第122話王城にて
結局そうしてエルピスが帰ってきたのは夜が完全に開けてからの事であった。
本来ならばすぐに帰ろうと考えていたエルピスだったが、道中にてゲイルと出会い相談に乗ってもらっていたら気がついたらそんな時間になっていたのだ。
そうしてゲイルを連れたままエルピスは宿へと戻る。
鍛治神とゲイルは顔見知りなのは聞いていたもののかなりの期間あっていなかったらしく、久々に顔を見てみたいから一緒に連れて行けというので連れていくことになったのだ。
宿に到着してすぐにエルピスは妙な気配を感じ取る。
それと同時にいつもならば感じる気配がそこになく、そして何か異質なものが通った後のような感覚だけが部屋の中から漏れ出していた。
「ゲイルさん、面倒ごとかもしれないんでちょっと下がっていてください」
「おいおいマジかよ、お前なんかしたのか?」
「なんで俺が何かした前提なんですか。これでもこの国に来てからはだいぶおとなしくしてましたよ」
エルピスがまず最初にドアノブに手をかけたのは自分が眠っていた部屋、そこには灰猫とフェルがいるはずである。
ゆっくりと罠などを警戒しながら中へ入っていくと、人がいるような気配をどうにも感じられない。
部屋の構造上奥まで見通すことができないが、それでも人がいればなんとなく気配で感じ取ることはできる。
ゲイルを廊下に残したまま部屋の中をどんどんと進んでいったエルピスは、そこで倒れる二人の人影を見た。
「灰猫? フェル!? 大丈夫か!」
「ど、どうしたんだ? 大丈夫か!?」
「ゲイルさんはそのまま廊下で待っててください! 入ってこないで」は
倒れている灰猫の側に駆け寄り首元に手をかけてみれば、どうやら眠っているだけのようである。
同じようにフェルの首元に手を当てて見ても眠っているだけのようであり、エルピスはとりあえず大事になっていない事を安堵する。
(喋っているうちに寝てしまって地べたで……そんな訳はないだろうな。かといって証拠になりそうなものは…)
タイミングから考えても誰かに何かをされたと考えた方が自然だろう。
そうしてエルピスが辺りを探っていると、机の上に見覚えのない手紙が一つ置かれているのを発見する。
明らかすぎるそれは罠なのか、それとも──そこまで考えてエルピスはいくつかの物理や魔法を弾く障壁を展開した後に手紙を開く。
「──げほっ! 何これ臭いんだけど!」
手紙の中から出てきたピンク色の煙は肺の中を満たしていき、言いようのない不快感を残して何事もなかったかのように消えていく。
これこそが灰猫とフェルが眠っている原因の罠なのだが、彼等二人とは違いエルピスは神である。
睡眠を必要としない身体では強制的な睡眠欲求も特にこれといった効力を持たず、エルピスはそのまま手紙の内容を確認していく。
「ええっと……読めん」
だが土精霊達の間で使われる言葉は方言や訛りが強く、鍛治神の効果によってある程度は読めるエルピスでもすらすらと読み切ることはどうにも難しい。
「ゲイルさん、多分もう大丈夫なんできてもらってもいいですか?」
「多分ってお前なぁ…まぁいいけどさ。どうしたんだ?」
「これなんですけど」
ゆっくりと身長に部屋の中へと入ってくるゲイルに対して、エルピスは手紙をそのまま手渡す。
手紙の差出人が誰なのかというのはある程度目星がついている、それが間違っていないのであれば先程の煙も睡眠以外の害は無いだろう。
「土精霊からの手紙か。内容を要約すればいいんだろ?」
「ええ、お願いします」
「それじゃ行くぞ? …やぁ鍛治神だ。
今日は城に来てくれるらしいが、時間を指定していなかったからね、このままでは君が気兼ねなく来れないと思ってこちらから来やすい状況を作ってあげたよ。
君の言っていた大切な四人組は預かった、返して欲しければ私の手から奪い返してごらん?
