第22話 別れの挨拶

 村の外れのいつもの遊び場。

 ボクは今日もそこで、ユウナが来るのを待ち侘びていた。


 ボクはそわそわしていた。

 というのも新しい遊具を準備してきたからだ。


 その遊具とは『ホッピング』。

 棒につけた踏み板に足をのせ、取っ手を握りながらピョンピョン飛び跳ねて遊ぶアレである。


 ボクは昨晩、夜通しがんばってこの遊具を作り上げた。

 倒木から削り出した木の棒に踏み板を組み合わせ、スプリング状に変形させたボクの分裂体をくっ付ければ出来上がり。

 仕組みは簡単だ。

 だがそれとは裏腹に、スプリングの製作は厄介だった。

 バネは硬過ぎても柔らか過ぎてもいけないのである。

 適切な硬度が必要だった。


 けれどもボクは試行錯誤を繰り返してがんばった。

 そしてかなり良い感じのスプリングを作り上げた。


 遊び心地は抜群だ。

 これならユウナもきっと喜んでくれるに違いない。


 それはそうと、今回ボクが作ったスプリングは、ホッピングだけじゃなく、馬車みたいな乗り物のサスペンションに応用できるかも知れない。

 この異世界の文明レベルは地球で例えるなら中世の欧州くらいらしいのだし、もしかしてこれって結構な発明だったりするのかも。

 とはいえ素材がボクの分体だから、大量生産出来ないのが残念だ。


 そんなことを暇つぶしに考えながら、ユウナが現れるのを待つ。

 はやく彼女と遊びたい。

 けれども今日に限って、ユウナはなかなかやって来なかった。


「……遅いなぁ」


 自然とため息が漏れ出る。

 時刻はもうとっくにお昼を過ぎて、夕刻へと差し掛かろうという頃合いだ。

 こんなに待たされるのは、この村でユウナと出会い、一緒に遊ぶようになってから初めてのことである。


「うーん。ユウナ、どうしちゃったのかなぁ」


 なんというか、少し手持ち無沙汰。

 ぶっちゃけ退屈だ。


「……まさか、危ない目にあってたりしないよね?」


 嫌な想像が脳裏をよぎった。

 ここは一応は聖エウレア教国の領土内ではあるのだけれども、あまり治安のよくない辺境の開拓村だし、ハクアの樹海も程近ほどちかい。

 つまりは危険な生き物がたくさんいるのである。


 まぁ、さすがに村のなかにまで魔物が入ってくるなんてことは滅多にないと思うが、それだって絶対とは言えない。


「んむむ……」


 少し心配になってきた。

 ユウナは無事だろうか。

 ボクにとって彼女は初めて出来た大切な友だちで、仲間なのだ。

 ここで暇を持て余しているくらいなら、ちょっと様子を見に行ったほうが良いかもしれない。


「うん。そうしよう!」


 ボクは放り出していた脚をたたみ、腰掛け代わりにしていた倒木からよっと立ちあがる。

 けれどもちょうどそのタイミングで、待ち侘びていたユウナがやってきた。


 ◇


 ユウナは肩を落としていた。

 少しばかり傾きはじめた陽を背にして、地面に影を伸ばし、俯き加減の力ない足取りでとぼとぼと歩いてくる。


「ユウナ!」


 声を掛けると、彼女が顔を上げた。

 でもいつもの笑顔ではない。

 ボクは駆け寄って微笑みかける。


「遅かったじゃないか。心配したんだよ? あんまり遅いから、いまから迎えに行こうかと思ってたくらい」


 ユウナが項垂れたまま呟く。


「……プレナリェルお姉ちゃん。ごめんなさい……」


 どうもさっきから元気がないようだ。

 理由はわからないけど、ユウナの悲しそうな顔は見たくない。

 だからボクは殊更明るい口調で、陽気に振る舞う。


「ごめんなさいって、遅くなったこと? そんなのいいんだよ! まぁ結構待ったけど、まだ遊ぶ時間はあるしね! あ、そうだ。できれば今日はちょっと遅くまで遊ばない? だって今日はボク、新しい玩具を作ってきて――」

「ううん。そうじゃないの」


 ユウナが言葉を遮る。

 ゆるゆると首を振った。


「……あのね。そう、じゃ……なくて……」


 消え入りそうな声で話を続ける。


「……プレナリェルお姉ちゃん、ごめんなさい。もうわたし、お姉ちゃんと遊べなくなっちゃった……」

「えっ」


 もう遊べない?

