第3話 精神的外傷
この深い樹海には、多種多様な生物が溢れていた。
そんな中でも、ボクは特に不思議な生物だった。
おそらくここは異世界というものなのだろう。
奇妙なことがたくさん起こるし、珍妙な動植物もたくさん目にした。
だがボクみたいな粘液状の生物には、まだ一度もお目にかかれていない。
しかしそれも無理からぬ話だ。
いまのボクは言わば玉虫色に光る黒いヘドロ。
微細な単細胞生物ならともかく、思考力を持ったこんな動くヘドロなんて、そうそういやしないだろう。
体積なんて風呂釜を目一杯まで満たせそうなほどもあるのだ。
ぶっちゃけ気味の悪いヘドロだと思う。
……いや、流石に自らをヘドロと呼び続けるのも気分が良いものではないな。
よし。
これからは自分の種族を
◇
ショゴスになったボクは、まず最初に、この不思議な樹海で生き抜くため自らの能力の検証を始めた。
その結果、色々とわかったことがある。
この不定形で粘液状の身体は、見た目はグチャッとしていて気持ち悪いものの、めちゃくちゃ凄い。
様々なことが出来た。
たとえば柔らかくなってどこまでも伸びる。
すごく広がるし、大きく膨らむこともできる。
逆に全身や身体の一部だけを縮めて、硬化することも可能だった。
ということはつまり、伸ばした身体の一部を槍のように細くすることも、刃のように鋭くすることも自在なのである。
また、体内で劇物や薬物を精製することだって出来たし、捕らえた獲物を身体の内側に引き摺り込んで、窒息死させたり、溶かして吸収したりも出来た。
それにだ。
どうやらこの身体は全身が脳であり、筋肉であり、また感覚器官でもあるようなのだ。
身体中に隈なく触覚がある。
さらには意識を向けさえすれば、前後左右はもちろんどんな角度からも辺りを視ることができた。
まさに全方位死角なしである。
他にも匂いだって嗅げるし、味覚も聴覚もある。
その上で特筆すべきは、これらの感覚は自らの意思で自由に遮断することさえ出来るのだ。
またこの身体は擬態能力まで備えていた。
もともと質感が似ている沼地は言わずもがな、木や岩に擬態することも可能だ。
そして条件付きではあるが、動物にだって扮することができた。
そう動物だ!
驚いたことに、なんとボクは溶かして喰った相手の姿に擬態することが出来たのだ。
これは最早擬態というより
まったくもって凄まじい能力という他ない。
◇
身体的な変化のほかに、見えない変化もあった。
それは精神面の変容だ。
いまのボクは、あまり動揺しない。
人間だった頃に比べて、喜怒哀楽といった感情の起伏も小さいように思える。
生き物を殺すことだって、躊躇なく行える。
命を奪うことを忌避するどころか、むしろ狩りは楽しいくらいだ。
思うにこれは、怪物化したこの身体に、精神が引き摺られているからだろう。
ともあれこういった内面の変わりようは、過酷な樹海で生き抜く上では好都合のように思えた。
だって例えば食事ひとつ取っても、いまのボクの主食と言えば、小動物や気味の悪い虫なのである。
捕らえたそれらを体内で溶かして喰らうのだ。
こんな食生活、人間だった頃のまともな神経のままではやって来れなかっただろう。
◇
このようにボクは化け物に生まれ変わって、身体的にも精神的にも劇的に変化した。
だが生前から変わらないものもあった。
それは孤独への恐怖心だ。
……ボクは孤独が怖い。
怖くて怖くて仕方がない。
きっと前世の死に方がトラウマになってしまったのだろう。
ボクは寒々しく絶望にまみれた、あの惨めな死に様を思い返した。
魂が恐怖に震える。
ただ思い出すだけでも、化け物になったボクの粘液状の身体はブルブルと激しく震え、身動きすら取れなくなってしまうのだ。
……孤独なまま死にたくない。
絶対に、絶対に嫌だ。
もう二度と、あんな想いはしたくない。
誰かに愛され、温もりに包まれていたい。
そしていつか死ぬのなら、今度こそたくさんの温もりに囲まれて、満足しながら逝きたい。
だがその為にはどうすればよいのか?
ボクは考え、差し当たりの答えをだした。
……ともかく仲間を作らねばなるまい。
しかし真っ当な人間だった前世ですら、家庭を持てなかったこのボクだ。
そんなボクに、
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