第20話道中にて

 自由になった身体を見下ろしながら、エルピスは動作確認でもするように手を握ったり開いたりする。


『龍神の身体は一週間動かない程度ではなまらんさ』


 少し嘲笑気味に教えてくれた龍に対して心の中でありがとうと嫌味を込めて返事をしてから、状況の整理を始める。

 いま居る地点は冒険者や一般市民が暮らす市民街。


 正体不明の謎の男に現金一括購入されたエルピスは、馬車の荷台でゆらゆらと揺られながら何所かへとーー恐らくは貴族街にあるであろう家にでも向かっている。


(どなどなどーなどなどーな)


 合唱部がいつか歌っていたのを思い出しながら鼻歌を歌いつつ、エルピスは街の景色を見るのをやめて席に着く。

 手足を完全に自由にされており、もはや逃げろと言われているような気さえするが、一応お金を出して買われているわけだし、何やら訳がありそうな雰囲気なので逃げるのは少々しのびない。


 そう思っていると不意に男とエルピスの目が合い、気まずい空気が両者の間に流れる。

 エルピスがその空気に耐えられず咄嗟に下を向くと、渋々と言うか無理やりと言うか話題に困った様子で話しかけられた。


「ーーお前何で盗賊なんかに捕まってたんだ? お前ならいつでも抜け出せただろうに」


 まるで友人に世間話をする様な軽い雰囲気で、彼はそう言った。

 エルピスが相手の強さが解るという事は、少なからず相手もこちらの実力が解る訳で、疑問に思うのも仕方がない事だろう。


 因みに相手の強さを大体感じ取れるのは、#技能__スキル__#〈気配察知〉のおかげだ。

 気配察知の#技能__スキル__#レベルが高ければ高いほど、大体で相手の強さが解る様になり、逆に隠蔽スキルは相手よりもレベルが高ければ、相手に嘘の情報を与える事が出来る。


 今回エルピスは実力を隠蔽して隠しているとは言え、鑑定を使える強い敵に絡まれにくい様に冒険者組合では上位入りたて程度に、レベルで言うなら五十から六十くらいに相当する実力にはなっているので、あの場所ぐらいなら制圧は簡単だと判断するのは当然だ。


 ーーさてそうなってくると説明しなければいけないわけで、ちょうど良いとばかりにエルピスは話を始める。


「丸飯ってご存知ですか」


「定期的に王都に来て売り捌いてたな。俺の親戚にもあれが大好きな子がいるよ」


「僕はそこの店主なんですけど、丸飯の原料となる米が果たして奴隷の様な人達でも栽培できるのか気になってたので、親から頼まれたお使いついでに捕まってました」


 エルピスの目的の内の一つ、それは奴隷の身体がどのくらい衰弱しているかを知りたかったからだ。

 助けてあげるにしてもその後のケアまで出来なければ、まだ奴隷でいた方がマシな人生を送ることになるかもしれない。


 捕まった後に考えた理由ではあるが、奴隷を体験してみたいと言う突拍子もないものよりはマシだろう。

 話を聞いて男は小さな声で丸飯屋の店長……? と呟くと、ハッとしたような顔で声を発した。


「あん時の子供か、成る程な……。一年も前の事だから思い出すのに時間がかかったが、そうかお前が店主だったのか。それにしてもよく捕まろうと思ったな、怖くなかったのか?」