 それはどういうことだろうか。

 ボクは彼女の話に集中するべく、口をつぐんだ。

 ユウナがぽつぽつと語りだす。


「明日、村を発つことになったの。いままで荷物をお片付けしていて、それでパパとママが、お世話になったひとたちにご挨拶をして来なさいって。しばらくお別れになるからって……」


 思い出した。

 そういえばユウナの両親は行商人なのだ。

 初めて会った日に、たしかそんなことを言っていた。

 ユウナたちはしばらくこの村に逗留していたから、すっかり忘れてしまっていた。


 ◇


「……だから、お姉ちゃんともお別れなの。ごめんなさい……」


 ユウナはしおらしく頭を下げている。

 ボクは何も応えられない。


 彼女が行商人の娘なら、この成り行きは必然だ。

 予見して然るべきだった。

 けれどもそのことをすっかり失念していたボクは、この展開に対して何の対策も用意出来ていない。


 ボクは自問自答する。

 このまま別れを受け入れるか?


 それは嫌だ。

 別れなんて受け入れられる訳がない。


 だってユウナはボクの大切な友だちだ。

 初めて出来た掛け替えのない仲間だ。


 ……絶対に逃がさない。


 ユウナは特別なのだ。

 ボクの孤独を少しでも癒すことができる存在なのだ。

 だからユウナにはいつまでだってそばにいて欲しいし、彼女は命ある限り、ボクを慰め続けなければならない。

 それが仲間というものだ。

 だから別れるのは却下だ。


 でも、じゃあどうする?

 このまま手をこまねいているだけでは、彼女はすぐにも村から去ってしまうだろう。


 ボクはいつか考えたことを、愚かしくもまた反芻する。

 誘拐しようか?


 いやいやダメだ。

 やっぱり拐うのはダメだ。

 ボクは思い付きを即座に却下した。


 だってユウナは両親を愛している。

 ボクはそれを知っている。

 遊んでいる最中よく家族の話を聞かせてくれたことからも、明らかだ。

 そんな彼女を力尽くで親元から引き離せば、どうなるか。

 ボクは彼女から憎まれ、いまの関係が崩れるどころか、最悪の場合敵視されてしまう可能性すらある。

 だから無理やりはダメだ。


 ああ、でもどうしよう。

 どうすれば……。

 頭の中で繰り返し同じ問いがループする。

 ボクは少し混乱しているのかもしれない。


 このままではユウナの家族が、ボクからユウナを奪い取ってしまう。

 けれども打てる手がない。


 ユウナの家族が……。

 ユウナの家族さえいなければ……!


 ふと思った。


 家族――


 家族が、ボクから仲間を奪っていく。

 そしてボクの友だちで、仲間であるはずのユウナもそれを良しとした。


 ユウナにとって、仲間よりも家族の方が大切なのだ。

 つまり家族との絆とは、仲間との絆以上に強いのだ。


 では家族ってなんだろう。

 ボクは混乱した頭で考える。


 家族とは父、母、子などから構成される最小単位の社会で、構成員の各々に役割があり、互いが強い愛で結ばれている。

 そう、愛で結ばれているのだ。


 ボクは家族が羨ましい。

 ボクは家族が妬ましい。


 だって仲間のはずのユウナは、ボクを捨てた。

 そして家族のもとへ帰っていく。

 これは仲間では、家族の絆に勝てない証左だ。


 そこまで考えてから、ボクははたと気付いた。


 そうか。

 そうだったのか。


 混乱が収まり、雲の切れ間から陽の光が差し込むみたいに思考が明瞭になっていく。


 ボクが作るべきはただの仲間などではなかったのだ。

 仲間では弱い。

 ボクの孤独を癒すには足りない。

 だから、ボクが作るべきは家族だったのだ!


