、戦闘に関していえばたとえ学園にいる全員が相手でも持って2秒と言う所だ。

 人間基準のテストを受けるのだから当然ではあるが、それだと申し訳が立たないのでエルピス自らここに来る前に文で事前に伝えておいたのだ。


「確かにエルピスさんが敵だと勝てる気しないしなぁ。そう言えばエルピスさん達ってもう制服決めましたか?」

「未だですが……いくつか種類が有るんですか?」

「いろんな国の文化に合わせて様々な制服がありますよ! 今日は休日なので着ている人は少ないですけど結構お洒落で可愛いんです」


 確かに見てみれば廊下を歩く生徒の内の何人かは、青や黒系の制服を着ていた。

 特に色の指定などはない様で、本当にその国それぞれの特徴を持った服が多く見受けられた。

 寒い地域が多い連合国風では長袖などが、逆に年間を通して比較的暑い共和国風などでは半袖や半ズボンなどの肌が見える服が多い。

 鑑定を使い制服がどこの国のものなのか一通り調べ終えると、先程とは違う先生がびくびくとしながら教室へ入ってきた。

 どうやら次の授業が始まるようである。

 再び眠たくなりそうな雰囲気にエルピスは気を引き締めながら、ゆったりと身体を倒すのだった。

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