第19話王国
揺れる馬車に乗りながらーーというよりは荷物として乗せられてーーエルピスは王都までの道のりを進んでいく。
可及的速やかに対応しなければならない母への対応は父に任せてあるので大丈夫だと思いたい。
男達は一切こちらに気を向けておらず、いつでも逃げ出そうと思えば逃げ出せるのだが、ここまで来たら最後まで行くべきだろう。
「それにしても、運が良かったな。こんな奴があんな田舎を歩いてるなんて、普通親も見張ると思うんだが……案外大事にされてねんじゃねぇか?」
そうやって笑いながら喋ってるのは、声からしておそらく初日に出会ったあの男とは別の男だ。
何も知りもしない人物に家族からの愛を疑われ一瞬血液が沸騰したと錯覚するほどに怒るが、目の前のそれに何を言われたところでエルピスが受け止める必要などないと言葉を側に捨てておく。
「あぁかもな。身なりはいいし高値で売れるんじゃ無いか?」
「もし高値で売れたら何を買うんだ? やっぱ酒か? それとも女か?」
「おれはそうだな……もう休業するかな」
「休業? 馬鹿言うなよこんなに簡単に稼げる仕事なんて他にねぇぞ? どうせ戻ってくんだろ」
髪を引っ張られエルピスは恐怖の表情を#技能__スキル__#によって演出する。
演技とはいえ見抜けないほどの巧みさで恐怖一色に染まっているエルピスの顔は、奴隷商からすれば随分と面白かったらしくニヤリと笑みを浮かべてまた袋の中に戻された。
「さて、そろそろ街門に着くからこいつ隠すか」
一旦は外には出してもらえたが、そう言ってまた直ぐにエルピスは奥に戻される。
もう何人もこうして後ろで待たされているので暇を潰すのには慣れた物で、影の中にいる龍と雑談を始める。
その後だが意外にも街門もさらっとすり抜け、奴隷商人達は当然のように王都へと入っていく。
(ん? 王都にしては随分と警備が甘い気が……仲間でもいるのかな?)
箱の中身を見ないくらいならまだわかるが、さすがに荷台の中まで見ないのはおかしい。
可能性として考えられるのはこの盗賊達の仲間がいる事くらいだろうか、考えたくはないがそうなると王国は相当腐敗していそうである。
それから馬車は外が見えないから恐らくでは有るが、スラム街に向かって走っていく。
数十分して辺りが徐々に薄暗くなってきた頃に、ゆっくりと音を立てながら馬車は止まった。
どうやら目的地に着いた様だ。
「おい、俺だ」
「話は聞いている。入れ」
交わされる言葉は最低限のみで、目を隠されており視界が封じられているエルピスは縛られた腕に引っ張られるようにして家の中へと入っていく。
入って直ぐに秘密の道でも有るのか、床を開ける気配とともに地下への階段を男達はゆっくりとした足取りで降り出した。
湿気と腐臭がまず最初に鼻腔を通っていき、次に排出物の臭いがやってくる。
贔屓目に言っても人間が暮らせるとは思えない場所だ。
「お前はここだ。ほら入れ」
そう言われて直ぐに、エルピスは背中を蹴り飛ばされて牢屋の中へと入れられる。
落ちた時の衝撃で袋を縛って居た袋か何かが外れた様で、エルピスはモゾモゾと身体を動かし外を見た。
エルピスが入れられたのは所謂タコ部屋で、部屋の中には数人ほど人が居る。
皆一様にかなり痩せ細った姿をしており、逃げる気力も無いのか静かに下を向いていた。
「君も捕まったのかい?」
だがそんな中でも一人だけ、元気そうな少年がいた。
灰色の綺麗な毛並みにピンと立った耳、尻尾はふらふらと揺れておりその存在を強調しているようである。
誰がどう見ても分かる、明らかに人とは違う存在。
本物のケモミミっ子がそこにはいた。
/
「ーーということで僕は捕まった訳さ。両親の目の前で捕らえられたのに盗賊は何もされないなんて、可笑しな話だよね」
いくつか置かれた薄い布ーー多分捕まった時の袋なのだろうが、それを下に引きながら彼は面白そうにケラケラ笑ってそう言った。
目は笑っておらず拳は血が出そうなほどに握りしめられており裏に闇がーー病みが見え隠れしているが、エルピスはあえて触れずにながす。
