第20話 滅びゆく里

 そこかしこに死体が散乱している。

 雷属性を魔法付与エンチャントされた矢が、その辺の樹々にでも引火したのだろうか。

 周囲には火の手も上がり始めていた。


 散らかっているのは、襲撃してきたエルフたちの死体だった。

 彼らの死に様は、どれも綺麗とは言い難かった。


 ボクは改めて周囲を見回す。

 あるエルフの遺体は、胸部に大きな穴が穿たれていた。

 首を捻じ切られた遺体もある。

 顔を潰された遺体もある。

 さらには肩から腹にかけてを引き裂かれ、上半身と下半身が別々になっている遺体まであった。

 どれも力任せな暴力で無理に殺されたようにみえる。


 そんなむごたらしい無数の死体の真ん中に、ディネリンドが倒れていた。

 うつ伏せになってピクリとも動かない。

 彼女は暴威を振るって暴れ回り、この死体の山を築いたものの、結局最後には力尽きて死んでしまったのだ。

 ディネリンドは死にたがっていたのだし、この結果については彼女も本望だろう。


 ディネリンドの頭部には貫通痕が穿たれていた。

 彼女を倒す決め手となったのは、弓によるこの一矢いっしだ。

 改造エルフであるディネリンドは、ボクの細胞によって飛躍的に治癒力が高められている。

 とはいえ心臓あたりの臓器程度ならまだしも、さすがに脳の損傷までは治せない。


「えっと……」


 ボクは散らかっている死体の数を、指折り数える。


「ひの、ふの、みの、よの、いつ、むぅ、なな、や。……あ、あっちにも倒れてる。これは期待以上だぞ」


 ディネリンドがほふった敵の数は、軽く二十を超えていた。

 かなりの戦果だ。

 だってこれは1対1の戦いを繰り返した結果ではない。


 彼女は三十からなる襲撃者たちを全員同時・・・・に相手取り、その上で彼らの半数以上を殺してみせたのである。

 まさに驚異の結果といえよう。

 その戦闘力は推して知るべしである。


 ◇


「……プレナリェル、後はお前だけだ……!」


 残り少なくなった襲撃者たちが詰めよってきた。

 弓や短剣を手にしたままボクを取り囲み、じりじりと包囲を狭めてくる。

 そのうちのひとりが、神妙に口を開く。


「もう観念しろ」


 きっと彼は、ディネリンドを倒されたボクにはもう身を守る術など残されていない、なんて思ったのだろう。

 それは他のエルフたちも同じらしい。


 一応は・・・ディネリンドを倒してみせた彼らは、悲壮な顔をしながらも、どこかすでに勝利を確信しているようだった。

 だからボクは思い知らせてやる。


「……観念? 観念とはなんです? まだ戦いは終わっていませんよ。だって、ほら」


 ボクはディネリンドの死体を指差した。

 エルフたちがつられて視線を移す。


「あれでボクの改造エルフに勝ったつもりですか? 勝負はまだこれからだと思いますよ」


 襲撃者たちが首を傾げた。


「……なにが言いたい? プレナリェル、お前は気でも触れたのか? あれはただのむくろだ。ディネリンドはもう死んでい――」


 その時、死んだはずのディネリンドが動いた。

 うつ伏せに倒れていた彼女はのろのろと身を起こし、立ち上がったのだ。

 エルフたちが目を見開いた。


「……なぁっ⁉︎」

「バ、バカな⁉︎」


 起き上ったディネリンドは、まるで産まれたての赤子みたいだ。

 首が座っていない。

 動作も不安定で、ゆらゆらと身体を揺らしている。


「さぁ、ディネリンドさん! 戦闘の続きですよ! やっておしまいなさい!」


 ボクが命令を下すと、ディネリンドの死体は片脚を引きずりながら歩きだした。

 しかし動きは緩慢なままだ。

 彼女の瞳からは完全に光彩が消えていて、うめき声ひとつあげない薄気味悪いその様子は、さながら蠢く死体ゾンビである。


「う、嘘⁉︎ 頭を貫かれたのに、どうして動けるの⁉︎」

「……い、嫌よ。わ、私はもう、あんな化け物と戦いたくない!」

「俺だって嫌だよ!」


 生き残ったエルフたちに動揺が広がっていく。

 まぁ死体が動くなんて普通はあり得ないから、それも無理からぬことだ。


 でもこれにはタネがある。

 というか、知ってしまえば何ということはない。

 ディネリンドの筋組織のいくらかはショゴス細胞に起き変わっている。

 だから彼女の身体は、たとえ死体になろうとも、ボクの意思で自由に(死後硬直はあるものの)動かせるというだけのことだ。