ちょうどそちらもゲイルの叔父さんを含めて四人、私のところに一人たどり着くごとに一人返してあげよう、それでは健闘を祈るよ。
だとさ」
「喧嘩を売られているととってもいいんでしょうか?」
「おいおい、戦争はやめろよ? こんな事で死んだら巻き込まれたやつが可哀想だ」
どこか似ているゲイルの物真似を耳にしながら、エルピスは鍛治神の行動の意図がどういったものであるかを考える。
エルピスが逆の立場であったとすればゲーム性を持たせるために攫うということもまぁしなくはないだろう、わざわざ一人につき一人返すと言っている当たりもゲーム性を重視しているように捉えられる。
だがわざわざそのような事をする理由がエルピスには思い当たらないのだ。
楽しみたいだけならば灰猫やフェルも連れ去って、エルピス一人で罠を攻略する様でも眺めていればいい。
相手には相手なりの考えがあるのだろうが付き合いのないエルピスではそう言ったあたりの推察は難しい。
「ならゲイルさんに聞きますけど何が理由でこんな事をしたと思いますか?
理由次第では穏便に事を済ませられるんですが」
「最近会ってなかったから俺にはなんとも…だがあいつは昔から変わってるところがあったからな。
それに経験主義者な側面もある、一度悪役として動いて見たかったから、とかそんなしょうもない理由もあり得るな」
エルピスも自身にそう言った側面があるので別の立場を体感して見たいという感覚は理解ができる。
それにゲイルの口ぶりや昨日会った鍛治神の対応からしておそらくは酷い扱いを受けていることはないだろう、もし受けていた場合は対応しなければいけないが、そうでないならば先に女性陣だけを迎えに来てくれたと考えればまだ気持ちも抑えられる。
「分かりました、とりあえず殴り込みはやめておきます。
灰猫とフェルをひとまず起こしますか、それから城へと向かいます」
眠っている灰猫とフェルの体をゆさゆさと揺さぶると、少しして等間隔だった呼吸が乱れ始め覚醒の予兆が見え隠れし始める。
それから2分ほどしてぱっちりと目を覚ました灰猫とフェルは起き上がった瞬間に武器を構え、警戒心を露わにして辺りを見回す。
「──!! くそっ! 眠らされた!」
「おはよう。まぁ落ち着いてよ、とりあえず説明するからさ」
眠りから目覚めた二人に事情を説明し、一応完全武装をしてもらったエルピスは二人が眠っている間の事を説明する。
「なるほどね…エルピスが居なくなってすぐにこの手紙が机の上に現れたんだ。警戒はしていたけどまさか眠らされてるとは」
「すいませんエルピス様…警護を任されたのにこの失態……共和国に続いてこれで二度目です」
「気にしないでいいよ神相手だし。
それに今回の件に関しては事前に神から通達もあったしね、先に招待されたみたいなもんだよ」
落ち込むフェルの肩を叩き優しく言葉をかけながらも、エルピスは城へと向かう準備を着々と終えていく。
腰にはいつも通り武器を備え、服装は事前に作っておいた龍神の鱗を使用して作った大きいローブを羽織る。
障壁はどんな攻撃でも一撃で即死しないように普段の倍は枚数を増やし、神域は何かあってから反応できるギリギリまで広げておく。
完全な臨戦体制であり招待されたと口にしている割には傍目から見れば随分と怒っているようにも感じられる。
