第131話出立に向けて

 人類がその叡智を結集させ作り上げた、世界最高の学校その名をシュエン・ヴィル。

 関係各所の根回しに加えて神からのがあったことも功をそうし、通常であれば王族ですら通過できるか怪しい編入テストを飛ばして、エルピス達の入学は特に問題なく進んでいく運びとなった。


 実技系に関して言えばエルピスのパーティー含め全員が合格はできるだろうが、人類史における発明や歴史についてなどを問われるとそもそも学んだ事がないので答えられるかは怪しいところである。


 シュエン・ヴィルは人類が総力をかけて作り上げていると言う関係上、どこかの国の領土に存在させるのは非常にまずいので、その場所はかつて巨大な無人島を改築して作り上げた歴史があるらしい。

 大量の資材の運搬や人員の運搬に相当海に住む種族達を怒らせたそうだが、そこは大人の交渉でなんとかしたのだろう。


「うぅ……また船ですか」


 船の端でいつもより一層顔を青くして下を向いているのは、みるからに体調の悪そうなフェルだ。

 悪魔が船酔いするとは驚きだが、思い返してみれば前回もそれほど体調が良いようには見えなかったので前回も我慢していたのだろう。


 状態異常や肉体の損傷というわけでもないので回復魔法もかけられず、早く陸地に着くように祈るばかりである。


「孤島だから仕方ない。しかも前回は半月くらいで済んだけど、今回は一月くらいはかかりそうだってさ」

「波と風の関係もあるだろうけど、単純に遠いしね」

「身体浮かせればいいでしょうに」

「もう遅いんじゃないかなー姉さん。あそこまで酔ってたら魔法も上手く使えないだろうし」


 みんなの会話を聞きつつ収納庫ストレージから椅子を取り出すと、エルピスはそのまま腰掛け事前に渡された課題に一通り目を通す。


 ゴリ押しで入ったはいいものの課題は他の生徒と同じ量をしてもらうと言われ、鍛治神もそれに同意した以上はやらなければいけないのだが、何分量がとてつもなく多い。


 エラ、セラ、ニルの三人は既に終わらせているが、アウローラは半分ほど、船酔いで潰れているフェルと灰猫はそもそも手をつけてすらいなさそうである。

 鍛治神の娘に関して言えばもはやそれ以前の問題であり、課題をどこにやってしまったかすら忘れてしまった始末。

 冗談きつい。


 そうは言えボヤいていても仕方ないので、手の中で書類を二つに増やしながらエルピスは一通り目を通す。


「うっわ習ってないことばっか、アウローラこれ分かる?」

「あ、それ帝国の三番目の皇帝よ。その次が土精霊の族長で──」

「なんだろこれ? 鳥かな? よくわかんない気配」

「楽しそうな予感がするねぇ!」


 ふと船上にいる全員が大きな生き物の気配を感じとる。

 灰猫が指差す方向に目を向けると、鍛治神の娘が笑顔でそちらの方へと走っていく。

 船の上なので限界はあるが、身を乗り出してそのまま海に飛び込んでいかんばりの勢いである。


「学園の鳥だね、セラとエラとニルの分の課題を回収しにきてくれたみたいだ」

「いやでっか! なにあの鳥!? 飼いたい!」

「なーんだ。何かあるって思ったのに、案外外の世界って何にもないんだね」


 そんなにころころ面倒事が転がっていて溜まるか。

 船に止まった鳥は喉を唸らせながら辺りを見回すと、エルピスが取り出した課題を見つけ背中に背負った鞄の中にそれを入れるようにジェスチャーをする。


 妖精神の称号のおかげで動物が何を言いたいのかある程度判断出来るので、エルピスはその指示に従い鳥の背にある鞄に課題を入れていく。

 それにしてもこの鳥、とんでもなく大きい。

 いまもエルピスを見下ろすようにして眺めており、エルピスとの身長の比較からしても3~4mくらいはありそうなものである。


 小さめの龍種だと言われても疑問に思わないほどのその姿を見つつ、荷物を入れ終えると一鳴きして鳥は元来た方向へと飛び立っていった。


「グリフォンの交配種ですか、連絡手段としては確かに有能ですね」

「運送中に食べられないように強い種を使ってるんだろうね、まぁあれでも上位種の争いに巻き込まれたら不味いだろうけど」

「危険なルートは通らないように指導されているはずよ、それに野生の感も有るでしょうし」


 飛び去っていった鳥の姿を眺めつつ、エルピスはセラ達の会話をBGMにして作業を進めていく。

 エルピスは勉強が苦手である、特に数学と英語は特に苦手であった。

 その理由は単純で、覚えていないとそもそも解けないからである。


 集中力が途切れやすく興味のないことは覚えられなかったので、その二つの教科にはかなり苦労したところではあるが、今の体になってからは集中力も向上し記憶力も上がったので前よりは少しマシになった。

