第21話待合室で

 昔通っていた学校の廊下よりも更に長い廊下を歩きながら、エルピスは〈気配察知〉で辺りを細かく探る。


 別にこのまま幽閉されたりする事に不安を感じて脱出口を探して居るとかそういうわけでは無く、もうこれは癖に近い行動と言っても良いだろう。

 家から一歩出たら森という環境に生まれたエルピスは、身を守る為に外では常に〈気配察知〉の技能を使えとお父さんから言われ、森に出る度に周囲の気配を探っていたらこうなるのも仕方ない。


 とは言え比較的に人の多い所では気配に酔うから使用しないし、扉の先までは気配を辿っていないから、礼儀知らずの世間知らずと思われる訳でも無いので、そこまでこの癖に困ってはいない。

 ちなみに家が森の中に有るのに、家に繋がる道や家自体に魔物が近寄らないのは、両親とメイド達のおかげだ。

 お母さんが交渉して周囲の龍達を黙らせ、知能の低いゴブリンなどはあらかた土に還ってもらったらしい。


 見る人から見れば非常に暴力的に映るのかも知れないが、本来なら龍に蹂躙されて家なんぞ建てられるわけがないし、ゴブリンだって農民がギリギリ勝てるかどうかという相手だ。

 つまりは例外的な物なので、どちらかというと暴力的とは言えない……筈だ。

 こういうことを考えていると、母が破龍と呼ばれているのも理解できる。

 

「この部屋で待っていろ。後で給仕の物を来させる」


 アルキゴスにそう言われ、会うまでに時間がかかってしまうのは仕方がないかと考えを切り替えて、エルピスは文句を言わずに部屋の中に入るのだった。


 /


「これが王城の一室か……どう見ても大貴族の娘の私室では無いよな」


 室内をあらかた見渡しながらエルピスはそう呟き、目の前に置いてあった手頃なソファに座り、#長距離個別式通話魔法__電話__#を使用する。

 取り敢えずはエルピスが知る中で特にヤバイ三人組の中でも、危なくなさそうなフィトゥスに電話をかける。


 《はいこちらフィトゥスです──この魔力はエルピス様ですか。どうですか王都は》


 《思ってたより普通かな。予定通りっちゃ予定通りだし》


 《そうでしたか。それはそれは、奥様もお喜びになられる事でしょう。して、いつ頃帰ってこれるのですか?》


 《貴族の娘の指南役兼お友達に抜擢されちゃったから、そうだな……一ヶ月もあれば帰れると思う》


 《そうですか……それは残念です》


 通話先からでも分かるほどの悲痛感を漂わせて居るフィトゥスに落ち着く様に言いながら、エルピスは同時進行で仕事の話を進める。


 《まぁまぁ、気にしないで。早めに帰れる様に頑張るからさ。ーー話を仕事に変えるけど、奴隷市場を一通り見た感想としては、米の生産程度ならなんとかなりそうだった》


 《そうですか。そうなると、そろそろ王国内にも米を流した方が良いでしょうか?》


 《そうだなーーっと人が来たから切る。僕がいない間の仕事は前に渡した予定の通りに頼むよ》


 《はい、分かりました》


 フィトゥスが了承したのを確認してから、エルピスは接続を切る。

 それと同時に扉がゆっくりと開き、五、六人ほどのメイドが姿を現した。

 さすがに全員とは言わずともその中には何人かの亜人種の姿が見え、この国の王が亜人種差別をしない人なのがそれで理解できた。


 異形はどこの世界でも忌避されるし、自分より強い事が多い亜人をそばに置きたがる人間は少ない。

 よほど自分の力に自信があるのか器が大きいのかはたまた両方か、とりあえずエルピスがあったところで直接悪意をぶつけてはこなさそうで安心する。

 そう考えると亜人が混ざっているのは、そもそもエルピスが亜人であることも関係するのかも知れない。

 この城に客人として招かれているようだし、エルピスに合わせてくれているのだろう。


「エルピス・アルヘオ様。アルキゴス様から、これからのお手伝いを任されましたメルと申します。他の者はーーまぁ日によっては変わるので、覚えなくて宜しいかと思います。ではこれからよろしくお願いします」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「では先ずこちらがお昼ご飯となって居ます。次に着用して頂く服ですがーー」


