第123話二度目の迷宮

 この世界には夢がある。

 世界の創世者にして全ての生物の頂点に君臨し、人に力を与え、亜人に知恵を与え、異業種に生きる意味を与え、神々に権能を与えた、神から神と崇められた原初の神、創生神の言葉だ。


 創生神に性別はないが無理やり性別を当てはめたとして──彼は一つの種に対して生きる意味を無くさない様に、そして世界を楽しめる様に言葉を残している。


 人類種ヴェークならば自らの夢を絶やさぬ様にと。

 性濁豚オークならば欲求に自由であれと。

 半人半龍ドラゴニュートならば強くあれと。


 そして土精霊ドワーフに課せられたのは、自分達の夢を追い求める事、それ即ち誰も超えられぬ最強の迷宮である。

 故に代々鍛治神の称号を持つ物は、永遠と言える自身の寿命を使って鍛治師としての才能を発揮し迷宮を作ろうと努力する。


 だがいくら過去の歴史を学び、修練を積んだ鍛治神とは言え、時代が進めば新しい技術は確立されて行くもの。

 それら全てを事前に編み出し、調べ、そして最善のみを迷宮に残すのは難しかった。


 後数千年はかかると思われて居た迷宮の完成──だがそれは当代の天才鍛治神によって意外にも直ぐに成されてしまった。

 鍛治神は迷宮の名を世界迷宮ラビリンスとし、それを乗り越える猛者の立ち入りを心の底から願っている。


 何故ならば自身が費やした数多の夢を乗り越えてもらえると言う事は、未だそこには様々な夢を詰め込めるという事だからだ。

 そんな迷宮の直ぐ近くで、楽しそうに喋る幾人かの人影が見えた。


「ここが私とお母さんが頑張って作った迷宮! それであれが私の庭! 

 今度暇だったら遊びに来てよ! というか来なさい!」


 エルピス達がいまやってきているのは土精霊の国から遥か遠い海の上。

 鍛治神の娘が指差す先には巨大な大陸が広がっており、指の先には王都にも引けを取らないほどの巨大な街が築かれていた。


「……あの目の前に見える家全部が?」

「まぁ一般の土精霊ドワーフがまだ住んでないから、仮に使ってるだけなんだけどね。ちなみに私のお家はあそこだよ~」

「あの馬鹿でかい家ですか、趣味悪いですね」

「お母様と同じこと言う! そんなに趣味悪いかな!?」


 鍛治神の娘に教えられた位置に転移し空から周囲を見渡しながら、エルピスはため息と一緒に言葉を漏らした。

 彼女はエルピスによって気絶させられ今世紀最大に無様な醜態を晒したわけだが、気を遣ったフェルによって衣装を乾かされ1時間ほどかけて起床。


 その頃にはその場にいた土精霊全員の治療を無事に終え、実力差を知らしめたエルピスは鍛冶神たちが居る場所へと送ってもらう事になったのだが、どうやらかなり気に入られてしまったようである。


 道中で鍛冶神であることがばれてしまったのがいけなかっただろう、様々な神の称号を持つ鍛冶神、それは彼女にとって非常に魅力的な存在に映ってしまったようでいまや母親の事を喋るときと同じような目を向けてくるではないか。

 隣にいる灰猫に視線で助けを求めても自分には関係ないとばかりに尻尾を振るばかりであり、フェルの方はと目を向けてみれば本当に嫌そうな顔をする。


 ゲイルが付いてきてくれればまだ少しはましになったのだろうが、戦闘が始まったのにそれを見ているしかできなかった自分がどうたらこうたらと言葉を並べて城に残ってしまった。


 一度目の前で鍛冶神の大切な人が死ぬところを見ていただけに止めに入れなかったのは思うところがあったのだろう、それを深く追求するほどに野暮ではないのでエルピスはこうして四人で移動していたわけだ。


