第56話首都
王国から出立して早二週間。
通常ならば一ヶ月はかかると言われている王都から共和国の首都への道のりを驚異的とも言えるほどの速度で移動したエルピス達一行は、旅始まって以来初めての窮地に立たされていた。
「あー暑い、なんとかなんないわけ?」
「ならないわけじゃないけど、これから先もずっとこうやって暑くなったり寒くなったりするから、今のうちに慣れといたほうが良いんじゃないか?」
「それは分かるけど…なんであんたはそんなに平気そうなのよ?」
「まぁ身体の構造自体違うから」
冬季と呼ばれる比較的寒い時期以外は、基本的に温暖な気候である王国で幼少期から過ごしてきたアウローラからすれば、いまの共和国の気候は辛いことだろう。
一年中高い気温の共和国だが、いまの時期は特に温度が高いらしく体感気温にして40℃オーバーというところだろうか。
見ればいつのまにか灰猫だけでなく美食同盟のメンバーも装備が軽装に変わっており、額から流れ落ちる滝のような汗がいかにこの地域が暑いのかを物語っていた。
エルピスやセラは種族としての格がそもそも他の生物より数段階上であり、温度変化では汗の一つも流れはしない。
「それにしても君の手は冷たいねぇ。膝の上失礼するよ」
「もう最初のピリピリした感じ無くなってるわねこの猫……そう言えばあんた名前なんて言うの?」
「ピリついててもしんどいだけだしね、名前? うーんそうだね、まだ秘密にしておくよ」
「なんか事情があるってわけね、あんたもなかなか楽な人生送ってなさそうだしね」
膝の上で丸まっている灰猫とアウローラが喋っている言葉を聞き流しながら、エルピスはこの温度に対する対処を考える。
水分補給自体はこまめにするようにしているから脱水症状が起こる事はまず無いと思われるが、これだけ暑ければ熱中症になる可能性も高い。
「そうは言ったものの日差しがあまりにも強いからなんとかしよっか」
「おっ! 待ってました。どうするの?」
「まぁ見てなって」
なんとかしてこの状況を打破したいものの、周辺の温度を一気に下げれば温度差でまず間違いなく誰かが体を壊す……とそこで不意にエルピスに良い案が思い浮かぶ。
その案を実行するために、エルピスは膝の上にいる灰猫に当たらないように気をつけながらポケットから杖を取り出す。
未だに大した改造は出来ていないものの、どの杖よりも手に馴染むそれを手に取り空に向けて杖を振るう。
すると付近に浮かんでいた雲がかき集められ、エルピス達がいる地域一帯が曇りになっていく。
「うっわ、エルピスって大概人間辞めてるわよね」
エルピスの杖一つで簡単に変わる空模様を眺めながら、アウローラは心の底から言葉を漏らした。
魔法という概念を知らないものが見ればその行為は神の所業だ。
「宮廷魔術師くらいならこれくらい出来るよ? 消費魔力が多いだけだし」
「いや、エルピスさんよ。これ一般人から見たらちょっと引くレベルだぞ」
「元々理解してたつもりだったけど、私達本当に護衛として必要無かったわよねこれ」
宮廷魔術師基準で言えば、エルピスがいま行なっている魔法自体はさして難しいものではない。
本来の天候を操る魔法は消費魔力が尋常ではない上に、超高度な魔法操作を行う技術力が必要となるが、雲を作り出し一箇所に集めるだけならば難易度は格段に低くなる。
とはいえならば高度な魔法技能は必要とされないかと聞かれれば、もちろん常人では到達できないほどの魔法技能が必要となるのだから、エルピスがいま行なっている魔法は常人から見れば偉業のそれだ。
「まぁそんな事は置いておいて、そろそろ森ですね。あの森を抜ければ共和国の首都ディタルティアですよ」
王国から共和国へ向かう道中に存在する広大な森、通称迷いの森と呼ばれるその場所を前にして、アウローラ達の顔が若干強張る。
