第17話 本当にどうでもいい話「妖精雪王」
幾つもの異世界を旅してふと、気づいたことがある。
民間伝承はどこの世界でも似たような話があると言うことだ。
恐らくは理屈と後ろめたさが同じ方向に話を持っていくのだろうけれど――
日が落ち空気が凍てついて雪が降り積もる中、私はある寒村に着いた。
村の宿に入ると女将が私を暖炉に近い席に案内し、温かいお茶を用意する。
私は女将に感謝の言葉をかけてお茶を飲み、暖炉の方を見やった。
暖炉はぱちぱちと火が灯っていた。
私の身体は特に暖を取る必要のない身体だ。
だが、だからこそ普通の人のように振舞わなければ情緒も共感性も養わなくなってしまう。
それが恩師の教えだった。
三つ子の魂百までとは言うが数千年生きても身に沁みつい離れないのはただの未練か。
教え通りに感傷に浸っていると暖炉の前で子供達が嬉しそうに忙しなく燥ぐ。
そして幾つもの好奇の視線を私に投げかけた。
「ねえねえ、お姉さんは妖精? 雪王の友達?」
私はお姉さんでも妖精でもないよ。いや、その前に雪王?
「雪王はね! 冬の王様なんだよ! 白髭を連れて」
話を聞けば雪王は冬を司る妖精で冬至の日に髭の白い老妖精に命じて子供の寝ている合間にプレゼントを置いていかせるらしい。
但し、プレゼントが置かれるのは一年間いい子にしていたらと言う条件付きなので私はその下見をしに来た雪王ではと勘違いしたようだ。
見慣れない旅人に興奮しているのか子供の会話がさらに進む。
「でもね、悪い子は黒髭に連れていかれちゃうんだよ」
「隣の家のチビなんか去年、黒髭に連れてかれたんだ!」
「こら! 滅多なこと言うんじゃないよ!」
厨房から出てきた女将の叱咤が子供達に飛んだ。子供達は萎れた草のようにシュンとなる。
それならばと、私は子供達に飴を渡した。
子供達は飴を握りしめると女将にまた叱られないよう即座に逃げ出す。
「あらまあ、宜しいんですか?」
申し訳なさそうにする女将に私はここに来る前の売れ残りみたいなものだからと言って荷物袋から適当な品物を出す。
更にお安くしますよと売り文句も付けて茶を濁す。
「行商さんだったんですね。荷物が少ないからてっきり――」
そこまで言って女将は余計なことを言いかけたと自分の口元を抑えた。
何が言いたいかはまあ、想像できる。こんな日に軽装で寂れた村に立ち寄ったとなれば家出か何かと考えるだろう。
実際はそんな行商なんて殊勝なものじゃなく切った張ったの
飴も戦場で兵が素早く栄養を取れるように用意したものに過ぎない。
厨房からコック帽を被った男が出てきた。この宿の亭主だ。
「お客さん、そろそろ温かいディナーはいかがですかな? 今日は冬至ですのでサービスしますよ」
今日は冬至と言う言葉に私は苦笑した。実は前の村の宿でも前の前の村の宿でも聞いた。
皆、考えることは同じなのだ。
この後も亭主と女将の馴れ初めや子供達から村の話を聞き、私は夕食を楽しむ。
そしてコップに一杯、湯を貰って暖かい一日を終えた。
音のない深夜、泊っている部屋の扉が開いた。
二つの影が部屋に入りベッドの前に立ち、若干の間をおいて足があるであろう箇所を刃物刃物で突く。
そんな
私は一歩踏み込むと同時に二本のスティレットを抜き、夫妻の首筋に添わせる。
そして何の用かと聞いた。
「こ、これは何かの間違いでして……」
亭主が言い訳がましいこと言うが彼の言い分など一切、信用しない。
恩師に友人を皆殺しにされて以来、誰も信じないと決めた。
人は立場と状況で人を裏切る。自分も含めて皆そうなのだ。
こちらの心情にも構わず亭主は言い訳を続けた。
「仕方ないんですよ! こんな辺鄙な村じゃ、宿に人も来やしない!」
だから子供じゃなく客を売るのか?
そう聞いてやると亭主は何も言えなくなってしまった。
雪王の白髭黒髭の伝承は要するに人買いの話だ。
冬になり食い詰めた家族は人買いにいらない子供を売って、いる方の子供にその金で買った物を与えて共犯者にする。
そして、その習慣風習慣例をおとぎ話にすげ替える。
どこの世界にでもあって私達の世界にもある話だ。
「お願いです! 許してください私達には子供がいるんです!」
私は嘆息し、剣を鞘に収めた。その姿に夫妻はほっと胸をなでおろす。
しかし、雪王とは因果なものだ。
雪が降る中を私は歩いていた。
雪に積もる夜の道を小さな光がちらちらと近づいてくる。
その光が私を見つけるとこちらまで来て止まった。
光の正体カンテラを付けた驢車だ。
驢車は驢馬用の車で馬ほど力強くはないが安価で燃費がいいので馬を飼えない身分や馬にさせる必要のない雑事を扱う者が使っていた。
私も軍にいた頃はかなりお世話になった。
驢車に乗っているのは二人の男。その内の一人が私に声をかけた。
「嬢ちゃん、こんな夜中に迷子か? 村なんてとっくに通り過ぎちまってるぞ」
そう言って男は私の来た道を顎で指す。
「村まで送ってやるから荷台に乗んな」
お構いなくと私は断ったが男はそれでも食い下がりあの手この手と私を荷台に乗せようとした。
「……もう、止めておけ。行くぞ」
痺れを切らし始めた頃、もう一人の男が止めに入る。
黒髭を生やした男だった。
黒髭の男は手綱を引き驢車を動かす。そして小声でしかし確実に相方の男に分かるように言うのを私は見た。
『白い息を吐いていない。あのガキ……雪王だ』
――と。
私は驢車を見送ると次の村へとまた歩き始めた。
人買いの二人が村に着けばすぐに凍り付いた宿の夫妻を発見し、私の仕業だと思い至るだろう。
けれどそれはどうでもいい話だ。
トーン・ゲルニコス短編集 徒然気まま @turedurekimama
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