第88話事後処理

 激戦を繰り広げ疲弊した身体を休めながら、森霊種の国にある親の別荘でゆったりしつつエラを連れ戻せた実感に浸る──筈だった。


 だが現実はそんな事を許してくれる程甘くはなく、エルピスは城塞都市の中をひたすら走り、飛び回る。

 昔の人は戦いより後処理の方が大変だと言ったらしい。

 最初は命を賭けて戦う方が大変だろう何を言っているのだと思ったが、今となってはその言葉の意味がよく分かる。

 

セラが今回城塞都市で放った魔法は約20発程、だがその全てが加減して居たとは言え最低でも戦術級だ。

 数多の魔法に耐えられる様に設計されているであろう城塞都市とは言え、戦術級魔法の前では半壊程度では済まず、様々な家が立ち並んで居た住宅街はその全てが魔法の余波で更地と化していた。


 エルピスが悪魔と天使を使って避難させていたから被害者こそ出ていないが、このままではこの街に住んでいた人々が住む場所を失うので、先ず最初にエルピスがした事は、数々の魔法の影響で異常な程に上がった魔素濃度の処理だ。


「とりあえずこれで一旦は解決できたかな」


 何故わざわざこんな手間をかけてまで、魔素濃度の処理をするかと聞かれれば答えは一つ。

 このままでは街の中に大量に魔物が発生するからだ。


 高密度の魔力は小動物、主にネズミなどを本来の姿から巨大化した何かへと変え、魔物へと変化させる。

 魔素を回収するのには技術こそ必要だが、コツさえ掴めば簡単なので、今のエルピスからすれざそこまで時間はかからなかった。

 一番の問題は破壊された建物だ。


 見た目だけなら上からざっと見た時の記憶で作れるのだが、思い入れの籠った家具とかになってくると、さすがに適当に作る訳にもいかない。


 わざわざ悪魔達に精神系魔法で町の人から記憶を抜き取ってもらい、全く似た模造品をひたすら製造するという作業を、エルピスはコツコツと夕方までひたすらする事になったのだ。


「あー、やっと終わった……。まぁエラも救出できたし、そう考えればこの作業も必要なものだったと割り切れるかな」


 背中で寝息を立てながら幸せそうに眠るエラの横顔を見て、エルピスはそう思う。

 呪いを直すためにセラに来てもらい無事にエラの呪いは治ったのだが、その間エルピスは横で爆睡していたので彼女達がどんな会話をしたのかは知らない。


 セラからツンツンしたエラは可愛かったと言われたのでおそらくはセラにも似たような態度を取ったのだろうが、一体どんな話をしたのか。

 聞いても女の子の秘密とやらで秘密にされてしまい教えてもらえなかった。


「さてと、後は一つだけ終わらせればいいか」


 作業を終えたらもう一度回復魔法をかけ直すから戻ってきてと言われていたニルの言葉を無視してまで、わざわざエルピスは先程までアウローラがいた街の門の上に立つ。

 理由はただ一つ、エルピスにお客様が来たからだ。


「俺になにか用でもあるんですか?

 何処の誰だか知りませんが、さっきまで何度か隙を見せたのに攻撃してこなかったと言う事は、なにかあるんでしょ?」

「バレていましたか」

「森妖種の国にいた頃からついて来てたよね、今更になって追いついたみたいだけど。それで何がしたかったの君達」


 まるで何でもない事かの様にそう言ったエルピスの態度に、影から現れ周囲を取り囲んでいた者達はその顔に驚愕の色を示す。

 彼等は連合国直属の暗殺諜報員──要するに面倒事を押し付けられる影の者達だ。


 幾多の魔物や危険な人物達と何度となく戦闘を行った彼等だからこそ、目の前にいる者の異質さに身を震わせる。

 監視している事が初日からバレていた事や、おぶって居たはずの少女がいきなり消えていたり、隠蔽が見破られる事を想定していた事を見破られた事で彼等は怯えたのではない。


 先程まで背に乗せていた少女の事を思う少年とは余りにも違う──まるで別人の様な──戦士の気迫に恐怖を覚えたのだ。


 だがここで臆した所で事態は好転するどころか余計にこじれてしまう事を知らない彼等では無く、早く用件を言って欲しそうな目の前の少年に対して、最上級の警戒心を見せながら主人に伝えろと言われた用件を話す。


「私達の主人はこう仰られました『本来なら今回の件は、加盟国主導の下で行われた君の実力を図るはずのものだったのだが、加盟国のうち1つが何を思ったか暴動を起こし、今回の様な事態に至ってしまった。