遊び半分で連れられてきた自分がどうこう言える話だとはとても思えなかったからだ。
すると灰猫はにっこりと笑みを浮かべて話を切り替えた。
「君はなんで捕まったんだい? 見た限り親に売られたとか捕まったとかそう言う感じの人には見えないけど」
「それがさ、お使いの最中に攫われちゃったんだよね」
勤めて冷静に、なるべく当然の事のように装ってエルピスはそう口にした。
自分の判断を間違っているとは思っていないが、わざと奴隷商人に捕まったなど普通の思考ではない。
ならうっかり捕まってしまった風を装えば良い、そう思っての行為だったが灰猫は腹を抱えて笑い始める。
「ふふっ…ふふっっごめん笑う気は無かったんだけど、あはははははっ」
『ハハハハハハッ!!』
最初は押し殺したような笑い方だった彼は、だが直ぐに大きな笑い声をあげる。
というか若干一名混ざっているような気もしないでもないが、それに関しては今注意しても仕方がないので放置しておく。
(後で絶対に痛い目は見せてやる)
だがずっと笑われているのは正直あまり気分の良いものではない、目の前の猫の腰の辺りから生えている尻尾をエルピスは無造作に引っ張る。
「ちょ! 何するのさ痛いんだけど!」
「どう? 落ち着けた??」
「男の子の最も大事な部分を握るなんて、君は鬼畜だよ!」
「うるさい! というか男の子の大事な所とか言うな卑猥に聞こえんだろ!」
「そう言う考え方する方が卑猥なんです~っ!! と言うかもう許さないからね!!」
そう言いながら猫が飛びかかって来たのをエルピスはすんでで避けると舌を出して馬鹿にする。
怪我をさせてはいけないので加減しながら取っ組み合いをしていると、近くに居た大人が我慢ならないと大きな声でエルピス達を叱りつけた。
「お前ら静かにしないか! 俺達まで巻き添えを食らわせる気か!?」
「「す、すいません!」」
他の人達は全く非がなく、エルピス達がただ悪いので一切ためらうことなく謝罪をする。
牢屋の中で呑気にそんなやり取りをしていると、ふと人が此方に歩いてくるのが感じられた。
怒られるか? ーーそう思って居たが、どうやら客に
捕まえてくる人間と販売する人間は違うのか、もしくはたまたま違う人間が降りてきただけなのか、どちらか判断はできないが、客に対してエルピス達を紹介していた男はまだエルピスが見たとこのない男だった。
先ほどまでの男どもと比べれば清潔感もあるし裕福そうな服を着用しているので、どうやらそれなり稼いではいるらしい。
「ーーどうです? あちらが#森霊種__エルフ__#でその他は……説明は不要みたいですね。ちなみにここで最後です」
「そうだな…彼奴と此奴を出してくれ」
「あの黒髪の少年と灰色の獣人の子供ですね。了解しましたーーおい」
気怠そうな客がそう言ってから直ぐに、筋肉隆々の男達が無言で牢屋の中に入ってくる。
突然の事に暴れようとしている猫を魔法で眠らせ、おとなしくさせてから、エルピスはされるがままで連れられていく。
扉が開け放たれているのにもかかわらず他の奴隷達は逃げようとする気力が見えず、これはかなりまずいかもしれないとエルピスは状況を整理する。
とは言っても長く考えられるほどの時間は与えられず、エルピスはただ黙って運ばれるのだった。
/
場所は変わってエルピス達がいるのは先程いた建物の二階にある待合室。
牢屋から連れてこられたエルピスと猫は、自分達を買うかもしれない客の前に連れてこられた。
(売られるなら一般人、もしくは貴族が良いんだけど、そこら辺は配慮してくれ無いのかな)
そうエルピスが思うのは、今回の旅の最終条件は王の元へ近づければそれで良いからだ。
「こいつらは今朝入荷したばかりと聞いたが、本当か?」
「えぇ。流石耳が早いですねぇ。片方は今朝ですが、もう片方に関しては数時間前です」
奴隷商人の話を聞いている男ーーつまりエルピスたちを買おうとしている男は、この世界ではさして珍しくない金髪の中肉中背で戦闘を出来そうな雰囲気はない。
