行商人
第21話 行商人の娘
がさごそと葉が擦れる音がする。
背の高い草を掻き分けながら、小さな女の子がこっちにやってきた。
「……うーん。お姉ちゃん、どこにいるのかなぁ?」
少女はキョロキョロと辺りを見回している。
そして声を上げた。
「あっ、いた」
どうやら見つかってしまったようだ。
彼女は弾む足取りで近づいてきたかと思うと、茂みにしゃがみ込んだボクを頭上から覗き込んできた。
「えへへー! プレナリェルお姉ちゃん、見ぃつけたぁ!」
「あはは。見つかっちゃった」
応えると少女が満面の笑みを向けてきた。
顔を上げたボクに抱きついてくる。
「ね、言ったでしょ? わたし、探し物とか得意なんだからぁ。んふふぅ」
少女はボクに抱きついたまま、嬉しそうにぐりぐりとおでこを押し付けてくる。
仕草が実に愛らしい。
なんだか背中がむずむずとしてしまう。
彼女はしばらく
「えへん! またわたしの勝ちだねぇ!」
「うん、負けちゃった。ユウナは鬼さんが上手だよね」
「ええ、違うよぉ? わたしが鬼さん上手なんじゃなくて、お姉ちゃんが隠れるの下手っぴなんだよー」
「嘘ぉ? そうかなぁ?」
「ホントだよ。えへへっ」
ふたりして顔を見合わせて、くすくす笑い合う。
なんだかとても楽しい。
充足した時間だ。
ボクはこのところ、ずっと彼女とこうして遊んでいた。
空っぽだった心が満たされるのを感じる。
彼女と遊んでいると、ボクはこの身を苛む孤独をしばしの間忘れることができた。
こんなこと、この異世界に転生してから初めてだ。
ずっとふたりで遊んでいたい。
そんなことを考えながら、また彼女を誘う。
「さ、じゃあ隠れんぼの続きをしようか? 次はユウナが隠れる番だよね」
ボクはぱんぱんとお尻についた
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ここ最近の出来事を振り返ろう。
壊滅してしまったエルフの里から旅立ったボクは、何十日も歩き続けてハクアの樹海を東側に踏破し、『聖教国』の西端までやって来ていた。
聖エウレア教国。
この国は『聖女』と『枢機院』と『13人の聖堂騎士』が治める、
この国の端にたどり着いたボクは、辺境の村でひとりの少女と出会った。
彼女の名前はユウナ。
まだ7歳になったばかりのあどけない女の子で、行商人の娘である。
ユウナはボクに出来た初めての友だちだった。
なんでも彼女は両親の行商について国中を
ユウナはまだ仕事の手伝いができる歳ではない。
だから彼女は両親が商いや、村でなんやかやをしている最中、ずっと独りで過ごしていた。
村のすみっこで石拾いや積み石をして、退屈そうに一人遊びをしていたのだ。
ボクは彼女に近付いた。
『……ねぇ、独りなの? ボクもずっと独りなんだ。独りは寂しいよね。だからさ、よければボクと一緒に遊ばない……?』
そんな風に声を掛けたと思う。
ボクはユウナの警戒心を解くべく、擬態できる中ではまだ一番歳の頃が近いプレナリェルに扮して声を掛けた。
ユウナは最初こそエルフ姿のボクに驚いていたものの、なんといっても感受性の高い成長期の子どものことだ。
結局すぐに打ち解けて、ボクたちは一緒に遊ぶようになった。
それから数日間。
ボクたちはたくさん遊んだ。
ユウナはあまり遊び方を知らなかったから、ボクはじゃんけんを教え、しりとりを教えた。
ほかにも竹とんぼや、縄跳びや、フラフープなんかを楽しんだ。
ボクが新しい遊び道具を作る度に、ユウナは嬉しそうにはしゃぎ回った。
毎日、遅くなるまで一緒に過ごした。
色んな遊びをして、たくさん笑い合って、ボクたちはとても仲の良い友だちになったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日も陽が傾いてきた。
夕暮れが辺りを茜色に染めはじめ、沈みかけた夕陽がボクたちの影を地面に長く伸ばす。
「……あ、もうこんな時間……」
ユウナがぽつりと呟いた。
「もう帰らなきゃ」
彼女はいつもこのくらいの時間帯になると、両親の待つ宿に帰ってしまう。
こんなときボクは、時間なんて止まってしまえばいいのにと思う。
ユウナに尋ねる。
「今日も、帰っちゃうの?」
「……うん。もっとお姉ちゃんと遊んでいたいけど、遅くなるとパパやママに叱られちゃうんだぁ。パパは怒ったらすごく怖いんだよぉ? 悪い子を森に連れて行っちゃう