エルピスの事を知っているフェルですらエルピスの言葉を嘘なのではないかと疑ってしまうほどだ、土精霊の兵士が見れば戦争を仕掛けられたと勘違いしても何も不思議ではない。
「おいおい、マジで戦争はすんなよ?」
「しませんってだから。案内お願いしますねゲイルさん」
「まぁ俺の責任でもあるからな。任せろよ」
「灰猫とフェルも喧嘩売らないように。
ただ喧嘩売られたら全員はっ倒していいよ、殺すのはダメだけどね」
そうして二人に釘を刺してから宿屋から出たエルピス達は、かれこれ数十分程度だろうか。
早足で王城への道を駆け抜けたエルピス達は、湖の中央にそびえ立つ城に向かってかかった橋の手前にある検問で足を止められていた。
「どうも他国からの客人よ、今日は一体どう言ったご用件かな?」
「エルピス様、これって喧嘩売られてますか?」
「判断が速いよっ。鍛治神に呼ばれたのできました。
うちの子が暴れたがってるので出来るだけ早く倒してもらえると助かります」
「招待? ……あぁ、あの噂の客人達か。なら鍛治神様直々に通す様言われているので、通って構いません。
ですがこれだけは着用して頂きますようにお願いします」
そう言うと門兵は、自身の腰にぶら下げて有った指輪程度の大きさの輪っかをエルピスに手渡す。
殺意をだらだらと垂れ流しながら睨みつけるフェルの事を完全に無視できる対応力はさすがに神の城を守る兵士なだけはあるのだろうか。
一瞬手首から違和感を感じて視線を落としてみればどうやらなんらかの罠が仕掛けられていたようで、鬱陶しくなりエルピスは無言でそれを引きちぎる。
鉱石を使用して作られた強靭な作りの腕輪は残念なことに圧倒的な腕力の元に引きちぎられ、からんと地面に乾いた音を立てさせた。
「害があったので外しました。通っても?」
「なっ! よくそれを破壊できましたね、鍛治神様の一品だったのですが」
「まぁ同じですので。では失礼します」
いろいろと言いたいことがありそうな門兵とゲイルを無視し、エルピス達はそのまま城へと向かって足を進める。
どうやら本当に鍛治神は自分と喧嘩がしたいらしい。
だがエルピスとてここにくるまでいろいろと経験を積んできたのだ、この程度でいちいち熱を上げていては今後の行動に支障も出る。
ここは大人の対応を見せることで今後の関係性を友好的な物にする事を優先し、出来るだけ穏便に事をすますべきだろう。
「あの…エルピス、悪いんだがこの道から行かないほうがいいと思うぞ?」
「急にどうしたんですか? 別に砲弾が飛んでこようがこの湖に龍が住んでようが安全に移動できる自信があります」
「そうじゃなくて……ああ、もう無理そうだな。
俺ちょっと後ろ下がってるからなんとかしてくれ」
「何を──ってエルピス! 前からなんかすっごいの来たよ!?」
エルピス達が今いるのは城へと向かう最中の一本道の橋の上、周りには他に何もなく目の前にはただ長い通路があるだけである。
その長い通路の奥に見えるのは5メートル程はあろうかという巨大な石像がいつのまにか現れていたのだ。
それはのそのそと最初は二足歩行で歩いていたのだが、次第に四足歩行へと変わり、そうして脅威を感じるほどの速度でこちら側へと突撃してくるではないか!