だが全身から出てくる威圧感は上位冒険者、フィトゥスやリリィ以上である。
奴隷市に来る人にしては強過ぎるように思えた。
必要最低限強い奴隷を手に入れたいならこんな場所に来るべきじゃないし、身の回りの世話をさせたいならわざわざ奴隷を雇うよりメイドを雇った方が早い。
男の狙いがわからずエルピスはその男のことを深く観察し、なにか探れる情報はないかと探りを入れる。
そんなエルピスの視線を感じ取ったのか、少し嫌そうな顔をされ、焦りながら機嫌を損ねない様にエルピスは目線を逸らして何事もないように振る舞うしかない。
今のこの状態では面倒事になったら、戦闘以外の方法では対処できる自信がない。
それにしてもこの顔何処かでーー何処だったか。
「多少は礼儀作法も教わってそうだな。これならお嬢様も満足してくれるだろう。獣人の方は……一応取っておいてくれ」
どうやらエルピスの願いが天に届いたのか、あまりにも都合よく物事は進んでいく。
それと同時に目の前の人物が誰なのか思います、記憶が確かなら丸飯を作ってた時に護衛として小さい子供の近くにいた人物だ。
向こうがこちらに気づいているかは別として、かなり良い感じだ。
これならば王の元まで行くのに三日とかからないだろう。
「おっ? 買ってくれるんですかい? こいつは上玉ですが、まだ使いもんにはなれなさそうな歳なんで金貨五十枚で良いですぜ。獣人の方のキープ代はそうですねぇ…金貨五枚で一週間、買うなら金貨四十枚ってとこですかね」
大体平均的な奴隷一人が金貨一からニ枚くらいなので、大分と言うより冗談なくらい高い。
流石にふっかけ過ぎだ。
普通ならば支払いを拒むところだが、貴族の資産力は市民とは雲泥の差がある。
市民からすれば大金でも貴族からすれば、金貨五十枚も端金のうちに入るだろう。
「その程度か、ならこの場で支払おう」
エルピスが予想していた通り払えると宣言した男は、机の上に五十枚と五枚別に金貨を置く。
それを一枚ずつ奴隷商人が確認すると、商談は無事というかなんと言うか、驚くほどにあっさりと終わった。
日本ならば契約書なりなんなり書いたりするのだろうが、そもそも人身売買という違法な取引をしている関係上そんなものは残せないし、それに紙は高級品だ、いちいち奴隷販売にそんな金を使いたくないのだろう。
「毎度あり。未だ首輪付けてないんで、少し待って貰えます?」
そう言って奴隷商人は首輪のようなものを二つ手に持ち、見せつけるように左右に振って男の反応を見る。
敗退した種族や魔物に付けることで有名な制約の首輪、またの名を隷属の首輪と呼ばれるもので魔道具に分類される違法道具である。
奴隷の首輪は契約者の命令を強制的にさせる効果を持っており、その効果は絶大で、たとえ実力差が開いていようと余程魔法に対する強い耐性を持っていない限り如何なる命令でも聞かせることが出来るとの触れ込みだ。
だがこれに関しては解除の魔法が存在するし、物理的な力に対して弱く引きちぎる事も可能なので、エルピスからすれば別にさしたる問題ではない。
だが本来ならば奴隷を購入する際には必要とする大切なものではあるのだが、首を横に一振りしてから男は言葉を発する。
「いらん。こんな子供に首輪を付けていたのでは、この国の兵達を纏める俺の権威も地に堕ちる」
「了解です。ではそのまま連れて行って下さい」
なんと驚いた、どうやらこの国の兵士長だったらしい。
そんな人物が違法行為に手を染めている、となるといよいよ話が難しくなってきてしまったようだ。
まだ買われなかった猫の方はまぁ強く生きろと言いたいところだが、ここであったのも何かの縁、助けてあげるべきだろう。
どうやって事情を説明するか考えながら、エルピスは目の前で成立した商談にため息をつくのだった。
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