第4話 蟻

 早速ボクは、仲間作りのために行動を起こした。


 そしていま何をしているのかというと、迷路のように巨大なアリの巣の奥まった場所で、女王蟻に擬態していた。


 ◇


 ――ずず、ずずずず。


 人間ほどの大きさの複数の兵隊蟻が、巨大なミミズの死骸を引きずって巣の中を歩いてくる。

 そいつらはボクのすぐ目の前にその獲物を置いたかと思うと、一斉に「ギギギ」と鳴き出した。


 たぶんこいつらは、ボクにこのミミズを喰えと言っているのだろう。

 ならありがたく頂こう。

 女王蟻に擬態しているボクは、兵隊蟻の何倍もある巨体(まぁ中身は空洞なのだが)を、のそりと起こす。

 ミミズに近づくと、むしゃりと齧り付いた。

 生臭い肉を喰い千切り、咀嚼して飲み込んでいく。


 ボクがすっかりミミズを喰らい尽くすと、満足したのか兵隊蟻たちは女王蟻の間から出ていった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 事の経緯はこうだ。

 仲間作りのための行動を起こしたボクは、蟻どもをターゲットにした。


 蟻とは群れをなす社会性昆虫の代表格である。

 つまり日々を仲間に囲まれて過ごしているのだ。

 そこにボクは目を付けた。

 ボクも蟻たちの仲間になることが出来れば、この身を苛む孤独への恐怖を克服できるのではなかろうか?

 そういう魂胆だ。


 この不思議な樹海にも蟻はいた。

 うじゃうじゃいた。

 そのサイズは小柄な人間ほど。

 さすが異世界だけあって、スケール感が半端ないなと感心する。

 もしもこんな蟻が地球にでも存在しようものなら、大パニック必至である。


 ともあれボクは蟻になることを決意し、即座に計画を実行に移した。

 蟻の社会にはいくつかの役割がある。


 1. 巣の外で獲物を狩る『働き蟻』。

 2. エサの解体から貯蔵庫への運搬、それに巣の防衛などを担当する『兵隊蟻』。

 3. 特定の種では、負傷した他の蟻を救護する『衛生蟻』なんて珍しい役割もあったりする。


 そして、それらの頂点に君臨する存在が『女王蟻』だ。


 ボクは女王蟻に狙いを定めた。

 理由は至ってシンプルで、最も楽ちんに日々を過ごせる一番いいご身分だからだ。

 ボクも蟻の仲間には混じりたいが、働き蟻や兵隊蟻になって毎日こき使われるのは真っ平ごめんなのである。


 ◇


 手始めにボクは働き蟻を襲った。

 実は働き蟻のなかには少数の怠け者がいる。

 割合としては大体二割程度らしい。

 そういう怠け者は、他の蟻がせっせと働いている最中に、集団から離れて休んでいるのだ。


 この習性はどうやら異世界蟻たちにも共通していた。

 ボクは気配を殺し、群れを離れてのんびり休憩中の怠け蟻に接近する。

 気付かれてはいない。

 次の瞬間、ボクは大きく広がりながら飛び掛かり、休んでいた怠け蟻にまとわり付いた。


 驚いた怠け蟻が、カチカチと大顎を打ち合わせた。

 匂いで仲間を呼ぼうと蟻酸を吐き出すが、もう遅い。

 他の働き蟻が救援に駆け付けた頃には、怠け蟻はすっかりボクに溶かされ吸収されており、そこにいたのは怠け蟻に擬態したボクだけだった。


 ◇


 擬態したボクは、ほかの働き蟻たちについて巣にたどり着いた。

 隙をついて兵隊蟻を襲い、その姿を手に入れる。


 こうなれば後は簡単だ。

 兵隊蟻は、巣の内部を警戒されずに自由に動き回ることができる存在。

 迷宮のように入り組んだ巣を、安全に、ゆっくり時間かけて探索したボクは、やがて女王蟻の棲まう女王の間を探し当てた。


 テリトリーまで侵入してきたボクに、女王蟻が巨大な複眼を向けてくる。

 まだ警戒心は見られない。

 ボクはまず、誰も女王蟻の間に入って来れないように入り口を崩して蓋をした。

 これでもう、助けは呼べない。


 ゆっくりと擬態を解き、もとの玉虫色に光る黒い粘液の姿に戻る。

 すると、ようやく異物の侵入に気付いた女王蟻が慌てふためいた。

 配下の兵隊蟻を呼ぼうとギィギィ騒ぎたてるが、時すでに遅しだ。


 ボクは身体を網状に広げて飛び掛かった。

 しかし女王はその巨大からは想像もつかないスピードで攻撃を躱す。

 しかしこんな閉鎖空間に逃げ場などない。

 ボクは続けて即座に触手を伸ばし、尖らせた先端を蟻の膨らんだ腹に突き刺した。


「ギギィ⁉︎」


 女王蟻が苦しげに悲鳴を上げた。

 間髪いれず、刃状に固めた触手を蟻の頭部に振り下ろす。

 しかし刃が当たった瞬間、ガキンッと硬質な音が響き、分厚い頭殻に触手が弾き飛ばされた。

 どうやらボクの膂力は、こいつの頭を叩き斬るには足りていないらしい。

 仕方がないので斬るのは諦めよう。


「ギギギィッ!」


 女王蟻が叫びながら所構わず駆け回っている。

 ボクは方針を変え、まずは鬱陶しい動きを封じることにした。

 脚の関節の外殻が薄い箇所を狙い、刃の触手を高速で振るう。

 女王の脚が千切れ飛んだ。


「ギッ!」


 大きな声で叫ぶ。

 続けて二本、三本と節足を斬り飛ばすと、激しく走り回っていた女王蟻は見事に転倒し、ひっくり返って残った脚をジタバタさせ、もがき出した。

 勝負ありだ。

 ボクは無防備を晒した女王蟻の柔らかな腹部に、次々と尖らせた触手を伸ばした。


 ――ぐさり、ぐさり。


 小気味の良い感触がするたびに、バタつかせていた女王の脚がゆっくりになっていく。


「……ィギ、……ギギ……ィ……」


 百回ほども突き刺した頃には、女王蟻はすっかりと絶命していた。

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