この森は年中を通して急な雨や雷が多発し、その雨などが蒸発することによって霧が発生することで毎年多くの人間が還らぬ人となっているのだ。
出現する魔物も決して弱くは無く、それが原因でこの森は未だに破壊することができていなかったりするのだが、エルピスからすればなんの問題もなかった。
それは単純に考えて、龍の森の方が圧倒的に危険度が高いからだ。
龍種も出現せず土地神も居ない程度のこの森ならば、たとえ何が出てこようとも一撃で倒せる自信があった。
「やっぱ噂通りジメジメしてるわねこの森」
「しかも今は頭の上に雲を作ってるからね、余計ジメジメしてますよっと……消す?」
「消したらまた暑いんでしょ? なら多少ジメジメしてるくらいの方がマシだわ」
確かにそれもそうかとエルピスは、取り出しかけていた杖を再びポケットに戻す。
それから数時間、ジメジメとした森の中をなんとか抜けて、エルピス達はようやく共和国の首都ディタルティアを視界に捉えていた。
王国よりも更に強大な城壁によって街の中まで見通す事は出来ないが、それでも街の中から聞こえてくる声でずいぶんと繁盛している事は予想できる。
「あれが正門でしょうか? 随分と混み合っているようですが」
「共和国はその性質上、首都には貴族のみしか居を構える事を許されていません。
一部の例外を除き商人などは全て近場にある自らの家へと帰るので、絶えずああして正門には長い列があります」
「とはいえ今回はエルピスさん達が居るから貴族用のルートで入れるし、それほど気にしなくてもいいと思うけどな」
そう言ってグスタフが指差したのは大勢の人間が詰め寄る正門の横に作られた、小さな出入り口だ。
一般用の出入り口とは違い身分証明証の前に、まず貴族としての証を見せなければ近寄ることすらできない場所。
いまエルピス達が乗っている馬車にはアルヘオ家の家紋がしっかりと刻まれており、それ故に特に問題は無いのだが。
馬を貴族用の出入り口の方へと誘導すると、少ししてから出入り口を警護していた兵士達が近寄ってくる。
「その家紋はアルヘオ家のお方ですね。身分証明証の提示を頂けますでしょうか?」
「身分証明証か…これでいい?」
近寄ってきた兵士が身分証明証の提示を求めると、エルピスは首にぶら下げていた最高位冒険者としての証を見せる。
本来ならば貴族用の出入り口では、冒険者組合が発行している身分証明証程度では不十分であり、兵士も取り出すのを止めようとしたものの、それが最高位冒険者の証ともなれば、これほどに無い十分な身分証明だ。
何故ならば最高位の冒険者は大国と呼ばれる共和国をして、その総数は二桁に及ぶかどうかというところ。
その誰もが街程度ならば、瞬時に壊滅させることができる。
そんな相手の身分証明を蹴ったとなっては本人を相手にするだけでなく、その身分証明を作った冒険者組合自体も敵に回すことになる。
ようは疑ったところで割りに合わないのだ。
「確認させていただきました。共和国の首都ディタルティアにようこそ」
何故か尊敬の眼差しを向けてくる兵士達の間を抜けて、エルピス達はようやく首都へ入る事を許された。
隣を見てみればいつまで経っても進まない長蛇の列が見受けられ、貴族の息子に生まれて良かったと心の底から実感する。
「久しぶりに来たけれどやっぱりここはすごいね」
門をくぐり一番に驚いたのは建ち並ぶ建物の高さ。
王国は基本的に二階建ての建物が多かったのに対して、この国の建造物はちらりほらりと二階建ての建物も見えるもののそれ以上の建物の方が圧倒的に多かった。
王国は年に一度か二度ほど龍が王国の上を通るので、あまり高い建物を建てて龍が近寄らないように法整備しているのももちろん理由としてはあるものの、これほど高い建物を見るのは久しぶりだ。
アウローラやエラも高層建築物に驚きを隠せないでいるのか、口を開けて無意識に言葉を漏らしている。
「それでは私達はこれで。また何かあればいつでもおっしゃってください」
