第129話エラとデート

  デートをするのは二度目の事で、だけれど前回とは違うお互いの関係に胸が静かに高鳴っていきます。


 メイドと主人であった私とエルピスが、今は恋人同士だなんて、まるで夢のようだと思いつつも、毎朝起きてそれが現実だということを認識する度に頬が緩んでいくのが感じられました。

 土精霊ドワーフの国に来て、迷宮に行った日から早くも三日、アウローラとニルを連れて一度王国へ戻ったエルピスは、そこで私とセラに着せる服をどうやら用意してきたようです。


 一体いくら使ったのか考えるだけで頭が痛くなるほどに並べられた服を見ながら、アウローラの指示に従っていくつか黙々と試着し、着替えた私を見るたびに表情をコロコロ変えるアウローラを見て、私も少し笑みが浮かびました。


「これかしら。いや、これかな?」

「アウローラ、これはちょっと丈が短すぎるんじゃ……?」

「確かにエルピスはあんまり短すぎるの好きそうじゃ無いわよねぇ、かと言って長すぎるのもそれはそれでスケバンみたいになるし、エラはどれがいい?」

「スケバン……? そうね、これとこれと、これが良いんじゃ無い?」


 黒いロングスカートに白いシャツ、上には黒いパーカーを羽織り飾りは木で作られたブレスレットだけ。

 はっきり言ってしまえばお洒落とはあまり言い難いですが、とはいえエルピスはこういう服装が好きなので特に問題はないでしょう。


 お洒落に気を使わなくて良いところは確かに楽ではありますが、その分他の所で可愛く見せないといけないので少し大変です。


「もう少し服に関しての文化が発展していたら良いんだけど、民族的なモノを除くと当たり障りのないものしか売ってないのが問題かしら」

「私からするとこのくらいが普通だから、アウローラの考えはちょっと分からないわ。異世界ではどんな服があったの?」

「いろいろあったわよ。私も全部の服の種類言えって言われたら無理だけど、色も種類もこの世界より沢山あったわ」


 アウローラの居た世界は前世のエルピスが居た世界らしく、どうやら聞いた話ではこの世界よりも衣類などに力を入れていたらしいので種類が多くなるのも納得できる。


「まぁとりあえずその格好で良さそうね。それじゃあ行ってらっしゃいエラ、楽しんでおいで!」

「ええ! 行ってきます」


 アウローラに背中を押され、外で待つエルピスの元へとゆっくり歩き出す。

 王国祭の時とは違う、彼氏として待ってくれているエルピスの事を思いながら、私は嬉々として階段を降りていくのだった。


 /


 朝日が眩しい現在の時刻は9時半ばといったところだろうか。

 人通りも激しくなり、多種多様な種族の姿が見える土精霊の街並みを見つつ、エルピスは小さく息を吐き出した。

 それは緊張からである。


 人生初のデート、うまくエスコートできるかと言えばそんな自信などどこにもなく、だがだからと言ってもちろん適当にするつもりもまたない。

 精一杯考えたデートプランを改めて思い出しながら思考に耽っていると、階段が軋む音が聞こえエラが降りてきたのを音で感じ取る。


「おはようエラ、今日は—―っ」


 エルピスの頭の中から言葉が飛んだ。

 この世に産まれ落ちてから、幾度となく見てきたはずの彼女の姿を見てエルピスは言葉を忘れてしまったのだ。

 決して派手とは言えない服装だ。


 普段エルピスがしているような格好と同じといってしまえばそれまでだし、お洒落は意識しつつも機能性を重視している感は否めない。

 だがエラが自分の為に服を選んで着てくれた、しかもその服が自分の好みに合っている、その二つのことがエルピスの頭から言葉を忘れさせたのだ。


「どう……かな、エルピス」

「に、似合ってる。凄く可愛いよ」


 手を後ろに回し落ち着きなさげに体を動かすエラに対して、エルピスはなんとか頭を動かして言葉を吐き出すとそれだけ言ってまた無言になってしまう。

 鼻腔を擽る匂いの正体は香水だろうか。


 普段はどこか龍の森を思い出させる優しい匂いを身に纏っているエラだが、今日は少し甘い女性の香りを見に纏っている。

 決して下品なほど匂うわけではなく、意識を割いてようやく気が付けるほどのうっすらとした香りではあるが、それがエラの子供らしさを完全に打ち消し目の前にいるのが一人の女性なのだと言うことを、否が応でも認識させてきた。


「ありがとうエルピス」

「……今日はまず買い物に行こうか。土精霊の街をゆっくり見て回りながらそのあとどこに行くか決めよう」

「ええそうね、いくつか行ってみたい店もあるの」

「じゃあそこにも寄って行こうか」


 もちろんどこに行くかやこの後どうするかなどの予定は事細かに決めてはあるが、エルピスが一人で組んだものよりも、その場の二人の空気で決めた場所に行く方が良い結果が生まれてくるはずだ。