 やるべきことは定まった。

 でもどうすれば家族を作れるのだろう。


 考える。

 手っ取り早く誰かから奪えないだろうか。


 そういえば、前世では離婚や再婚をする人間がたくさんいたと思い出す。

 つまり破壊と再構築だ。

 家族は作り直せる。

 となると家族の構成員とは唯一性のある存在ではなく、替えが効くものということになる筈。


 メンバーの替えが効くなら、話は早い。

 家族が欲しければ、誰かからその立場を奪えばいいのだ。


 そしてちょうど都合よく、ボクの目の前には、家族のもとへと帰ろうとしているユウナがいる。


 つまり家族がそこにある。


 ◇


 思案にふけっていたボクは、じっと見つめられていることに今更ながら気付いた。


 ユウナが潤んだ目尻を拭う。

 無理に笑顔を作ろうてして、失敗したらしい。

 彼女はくしゃっとした泣き顔になり、鼻を啜ってから涙声で別れを告げてくる。


「……じゃあ、ユウナはもう行くね。いままで遊んでくれてありがと。バイバイ、プレナリェルお姉ちゃん……」


 ユウナは小さく手を振り、寂しそうに微笑んでから、その場でくるりと背を向けた。

 やって来たときと同様、力なくとぼとぼと歩き去っていく。


「…………」


 ボクは無言で、右腕をゆっくりと振り上げた。

 肩を落とした彼女の背中を眺めながら、肘から先を伸ばし鋭利な刃へと変えていく。


 ボクとユウナは友だちだ。

 初めて出来た仲間だ。

 けれども家族ではない。

 家族でないのなら、もう要らない。


 家族は仲間よりも素晴らしいものだ。

 ボクを孤独から救ってくれるものだ。

 だから、ただの仲間は要らない。


 ボクは高く振り上げていた腕を、ユウナの脳天目掛けて振り下した。

 ヒュンと風を切る音がする。


「――ひぐッ」


 幼い喉から小さな呼気が漏れた。

 ユウナの頭蓋には、鞭のようにしなったボクの右腕が食い込んでいた。


 そのまま頭部を真っ二つに引き裂く。


 大好きだったユウナは、断末魔の悲鳴を発する暇もなく、絶命してその場に崩れ落ちた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ユウナに擬態したボクは、村に入り込み、宿へとやってきた。


 彼女の両親は忙しなく出立の準備をしていた。

 まだ若い夫婦だ。

 どちらも優しそうな風貌をしている。


「ん? ああ、おかえりユウナ」


 ボクの帰宅に気付いた父親が、手を止めて話しかけてきた。


「どうだった? 村のお姉さんに、しっかりとお別れの挨拶はしてきたかい?」


 ボクはこくりと頷いてみせる。

 すると今度は、母親が笑顔を向けてきた。


「あら、ユウナ? もう泣き止んでるのね。さっきまで『プレナリェルお姉ちゃんとお別れしたくないー! わたしだけ村に残って、ずっとお姉ちゃんと一緒にいるー!』って、そりゃあもうわんわん泣いて、手が付けられなかったのに」


 どうやらこの母はボクをからかっているようだ。

 ここは空気を読んでおこう。


「ふんっだ。意地悪なママなんて嫌いー」


 ボクは膨れっ面をして、ツンとそっぽを向いてみせた。

 父が苦笑しながら会話に割って入ってくる。


「こらこら。ユウナは頑張ってお別れの挨拶をしてきたんだから、そんな風にからかうなって」


 父親はこちらまで歩いてきたかと思うと、ボクの頭にぽすんと手のひらを置いた。

 そのままぐりぐりと撫で回してくる。


「ユウナ、ごめんな。いつも行く先々の村でお別ればかり経験させて」


 ボクを気遣ってくれている。

 見た目と違わず、優しい心遣いのできる父親のようだ。

 彼はボクをいたわるように背中をぽんぽんと叩き始めた。


「でも、それも今回の行商で最後だ。明日から一旦都市に戻るけど、この村にはすぐに戻ってこれるよ。だから、プレナリェルちゃんだっけ? その子にもきっとまた会えるから」

「……え? 戻ってこれるの?」


 うわ。

 そうとも知らず、ユウナのこと食べちゃった。

 しまったなぁ。

 でも食べてしまったものは仕方がない。

 ユウナもなんか今生の別れみたいな雰囲気を醸し出していたし、ボクが勘違いしてしまったのも無理からぬことだ。

 つまりユウナが悪い。

 ボクは気持ちを切り替えて、父親の話に耳を傾ける。


「ああ、そうさ。この村に店を構える手筈になってるんだ。ここは開拓村だし、どんどん発展していくぞ」


 父が母を手招きし、両腕を開いてボクと一緒に抱き寄せる。


「お前たちには苦労をかけてきたけど、これからはもう行商人は卒業だ。俺は商店の店主になる。いままでありがとうな」


 母がくすくすと笑う。


「もう、あなたってば、気が早いわよ? まだお店が繁盛すると決まった訳じゃないし、これから都市との往復だって残ってるじゃない」

「ははは、そうだな。すまん。今回の逗留で思いのほか上手く話がまとまったものだから、どうにも気が逸っちゃってさ」


 父親が抱きしめていた腕をほどく。

 かと思うと今度はボクの後頭部に手を添えて、頭を手繰り寄せ、頬に口づけをしてきた。

 ちゅっ、と軽い音がした。


「ほら、おやすみのキスだ。少し早いけど、ユウナはもう寝てしまいなさい。明日は夜明け前からの出立になるからね」

「はぁい、パパ」


 ボクはまた雰囲気を察して、彼の頬に口づけを返す。

 そして母にも。

 両親が嬉しそうに笑った。

 こうしてボクは、ユウナに成り代わり、幸せな家族を手に入れた。

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