第57話戻ってきて

 転移魔法使用直後の微妙な揺れを感じながら、エルピス達は再び首都へと戻ってくる。

 神の力を全力で使用したものの疲労感などは特になく、特にこれと言って普段と変わったような事もない。

 いままで全力で使用していなかっただけでもともとそれが出来るだけの力は持っていたので、当たり前と言えば当たり前なのだがあれだけのものを見た後では拍子抜けだ。


「冒険者組合へようこそ! クエストお疲れ様でした、両替はあちらのカウンターにて行えます。このまま私が担当いたしますね」


 どうやら先程までのあれはクエスト扱いになっていたらしく、まぁ実力を見せてあげたのだからそれに相応しい程度の報酬は貰うべきかと、エルピスは勝手に納得する。

 貰えるものは貰えるうちに貰っておいた方がいい。


「そちらにお金の方入れていただきますと、自動的に両替いたします。報酬金の方は組合管轄の口座の方に入れさせてもらいました」


 案内されたカウンターまで歩いていき受付のお姉さんにそう言われてみてみれば、カウンターの一角にポッカリと穴が開いていた。


 収納庫ストレージから丁度手持金額の半分になるように王国通貨を取り出し、空いた穴の中にそれらを入れていく。

 王国しかり四大国共通硬貨しかり、この世界において基本的にお金は製造元になる鉱石によってその価値を決められる。


 もちろん純度や製造している国の規模なども少なからずは関係するが、それでもそこまで落ち込んだり上がったりすることは極めて稀だ。


「投入されました通貨は、こちらの方に両替後の金額として表示されます」


 そう言われ見てみれば、日本でよく見たらコンビニのレジにあるようなメーターがカウンターにはついていた。

 この世界の技術は何故か所々おかしな進化を遂げており、おそらくはエルピスと同じ日本出身の者が伝えた技術なのだろうが、何故わざわざこれだけを教えたのか。


 本人が居ないのにそんな事を考えていても無駄なので、止まる事なく進んでいく文字を見ながらエルピスはこの後どうしようかと考える。

 一つか二つ依頼をこなして同級生の情報を集めたら観光をしようかと思っていたのだが、全力で力を使ってしまった手前だらだらと観光などできるはずもない。


 魔法発動時に防壁と消音の魔法をかけていたので周囲に情報が漏れるのは少し先の事だろうが、あそこまで大きな穴を首都から数十分の場所で開ければすぐにでも噂になるだろう。

 その前にしなければいけないことは早急な情報収集と移動。

 初めての国なので見て回りたいという気持ちもあるがまたくればいいだけの話である。


「紅銅貨が68枚、金貨が7枚、銀貨が9枚、銅貨が8枚となります。お間違い無いでしょうか?」

「ありがとうございます」

「いえいえ。そう言えばエルピスさん、オススメのクエストがあるんですがどうされますか?」


 会話をしている内に両替が終わっており、エルピスは返事をしながらそれを受け取る。

 さすが冒険者組合の受付嬢といったところか。

 一般人ならば玄孫まで遊んで暮らせる金額を前にしても、特に焦ったり驚いたりする様子もなく、なんならクエストを進めてくるその姿にどうやれば驚かせるのだろうかと少し悪戯心が湧いてくる。


 だがエルピスとしてはこの場に長時間滞在すると後々面倒が起きそうなので、気になる依頼内容だけを確認しておく。


「聞いてから決めたいですね…どんなクエストなんですか?」

「ここから一時間ほど行ったところにある砂漠地帯に新しく出来た、迷宮ダンジョンの調査です。

 出てくる魔物の種類や階層の数が分からないので高位の冒険者を探していたのですが、エルピスさんなら特に危険もなく攻略出来るかと思いまして」


 この世界において迷宮ダンジョンとは、少々特殊な扱いを受けている。

 そもそも迷宮ダンジョンが何故できるか、その理由は明確には分かっていない。

 地中や空気中に存在するごくごく僅かな魔素を長年かけて掻き集め凝縮させる事によって生まれるダンジョンコアと呼ばれる物質を中心として形成される事は判明しているが、その存在理由は不明のままだ。