「うわぁぁぁっ!? 何あれ!?」
「ここは僕に任せてください。汚名を返上させてもらいます」
「さすがフェル頼りになる! 任せたよ!!」
「おい灰猫信頼してるなら俺の後ろに隠れるなっ!」
「嫌だね僕まだ死にたくないもん!」
殺意を持って突撃してきた相手ならばまだしも無機物相手に感情のぶつけ方を見失ったエルピスは、その場にいたフェルにバトンタッチをするとそれなりにフェルから距離を取る。
かなりの距離があるはずなのに石像はみるみるうちにその距離を詰め、フェルを踏み潰さんばかりの勢いで勢いを止めるどころかさらに増して突撃の体制をとった。
「心配しなくてもこれくらいは止められますよ」
だがさすがは最上位の悪魔であり邪神の力を持つフェル。
突撃してきた石像の頭を押さえつけ、その速度を無理やり殺して爆音と共にその場に石像をとどめさせる。
あまりの速度に自らの力で自戒してしまった石像は頭が潰れたままその場に横たわり、エルピス達はほっと息をなでおろした。
「かっこいい!」
「さすがフェル、信じてたよ」
「そんなちっちゃ体で良くやるぜ」
「まぁそう褒めないでくださいよ、これくらいの事僕ならお茶の子さいさいです」
目に見えて調子に乗っているフェルをさらに煽てる三人に、フェルの調子は有頂天に上がっていく。
だがそれとは別でエルピスは先程の
軽い罠やそれに類するものだけを嫌がらせのように仕掛け、それを乗り越えれば解放してくれると思っていたがどうやらそうではないらしい。
「結局あの人は何がしたいんだ。殺しに来てるわけでもなければ本当にただ嫌がらせをしてくるし」
「もしかすると…いやまぁあいつならやりかねんがどうだろうな」
「何か思い当たる節でもあるんですか?」
「あいつの娘がいるんだがな、次期鍛治神候補ともされこの国でも天才的な才能と言われる子なんだが、その子が悪戯好きなんだ」
つまりはゲイルが言っていることはこうだ、鍛治神の娘のお守りとしてエルピス達三人は使われているらしいと。
なるほどそれならば殺す気がないのも頷けるし、なんともまた掴みにくい空気が辺りを漂っているのも納得できる。
元から仮想敵としていた相手自体が違ったのだ、考えを一から組み直す必要があるだろう。
「そう言うことですか。なら武器はいりませんね、いきましょうか」
鍛治神が相手であれば警戒する必要もあっただろうが、鍛治神にすら未だに慣れていない土精霊など警戒するまでもない。
そうして城の中を進んでいったエルピス達は、道中何度か罠に襲われながらも無事に玉座のある部屋の前にまで辿り着く。
神の称号を的確に利用していたためだった一度の被弾もなし、いくつか面白い罠もあったもののそのどれもが精々常識の範疇のものであった。
さぞ悔しそうな顔をしているだろうと思いながらエルピスが巨大な扉を押し開けると、どこにそんなに隠れていたのかと思うほどの土精霊達が顔を見せる。
総勢にして五十人強と言ったところだろうか、しかも全員が土精霊の中でも選りすぐりの精兵であった。
随分と長生きしているのだろう、髭を生やし身体中に古傷を見せる土精霊達はエルピスの姿を確認するよりも早く全員が臨戦体制に入っている。
エルピス達から見て向かって右側に居るのは甲冑を纏った兵士達で、その手には大小様々な武器が握られている。
斧やメイス、鉄の棍棒などの一撃を重点視する武器が多いのは種族柄からか。
左側に立っている土精霊ドワーフ達は一見戦えそうには見えないが、魔神の能力がかなりの魔力を保有している事を伝えてくれる。
だがやはりそれら有象無象よりも、玉座に腰掛ける目的の人物の方がエルピスの目には留まる。
ショートカットの赤髪をヘアピンで止め、鍛治中に火傷でもしたのか、右手から頬にまでかけて火傷の跡が見えるが、それでも目の前の女性は息を飲むほどの美しさを醸し出す。
それは正に人智を超えた美しさで、なるほどあの母親から産まれるのであればと納得はできたがそれでも驚きに値する。