 その間に周りの人達は料理を並べだし、エルピスに慣れた手つきで何故かベタベタ触りながら服を着せてくるメイドを止めずに、そのまま会話を進める。


 ちなみに下は魔法を使って隠しながら自分で履いた。

 さすがに慣れはしているけど見知らぬ人に見られるのは恥ずかしいのだ。

 この辺はどれだけ頑張っても元日本人であるエルピスの感性には合わない。


「本来なら直接お嬢様と会って頂く所を、わざわざお待ちさせてしまい申し訳有りません」


「いえいえ大丈夫です。僕自身あんな格好で貴族様に会いに行くのは、少し礼儀知らずだと思って居たので、有り難いくらいです」


「そう言っていただけると恐縮です。面会の時間になるのですが、一時間後にお嬢様の諸々の準備が終わりますので、それまでお待ちください」


「あ、はい! 分かりました」


 元気よく返事したのは良いものの、とは言え一時間か……。

 いくらこの世界で生活する事に慣れたから多少の時間待つくらいなら気にならないとは言え、一時間というのはまぁ微妙な時間だ。


 ふらっと外に出て龍と戦闘するには余りにも短いし、魔法の実験をするには時間が余りすぎる。

 一体どうしようかと頭を悩ませるエルピスの目の前に、横から書類が出される。


「………すいませんこれなんですか?」


「書類でございます」


見ればわかる。

問題は机を覆い隠さんばかりのその量とびっしりと書かれた文字だ。


「いやそれは分かりますけど、どういった趣旨の書類でしょうか?」


「王国内での販売、生産、量産にかかる税金と無体財産に対する権利の確立。それに伴う商業派閥の設立と、土地の買い付けに倉庫の設置。仕事は山の様に有りますよ」


「ぼ、僕まだ未熟者だからわかんなぁい…ははっ、はははははっ」


「ーー私もお手伝いしますので問題ないかと、何か質問は?」


「……休みってどうすればくるんですかね」


 /


 室内に設置された時計が丁度一時間が経過したのを告げた時、手渡された書類に悪戦苦闘して居るエルピスを見て、呆れた様な声を出しながらアルキゴスが部屋に入ってくる。


 その事に気付いては居るものの、余り関わりたくなかったので無視していると、悪戯っ子の様な顔をしながらアルキゴスはエルピスの横に座った。


「何を書いてるんだ?」


「まぁ色々ですよ色々。必要な書類なんです」


「もしかして丸飯屋が関係してるのか?」


「あんた絶対わかってるでしょ! 」


 涙目になりながらそう返すエルピスを見て笑いながら、アルキゴスは優雅な仕草でメイドが出した紅茶を飲む。

 その間にも、商売権の付与とそれにかかる年金だとか、家を建てる上での税金など、まぁ要するに金に関する沢山の書類をスキルを駆使して、なるべく楽にしながら進める。


「…ふぅ。さてと、冗談はさておき、お嬢様の準備が整ったからそろそろ行くぞ」


「いや、これまだ終わってないんで行けないでーー」


「んなもん俺の権限でもう終わりにしといてやるから、ほらとっとと行くぞ」


「こ、困りますアルキゴス様! いくら見た目が可愛らしからろうと規則は規則。守ってもらわなければ困ります!」


「ーーはぁっ……分かった、あの子は後少し待たせておくから、その間になんとかしとけよ?」


 呆れた様な表情を見せながら去って行くアルキゴスさんの背中を惜しむ様に眺めながら、エルピスはまた契約書を書き出す。

 ああ……家に帰りたい。

 まだ数十枚も残っている書類を見ながら、エルピスはがっくりと項垂れるのだった。

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