第130話セラとデート
今日はエルピスとのデートの日。
ジャンケンで負けてしまってエラよりも後になってしまったけれど、とはいえ丸一日エルピスを貸し切れるのだからもう気にする事でもない。
神界では創生神をデートに何度か誘ったが全てやんわりと断られ、幾度かプライドを傷つけられはしたものの、今この時の為だと思えば報われる気もしてくる。
「姉さんはそれで大丈夫そうだね。エルピスから貰ったんでしょそれ」
「ええ。王国を出る前にね、普段使い出来ないって言われたけれど土精霊たちは服装なんて気にしないから、この格好で歩いていても不思議がられないでしょう」
ニルの前でゆっくりと一回転し、私は鏡に自分の姿を写して改めてどんなものかと上から下まで眺めていく。
エルピスから渡されたこの服は、確かに日本で着れば相当に周りの目を引く事が予想できる。
ただこの世界であればこれよりも奇抜な格好なんていくらでもあるし、布一枚を体に纏い空をふらふらと飛んでいる天使達に比べれば、随分とおしゃれだと言っても良いほどだろう。
「黒に紺色のドレスって、なんだかエルピスらしいと言えばらしいけれど地味だね」
「男の人だし仕方ないでしょう? それに私もそこまで派手な色は好きじゃないわ」
「僕は意外性重視でカジュアル系の格好してみようかな。僕の見立てだけど派手なのは派手なので好きそうなんだよねエルピス」
「貴方がそう言うのならそうなんでしょうね。それじゃあ行ってくるわ、他の子達の事ちゃんと見ててね」
「任せてよ、姉さんの邪魔は誰にもさせないからさ」
ニッコリと笑みを浮かべてこちらに向かい手を振るうニルを見て、便りになる義妹だと思いつつ部屋を出る。
目指すはもちろんエルピスの居る部屋。
扉越しに聞こえてきそうなほどドキドキしている胸の鼓動を聞きながら、私はゆっくりと部屋に入っていくのでした。
/
「それで今日はどこへ案内してくれるのかしら?」
エルピスの隣を歩きながら、私はひっそりとエルピスの手に自分の手を近づけつつ予定を聞く。
彼の手に私の手が触れた瞬間、少しだけ緊張からか手の硬直が感じられたが、まるで割れ物でも触るかの如く優しくエルピスは私の手を握る。
最初にこの服を着た私を見た時もそうではあるが、少し緊張し過ぎな気もする。
彼と一緒に行くのならばどこだろうと構わないが、話の話題にはしやすそうだとの判断からだ。
「水族館に行こうかと思ってる。
「いいわね、この世界きてまだちゃんと生きて泳ぐ魚を見たことがないし」
多種多様な生物を作り出してきた身ではあるが、私は人間やそれに類するものしか触っていないので虫や魚などはそれほど知識もない。
確か
昔新種を作ったと言われて見に行った時は、牛と豚を混ぜてイルカで割った様な見たこともない生き物を作っていた前科もあるからだ。
それにしてもまさか土精霊達が、水族館を開けられるほどの技術力があったとは少し驚きだ。
ガラスの透明度や水量に対する強度などももちろん重要になってくるが、一番大変なのは入れる魚がこの世界で暮らしている魚なので凄く凶暴なところである。
さすがに水龍などは居ないだろうが、それにしても随分と技術が発展しているものだ。
「できれば映画館とかあればよかったんだけど、映像技術はまったく発達してなかったんだよねこの世界」
「映像という証拠があると何かと面倒になるし、仕方がないわね」
「平和になるといいんだけど、噂によると法国の方で動きもあるらしいし、いざこざばっかだよ」
そういうとエルピスはガックリと肩を落とし、気怠そうにため息をつく。
私と共に居るというのにため息を吐かれるというのは心外ではあるが、気持ちは理解できるのでそれに対して何か問い詰めるということはない。
比較的面倒ごとに巻き込まれがちなエルピスではあるが、自分から面倒ごとに突っ込んで行っているきらいがあるのも事実である。
人を殺したところでセラはなんとも思わないが、アウローラは未だにそれについて触れようとしないし、エルピス自身も心身に負担を負っている様なので、そう言った戦闘はもう出来るだけあって欲しくないものだ。
「ここがこの世界の水族館か。中々外装も綺麗ね」
「
数分も歩けば目的地であるところの水族館にたどり着き、エルピスと私は入り口で軽く会話をすると中へとズンズン入っていく。
水族館は基本的に外観は白色、内装は暗いがよくみると濃い青色がよく使われている。
照明で照らされている魚達は小さい物から一軒家が収まるほど大きな魚までおり、普段からもっと大きな敵と戦っているエルピスもその大きさに圧巻されている様だった。