 本当に申し訳なく思う。本来なら私並びに加盟国の王達が、揃って君の所へ行くのが今回の件に対する私達の誠意だと思う。

 だが何分今の季節は国内が荒れやすく、代わりにこの者達を派遣した事はわかってほしい。

 暴動を起こした者ついては、連合国の責任でしっかりと処理させてもらう。

 我が国にお越しになられた際には最上級のおもてなしをさせていただきますので、またいつか来て頂けると大変光栄に思います。

 あ、あと他に捕縛されていた異世界人の方達は王国にある別荘の方に送らせて頂きました』との事です」

「謝罪文とバカ元盟主に対する罰則、あと異世界人で今回の事をチャラにしろと。

 随分と安く見られたものですね。まぁいいや、こちら側に被害は出ていませんしね。

 帰って頂いて結構ですよ、用件は把握しましたので」

「か、帰って良いのですか?」

「え? 逆に帰らないんですか? それはそれで迷惑なんですけど」


 周囲の者達が頭に疑問符を浮かべている様に、エルピスもその美麗な顔を不思議そうな表情に変え、それによってお互いの間に微妙な空気が流れる。


 そこでエルピスはなんでなんだろうと思いながら頭を回していて、一つの答えにたどり着く。

 まさかとは思うが、この世界ではあり得そうな事なので一応確認しておきますがくらいのニュアンスで、エルピスはそれを口にする。


「もしかして、もしかしてだけど、ここで誰か死ねとか言うと思ってた感じ?」


 間違ってるよね? と前置きしながらそう言ったエルピスの言葉に、周囲を取り囲む者達は素直に頷く。

 王の言葉にあった替わりにこの者達を派遣した、というのは自分達のことが気に入らないのであれば自分達の替わりにこの者達を殺害しても良いという意味だ。


 実際に隊員内で誰が死んでも良い様に情報の入れ替えは終了させているし、隊長と呼ばれるいまエルピスに喋りかけている者も、既に自分の後継を用意していた。

 だから周りを取り囲んでいた者達は、機嫌を取らなければいけないという事すら忘れ、馬鹿正直に問いかける。


「逆に何故命じないのですか?」

「逆に何故命じると思ったの?」


 両者の間で何を言っているんだと言う空気が流れているのは、一重に生きてきた環境の違いだろう。

 血みどろな世界で生きてきた彼等からすれば、意味の無い殺害など日常茶飯事で、少年も意味も無く死ねと命じるのだと思っていた。


 だが目の前の少年は死ねでも無く生きろでも無く、何故そんな事をする必要があるかと逆に問いかけてきた。

 その問いは暗殺者達からすれば随分と可笑しな問いにも思え、自分達が無くした思いに何処か懐かしみを覚えた。


「そりゃ貴方達が直接エラを捕えて、酷い事をしたならそれ相応の対応をしますよ?

 ですけど特に何もしていない貴方達に死ねなんて僕が言ったら、僕ただの頭のおかしい人じゃないですか?」

「ふふっ、そう言われれば確かにそうですね。失礼しました」

「分かってくれれば良いんですよ。分かってくれれば」


 嬉しそうにはにかむエルピスに、何人かの女性隊員が堕とされた様だがまぁ仕方ないかと思い隊長は黙って苦笑いする。

 それ程までにエルピスという少年は彼等には眩しく、美しく映った。


 到着が遅れた事でエルピスの敵に対する残虐さを見れなかったのがこの考えを加速させているのだが、エルピスもそう見られること自体に悪い気はしないので何も言わない。


「ちなみに聞きますけど、俺達全員倒すのにどれくらいかかります?」


 隊員の中でもムードメーカーで有名な男が、この心地いい時間を伸ばす為にか質問を投げかける。

 倒せるかでは無く倒すのにと言う所が、実力を見極めるのが得意なあいつらしいと思いつつも、周りにいる者達はエルピスの答えに耳を傾ける。


 彼等だってプロの暗殺者だし、それなりにプライドはある。

 数十分とは言わずとも数分なら耐えられるだろう──そう思っていた。

 だがエルピスの答えは、そんなプライドすら必要ないと思わせる絶対者としての答えだ。


「なんならやってみますか?」


 言葉は軽く表情も柔らか。

 だがエルピスから、耐え難いほどの威圧が漏れ出る。


 それは絶対者のみが許された威圧感、身体は逃げる為の行動を無意識下で起こし、精神が弱い者は脚を挫かせただ絶対者の行動を待つ事しか出来ない。

 そんな周囲の者達の変貌ぶりを見て焦ったエルピスは、冷や汗をかきながら慌てて威圧感を止める。


「す、すいません。無意識で出てしまって」

「ははは、無意識でこれとは…恐ろしいお方だ。盟主の方々にも貴方の力量はしっかりと伝えておきましょう」

「過大報告はやめて下さいよ? 適度にお願いします、僕は誰にも邪魔されず、皆で楽しく暮らしたいだけなんですから」

「貴方がそう望むのならば、その通りに致しましょう」


 ーーというよりわざわざ隊長が言わずとも、今回の件でまず間違いなく共和国に加盟する国はエルピスから手を引く。


 今回雇われていた暗殺者は超一流と裏の世界で言われていたし、それに表から警察で圧をかけては見たもののぐらつくどころかむしろこちらの立場が危うくなったほどだ。


 これ以上は危険、というよりもう既に虎の尾を踏み荒らしてしまったのだ、たまたま温厚な虎だったから良かったものの次も踏み荒らして無事でいられる保証はない。


 隊長は帰る為の準備をしながら、エルピスに向かって穏やかな声音で喋りかける。


「いつか貴方が土地を持ち、一人の貴族として大成なられた時はどうぞご贔屓にお願いします」

「土地なんて持つつもりも無いけどまぁ良いか。そんな時はよろしくお願いしますね」


 こうして連合国の一件は完全に収束し、エルピスは完全に復興した街を見下ろしながら闇夜へと消えていく者達の背を眺め、一人壁の上で身体を休めるのだった。

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