 つまりアレは蠢く死体ゾンビというよりは、操り人形マリオネットといった方が実態に即しているのだけれど、エルフたちはそんなこと知る由もない。

 ただ慌てふためいている。


「う、うわっ」

「ここ、こっちに来るぞ⁉︎」


 エルフたちが蜘蛛の子を散らすように散開した。

 慌てて転ぶ者もいる。

 ボクはそんな彼らの様子が、ちょっと愉快になってきた。

 悪戯心を刺激されるのだ。

 だからボクは、彼らをもっと驚かせてやることにした。


「あははっ。大の大人がみっともないですねぇ。この程度でそんなに驚いてどうするんです?」

「な、なんだと⁉︎」

「ほら、ほら。あっちも見てくださいよー。ね? 大変なことになってますよぉ? うぷぷ……」


 むくり、むくり、と。

 死んだはずのエルフたちが起き始める。

 ひとり、またひとり。


「なんだ⁉︎ なにが起きている⁉︎」

「まさか、みんな生きてるの⁉︎」

「そんな訳ないだろう! あ、あれを見てみろ! あいつは首から上が無い。間違いなく死んでるんだ! な、なのになんで動いてやがる!」

「ち、畜生! 訳がわかんねえ!」

「一体なんだって言うんだよぉ!」


 この仕掛けも簡単だ。

 ボクはディネリンドが襲撃者を倒す度に、小さく分裂させたショゴス細胞を送り込んでいた。

 実は、こっそりと死体を改造していたのだ。


 これは不足の事態が生じた際に、操り人形マリオネットどもを肉の盾にして時間稼ぎをして逃げる為の準備だったのだけれど、結果としてそんな心配は必要なかった。


 なぜなら襲撃者たちは弱いのだ。

 ボクに比べて脆弱すぎる。

 彼ら程度では改造エルフはまだしも、いくら束になってもこのボクは倒せない。

 つまり用意周到に準備した肉の盾など、無用の長物だったのである。


 でもせっかく改造したのだ。

 要らないから使わないのでは勿体無いだろう。

 だったらこんな風にサプライズを演出したり、玩具にして遊んだほうが、まだ有意義だと思う。


 ◇


「……し、死霊魔法……」


 そんな言葉が耳に届いた。

 エルフたちの影に隠れていた族長が、ぼそりと呟いたのだ。

 というかこの人、まだ生き残っていたのか。

 結構しぶといな。


「ひ、ひぃぃ! プレナリェルは、死霊魔法を使っている! ひぃ! 恐ろしい! わ、私はプレナリェルが恐ろしい……」


 族長が頭を抱えて震え出した。

 その怯えようは尋常ではない。

 エルフたちが族長に食って掛かる。


「し、死霊魔法だって⁉︎ バカな⁉︎ そんな訳あるか!」

「死霊魔法なんて御伽噺おとぎばなしだ! 死んだ者はどんな魔法を使っても生き返らない! これは常識だ。そんなことは族長だって知っているだろう!」


 ボクは彼らの口論に聞き耳を立てる。

 ふぅん。

 この世界って死者蘇生の魔法はないのか。

 魔法って何でもありの力かと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。


「そ、そうだ。死者の蘇生なんて、それこそ神の御業みわざか、さもなくば悪魔の所業だ! あ、悪魔の……」


 誰かが呟く。


「……悪……魔……?」


 エルフたちが一斉にボクを見た。

 囁きがさざ波みたいに広がっていく。


「……あ、悪魔……悪魔だ……」

「プレナリェルは、悪魔だ……」


 族長が叫んだ。


「あ、悪魔だ! プ、プレナリェルには魔が憑いたのだ! こやつはもう元のプレナリェルではない! 死霊魔法を操っているのが、その証拠だ!」


 この言葉が決め手になった。

 エルフたちはさっきよりさらに鋭い視線でボクを睨んでいる。

 これはちょっと遊び過ぎたかもしれない。

 矛先が改造エルフよりもボクに向いてきたのである。

 良くない感じだ。


「プレナリェルを殺せ!」

「プレナリェルを殺せ!」

「プレナリェルを殺せ! そうすれば死霊たちもただの骸にもどるに違いない!」

「そうだ! 族長の言う通りだ! 悪魔だ! プレナリェルの姿を借りた、この悪魔を殺すんだ!」


 ボクは焦った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! みなさん落ち着いて下さい。悪魔なんて存在する訳ないでしょう?」


 いや、待てよ?

 もしかしているのか?