私から見ても数匹ほど気になる魚が見受けられ、中でも一番驚いたのはあの試作品だと言っていた豚と牛とイルカのキメラが水槽内を泳いでいたことである。
冗談半分で作ったと思っていたが、どうやら真面目に実施したらしい。
こういう事があるからロームは怖いのだ。
「この世界って海老とか蟹みたいな甲殻類少ない?」
ふとエルピスが鑑賞用に開けられた小さな小窓から海の生き物を眺めつつ、そんな事を小さくぼやいた。
確かに先程までの水槽も基本となるのは一般的な魚類やタコやイカに似た軟体の生き物、後は日本の形式では判別不可能な物などが居たが甲殻類は目にしていない様に思える。
「海の生き物には魔法を使うものも居るし、そもそも環境に適応する速度が速いのでいらないとか、殻を背負うより素早く動ける方が生き残れるからとか理由はいろいろあるみたいね。ただ寄生型だったり固着性だったり、プランクトン並みの小さいやつなんかはそれほど変わらないみたいよ」
「美味しい生き物が居ないのはちょっと残念かな」
「そうね、私も出来たら蟹は食べたかったわ」
昔天界で創生神が料理漫画を見ながら作った蟹料理は、神の食べる食物としては決しておいしいと言える味ではなかったが、それでも思い出に残るあの味は出来る事ならまた食べてみたいものである。
すると私がそんな事を言うのが意外だったのか、エルピスは驚いた顔をしながら言葉を漏らす。
「ごめん、セラってあんまりご飯食べないイメージだったから驚いた」
「確かに私は食事を必要としないので祭りの時とかにしか食べないけれど、それで言えばニルもそんなに食べないのよ?」
「確かに言われてみればあんまり食べてるイメージないな。やっぱり神様の食べる料理の方が美味しいの?」
「そこら辺に関して言うのであれば、人それぞれね。確かに私はあの味付けが好きだけれど、完全なる美味であるかと聞かれたら少し疑問だわ」
あれはその個人においていま必要なエネルギーを完璧な配分で効率よく手に入れるための食料であって、嗜好品では無かったので余計その色合いが強いのかもしれないが。
それにその食料だって食べなかったところで何かある訳でもない。
強いて言うなら食べているとエネルギーの獲得効率が若干上がるかどうか、と言った程度の話である。
「そうなんだ、じゃあそんなセラのお口に合うかどうか少し不安だけれど、お昼にしようか。作ってきたからさ」
「ーーはい!」
まさかエルピスの手作り料理が食べられるとは。
思っても居なかった幸運に綻ぶほっぺを引き締めて、私は食事スペースに向かっていくエルピスの後を追いかけていく。
少々歩かなければいけない様で、エルピス達が居た場所から約10分程経過し、外へと続く扉を抜けてようやく食事用の場所にたどり着く。
そこは海がよく見えるテラス席になっており、下を見てみれば下からは見えなかったがこの水族館の出入り口も目に入る。
海から吹く風は少し塩の香りがし、吹き付ける風の爽快さに私もなんだか気分が良くなってくる。
事前に用意されていた机の上にエルピス特性の弁当を置き、私は対面に座った。
おそらくはエルピスが手作りで作ったであろう二段の重箱を開けると、様々な和風の料理が所狭しと並んでいた。
まるでおせち料理の様にも見えるが、いくつかおせちに入らない品物もあったので、エルピスなりに和風のお弁当をイメージして作ってくれたのだろう。
「味付けとか好みじゃ無かったらごめんね」
「エルピスの好きな味が私の好きな味だから大丈夫よ、いただきます」
そう言いながら実際口に含んでみれば、やはりいままで食べたどんな料理よりも美味しい。
味の付け方はかつての彼とはやはり違うが、篭っている気持ちは今の方が私にとって心地いい。
「美味しい、ありがとうエルピス」
「喜んでくれたなら嬉しいよ。まだまだ沢山あるからね」
/
ーーそれから数時間後。
テニスや釣りなど前回のエラとのデートでの反省を活かし事前に準備を重ねたエルピスは、時間をしっかりと有効活用し気付けばいつの間にか日も落ちきっていた。
出来る事ならば今日も花火を打ち上げたいところではあったが、さすがに何度もあんなものを撃っていると財布にも厳しいし、何よりエラと同じ方法で終わらせるのはなんだかセラを雑に扱っている様に感じて嫌だったので、しっかりと今日のために用意しておいた場所がある。
セラに感づかれないようにひっそりと、だがそれでいてゆっくりとエルピスは魔法を起動させていく。
