第2話

 面会に現れたのは、恰幅のいい、長い白髭の老人だった。さすがに服は赤くなかったが、昔から見る「あれ」そのままだった。

「ベータ=クロースさんですね」

「確かにそうだ。私に違いない」

 重々しい声での、流暢な英語だった。

「私は今日からあなたの弁護をすることになったリシュ・クレーンです。よろしくお願いします」

「よろしく。今までのものはまたクビになってしまったのかね?」

「……まあ、そうですね。任期が切れた、ということです」

「そうか。残念だ」

「私にも任期があります。その間に実現しておかねばならないことが」

「ほう」

「あなたは現在終身禁固の刑ですが、ある条件を飲んでいただければこの刑を免除することになりそうです」

「取引、ということかな」

「まあ、そうですね。この条件とは……あなたに、サンタクロースに復帰してほしいのです」

 ベータは、黙っていた。考えているようでもあるし、無視しているようでもあった。

 この男は、宇宙人である。正確に言えば、彼の先祖が火星からやってきたのである。彼らは皆「クロース」という名前を持っていたので、クロース人と呼ばれた。そして、千年以上の間グリーンランドでサンタクロースとして存在してきた。それが、古代の人々との約束だったのだ。

 島を提供する代わりに、世界中の子供たちにプレゼントをする。それが古代人とクロース星人との約束だった。最初はごく一部の人々に対してのみ実行されていたが、人間社会の産業革命に呼応するように、グリーンランドでも技術革命がおこり、20世紀には「世界中の子供へのプレゼント」が実現できるまでになった。

 だが、五年前に事態は急変する。クロース星人たちが突如「グリーンランド独立宣言」を発表したのだ。サンタクロースの歴史を知らなかった世界中の人々がびっくりした。そして、古代からの情報を引き継いでいた北欧の国々は、即座に動き、「北欧連合軍」を結成した。そして、グリーンランド対北欧の戦争が勃発したのである。

 多くの血が流れた。そしてグリーンランド軍を指揮していた男は捕らえられた。それがこの、ベータ=クロースなのである。

「人間社会には、サンタクロースからプレゼントをもらう文化が根付いていました。それが突如なくなって、世界は混乱しました。今は各家庭の中で何とかやりくりしていますが、やはり限界があります。私たちには、本物のサンタクロースが必要です」

 ベータは髭をなでながら、薄い瞳で私を見ていた。

「大変だろう、私たちの仕事は」

「……」

「一年かかって、プレゼントを用意する。それを12月24日、急いで配る。年末一週間休んで、年が明けたらまたプレゼントの準備だ。そうやって、私たちはずっと過ごしてきた」

「知っています」

「女性も、子供も、外国人も、動物も。平等に権利を、と言うね。宇宙人は?」

「それは……」

「親がサンタ代わり、結構じゃないか。人類が平等に、私たちの『義務』を負担するようになったんだ」

 私は、唾を飲んだ。理屈にのまれてはいけない。私の仕事は、彼と対話して正しい道を探すことではない。

「残念ながら、私たちの権利は、私たちの星が生み出した者に与えられるのです。それは、私たちの神に与えられたものです。神は、あなたたちを想定していなかった」

「万能なのに?」

「……万能だったとしても。あなたたちの権利は、契約により与えられた限定的なものです。本来ならば地球人の土地であるグリーンランドを貸し、あなたたちに生きるチャンスを与えたのです。それは、何千年たっても感謝されるべきです」

「説教は何回も聞いたのだが……困っているのはあなたたちの方では? 私はもう、死ぬ覚悟ができている。多くの同胞たちに早く会いたいと思っている。しかし死刑というのは国際的に廃止されたんだったな? 残念なことだ」

 なかなか手強い。この男には未練もなければ、おそらく罪悪感もない。交換条件が出しにくい。

「サンタクロースは……多くの子供たちを笑顔にしてきました。私たちは、その文化を途絶えさせたくありません。しかし現在、家庭の経済状況で会ったり、宗教的時事用であったりでプレゼントをもらえない子供がいます。そういう子供たちを、救いたいのです」

「救えばいい。人類の叡智で」

「あなたたちの叡智をお借りしたいのです」

「具体的には?」

「『袋』の秘密を教えてください」

 いよいよ本題に入った。ベータは目の色を変えなかったが、予想はしていたはずだ。

 クロース人には、ある特殊な技術があった。袋状の装置から、様々な物体を生み出すのである。それにより彼らは、子供たちに配るプレゼントを用意していた。その技術は、古代の人類にとっては喉から手が出るほど欲しいものだっただろう。しかし、人々には自制心があった。そのような技術は、必ず戦争で利用される。だから、決して人類はそれを手に入れようとしてはならない、と取り決めたのである。

 そして何より、その袋はクロース人にしか扱えなかった。奪っても仕方がないのである。実際戦後幾つもの袋を回収したが、五年たった今でも何一つ生み出せていない。

「教えるつもりはないし、教えたら大変なことになるだろうね」

「ちゃんとコントロールして見せます」

「人類の歴史を勉強したうえでもそう言えるかね?」

「……」

 確かに古代人が懸念した通り、「なんでも生み出せる袋」を入手したら、必ず誰かが悪用するだろう。だが、極端な話、私はそんなこと知ったことではない。いまはとにかく、「世界中の過程を幸せに」というIFAAの目的を信じるのみである。

「そろそろ時間です」

「わかりました。また来ます」

 一度目の面会が終わった。手ごたえは、なかった。

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