「じゃあまた。よろしくなエルピスさん!」
「あんた最後までねぇ…まぁいいか。ありがとうございましたエルピスさん、いろいろと学ばせていただいて感謝しています」
「ありがとうございました」
「こちらこそ、いろいろとありがとうございました! またよろしくお願いします!」
出会いがあればもちろん別れもある。
この世界において初めての別れに言い切れない思いを抱きながら、エルピス達は来た道を引き返していく美食同盟達の面々の背中を見送る。
二週間という短い期間だったものの彼等から学んだものは多く、彼等のおかげでエルピスは冒険者として必要なものを学ぶ事が出来た。
エルピスにしては珍しく感傷に浸っていると、誰かから袖を引っ張られる。
「ほら早く行くよ? 生きてればそのうち会う機会もあるんだし」
エラかアウローラかどちらかだろうと思い振り向いたエルピスに対してそう言ったのは、何故か嬉しそうな顔をした灰猫だ。
引っ張られるままに灰猫の後について行きながら、ふとエルピスは何故嬉しそうな顔をしているのか疑問を口にする。
「なんか嬉しそうだね。苦手だった? あの人達」
「別にあの人達が苦手なわけじゃ無いよ、人が嫌いなだけさ。まぁ全てが全てそうとは言わないけれど」
人類自体が苦手という灰猫に対して何か言葉をかけようとするものの、とはいえ両親の目の前で攫われた灰猫からすれば、見逃した両親も攫った人間もどちらも恨んだところで何もおかしく無いのだ。
道中もやけに長い間エルピスの膝の上で眠っていたが、いま考えればわざわざエルピスの膝の上で眠っていたのも安心できるからなのだろう。
何故そこまで信頼されているのかは分からないが、とはいえ信頼には信頼で返すのがエルピスの流儀だ。
灰猫の頭を軽く撫でると、いつのまにか到着していた建物の中へと入る。
「ようこそ冒険者組合へ! 本日はどのような御用で、こちらへお越しになられたのでしょうか?」
エルピス達がやってきたのは冒険者組合。
理由としては王国内通貨を四大国発行通貨へと交換するためだ。
日本人用に作った米が予想以上の売り上げを見せた上に、エルピスは五年間もの間、専属家庭教師兼護衛として活動していた。
さらに王国内の重要な研究にいくつも携わり、商人達の相談役としても何度か仕事を重ねている。
要はそれなりに金持ちなのである。
今回を機会にエルピスが個人的に持っている資産の内の半分程度は四大国通貨に変換するつもりなのだが、となると一般の両替商に頼めば莫大な量の手間賃が取られることは予想に難くない。
だがどうやら聞くところによれば冒険者組合での両替には手間賃が取られないという。
冒険者組合の大元は元いた世界でいうところの国連の様な組織であり、金銭の循環を目的としてこういった制度を取り入れたらしい。
それだけのために年会費を支払って冒険者組合に入る者もいるのだとか。
「両替をしに。後は適当なクエストを受けようかと思いまして」
「クエスト…ですか? 失礼ですがギルドカードを見せていただいてもよろしいでしょうか?」
要件を告げたエルピスに対して訝しげな目を受付嬢が向けるのは、エルピス達の装備があまりにも軽装だからであろう。
それで向こうも理解してくれたのか、個室に誘導され少し待つように言われる。
ここまでは容易に想像出来た事であり、特に驚いた様子もなくエルピス達はソファに腰掛けゆったりとくつろぐ。
「それにしても順調にテンプレートを歩んでいるわね。出入り口で絡まれたら完璧だったのに」
「世の中そんなに上手くはいかないもんさ…でももしかしたら組合長は筋肉隆々の大男だったりして」
「ゴリラは国王だけで十分よ」
「確かに、間違いないな」
数分程すると廊下の方から足音が聞こえてくる。
コンコンとわざわざノックしてこちらへとやって来たのは、いかにも責任者と言った風貌の三人の男性だ。