魔神の権能をフル活用し盗神の力まで使えば、身体への負担は尋常ではないがなんとか一度くらいならばセラを騙すこともできる。
「かなり夜遅くなったわね。名残惜しくはあるけれど、ここら辺で終了かしら」
「まさか、まだまだ夜はこれからだよ」
「ーーそう。そっちの抜け駆けはアウローラに譲ってあげようと思ったけれど、エルピスがそう言うのなら答えないわけにもいかないわね」
「な、何言って?」
「女から言わせるのは卑怯ってものよ。男なんだから口に出さなくても分かるでしょう?」
魔法を起動するまで残りおよそ10秒ほど。
目の前で獲物を狙う獣の目になっているセラを前にして、エルピスの心拍数は跳ね上がっていく。
確かに自分の誘い方が悪かったのかと言われればそれもそうかもしれないが、まさかセラがこんな積極的に責めてくると誰が思うか。
だがこれだけこちらに集中してくれれば魔法も発動させやすい。
セラの顔が視界一杯に広がり、もう少しでお互いの唇が触れてしまいそうになったその時、エルピスは魔法を発動させる。
「ーー転移魔法? ここは一体どこなのかしら?」
「ここは龍の森の最深部、龍の里の中でも秘境の龍神の泉。なんでも昔ここから龍神が産まれたらしくて、龍神と龍神が認めた人しか入れないんだ」
疑問を口にしたセラに対して、エルピスはここぞとばかりに話を変える。
エルピスがここを見つけたのは偶然である。
幼少期の頃何度か遊びにきた龍の里ではあるが、この場所を見つけたのは龍の称号を完全に解除してからなので、かなりの間見つけられていなかったことになる。
龍神にしか見えないような特殊な細工がされており、龍の里の長しかこの場所のことを知らされていないらしい。
しかし知らされていてもこの場に入れるわけではなく、龍神が認めたものか龍神しかこの泉の周りには入れないのだ。
「綺麗ね、月が丁度湖に収まってて。飛んでるのは蛍かしら?」
「飛んでるのは蛍に見えるけどこの世界特有の固有種なんだ。光が結構強いのが特徴、あとここの湖はどの角度からもどの時期でも昼は太陽夜は月が反射してるんだよ」
「そう。これが貴方からのプレゼント……ありがとうエルピス」
一時期はどうなる事かと思ったが、予想よりも好感触だったセラの反応にエルピスは一安心する。
幻想的で美しい光景ではあるが、エラとは違いセラの場合は見た事があってもおかしくはない光景だ。
もしかすれば同じような景色をもうすでに見ているかもしれないが、エルピスの目から見た彼女は喜んでいるように見えるのでそれを口に出す必要はないだろう。
「それにしてもそんな人が来れないところに私を連れ込むなんて……そういうこと?」
「さっきからなんでそっち方面に持ってくんだよ! そういうキャラじゃないでしょーーっ?」
「ーーそうね、キャラじゃないわ。私が思い焦がれるのも、キャラじゃないわね」
「ーーッッ! な、急に何するのさ!」
完全に不意打ちだった。
ここから雰囲気を作り、キスをし、仲を深めて解散する。
そんな算段を付けていたエルピスを嘲笑うかのようにして、セラはにっこりと笑みを浮かべながらエルピスの唇を奪い去っていった。
自分が恋い焦がれるのではなく、相手に恋い焦されるのが自分であるとそう言ったセラの言葉通りに、かつてないほどエルピスの心は揺さぶられていた。
「追いかける恋より追われる恋の方が実は好きなのよ私。前までの貴方なら怪しかったけれど、今の貴方なら追いかけてきてくれるでしょう?」
そう言ってセラはにっこりと笑みを浮かべる。
なんて卑怯な女性だろうか、こちらがもう引き返せないほどに好きな事を知っていて、その状況まで追い込んでから始めて手の届かないところへとほんの少しだけ遠ざかっていく。
恋愛においてはやはり愛の神であるセラの方が何枚も上手だったようである。
「ああもうっ、追いかけるよ。ほんっと敵わないよセラには」
「何年片想いしていたと思っているの? いまさら私から逃げられないわよ」
おそらくきっと昔から片思いではなく両思いだったろうが、それをエルピスの口から出すのは野暮と言うものであろう。
この話すら聞いていてもおかしくない創生神の幽霊にそんな事を思いながら、エルピスは愛おしい目の絵の女性とのひと時に心を落ち着かせる。
学園出発まであとそれほど時間が残っているわけではない。
いまある休みを少しでも良いひと時にするため、エルピスは真剣にこの安らかな時間に向き合うのだった。
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