「さてと、ここからは空を移動しないといけないし足を呼び出すとしましょうか。この笛でね」


 転移魔法か翼による移動か、どちらでもすぐに行える準備をしているとふとそんな事を鍛冶神の娘が口にする。

 懐から小さな木箱を取り出してその中にあった小さな笛を手に持つと、綺麗な音色が辺りにゆったりと響き渡っていく。


 この世界に生きてきて様々な魔法道具を見てきたエルピスだが、その魔法道具で何かを召喚する時と同じ感覚にその笛の効果が何であるのかをある程度冊子をつける。 


「龍種を呼び出す笛ですか、なかなか面白いものを作りますね」

「まぁ龍種とはいっても呼び出すのは元から私の作った機械だからね」


 人類生存圏内に居る龍種であるならばまだしも、亜人の国にいるような龍種は記憶が確かであれば日にならないほどにプライドが高かったはずだ。


 そう思いながら投げかけたエルピスの言葉に対して鍛冶神の娘は手ずから作り上げた機械の龍であるという、確かにそれならばこうして呼び出すこともそう難しくはないだろう。

 いったいどんな見た目の龍が来るものかと好奇心を胸に宇秘めてわくわくしていると、機械で作られた龍は姿を現した。


 本来ならば硬質な鱗で身を守っている龍種だが、その機械龍の体には鱗が無く逆に驚く程滑らかな身体だった。

 更に言えば龍種の身体は総じて肥っていたりするのだが、この龍は驚くほどに痩せ細っていて無駄をそぎ落としているように見える。


「移動用だから戦闘自体は強くないけど、まぁどうせ移動にしか使わないからね。

 ……戦闘特化の龍ももちろん作れるけどね!?」

「別になんでも良いですけど……迷宮って何処に入口が有るんですか?」

「あそこだよ、あの黒いラインが貼ってある所から先に入れば、勝手に世界迷宮ラビリンスに入れる」


 龍の背に乗りながらエルピスが疑問を口にすると、鍛治神の娘は迷宮を囲む中空に浮かぶ円形の黒い線を指差す。

 それに対してエルピスが鑑定するよりも早く、龍が音を置き去りにする程の速度で塔に向かって飛び出しそのまま娘が言ったラインを超えた。


 転移系魔法に似た感覚を覚え、吐き気を我慢しながらやはり称号を幾つ解除したところでなれないなと思う。

 大丈夫な人と大丈夫ではない人が居るのだろうができれば大丈夫な方がよかった、戦闘中は気にならないとはいえ吐き気を覚えるのは気持ちが良いものではない。


 セラが近くに居ないから回復魔法を使えないので、取り敢えず吐き気を抑える魔法だけを使っておく。


「あー気持ち悪っ」

「エルピスはけっこうこれ苦手だよね、僕は別に何ともないや」

「転生者なのが関係しているのか、それとももう一つの効果によってか。

 どちらが関係しているのでしょうね」

「別にどっちでもいいけど治ってほしいよ」


 緑色に光る魔力とそれに呼応して身体から吐き気が抜けていき、エルピスは前を向く。

 比較的に迷宮内部は広く、いつか行った共和国の迷宮を思い出す。


 それにしてもここは明るい、それはもう明る過ぎるほどに。

 下を向いて居ても光が影すら消して地面を埋め尽くすほどで、こんな中戦うのは少々骨が折れると思いながら、恐らくは迷宮第一階層を歩いて散策する。


 特に穴があったり階段があったりするわけでは無く、下に行くにも上に行くにもどこにも行けそうには無い。


「そういえばあの女の子はどこに?」

「あー、そういや居ないな。どこいったんだろ」


 気がつけばいつのまにか娘の姿も龍の姿も見えず、エルピス達は完全に置いてけぼりにされた形だ。

 数分すると、ふと鍛治神の声がどこからともなく聞こえてくる。


「よく来たね、ようこそ。そう言っておこうかな?」

「おもりの次は作ったばっかの物の点検ですか? 勘弁してほしいんですが」