 他にわかっていることといえばそのダンジョンコアに一番最初に近づいた魔物が、ダンジョンコアを利用して魔物が発生するようにしたり宝箱が出たりするようにするらしい。

 だがそもそも魔物がそのような事をするメリットなど一つもないし、最近の研究結果ではダンジョンコア自体が魔物を操ってそうさせているとの話もある。


 基本的にこういった事態において、高確率で面倒ごとを引き起こしてしまうエルピスからすればあまり触れたくない案件だが、迷宮を攻略をすればたとえどれだけ小さな迷宮でも莫大な富が手に入る。


 旅をしている最中なのだからもちろん先立つ物は確保しておきたく、金額によっては受けるのもやぶさかではない。

 そんなエルピスの意思を感じ取ったのか、受付のお姉さんはカウンターの下から一枚の紙を取り出すと契約内容を明記する。


「報酬金といたしましては一階層ごとに最低保証金額で金貨一枚。五の倍数が付く階層は最低でも金貨八枚。十の倍数が付く階層は白銀貨一枚と金貨五枚です。

 また出現した魔物に関しましては、ダンジョン制覇していただいた場合にはプラス5%の査定金額とさせていただきます」


 金貨一枚は町に店を構える商人が一月程度で稼げる金額。

 と最低保証で金貨一枚という事は敵の強さ次第では幾らでも伸びる可能性があり、また査定金額にプラスがかかるのもエルピスからすればかなり魅力的だ。

 〈メニュー〉の効果の内の一つである収納庫ストレージにはかなりの量の物品が入るので、買取査定にも期待ができる。

 もう一度あの三人組に絡まれる危険性すらあるものの、お小遣いも少ないエルピスからすると非常に魅力的な案件だ。


「分かりました。そのクエスト受けさせていただきます」

「手続きなどはこちらで済ましておきますので、いつでも自由に迷宮ダンジョンの方へ行ってください。簡単な地図ですがこちらがその場所です。

 依頼に特に期限はありませんが、一月を超えた場合は他の冒険者パーティーにもオススメさせていただきますのでご了承ください」

「了解しました」


 渡された地図をポケットにしまい込み、エルピスは足早に冒険者組合から離れていく。

 すれ違いざまに焦った顔をしながら入ってきた職員の姿を見て、早く終わらせて良かったと思いながら宿で待つアウローラ達の元へ向かうのだった。


 /


 共和国首都にある宿屋はそう多くない。

 この街に入る前に説明があった通り貴族の位を持つ人間や聖職者、後は城で働く人員しかこの首都に居を構えることができないので、必然的に貴族が外国人向けに作った宿屋しか存在しないからだ。

 

 もちろんアルヘオ家の屋敷もここ共和国首都に存在するのだが、あれはいまエルピスが立ち寄るわけには行かないので宿を取るしか寝泊まりする方法がなく、エルピスはアウローラの魔力を辿りながら宿屋の場所へと徒歩で向かっていく。


(紅銅貨一枚くらいならくすねてもバレないんじゃ……いやでもバレたら怖いしなぁ)


 国際共通硬貨に変わっている袋の中身を覗きこみ、その中から赤銅色の硬貨を一枚取り出すと、エルピスは頭を悩ませながらそれをポケットに入れるかどうか悩む。

 冒険者として活動する資金などはもちろんいまエルピスが手に持っている袋の中身から捻出されるものであり、宿泊費用や食費などはもろもろここから出されることだろう。


 個人的な買い物であっても理由を説明すればもちろんそこから資金が出るはずで、この間であれば灰猫が道中の村で珍しい魚を買い取って居た時などもそこからお金が出て居た。


(まぁ言えないものを買う時もあるし、これはポッケに入れておくか)