 一先ずは初動が成功した事に安堵して、エルピス達は土精霊の街へ繰り出していくのだった。


 /



「綺麗だねエラ」


 まず最初にエルピス達がやってきたのは土精霊達の商店が並ぶ大通り。

 観光客向けに作られているので値段もそれ相応ではあるが、人間の商店とは違い物々交換が成り立つこの国の店ならば、どれだけ買い物をしようともエルピスが破産することはない。


 不思議な紋章の彫られたいくつかリングの付いたペンダントを付けているエラに対して、エルピスは率直な感想を述べながらも、他の商品がどうやって作られたかを事細かに調べる。

 鍛治神の知恵もあっていまのエルピスに理解できないものはない、あとは記憶を定着させるためにそれがなんなのかを改めて認識するだけだ。


「ありがとうエル、嬉しい」

「う、うん」

「熱々だねお二人さん。そこの兄ちゃんには酒を奢ってもらった恩もある、なんなら名前掘ってやろうか?」

「あ、お願いします」

「分かった。そこら辺見ておいで、三十分もすれば終わるから」

「行こうエル」


 エラの小さな手に引かれ、エルピスは次の店へと向かっていく。

 ふと目にしたエラの耳はほんのりと赤く染まっており、それを見て自分も耳が赤くなっていくのを感じる。

 なぜいきなりあだ名で呼んだのか、それを尋ねようとしてそれは無粋かと口を閉じた。


「森妖種の国ぶりだから、案外二人っきりになったの久々ってわけじゃ無いけれど、やっぱりエルと二人っきりだと楽しい」

「ありがとう。俺もエラと一緒にいれて楽しいよ」

「あははっ、なんか恥ずかしいや」


 微妙な空気が二人の間を通り過ぎていき、お互い顔を見合わせて焦ったい空気感にゆったりと時は過ぎていく。


「おいおいお熱いねぇお二人さん! こんな街中で」

「だれ—―って鍛治神何やってんのこんなとこで!?」

「おお、いい反応だねお疲れさん」


 エルピスとエラの間に割って入るようにして現れたのは、ラフな格好に身を包む鍛治神である。

 両腕をエラとエルピスの肩に回し、にしゃっと笑う彼女をみていると数千歳に近いとは思えないのだから不思議だ。


 いきなり現れた鍛治神に通りは騒然になるかと思えば、案外普段からこんな感じなのか特に辺りがざわつく様な雰囲気もない。

 もし王国でこんな状況になったらどうなるか考えると少々やってみたくもなるが、それはまたいつかするとしよう。


「いつまでも鍛治神呼びはそっけないねぇ? お互いなんでも知り尽くした仲なんだから名前呼びでもいいんだよ?」

「エル!?」

「いや違うから! あんたもわざと誤解する様な言い方しないでくれないかなぁ!?」

「はははっ! まぁ気にしない気にしない。全て予定通り進めておいたから、後はお二人さんでごゆっくり」


 大きな声で笑いながらそう言った鍛治神、変な空気を誤魔化してくれたのは嬉しいところではあるが、それにしてももう少し対処の仕方はあっただろうにと少しだけバンバンと叩かれる背中の痛みとともに睨みつける。


 それに対して鍛治神は軽く笑みを返すと、まるで元から居なかったかのようにどこかへと姿を消して行った。


「なんだったんだあの人」

「神様は自由な人が多いわね本当に」


 あそこまで自由な神もまた珍しいとは思うが、エラの言葉にエルピスは反射的に頷く。

 それから少しして店主と約束の時間になり店へ向かうと、先程同様ににっこりと笑みを浮かべた店主が二つの指輪を手にしてこちらへと小走りでやってきた。


 見てみればリングの裏側にはしっかりと名前が刻まれており、考えてみればエルピスにとって初めてのペアで付ける装飾品でもある。


「はいお二人さん、綺麗に名前掘ったから無くさない様にね」

「ありがとうございます。エルもありがとう」

「どういたしまして。店主さんありがとうございました」

「いやいや、気にしないでくれ。二人が仲良く出来ることを祈っているよ」


 そう言って品物を渡してくれた店主に対して礼を言い、ペンダントを付けながらエルピス達は再び通りを歩いていく。

 それから数時間後、日も沈み始め徐々に店の明かりが付き始める。


 先日入った酒屋の前を通り過ぎ、海の近くまで歩くとエルピスはエラと二人船着場で腰を下ろす。

 エルピスの手には先程屋台で買った雑多な食べ物が抱えられており、どうやらここで食事を終える雰囲気である。


「エルが五歳の誕生日の時以来だね、こんなに一緒に居たの」

「あの時は日が沈む前に帰ったけど、今日はまだ二人で居れそうだね」


 手を重ねて海を眺めながら、少しの間二人はゆったりとした時間を過ごす。

 思い出すのはやはり小さかった時のこと、エルピスとエラが二人っきりだった時間のことだ。


 エラからしてみればエルピスに自分以外にも愛する人が居るのは何もおかしいことではないし、むしろ恋など叶わぬと思い続け生きてきた自分からすれば今の立場でも天にも登るほどの幸福である。