 自分で口にしておいて何だけど、ここは異世界だ。

 エルフがいるなら悪魔がいても何ら不思議はない。


 そんな風に自問自答していると、エルフのひとりが短剣を構えて突撃してきた。


「死ねえ、悪魔め!」

「う、うわっ⁉︎ だから待ってくださいって!」

「問答無用よ! 死になさい!」


 エルフたちが息をつく間もなく攻撃を仕掛けてきた。

 ボクは内心辟易とした。


「……はぁ、仕方ないなぁ」


 ボクは攻撃を避けながら右腕の肘から先を、刃に変形させた。

 軽く腕をふるい、次に飛び掛かってきたエルフの身体を袈裟懸けに切断する。

 真っ二つに切り裂かれたエルフは、べちゃりと地面に転げて死んだ。

 威勢の良かったエルフたちが、ピタリと動きを止めた。


「……だから待ってって言ったんですよ。あのですねぇ、ボクに襲い掛かってきてどうするんです? これは改造エルフの実戦テストも兼ねているんだから、戦うならちゃんとあっちと戦って下さいよ、もう」


 族長が叫ぶ。


「ひ、ひぃ! プレナリェルを殺すのだぁ! はやく! はやく! 誰かそいつを殺してくれぇ!」

「いや、だから話聞いてました? 戦うならあっち――」


 止まっていたエルフたちが動き出す。

 言葉を遮って襲い掛かってきた。


「うぉおおお!」

「もう! しょうがないなぁ」


 ボクはひょいと片手を伸ばし、飛び掛かってきたエルフの顔面を鷲掴みにした。


「ぐぉお、離せ!」

「離せばいいんです?」


 エルフの後頭部を地面に叩きつけた。

 ぴくぴくしている。

 ボクは彼らに存分に見せつけるよう、倒れた彼の頭部をゆっくり、ゆっくり、ぐしゃりと踏み潰した。


「あぎゃ⁉︎」


 目玉と一緒に脳漿が飛び散る。

 これで怯えてくれれば良いのだけど。

 しかしボクの思惑は外れ、エルフたちは戦意を失わなかった。

 懲りずに次々と飛び掛かってくる。

 まったく、どうしようもない人たちである。


「あー、はい、はい……。分かりました! 分かりましたよ、もう!」


 ボクは観念した。


「もう改造エルフの実戦テストは終わりでいいです。すでに結構良い感じの検証データも取れましたしね。ここからはお望み通りボクがお相手をしてあげます。ただし……」


 ボクは身体から無数の触手を生やした。

 その一本一本の先端を、刃状にして固めていく。


「――ただし、このボクと戦うのだから、それ相応の覚悟はして下さいね?」


 触手を振り回す。

 ヒュンッと一度だけ風を切る音がした。


「…………」


 静寂が訪れる。

 次の瞬間、周囲にいたエルフたちは、その全員が細切れになって息絶えた。

 ただ一度の攻撃で、エルフたちは全滅していた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 燃える。

 エルフの里が赤く燃える。


 延焼した火の手は樹々や小屋に次々と燃え移り、辺りに散乱したエルフたちを火葬していく。

 パチパチと香ばしく肉が焼ける。

 食欲が刺激された。


「……あーあ、こんな燃えちゃって勿体ないなぁ」


 小屋には実験中の素体も残されているし、それがみんな燃えてしまうのは残念だけれども、この炎はもうすでに鎮火しようがない。

 なら失われたものより残されたものに目を向けるべきだ。


 炎に包まれながら、里が滅びていく。

 ボクはその儚げながらも、どこかしら美しさを感じさせる光景に魅入っていた。


 ……綺麗だ。


 けれども、楽しい祭りもいつかは終わる。

 寂しいけどそれは仕方がない。

 ここからは後片付けの時間だ。


「さて。じゃあそろそろ行こうかな」


 ボクは煌々こうこうと燃え盛る極炎を背にしながら、血溜まりを悠々と歩き出した。

 そしてすぐ、何かに蹴つまずく。


「……おっと、これは……?」


 それは族長の頭部だった。

 最期まで狂ったように叫んでいた彼は、絶望に目を見開いたまま、首から下をなくしていた。


「もう、御父様ってば! そんなところに寝転んでいると邪魔ですよ」


 ボクは彼の頭部をポンと蹴り飛ばした。

 歩みを続ける。


「えっと、襲撃者はこれで全部殺したよね。じゃあ次は残りのエルフたちだ」


 こっちは実験に回そう。

 全部捕える。

 エルフの里の各所には、あらかじめボクの分裂体を配置してあるのだ。

 逃げ場などない。

 全員捕らえて、有効に活用させてもらおう。


 ボクは軽い足取りで、里に残ったエルフのもとへと向かった。

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