第29話 アメリカ滞在最後の日

 アメリカでの学校生活を終え、私の帰国の日が迫っていました。

 滞在最後の週には、私の住むタウンハウス心理的瑕疵物件でパーティを行い、みんなで飲み食いをし、楽しい時間を過ごしました。(安心して下さい、その時は何も写ってません)


 数えてみればたった4ヶ月くらいの所属だったのに、引っ越しを手伝ってくれたり、足りない防具をかしてくれたり、定期的に遊びに誘ってくれたり。剣道部の皆さんには良くしていただきました。


 多分私がこれまで過ごした日々の中でも、最高に刺激的で、輝いていたときだったと思います。


 滞在最後の日。剣道部のゴッドファーザーこと、加藤先生から連絡が。その日はエイミーが私の荷造りを手伝ってくれていて、私は彼女と思い出話をしながら、先生の到着を待っていました。


 チャイムがなったので玄関に出ると、そこには「間に合ってよかった」と、いつもの笑顔を見せてくれた先生の姿が。


 先生は何やら、包みを持っていました。リビングへ案内し、お茶を出そうとしたのですが、「気をつかわないでいい」と断られ、ソファに座られる先生。


 先生が私に差し出した包の中には、竹刀にはめる「つば止め」が入っていました。


 わあ、と声を上げるエイミー。


「イチカ、コレはね。先生が卒業していく教え子に、ひとりひとり手作りで作ってくれる鍔止めなんだよ」


 鍔には、私の名前が手彫りで刻まれていました。たった4ヶ月しかいなかった弟子に対しては、過ぎたプレゼントです。先生の温かい心遣いに、わざわざ最後の日の晩に持ってきてくれたことに感謝し、ぽろぽろと涙が出ました。


「先生、私、日本からきたのに剣道全然下手だし。なにか部に貢献できたわけでもないのに、こんなに素敵なもの、いただいていいんですか」


 私の言葉に、優しい笑顔で、慰めるように先生は言いました。


「イチカさん、君が剣道部に来てくれて、僕はとてもうれしかったよ。楽しい時間をありがとう。君はどこへ行っても、僕たち剣道部の一員だ」


 そう言って手を握り、「日本でも頑張って」という一言を残して、先生は家を後にしました。


 加藤先生は、数年前に他界しました。愛情深く、弟子たちに接していた加藤先生のSNSのページは、日本やアメリカの各地から、彼を偲ぶ声で埋め尽くされています。


 本当に、関わり合う全ての人から愛されるような、素晴らしい方でした。


 この日にもらった鍔止めを、私は今も大事に持っています。



 最後の一話はちょっとしんみりしてしまいましたが。


 私の青春の1ページに、剣道部での思い出が刻まれていることを、心から嬉しく、誇りに思っています。いつかまた、竹刀と防具袋を担いで、アメリカの道場に道場破りに行きたいと思います!笑


                    


 ※なお、先生に頂いた鍔止めの写真は、近況ノートにあります。興味がありましたら見てみてくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る