第11話 拒絶
森に残された微かな痕跡を辿ること数日。
ボクはようやく人里を探り当てた。
背の高い樹に登り、樹海の中にあっても特に拓かれた遠くの集落を樹上から眺める。
立派な家々が見えた。
もしやあれはツリーハウスだろうか。
一本の大きな樹にいくつかの建屋や回廊がくっついていて、それが別の複数の同じような樹と縄梯子で繋がれている。
樹や空間を立体的に利用した建築法のようだ。
日本とはまるで異なる独自の里村設計に、なんだか胸が弾む。
こうして観察すると、なるほど異世界文化というのも面白いものだ。
地面では畑を開墾して農作物も育てていた。
ボクが勝手に考えていたよりも、ずっと発展していて規模の大きな集落らしい。
そして、そこには人間の姿もチラホラと伺えた。
金髪で耳の長い美形の男女なんかが歩いている。
彼らの姿を視界に収めた途端、ボクはとても嬉しくなった。
胸が疼くようなこそばゆい感覚。
これは期待感だ。
きっとあの人たちはこれからボクの仲間になってくれるに違いないと、そういうボクの願いである。
切に思う。
早くあそこに行って、あの人々と顔を突き合わせて直接話をしてみたい。
我が身の孤独を癒やされたい。
そしてボクを愛して欲しい。
心から労って欲しい。
ボクは期待に胸を膨らませた。
◇
樹上で里を眺めたまま、ボクは擬態を開始した。
ドロドロの身体が見る間に変わり、可憐な少女を形作っていく。
金糸みたいに美しい髪が、吹き付ける風に靡く。
萌芽のごとき瑞々しさと生命力に溢れた、年若い少女の白い裸体が現れた。
これはプレナリェルと呼ばれていた彼女の似姿だ。
擬態を終えたボクは、全身を隈なく見回しおかしな所がないかチェックする。
成長過程の控えめな胸や、艶めいてハリのある肌にはシミひとつない。
すらりと伸びた細い手足も整った容姿も、記憶にあるプレナリェルそのままだ。
どうやら擬態は完璧のようだった。
姿はオッケー。
いそいそと服を着込んでから、次は発声練習である。
口もとに片手を添えて、こほんと軽く咳払いをした。
「……ん、あぁー。すぅ……」
大きく深呼吸をする。
肺いっぱいに冷たい森の空気を吸い込んでから、声と一緒に吐き出した。
「……あ、あー、あーあー! てすてす。ただいま、擬態のてすとちゅー!」
ボクの喉から発せられたのは、あの可憐だった少女の愛らしい声そのものだった。
「あめんぼ、あかいな、あいうえお。本日は晴天なり。赤巻紙青巻紙黄巻紙。かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ」
滑舌もばっちりだ。
これならまず擬態を疑われる心配はないだろう。
ボクは安心した。
「トラトラトラ、ワレ擬態ニ成功セリ! ふふふ、なんちゃってー! ……ああ、楽しみだなぁ……」
早く愛されたい。
だから、さぁ早く里に向かおう。
浮かれ気分になったボクは、軽い足取りで歩き出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
里に近づくと、頭上から声が掛けられた。
「……止まれ」
女性の声だ。
言われた通りに歩みを止め、顔を上げて声の出所を窺う。
すると端正な顔だが目つきの鋭い金髪の女と目があった。
こちらに向けて弓を構えている。
ボクはすぐさま両手をあげて、戦意がないことをアピールする。
しばらくすると、女性は番えていた矢を弓から離し、腰にさげた矢筒に戻した。
間近で眺めるボクの仲間。
この人もプレナリェル同様に耳が長く尖っていた。
里の門番というか、見張り役なんだろうか。
ボクはさっそく自分から挨拶してみることにした。
「こ、こんにちはー!」
女性からの返事はない。
それどころかいっそ冷たくすら感じるほどの無表情で、ボクを観察している。
だから疑念が湧いた。
あれ?
この里ってプレナリェルが暮らしていた場所なんだよな?
もしかしてボク、別の里を探し当てちゃったのだろうか。
確認してみることにした。
樹上の彼女に問いかける。
「あ、あのぉ、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか? 貴女は、ボク……じゃなかった。私のこと知ってる人なんですよ……ね?」
問う声が少し震えた。
緊張する。
ようやく見つけたプレナリェルの、ひいてはボクの仲間だと思ったのに、これで『知らないヤツだ。仲間じゃない』なんて言われた日には、ショックで寝込んでしまうかもしれない。
少し間を空けてから、無表情な彼女が口を開いた。
「……何を言ってる? 記憶喪失にでもなったのか? 知っている。お前はプレナリェルだ」
仲間だった。
そしてやっぱりここはプレナリェルの故郷だった。
うじゃうじゃ仲間のいる場所だ。
ボクのテンションは一気に爆上がりである。
「うわっ、うわぁ! やった! そうですっ、私はプレナリェル! プレナリェルです! 貴女とは同じ里の仲間の、プレナリェルですー!」
「何度も言わなくていい。お前はプレナリェルだ。だがどうして里の外に出ている?」
ボクは彼女の問いかけを無視したまま、一方的にはしゃぎ続ける。
女性が僅かばかり首を傾げた。
不審げな視線を投げかけてくる。
けれどもボクは、そんな彼女の様子なんてお構いなしに続ける。
「あ、あの! 聞いていいですか? ボクのこと好きですか? 仲間なんだし、もちろん好きなんですよね? ボクのどういう所が好きですか? それとこれが大切な質問なんですが、ボクをどうやって愛してくれますか?」
女性はボクをじっと観察している。
やがてポツリと呟いた。
「……訳のわからんことを言うな」
彼女は相変わらず無表情だ。
感情の籠らない声で話す。
「なぜ私がお前を好く必要がある」
「えっ⁉︎」
言葉で冷や水を浴びせかけられた。
ボクは驚きのあまり固まってしまう。
けれども目の前の女性は話すのをやめない。
「たしかにお前と私は同じエルフの里の同胞ではあるが、ただそれだけだ。私はお前など好いてはいない。馴れ馴れしくするな。たとえ族長の娘とて、この里において族長も、お前のごとき小娘も、誰からも認められてはいない。それを肝に銘じろ」
絶句する。
ようやく見つけた仲間は、あろうことか初手からボクに拒絶の言葉をぶつけて来たのだった。
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