それぞれが違った服装をしており、筋肉のつき方や魔力量からしておそらくは全員が違う職種に付いている人間だという事が分かる。
エルピス側にはエルピス、セラ、エラ、アウローラの順で腰掛け灰猫はエルピスの後ろに。
向こうは入ってきた順番にソファに腰掛ける。
一番最初に入ってきた人物はおそらく戦士か何かだろうか。
普段から戦闘をしているもの特有の気配を漂わせ、鋭い眼光はそこらの貴族ならば眼圧で黙らせる事が出来るのではないかと思うほどだ。
次に真ん中の人物は先程の男のような鋭さすら無いものの、警戒心はしっかりと心の奥底に根付いており、魔力量も入ってきた三人の中で飛び抜けて高い。
最後の男は圧すらないものの油断ならない雰囲気があり、おそらくは戦闘系では無いだろうが警戒には値する。
油断なく三人を見据えるエルピスに対して、一番最後に入ってきた男が自己紹介を始めた。
「私は商業組合代表レル・ラーバスです後の二人が」
「冒険者組合代表ガラル・ラングラーだ。よろしく」
「魔術組合代表ナハル・マーザスと申します。よろしくお願いします」
「エルピス・アルヘオです。本日はどういったご用件でしょうか?」
回りくどいのは好きじゃない。
悪戯に時間を浪費する事は愚行であり、嘘を吐かせる時間を作るのはエルピスにとっても相手にとってもいい結果にはならないからだ。
「単刀直入に申しますとエルピス様のギルドカードは現在共和国内において身分証明証としての役割は持ちますが、最高位冒険者としての実力は保証されておりません。
つきましては私達三人の目の前で実力を示していただく必要があるのです」
そう言っている彼の姿はどこか挙動不審だ。
実力を見るだけならば冒険者組合長、魔術組合長はまだしも商業組合の長まで出てくる必要がない。
それにエルピスの力量はどこで計測したところで結果は変わらない、しっかりとした基準のもと最高位冒険者というのは選ばれるのだから。
だとすればエルピスを疑う理由はなんなのだろうか、悪い大人達が後ろで糸を引いていると考えた方が正解なのだろう。
国の代表の一人を潰されておきながら、こちらの力を計ろうとする共和国の長達に苛立ちを覚えるが、とはいえこれで二度と手を出してこないならば力試しもいいだろう。
神の力を一度は全力で使用してみたかったのだ。
「王国の冒険者組合に話を聞いてもいいんですが……いいですよ、案内してください」
「それではこちらに」
/
エルピス達がやってきた方向とは逆方向の出入り口から真っ直ぐに進み、馬車に乗って三十分ほど。
退屈から欠伸が出そうになるのを堪えて、私はエルピスの表情を伺う。
普段ならば彼の表情をわざわざ見たところで、正直に言えばあまり意味はない。
何故なら彼は楽しい時は素直に笑みを浮かべているし、不機嫌な時は
だが今日ばかりはそうでもないのか、表情こそ普通なもののどこか不機嫌そうだ。
いつもの彼とは違うその様子に心配になりふと手を伸ばそうとすると、手が上がりきる前に大丈夫だよと言われ頭を撫でられる。
撫でられる手の温もりを感じながら、私はこれが彼の長所であり短所でもある事を再確認する。
(また自分で全部解決しようとしてるわね)
驚く程に、呆れるほどに、彼は人というものを信用していない。
過去に何があったのかは聞き及んでいないものの、おそらくは転生前にあった何かが原因なのだろう。
だからこそ灰猫と彼はお互いに無意識下で共通点を見出し、そして独占欲にも似た信頼をお互いに向けているのだ。
「この先の廃坑で止まりますので、そこで降りてください!」
前を走る馬車からそんな声が聞こえ、エルピスは分かりましたとだけ返事をする。
見れば確かに少し先に廃坑の入り口のようなものがあった。
数ヶ月程前に共和国がいままで鉱石を採掘していた坑道を閉鎖したとの情報が出回っていたが、まさかこれがその坑道なのだろうか?