 だが立場を得てしまえば欲をかいてしまうもので、ほんの少しだけでもいいから他の三人よりも愛されたいと思ってしまう。


「ん? どうかしたエラ」


 だがそんな邪な思いもエルの笑顔を見ればどこかへと消えていき、二人の間をゆったりとした時間が再び過ぎていく。

 だが先ほどまでとは少し変わったことがあり、エルピスがエラの目から見てはっきりとわかる程にソワソワしているのだ。


 視線も時折海のほうに向いたり視界の端で気づかれないようにエラのほうを見るエルピスは、どう見ても何かを待っているように見える。


「いえ、何か気になるものでも海にあるのかなと思って」

「いやまさか……ないって、そんな目で見ないでよ」

「わかりましたよ、無いってことにしておきます」


 少し気配を探ってみれば海の上にあるのは小さな小舟が二隻。

 それがエルピスが待つような相手かと聞かれれば、エラは間違いなく違うと答えられるだろう。


 特に何か特別な力があるようには感じられなかったし、何より種族が土精霊ドワーフだ。

 あと数分で日が沈む時間だし、漁から帰ってきたと考えるのが妥当である。


 そう思いながら海を眺めていたエラに対して、エルピスが頭を掻きながら困ったような声音で声を出す。


「エラに嘘ついても見破られちゃうよなそりゃ、ごめん柄にもないことして」

「ふふ、いつからエルの隣にいると思っているんですか。さすがに何を待っているかまでは分からないけど」

「確かに、昔から全部見破られてるしね」


 勿論嘘だ、エルピスが何をしようとしているかなんてエラには全くわからないし、そろそろ帰る時間かなと若干思っていたエラからすればなんの事かさっぱりである。

 だがエルピスがこう言っておけば自然と知らないことまで自白してくれるのは知っているので、その答えを知るためにエルピスに嘘をついた。


 案の定エルピスはそんなエラの策略に見事に引っかかり、自分からその答えを教えてくれる。


「まあ時間的にもちょうどいいし問題ないか。そのまま海のほうを見てて」

「特に変化は無い様に思うけど……」

「いいから。あと5秒、4、3」


 エルピスが時を数えていくのと同時に、ゆっくりと日の光が消えていく。

 夕陽が完全に沈みきり、夜が訪れたその瞬間にエルピスのカウントダウンは0になった。


「すごい」


 —―光が夜空を照らし出す。


 それと同時に少し遅れてお腹の中を響く重低音が駆け抜けていき、火薬特有の特徴的な臭いが鼻の中に入ってくる。

 王国で一度だけ似たような物を見た事がある。


 確かあれはアウローラとエルピスが二人で作っていた花火、という名の爆発系魔法だったはずだ。

 その名の通り花のような造形で夜空を埋め尽くすそれは、言葉に出来ないほどの美しさを持っていた。


土精霊ドワーフ特製の八尺玉、元いた世界でも不可能だったけどお願いしたらなんか出来ちゃったんだ、すごく綺麗だね」

「うん……本当に綺麗」


 言葉を交わしている間にも大輪は夜空を輝かせながら息を呑むほどの壮大さと共に消えていき、合間の沈黙は徐々に見つめ合う二人の感情を高揚させていった。

 気づけばいつの間にか家から身を乗り出し外を眺めるた土精霊ドワーフ達の姿も見え、気づけば周りはお祭り騒ぎのようになっていた。


 さすがにこれほどの爆音を鳴らす行事なだけあって、どうやら私の知らないところで事前に告知をしていたらしい。


「せっかくの良い雰囲気なのに周りが気になっ—―!」


 苦笑いしながらエラがそうエルピスに言おうとした瞬間、エルピスの唇が自分の唇に触れたのを感じて、エラは口を押さえながら真っ赤な顔で何が起きたのか分からないように視線をキョロキョロと動かす。


「周りからは見えてないよ、魔法を使ったから—―ってごめん! 嫌だった!?」


 涙がエラの頬を伝って大きな滴となり地面へと小さな跡を残す。

 決して嫌だった訳では無い、むしろその逆だ。


 いままで口にこそ出してはこなかったが、本当に愛されているのか不安が心の隅にどうしてもあった。

 だがこうして口から出た言葉ではなく、エルピス本人の意思による行動で愛情を伝えてくれた事が何よりも嬉しい。


「そんな事ありません、ただ嬉しくて……ありがとうエル。私を好きになってくれて、私を隣に置いてくれて」

「うん。こちらこそありがとう、エラ。ほらいまからもっと凄いの来るよ」


 先程までよりも更に大きな花が空を埋め尽くす。

 二人っきりの時間はあともう少し続きそうだ。

 微かに残った唇の感触に頬を赤らめながら、エラはこの穏やかな時間を満喫するのだった。

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