ユウナが父親を真似て怒ってみせた。
ぷりぷりした表情。
けれども幼い彼女がそうして怒った仕草をしてみても、ただ愛らしいだけである。
「あはは、そうなんだ」
ボクは彼女の素振りに軽く笑ってみせた。
しばらくしてから、ため息混じりに呟く。
「……そっかぁ。ユウナは今日も帰っちゃうのかぁ……」
たしかに子どもは、陽が沈む前に親の待つ家に帰らなければならない。
それはボクの前世である日本でも同じだった。
ましてやここは異世界なのだ。
夜になると魔物も活発になるし、日本みたいな治安なんて望むべくもないのだから、どんな危険があるかもわからない。
だから子どもは陽が落ちるまでに帰らなければいけないという理屈は、分かる。
でも頭で理解できても、心で納得できるかどうかは別問題だ。
ユウナが帰るとボクはまた独りきり。
隣に誰もいない、孤独な夜が始まる。
夜は、暗くて、何もなくて……。
ただ寂しい。
ボクは寂しいのは嫌だ。
独りにはなりたくない。
だからまた結局、いつもみたいに彼女を引き止める。
「ね、ユウナ。家になんて帰らなくてもいいじゃない。ずっとふたりで一緒に、楽しいことだけして過ごそう?」
「うーん」
ユウナが大仰に腕組みをした。
大人ぶった仕草が見た目の可愛らしさと反して、より一層少女の愛らしさを際立たせる。
「あ、そうか。ユウナはもしかして夜が不安なの? それなら大丈夫だよ! 鉤爪悪魔がきてもボクがやっつけてあげる! こう見えても、ボクってば、結構強いんだから」
「……んむむむ……」
ユウナは眉間に皺を寄せて唸っている。
気持ちが揺らいでいるのだろうか。
もう一押しでいけるかもしれない。
「ね、ね⁉︎ ユウナのことずっと守ってあげるから! 一緒にいよう? そうだ! もしお父さんと離れるのが寂しいのなら、ボクがユウナのお父さんになってあげるよ!」
「ぷぷっ」
ユウナが吹き出した。
小さな手のひらを口もとに添え、クスクスしている。
「えー⁉︎ プレナリェルお姉ちゃんがわたしのパパぁ⁉︎ パパはお姉ちゃんみたいに可愛くないよぉ」
「そ、そうなの?」
ボクは焦った。
このままでは今日も説得に失敗してしまう。
「だ、だったらお母さん! ボクがお母さんになるから、それならどうかな? ボク、その気になれば、男性にも女性にもなれるんだ。だからきっといいお母さんになれると思うよ!」
「ぷぷっ! あははははっ」
ユウナが完全に笑い出した。
「もー、なに言ってるのよぉ? また変なこと言ってぇ。お姉ちゃんは、お姉ちゃんでしょお? パパでもママでもありませんー」
「じゃ、じゃあどうすれば――」
ボクは咄嗟にユウナを力尽くで引き止めるべく、細い肩を掴もうと手を伸ばした。
けれどもひらりと躱される。
「あははははっ、捕まらないよぉ」
笑いすぎた彼女は、目尻に滲んだ涙を人差し指で拭ってから、再びボクに微笑みかけた。
「じゃあ今日はもう帰るねっ。また明日遊んで」
ユウナが駆けだした。
ボクは小さくなっていくその背中を、この数日いつも同じだったように見送る。
ああ……。
今日もまた引き止められなかった。
これから独りの夜が始まる。
ボクはユウナを攫うことだって出来る。
さっきからずっと、そうしたい誘惑に駆られている。
けれども我慢だ。
彼女とはせっかく良い関係を築けているのだ。
ここで無理を通して嫌われでもしたら、目も当てられない。
なにせ現状ユウナはボクの孤独を少しでも癒せる唯一の存在なのだ。
無下には扱えない。
明日また遊べるというのなら、いまは我慢すべきなのだろう。
そんな風に自分を納得させようと試みていると、ユウナが足を止めて振り返った。
「じゃあね、プレナリェルお姉ちゃん! また明日ぁ!」
ぶんぶんと大きく手を振ってくる。
彼女の思いやりが胸に沁み入る。
ボクも必死になって、手をふり返した。
「絶対! 絶対にまた明日だからね! ボク、ここで待ってるから! いつまでだって待ってるから!」
「もうっ、大袈裟ねぇ」
ユウナが可愛らしく微笑む。
「それじゃあお姉ちゃん、おやすみなさいー」
今度こそ彼女は、ボクを振り返らずに両親のもとへと帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます