天の声は誰の声

朝凪 凜

第1話

「おはよう!」

 ある少女が学校へ行く途中の道を歩いていると声が聞こえた。

「おはよう……?」

 振り返って挨拶を返すが誰も居ない。

「あら、見えないのね? でも声だけは聞こえるのかしら」

 耳を澄まして聞いてみると後ろからでも前からでも上からでもあるような気がしてくる。

「誰? どこに居るの?」

 訳が分からず、誰かのイタズラじゃないかと辺りを見渡す。

「見えないみたいだけどいいわ。暇だから話し相手になってくれない?」

「話し相手?」

 そんなことを言われても、と心の中で呟いたのだが、どちらにしても学校に行く間は特にすることもなく歩いているだけだしと思って、学校へ歩む道すがらの許可を出した。

「まあ、学校に着くまでなら」


 そうして学校に到着するまでの20分余り話をした。

 どうやら人ではなく妖精の類いらしい。本当かは知らないけれど。

 自由に空を移動出来て、建物の上とかにも行けるらしい。交差点の先がどうなっているか聞いてみたら合っていた。まあ、その交差点の先に居て話しているのかもしれなかったけれど。

 疑っても仕方ないし、本当に妖精とかだったらいいなと思ったので、それ以上は追求しないことにした。



 しかしそれから一ヶ月。

「――それでね! 昨日の夜に山の方に行ってたら鹿みたいなのが出てきて食べられちゃうかと思ったのよ」

 未だに話しかけてくる。それも所構わず。最初は普通に話をしていたのだけれど、道ばたで一人相づちを打ったり話をしていたりしたら、周りからどう思うか。

 当然、奇異の目で見られる。それに気づいてからとても恥ずかしくなって、これ見よがしにイヤフォンをするようにした。普段使っているイヤホンだとあまり気づかれないから、私が話すと周りの人はギョッとする。だからちょっと大きめなものをつけて話をしている。これなら電話しているのかもしれないし、あまり怪しまれない。

 実際の所イヤフォンをしようが耳栓をしようが声は聞こえるから何だって良いのだ。周りの目を気にしない神経の人ならば。

「へー……」

 しかしそれでも一人で話すというのは恥ずかしいことに変わりは無い。だから学校の行き帰りの間は生返事だけしかしないし、相手もそれで気にしていないようだった。

 家に帰れば、一応ちゃんと返事は返すし、一人でスマホをいじってるよりはマシかなと思って。



 更にもう数週間。

 さすがに、朝から晩まで、学校の授業中でも話してくる。この迷惑妖精にはかなり辟易していた。

 前に一度怒ってからは言葉数は減ったものの、黙ってくれることは無かった。

 なので、私は一日中怒りっぽくなって、学校でもついつい苛立ちを表してしまうことが出てきた。

 そして家でお菓子をつまんでいたある夜。

「あ、今日で50日目ね。すっかり忘れてたわ」

「? 何が?」

 ぶっきらぼうに返すが、実際に何も思い当たらなかった。

「私が最初にあなたに話しかけてからよ」

 あぁ、まだそれしか経ってなかったのね。もう半年以上経ったのかと思っていた。それほどまでに疲れていた。

「これであなたにも加護ができたと思うわ」

「加護?」

「そう! 加護と言ってもそんな大層なものじゃないんだけどね」

 そう言って頼んでもいないのにペラペラと説明をしてくれた。

 曰く、人の言葉には力がある。ある加護を受けた者は発した言葉が叶う。

 ただし、心の底から強く願えばだ。適当な言葉で叶ってしまうことはない。

「言ったこと全部叶ったらもう人生遊び放題じゃないの」

 それもそうだ。言った言葉が叶うなんて魔法みたいじゃないか。

「何でも叶うの?」

「身近にあるものだけよ。世界平和とか願っても叶わないもの」

 そうだろう。もっともそんなことを心の底から願うつもりもないのだけれど。

「身近にあるものね。じゃあ一つ叶いそうなものを言ってみましょうか」

 そう言って大きく深呼吸をする。そして

「二度とあなたの声が聞こえなくなりますように」

 しっかり心を込めた。ちょっと込めすぎて声が大きかったかもしれない。しかしこれは本心だ。毎日毎日耳元でぺちゃくちゃぺちゃくちゃと話されてはたまったものではない。


 翌日。久しぶりによく寝られた気がする。時計をみたら寝坊しそうになるくらい寝ていたようだった。

「ちょっと起こしなさいよ!」

 寝起きに一言発したものの返事は無い。

「そういえば声が聞こえなくなったんだっけ」

 すがすがしい気分になり、そのまま朝ご飯を食べて学校へ行く。

 静かな登校。二ヶ月も経っていないのにとても新鮮に感じる。


 そしてそのまま一日が終わり、数日後。

「ところで――」

「ん?」

 離れたところにいた友達がこちらを振り返った。

 学校でつい声が出てしまった。

「あ、なんでもないなんでもない」

 声が聞こえなくなってまだ数日なのに、なんか口寂しいというか耳寂しいというか、違和感が出てきた。

 静かになって良かったのに、なんで声を掛けてしまうのだろう。あの声がまた聞きたいのだろうか。

 そんなことをモヤモヤした気持ちで一日過ごし――


 夜ももう日が変わろうかという頃、もう一度思い出す。

『ある加護を受けた者は発した言葉が叶う』『心の底から強く願えば』

 それを反芻し、深呼吸をする。二度する。

「もう一度、いやこれからもあなたの声が聞きたい!」

 しかし、静まり返ったまま、声は聞こえない。

 耳に残った自分の声。しかし何も変わらず、無音が耳につく。気になりだしたら耳鳴りのように感じられ寝られなかった。

 二度と聞こえないようにって言ったから、そりゃあこれを反故にすることは無理よね。

 そう思いながら布団に入り、しかし寝られないまま夜が明けたあたりで記憶がなくなった。


「ほら! 朝だから起きなさいよ!!」

「うるさいなぁ」

 と眠い目をこすりながら周りを見ると――誰も居ない

「あれ? もしかして」

「もしかしてじゃないわよ! まったくなんてこと願うのよ! まあ、心の底からそう思っていたっていう訳だし? もうちょっと静かにして上げても良いわよ?」

 その声は今までで一番嬉しそうだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天の声は誰の声 朝凪 凜 @rin7n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