いつ戦闘が始まってもおかしくないそんな極限の状況下で、じろじろと下から上までエルピスの事を眺めた玉座の上に座る彼女はお腹を抱えて笑い声を上げた。
「キャはははっ! お母様が面白くないやつだとは言ってたけどたしかにこれは面白くないや」
初対面の人間になんて失礼だこの野郎。
「随分と面白い教育受けてますねこの野郎、親の顔が見てみたいですね」
「お母様の顔ならこの間見たでしょ? それとも惚れちゃった?」
「惚れませんよ、親子揃って似たようなことばっかり言って。それで返してもらえるんですよね私の大切な彼女達は」
「うーん、どうしよっかな? だって君面白くないんだもん、もっと面白いやつだったら良かったんだけど」
鍛治神の娘の視線は常にエルピスの事を値踏みするようなそんな視線である。
だがそんな視線に対して特にこれと言って嫌悪感を示すこともなく、エルピスはただ淡々と要求を述べた。
まともに正面から話し合ったところでこの手の手合いは特に意味のある会話をすることは出来ないだろう、そんな考えからの言葉だったが鍛治神の娘にはどうやらそれが不評だったようである。
頬杖をつき退屈そうにする鍛治神の娘を前にして、エルピスは呆れてしまい視線をずらして付近の土精霊達の顔を眺めてみた。
相手のそばにいる人間の顔を見れば多少は相手が画策していることがわかる、それがエルピスが人間の貴族達と話している間に身につけた技であり、今回もそれが通用するのではないかと考えたのだ。
だがエルピスの目はその答えを見つけるよりも早く見覚えのある土精霊を見つけたとこで止まる。
よくみてみればそれは初日に出会った二人の土精霊、名前は確かマーブルとドリンだったか。
おろおろとした表情のままにエルピスと鍛治神の顔をちらちらとみており、どうやら相手の予定通り話が進んでいるわけではなさそうだと判断する。
「まぁお母様からたどり着いたら教えるように言われているからさ、仕方がないけど君にお母様からの伝言を伝えるよ。
『君の大切な人物は預かった、返して欲しければ迷宮を踏破して見せろ。なお断った場合生命の安全は保証されないものとされたし』だ」
「──ふざけるなよ」
このままの展開であれば無事に話の流れについていけばエラ達に会えるだろう、そう考えていたエルピスはふと自分の口からとんでもない言葉が漏れてしまったことを自覚する。
気がつけば辺りはさらに先程までよりも戦闘の始まりを感じさせるほどの熱気に包まれ、ついには灰猫やフェルまで武器を構え始めた。
戦闘を仕掛ける際の前提条件として決めておいた喧嘩を売られる、それをいま目の前で行われたのだ。
ゲイルはどちらにつくべきか判断を迷っているのだらう、いつでもエルピスを止められる場所にいながらもすぐに止めに入るわけでもない。
「そっちの勝手にこっちがどれだけ付き合わされてると思ってる?
こっちは取引をしに来ただけだ、それをそっちが蹴るなら別にそれはそれでいい。
四人を返してもらって帰るだけだ」
「……ようやく面白くなってきたね。
何のためにわざわざお母様に無理を言ってまで土精霊の精兵50名をここに連れてきたと思う? お前と戦わせるためだよ。
私の作り出した最高の装備に身を包む土精霊50名と、お母様に舐められて怯えて尻尾巻いて逃げ帰ったアンタ。
どっちが優秀かを決めるためにね」
なるほど、そりゃあ鍛治神が想定していただろうルートから外れるわけである。
鍛治神の娘は己の力を母親に見せたかったのだ、そうして新米の神よりも自分の方が素晴らしい人物である事を誇示し、そうして自分の凄さを母に知ってもらいたかったのだろう。
まったくもってくだらない。
普段ならば微笑ましいことだと笑って見逃してやれるが、脅迫された以上目の前の相手は敵だ。
「灰猫、フェル、怪我は俺がどうにかするから全員半殺しにしてきて。
俺はちょっとあの子供と話をつけてくるから」
「任せてください。灰猫は戦士の方頼んだよ、魔法使いはこっちで処理する」
「了解。のろい土精霊なんか室内ならどうにでもなるよ」