だとすればそれの破壊をついでにエルピスにさせるだけでなく、事情説明もしないとは正直言って非常識にも程がある。
とはいえ彼がそれに対して文句をつけていないのだから、私が文句を言うこともないだろう。
「用があるのは俺だけだと思うから、みんなはここで待ってて」
「分かりました」
「私は行ってもいい? 馬車の中に居ると気が滅入っちゃいそう」
「別にいいけど、多分爆音とか凄いぞ?」
「慣れたわよ」
まさか自分から行くと申し出るとは思っていなかったのか、一瞬エルピスが驚きの表情を見せる。
私としても普段ならば馬車の中で待つだろうが、いまから彼はおそらく本気を見せるだろう。
今回こうして共和国側から力量を試される機会を作られたのだ、私の事で腹を立てている彼ならば誰に逆らったのか分からせるはずだ。
……自分で考えておいてなんだが、いまの私のこの状況。
怒ってくれる彼には悪いが、非常に嬉しい。
すくなからず好意を寄せている相手が、国を相手に自分の為にその力を振るってくれるのだ。
これで喜ばなければ、いつ喜べばいいと言うのか。
話を戻すとその全力が、私からすれば一見しておきたいものなのだ。
他のライバルに勝つためにも、ヴァスィリオ家の者としても、彼の事を一つでも知る必要がある。
「それではエルピス様、こちらの準備は完了いたしましたので、あちらの廃坑入り口に向かってどのような攻撃でもいいので行ってください。いつでもお願いいたします」
事前に用意していたのか計測機のような物まで持ち出しながら、ナハルと名乗った男性はエルピスに指示を出す。
私はその態度に苛立ちを覚えたものの、これから放たれる何かに対する期待感で苛立ちもどこかへと掻き消えていった。
「神級魔法」
ぽつりと、すぐ隣にいる私ですら聞き逃してしまうほどの小さな声でエルピスがそう呟く。
聞いたことのない魔法の位、だが疑問を感じる前に第二段階は始まる。
「魔法陣展開」
エルピスの言葉に反応するようにして地面に六、空に六、合わせて十二の魔法陣が展開される。
その魔法陣の中に含まれた魔力量は、もはや並の魔法使いでは感じる事すらできない。
込められた魔力量が多すぎて、それがどれほどの規模なのか測りかねるのだ。
一つの魔法陣の中に幾重にも魔法陣が重ねられており、一番小さな魔法陣ですら私の全魔力を投入したところで起動できるか危ぶまれるほどだ。
「我が名を持って魔素に命じる」
不意に後ろで計測機のメーターが弾け飛ぶ音がする。
それと同時に空間が歪み、威圧を向けられてすらいない私ですら震えてしまうほどの、言葉にできない本能レベルでの怯えに襲われる。
絶対者が力を行使する時のそれは何度か私も味わった事はあるけれど、その時のどれよりも怖く、冷たく、そして力強い。
「重ねて魔素に我が名を持って命じる」
震える私に気がついたのか、優しく、力強く手が握られる。
それだけで不安感はどこかへと消えていき、期待感が胸を高鳴らせる。
本来ならば魔法発動の起こりは神の名を呼ぶところから始まり、そして様々な詠唱へと繋がっていく。
だと言うのに彼はまだ一度も神の名を呼んでいない。
さらに言えば無詠唱を持つ彼がわざわざ詠唱すると言う事は、
「愚か者に鉄槌を。傲れる愚者に罰を。龍と魔法の神の名の下に抗う者達に神罰を下す」
絶大な魔力が魔法陣へと吸い込まれていき、それに反応するようにして魔法陣から触手のようなものが生えてくる。
地に生えた触手は天にて待つ触手と糸のように絡み合い、そして一本の柱となる。
まるで神話のようにすら思えるほどの神々しさを感じさせながら、この日初めて人類生存圏内で神級魔法が発動される。
「大地を穿て。
魔法名と共に視界が白く染まりーーそして耳を塞ぎたくなるほどの轟音と共に大地が消える。
神の力と言われても納得ができる程の絶対的な力。
もはや生物が行使できる力の限界を嘲笑うかのようにして放たれたその魔法は、だがたった一撃目が終わっただけだった。
見れば六つあった柱の内の一つが消えただけ、まだこの魔法は後五回放たれる。
それも先程よりも高い威力で広い範囲を蹂躙する事だろう。
込められた魔力量が雄弁にそれを物語っている。