「強さだけには自信がありますから」


「強さだけじゃこんな事しようと思えないさ。本当に十代か?」


 日本とこっちの世界合わせれば二十歳以上だから、正確に言うと十代ではもう無い。


 出来るだけ真実を話して信頼を買いたいが、ここで馬鹿正直に話して両親にこの話が伝わったまずい。

 それにフィトゥス達に話していない事を見知らぬ人に話すのもどこかおかしいし、ここは適当にごまかしておく事にする。


「嫌ですね。ちゃんと十歳ですよ」


「絶対違ーーまぁ良いか……で? お前の名前は?」


 渋々といった風で納得した相手が次に問いかけてきたのは名前だ。

 エルピスの名前はどうか別としてアルヘオという名前は、王国で知らない人物がいないほどに有名。

 話せば間違いなくエルピスが誰なのかバレてしまうが、なんとなく言ったところで何も変わらない気がしてエルピスは直感に任せて名前を口にする。


「私の名前はエルピス・アルヘオ。龍人である母クリムと、人族の父イロアスの子供であり、アルヘオ家の長男です。お兄さん」


「あの二人の子供か。なら俺より強いのも頷ける」


「ーー何故そうだと?」


 確かな確信をもって言葉を発した男に対して、エルピスは驚きの表情を向ける。

 逃げられると言われるのは想定内ーーというよりわざと見抜けるようにしていたから大した驚きも無かった。


 だが隠している戦力まで見抜かれたとなると話は別だ、彼が上位ならばエルピスの見せている力はよくて中位の冒険者程度、万に一つも勝算はない。

 通常時ならばまだしもしっかりと実力を魔法を使用してまで隠しているというのに、こうも簡単にバレると言うのはどうにも府に落ちない。

 それこそ別の何かーー#特殊技能__ユニークスキル__#でも持ち合わせていなければ不可能な芸当だ。


「何でか分からないか? 実はレベルが七十以上になった状態で神殿に行けば、どの神かは知らないが神から#祝福__ギフト__#が貰えるんだ。それの効果だよ。

相変わらずお前の両親はそう言う説明しないのな。まぁそれ使っても、そんな気がするって程度だが」


 両親はそう言った説明を省く癖はあるが、それを知っているということは目の前の人物も両親のことをよく知っているらしい。

 神の称号を持っているエルピスが#祝福__ギフト__#を受けるとどうなるのか、そもそもまともに受けられるのかという疑問はあるがそれは教会に行ってみなければ分からない。


 とりあえず話を合わせようとエルピスは軽く相槌だけ打つと、そのまま話を流す。


「なるほど、そんな良いものが有ったんですか。それなら納得です」


「まぁそれなりに運が絡んでくるがな、あとお前みたいに明確に強さが見えない奴もいるし。

まぁそう言う奴らは基本的に強い奴等だけどな。……そう言えばお前と一緒に居たあの獣人だが、どうしたい?」


「どうしたいとは、どう言う事でしょうか?」


「買いたいなら買えば良い。仲良さそうだったから助けただけだしな」


 思わぬところでやって来た、灰猫を助けるチャンス。

 だがどうしようかーー今のエルピスには自由に取り扱える金貨が無い。

 決して稼いでいない訳では無いが、普段は金を取り扱う様な事をしないし、したとしてもそれはフィトゥスや父監視の下での取引の様な場合のみなので、金貨を常備していない。


 いまある金貨はお使い用の金貨一枚と、先程のアジトから出る時ついでにもらって来た金貨五枚だけだ。

 とてもではないが数十枚も用意するのは不可能である。


 ならば担保になる何かがあればとエルピスは#特殊技能__ユニークスキル__#メニューの機能のうちの一つ、#収納庫__ストレージ__#を使用する。

 ある程度の量の物品を入れておくことが可能な能力で、時間も過ぎるし大量に物は入れられないが、こう言った小物を持ち運ぶ分には便利である。


「折り入って頼みがあるのですが……」


「ん? どうした? 急に改まって」


「この剣を担保に一時的に金貨を貸しては頂けないでしょうか?」


 エルピスが#収納庫__ストレージ__#から取り出したのは、三日月が装飾された綺麗な長剣だ。

 エルピスが一ヶ月かけてフィトゥスと共に刀を作ろうとした慣れの果てだけ有って、柔軟性と切れ味が非常に高くそこらで買える代物ではない。


「何処から出したんだ? この刀」


「能力の一つです。これは僕の自作ですし、名匠と呼ばれるお方の足元にも及ばない剣ですが、素材だけは一級の物を使っています。担保程度にはなるかと」


「そうか? お前は名匠と名乗っても良いさ。素材の強さも確かに有るだうろけれどそれ以上にいい色だ」


 鞘ごとその刀ーー名を血雀というーーを渡し、エルピスは男から距離をとる。

 この世界においては考えられないほどに綺麗に整備された王都の道だとは言え、剣を振る上では無視できないほどの馬車の揺れを物ともせず、剣を目にも止まらない速度で抜刀し、男は上段に刀を構える。