「なんだと!? 野郎どもぶっ殺しちまえ!!」
先に飛びかかったのは土精霊側ではなく灰猫であった。
矢が飛び出るような速度で前へと突っ込んでいった灰猫は、土精霊達の合間を縫うようにして走り抜けながら的確に鎧の隙間を狙い急所を攻撃していく。
速さに関して言えば灰猫はエルピス達の中で四番手、だがそれは悪魔の最上位であるフェルすらも凌駕するほどの速度を持っていると言うことである。
「──は、速いッ!!」
「魔法使いども!! 援護はまだかっ!?」
「逆にこっちに援護を寄越せ馬鹿が!」
だがそれでも生まれ持っての頑丈さを持つ土精霊達に灰猫の攻撃は即座に致命傷になると言うこともなく、そちらの方はどうやらまだ何とかなりそうである。
問題はフェルと戦っている魔法使いの土精霊達だ、彼等は彼等が最も相手にしたくない存在を相手取っているといってもいい。
邪神の障壁は一定以下の魔法を完全に消滅させ、逆にフェルの使用する魔法はその威力を増幅させながら土精霊達へと向かっていく。
魔法戦闘は完全なる敗北、ならばと前に出て攻撃を仕掛けようにも上位種であるフェルと身体能力を比べてしまってはいくら良い装備を身につけていようが届きようがない。
ましてや数人の土精霊が膝をつけばその間に武器を奪われている始末、そうしてフェルと灰猫が戦闘を行い大荒れの中をエルピスは悠々自適に歩いていく。
道中何度か土精霊達から攻撃もされるが、エルピスが張っている障壁の強度はフェルのそれすらもはるかに凌駕している。
何度も何度も攻撃を仕掛けていくうちに徐々に武器は摩耗していき、そうしてついには完全にへし折れてしまったころにはエルピスは鍛冶神の娘の前に居た。
最初は余裕だった表情も一歩ずつエルピスが近づいて行くごとに青さを増していき、今となっては体をエルピスの前から何とかして逃がそうともだえるものの恐怖によってそれも上手くいかず顔はついに白さすら感じる色に変わっていく。
「そ、そんなはずは! 私の作った装備が壊されるなんてそんな事……ッ!!」
「エルピス、こっちも終わったよ」
「魔法操作の難易度が高い土精霊という種族でよく善戦した方です、あなた方は誇ってもいいのですよ」
そしてエルピスが鍛冶神の娘の元にたどり着いたころには、灰猫とフェルも戦闘を終わらせてしまっていた。
鍛冶神の娘は眼前に映る光景を信じたくなかった、母から借り受けた歴戦の勇士たち、全員が幼き頃からの知り合いで途轍もない実力を持つ実力者たちである。
この場に居る50だけいれば王国を滅ぼすこともできるだろう、そう確信できるだけの戦力であり実際人間が相手するのであればその戦闘力は脅威でしかない。
だが今となっては気絶する者からうめき声を上げてうずくまるもの、死屍累々と言った表現がよく似合う現状は完全なる敗北を意味している。
殺さないという手加減をされていてこれである、もし殺す気で来ていたのならばもっと早く戦闘を終えることもできていただろう。
戦闘に参加せず外からそれを眺めていたゲイルと鍛冶神の娘は誰よりもそれを知っている。
圧倒的に過剰な戦力を投下してそうして負けたらどうなるか、残ったのは裸の王とそれを打ち破った猛者だけだ。
「さて鍛冶神の娘さん。神を舐めた代償を支払ってもらおうか」
そうしてエルピスは最後の脅しとして技能〈神威〉を発動する。
通常で言うところ技能〈威嚇〉の上位互換であるそれは神のみしか使えないこの世界で最恐の脅しの手段であり、破壊神の娘の目はエルピスの存在を見失ってしまう。
もはや彼女に見えるのは自分を食らおうとする一匹の巨大な龍神、邪神の障壁と魔神の尽きること無い魔力を内包したままにそれは一切の躊躇なく彼女を食らった。
こうして一切の外傷を負わせること無くエルピス達の戦闘は終了する。
涙とそれ以外にもいろいろと垂れ流しがながら失神した目の前のそれを見て、エルピスはしてやったりとほくそ笑むのだった。
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