 長く深く悩んだ結果、エルピスは辺りを見回して人がいない事を確認してからポケットの中に紅銅貨を入れて再び歩き出す。

 数分ほど歩いていると出店で商品を物色しているセラが目に止まり、宿屋の詳しい道のりを聞こうとエルピスが近寄るとセラもそれに気づいて振り返る。


 首元には民族的な装飾で作られた木彫りの首飾りがつけられており、手にぶら下げられた籠の中に入っているのは気になった装飾品だろうか。

 案外人の文化に興味があるんだなと思っていると、セラの方からエルピスに声がかかる。


「お疲れ様でした。どうでしたか?」

「無事に換金できたよ、当分は問題ないと思うけど一応依頼も受けてきたし。ただ出来れば早めに共和国からは抜けたいかな」

「そうですか。依頼はどのような?」

「ここから一時間くらい行った所にある砂漠地帯の迷宮だってさ、やけに報酬金高いから受けてきたんだけどなんであんなに高かったんだろ…あ、これでお願いします」


 砂漠地帯の迷宮とはいえそれほど距離があるわけでもなし、ましてや最近見つけたとしても一階層ごとにあれ程の金銭を発生させる依頼もまぁ珍しい。

 店主に対して首飾りの代金を支払いながらそういうと、セラがふと思い出した様に言葉を口にする。


「ありがとうございますエルピス様。砂漠地帯の迷宮ですか…気をつけたほうがいいかもしれませんね」

「ん? どうして?」

「ちょうど今お嬢さんとその話になって居た所だったんだよ。砂漠に人を飲み込む迷宮が出来たって話をね」


 エルピスの疑問に対して答えを返したのは、こちらの様子を伺っていた店主である。

 セラもどうやら情報収集を行ってくれていたらしい。


「人を飲み込む迷宮ですか? また変なものができたもんですね」


 確かに受付嬢からは他の冒険者が迷宮に挑んでいないとは聞いていなかったが、それにしたって噂になる程危険な迷宮ならば忠告くらいして欲しいものだ。


「近くによるだけで引き寄せられただの、一度入ったら帰ってこれないだの、当たり前だけどいい噂はないね」

「気をつけて行ったほうが良さそうだな……ありがとうございます」

「いやいやこちらこそ、買ってくれてありがとう。またお願いするよ」


 店を後にしたエルピスとセラは隣同士で歩きながら、先程の迷宮についての会話を始める。

 人を引き込む迷宮はエルピスが知る限り前例がなく、もしそれが本当だとすれば早期解決をしなければ被害者が増えるばかりだろう。


「人を引き込む迷宮か…何か知ってる事はある?」

「申し訳ありませんが、この世界についての事は詳しく知りません。

心当たりがないわけではないですが…もしそれが当たっていたとすれば私の予想を聞かないほうが上手く事が回ると思います」

「面倒ごとの匂いがぷんぷんしてきたねぇ、共和国での情報収集もまだろくに終わっていないってのに」

「アウローラは私かエルピス様の側に居ないと危険ですし、調査をするとなれば三人のうちの誰かですね」


 一言に情報収集といってもそのやり方は千差万別である。

 たとえばエラであれば市民からの情報収集を主軸として、貴族の屋敷に忍び込んだり書類を盗み見たりして情報を得る事だろう。

 エルピスでは冒険者組合を用いての情報収集程度しか出来ないので論外として、そうなるとエラかセラのどちらかが情報収集を行う必要がある。


「俺は無理だから出来れば二人のどっちかに任せたいかな、もちろん危険なのは分かってるけど」

「それならば私に。万が一にも人相手に遅れをとることなどあり得ませんし」

「確かにセラなら負ける事はないだろうけど……じゃあお願いするよ、悪いね」

「でしたら私はいまから行ってきます。このまま真っ直ぐ進めば宿ですので」


 軽く頭を下げるエルピスに対してこくりと頷いてそう言ったセラは、目にも留まらぬ速さで消えていった。

 彼女がどんな方法で情報を集めるのかは知らないが、彼女の実力を考えればもし万が一敵に追われていたとしてもそうそう負ける事は無いだろう。

 ついたばかりで慌ただしいもののようやく行うべき事の大筋が見えてきたエルピスは、先ほどよりも少しだけ足取りを軽くして宿屋に向かうのだった。

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