 とは言ってもエラやセラなどとは比べるまでもないが。


「それにしてもニルがあそこまで賢いのには驚いたわ。

馬鹿だとは思っていなかったけれどあそこまで賢いとも思ってなかった」

「天界の勉強はもっと進んでるし、この世界の歴史もあの迷宮にいたときに暇つぶしで調べてたからね。余裕だよ」

「灰猫、僕らこれなんとか出来るかな」

「そもそもの話普通の学校どころか文字すら怪しい僕が出来るとでも?」

「終わった……」


 死にかけている二人は別として、確かにニルの学力は目を見張るものがあった。

 エルピスは基本的にこう言ったテストといったものがどうしても苦手であり、実力以下の結果しか残らないので苦手意識が強いのだが、ニルはどうやらそうでもない様でアウローラの言葉に対して自信満々と言った風である。


「なんなら二人の課題もやってあげようか?」

「猫人族の誇りがあるので僕はなんとかします」

「お願いします……」


 誇りがあるからと断った灰猫に対して、苦虫を噛み潰すような顔をしながら頭を下げたのは意外なことにフェルだ。

 フィトゥスいわく良いところの出であるフェルがそんな事をするのには相当プライドが傷つくと思うのだが、それを踏まえても船酔いには勝てないらしい。


「よろこんで! 姉さんとエラ、後アウローラもこの単元は終わっちゃったみたいだからエルピス僕と一緒にこれやろうよ」

「いいよ。ちょっと待ってね教材出すから」

「……改めて我が妹と愛する人の事ではあるけれどやばいわね」

「私あの子知らないからなんとも言えないんだけど、あんな感じなの普段から?」

「まぁあんな感じといえばあんな感じね。

平常運転よ、エルピスは何か言われたら絶対はいかうんでしか返さないし、ニルは少しでも私達より一緒にいようとしてる」


 そうは言っても別に何か悪いことをしているわけではない。

 ニルはニルなりにエルピスに対してアプローチしているだけのことである。


 エルピスに対して好意を向ける方法は人それぞれで、それを決めていいのは本人だけである以上、周りが口出しするのは筋の通らない話だ。

 それにアウローラにとってニルとエルピスが一緒に笑顔を浮かべて居るのは嬉しいことでもある。


「仲が良いんだね貴方達」

「長いこと一緒にいるしね」

「アウローラ、ごめんこれ分からないから教えて欲しいんだけど……」

「いいわよ灰猫、どれが聞きたいの?」


 勉強を始めたアウローラやエルピスを他所にして、エラとセラは渡されていた学校の資料にもう一度目を通し始めていた。

 

 船の上で倒れかけている悪魔に対して早く寝室で横になってくる様に促してはいるものの、二人とも心ここに在らずと言った風貌で話しかけても反応してくれなさそうなほどに集中している。

 学校の歴史から排出された偉人、その他全てを頭の中に入れ何かあったときに出してこれる様に記憶していく。

 

 必要か必要でないかと聞かれればおそらくは必要のない行為ではあるが、将来的に少しでも必要になる可能性が存在するのであれば二人からすればしておきたいところである。

 セラは鍛治神とエルピスの会話を契約を通して盗み聞きしていたので内容を完全に把握しているし、エラもセラが警戒しているからこれから先何かがある事を予想していた。

 対策は少しでも多い方がいい。


 それから一月後。


 風こそよく吹いていたものの道中何度かアクシデントが発生し、予定と同じくらいにエルピス達はシュエン・ヴィルへと到着する。


 外周は一体どれほどあるだろうか、島の全貌が掴めないほどに超巨大な学園にはエルピスから見えているだけで様々な施設が存在し、一つの国がこの島に無理やり詰め込まれている様にすらも感じ取れた。


 見てみれば島の中心部、山の様になっているところに学び舎が存在しており、その大きさは王国の城にさえ匹敵するのではないかと思える。


「すっご──い!」

「ようやく着いた……ようやく……うっ」

「大変! フィルが息してないわ!」

「アウローラそれ元から」


 超巨大な学園都市に対して口々に驚きの言葉が上がり、エルピスもそれと同じように声を上げる。


 都内でも有数だった自分が通っていた学校、それが霞んでしまえるほどに巨大な学び舎を前にしてエルピスは新たな出会いの確信と、これから起きるであろう何かに期待を胸いっぱいに詰め込み笑みを浮かべるのだった。

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