不意に後ろで何か重たいものが倒れた音が聞こえ見てみれば、先程まで壊れた計測器の前であたふたしていた三人組だった。
鼻水を垂れ流し逃げる為に手をあちこちへと動かしているが、心が完全に恐怖に飲まれしまったが為に、その手には力が篭らず意味もなく手を動かしているだけになっている。
どうやらエルピスによって防壁が形成されていたのか目立った外傷はないものの、目の前の彼の姿に膝を折ってしまうのは仕方のないことだ。
それ程までに、明確な種族として超えられない壁を見せつけられたのだから。
「どうアウローラ? 怖かった?」
「はっきり言って怖いわね、多分手を握ってくれてなかったら後ろの三人と同じように膝を折ってるわよ」
「……そっか」
そう言って悲しげに笑う彼の表情は年相応のそれであり、やはりどれだけ絶大な力を持っていたところで彼自身の本質は変わらないのだろうと思うと、少し笑みが溢れる。
だからエルピスが昔してくれたように、いつもしてくれるように、エルピスの頭を軽く撫でる。
「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの? ラノベ大好きアウローラさんよ? こんなのきょうび普通よ普通、むしろもうちょっとオーバーでもいいくらいね!」
「そっか、普通だよな」
「そうよ。というか私が引くと思ったなら弱い魔法にすれば良かったのに」
「最高位冒険者の証剥奪されちゃったら困るし…あと態度が気に食わなかったからやりました。反省してます」
「あんたほんとそういうとこよ? なんでもかんでもオーバーにやり過ぎだし、いい意味でも悪い意味でも人を信用してなさすぎ」
おそらく彼等ならばアウローラが全力で爆破系魔法を使えば、それだけで力量を認めるだろう。
いや、それだけで、というよりはそこまですれば、か。
エルピスは他人から自分に対する評価に疎い。
それはエラやセラからの好意に気付いていないのもそうだし、もちろん私からの好意に気付いていない点からもよく分かる。
だからこそ他人が考えたここまですれば凄いという判定に引っ張られ、物語の主人公達がするようにやりすぎる。
「もう少し信頼しなさい」
「うん……分かった。ところでなんだけどさ……」
「どうしたの?」
「これどうしよっか」
そう言ってエルピスが指差すのは、未だに天と地を繋ぎ煌々と輝く魔法だ。
信頼しろと言った手前何か考えてはあげたい。
あげたいのだが……。
「いや、それは私に聞かれてもどうしようもないわよ」
「ですよねー」
「吸収とか出来ないの? いまのエルピスなら出来そうだけど」
「吸収? なるほど確かに、試しにやってみるか」
体内の魔力を使ったのか、それとも体外の魔素を使用したのか、詠唱から考えるのであればおそらく後者だろうがいまのエルピスならばなんとなく取り込める気がした。
予測は見事に当たりエルピスは体全体で周囲の魔力を取り込んでいく。
「うわぁ……もう立派なチートじゃない。いままでの苦戦がなんだったのか聞きたいわね」
「いままでの苦戦って俺そんなに苦戦して……たな、しまくりだな何してたんだろ」
「これから先はこんな感じでいくの?」
「まぁ、そうかな。多分あの魔法でもうバレただろうし、俺も一応もう成人だからな。タイミングとしては丁度いい」
私の年齢が16だからいまのエルピスの年齢は15か。
日本ならば中学卒業程度の年齢だが、この世界においては15歳から何事も自分で責任を負える範囲内ならば許可されるようになる。
確かに人生の節目としては丁度いいだろう。
彼が意図的に言葉を濁しているその力の源については、結局いつかどこかで聞くことになるのだろうから深く追求することはしない。
「それじゃ帰ろっか」
「両替もまだだしね」
「そういやそうじゃん。僕達先帰るので、上の人への報告お願いしますね」
帰りは転移魔法を使えばそれほど時間もかからないだろう。
ここから馬車までは対して距離もない。
だからこそ、その一瞬を独占したいがために、アウローラはエルピスの腕に抱きつく。
振りほどかれる様子はない。
短いたった少しの距離をアウローラとエルピスは二人寄り添って歩くのだった。
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