「そういうなよ、私と君の仲じゃないか」


 いったいどんな仲なんだ。

 悪口の一つでもいってやろうとエルピスが睨みを効かせると、鍛治神はそのまま話を続ける。


「さて、そんなことよりここは迷宮の入り口。

 本当にこの迷宮に挑戦する権利があるのかを確かめる為の場所、試練の場所。

 いまから始まるのは本来なら鍛治神になる為の試練なんだけど……貴方はもう鍛治神らしいから今回は身体系の試練は全て抜いて、心のあり方に対する問題を出してみることにしたんだ」

「鍛治神になるための試練? 娘用にでも作ったんですか?」

「そうともいえるし、そうでないとも言えるね。

 ここの試練は人によって変わるし、その後の迷宮自体も人によって変わる。

 例えば君達のうち──あ、君達って言うのは君のお仲間も含めてね。

 それで君達のうち数人がチームを組んで迷宮に挑めば、迷宮がその中で誰がリーダーかを見抜いてその人の実力に合わせた敵が出てくる様になっている」

「つまり現状って結構まずいんじゃない…? 僕エルピス基準の敵は流石に無理なんだけど」

「天使や悪魔の子は知らないけれど、まぁまず間違いなく亜人種位までの子なら死ぬね」


 つまりは今回もし他のメンバーも含めて攻略出来たとして、付いて来られるのはニル、セラ、そしてフェルが、ギリギリ付いて来られるか来られないか。

 アウローラと灰猫はまず無理だろう。

 そうして残念ながらいまこの場にいるのはその無理なメンバーのうちの一人である灰猫、だが彼をここに置いていくのもまたリスクの高い選択肢だ。


「まぁさすがに君に神の試練を与えるのが無茶なことは分かっている、そこの悪魔もね。

 だから安心していい、今回は特別仕様だエルピス君だけ別枠ということだね。

 バランス調整機能も入ってるんだ、迷宮が良いようにしてくれているはずよ。運命に身を委ねなさい」

「そう言うことならまぁ…大丈夫なのかな?」

「フェルと灰猫が二人で俺が一人ならまぁなんとかなるかな?」

「何とでもなるさ、そんなに嬉しそうに笑う君ならここを攻略する事もできるかもしれない」


 笑って居ると言われまさかと自分の頬を触ると、僅かながら確かに口角が上がっていた。

 二十年近くこの世界にいるとは言え、エルピスは元は異世界人。

 迷宮や龍に憧れて、物語の主人公の様に迷宮を踏破し、金銀財宝を手に入れることを一度は夢見た事もある。


 前回の迷宮では今は亡き共和国盟主の手によって、非常にめんどくさい事に巻き込まれて居た上に、同級生を守るために常に気を張って居たので楽しむ事など出来はしなかった。

 だが今はその限りでも無く、神の作り出した迷宮を前にして己の全力を存分に発揮できることだろう。


 そう思いエルピスは楽しんでいる事を隠す事すら辞めて、満面の笑みを浮かべながら暗闇の奥へと足を進ませる。

 その先に何が有ろうとも、恐らくは非常に楽しい一日になるだろうと言う予感を持って。


「鍛治神の称号だけで無く、複数の神の称号を持つ。

 まるでその身をこの世に下ろした際の創生神の様な出鱈目な強さに、他人の事を考えていつつも、どこかで絶対に自分が中心になっている計算性の高い性格。

 海神様の言って居た通りですか……もし貴方が創生神だったのならば、この迷宮は貴方に最大の礼儀と最強の牙を向けるでしょう。

 その旅路にせめてもの幸があらん事を」


 暗闇に消えて行ったエルピス達の背を眺めながら、鍛治神は静かにそう言葉を漏らす。

 その言葉に答える様に迷宮は少しずつ、試練のために自らの形を変えていった。

 待ち受けているのはエルピスが最も身近でありながら出会うことのなかった人物である。

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