「良い剣だ……これならあの振り方が出来るな」


 そう小さく呟いた城勤のお兄さんは、エルピスに分からない無属性魔法以外の強化を自身に付与し全力で剣を振り下ろした。

 屋根に突き刺さった剣は、空気を切り裂くかの如く木と布を切り裂き爆風を荷台に吹き乱す。

 正直荷台の上でこんな事をするなんて危ない事この上ないのだが、余りにも早すぎる一撃に馬も気付いていないらしく、被害も出なそうなのでほっとした。


「これなら十分に担保として機能する。……まぁこの剣が金貨五十枚なんて安い値だとは思えないから、金を余分に貸したいくらいだが」

「勘弁してくださいよ。僕はあの男の子を助ける分だけで良いですし、なんならその剣もお近づきの印に渡しますよ」

「本当か! いやぁイロアスとクリムには振り回されたけど、お前には振り回されそうに無くて嬉しいよ」


 どうやらあの獣人の子を助ける事が出来る様で、そっと胸を撫で下ろしながらエルピスは安堵の溜息を吐いた。


「話は変わりますが貴方は、何故奴隷市に居たんですか?」


「ん? あぁ意外だったか?」


「えぇ。この国は奴隷を買うことに抵抗がある人が多いと、母から聞きましたから」


 自慢気に胸を張りながらエルピスに色んな国の事を教えてくれた母を思い出し、少し綻んでしまう自分の顔を気にもせずエルピスはそう質問した。

 ここでいうところの奴隷とは他種族の奴隷だ、亜人種が多いこの国では他種族を奴隷とすることは忌避されている。

 一瞬の迷いを見せてから、男はエルピスの質問に答えた。


「最近王国内でも奴隷制度を緩和化しようとする動きがあって、それに対抗しようとさっきみたいに他国の奴隷商人が違法奴隷を撒いていくんだよ。

それの場所の特定と、摘発が暇な時の俺の主な仕事だな。後親戚の子からお前くらいの年代の子供を、一人連れて来いって言われてたんだよ」


「別に口外する気は有りませんが、貴族が僕を買って良かったんですか? 一応成人は迎えてますし人じゃないので王国内の法律と照らし合わせても違法性は無いですけど、対外的には不味くないですか?」


「確かにいくつかの貴族が文句をつけて来たが、違法な奴隷商人から王国民を守るためっていう言葉で折れたよ。

あ、後この件を王様に言わないといけないから王城に向かうぞ?」


 何ともまぁ都合がいい。

 アルの言葉を聞きながらも、エルピスは徐々に近づいて来る王城を眺めた。

 決戦と言えば語弊が生まれるかも知れないが、エルピスにとっての戦いの時は刻一刻と迫って来ていたのだった。


 /


「そろそろ着くから、礼儀正しくしてろよ」


 目前まで迫った城門と街門の違いに驚きながらも、エルピスはなるべく男の迷惑になら無い様言われた通りに姿勢を治す。

 ちなみに街門と言うのは、この国の都を東の街 西の街 南の街 北の街 の四箇所に区切る様に設置されている四つの壁だ。

 そしてその四つの合流点に建っているのが、王城になる。


 王城の城壁の高さは20m位で横は500mほどだが、それでも城と合わさって、圧倒的な存在感を放っている。

 こんなものどうやって作ったんだろうか?

 土魔法の派生魔法である建設系魔法でも、ここまで大規模なものは相当な術者でないと一度に作れ無い筈だ。


 何度か魔法を放てば出来ない事も無いだろうが、それにしては壁に不自然な部分が無い。

 しかも城壁自体が、少なからず魔力を帯びている。

 ーー多分王家の秘宝とかそんなのだろう。

 そんな事を考えていると、もう城門についていた。


「お帰りですか、アルキゴス様。ーー話には聞いていましたがこの子供ですか?」


 フルプレートを着込み胸に騎士団の押印という、如何にも騎士団員みたいな人が、エルピスの顔を見ながら質問した。

 不意に自分の口で答えそうになるが、座っている様にアルキゴスに目で言われ素直にエルピスは座る。


「ああ。まぁ話は聞いてるだろ? 通してくれ」


「勿論ですとも。ささ、どうぞ」


「良いんですか? ヴァスィリオ家のご令嬢が表立って奴隷引き連れて」


 アルキゴスという名前を自分の中で反芻して、エルピスはその家名をようやく思い出す。

 アルキゴス・ヴァスィリオ、彼は本家の人間ではないので、彼が親戚の子供と言った相手はおそらく本家の子供だろう。

 もし敵対している貴族でも居れば、今のエルピスの存在なんて良い攻撃材料だ。


「お前の扱いは友達兼教師兼奴隷だから大丈夫だろう」


 どうやらそれすら問題ないらしい。

 なんだかよく分からない違和感に苛まれながらも、それがなんなのか分からないままエルピスは先へと進んで行くのだった。

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