第16話 本当にどうでもいい話「魔術魔法論争」


 魔法とは魔力を行使した際に起こる法則であり、法則に基づいた力は須らく魔法である。


 魔術とは魔力を行使する為に必要な手順であり、手順に則った技術は悉くが魔術である。


 ある昔の賢人が魔力の行使によって火を灯した。

 この火は魔力を行使する際に必要な法則に基づいて、必要な術式に則って灯された。

 では、この火は魔法として世に残すべきかそれとも魔術として世に残すべきか。


 これが後の世にまで続く魔術魔法論争の始まりらしい。




「すみません、そこのお嬢さん。え? 女性じゃない? これは失礼。

俺達、怪しい者じゃなくってですね。勿論、宗教とかの勧誘じゃないですよ」

「それじゃ、怪しいって言ってるようなものでしょ。ごめんなさい、私達、すぐそこの大学のサークルの者で、一寸したアンケートを取ってるんですけれど時間ありますか?」


 喫茶店のテラス席でコーヒーを飲んでいると怪しい二人に絡まれた。


 話を断ってみたが二人は少しだけだからと言って隣の席から椅子を持ち込み着席する。


 他の客はいつの間にか店内に移動していてテラスには私とこの二人だけになっていた。


 二人はプラカードを掲げる。


『あなたは魔術派? それとも魔法派?』


 これはアレだ。

 私は無言で立ち上がるとノーモーションでZ座標にマイナスを打ち込む。

 今すぐ逃げた方がいいヤツだと思うより先に行動に出たがそれよりも早く二人は両腕にしがみ付いて私を止めた。

 超能力者相手に先手取るとか地味にヤバいなこの二人。どれだけ他所様を不幸にしたら猛者になれるのだろうか?


 いや、考えるべきはそこじゃない。


 今、私はアンケートを装った意味もなければ碌でもないサークルの派閥争いに巻き込まれている。


 そんなことを考えている私を他所に二人は己の派閥に引き込むための論戦を始めた。


「魔法の始まりは異界の神、スーヒアが起源なんだ。スーヒアは祭事を意味する言葉で魔法に関わる全ての法則はスーヒアの物語に関係するものなんだよ。つまり、魔法を理解して行けば異界のことが分かるんだ」

 右の男はそう言い、左の女はこう言う。

「魔術の起こりはスーヒアの奇蹟を太古の人々が真似ようとしたことね。スーヒアの奇蹟はスーヒアの生涯を異世界に観測させて起こすことだから太古の人々もそれに倣ったのよ。魔術の術式を突き詰めて行けばスーヒアのいた上位世界の一端が分かるようになってるのよ!」


 二人は妄想に近い自論を熱に浮かされたように次々と語り飲みかけのコーヒーの熱を冷まさせる。


 魔法や魔術を研究しても行き着くのは開発者の特権と言う壁であって異世界の情報ではない。

 それでも部分的にあっているのだから始末が悪かった。


 私は観念して椅子に座る。


「君は勿論、魔法派だよね! 魔法って響きにときめかないかい? こう、万能感で溢れ返りそうな感じで!」

「いいえ、貴方は魔術派を選ぶべきよ! 魔術ってこう、賢くなった気がしない? 修士取った後の就活生みたいに!」


「でも、魔術って言い辛いじゃないか!」

「デモもストもないわ! 言い辛いだけで避けてたら魔術も魔法も使えないわよ!」


 急に知能指数の下がった勧誘の仕方するなよ。今のを聞いたら学費工面した親御さんが泣くぞ。


 魔法派か魔術派か答えるまで二人は腕を放そうとしてくれない。

 適当に決めて答えてもいいのだけれど――私は一つだけ二人に質問してみた。


 ある類稀なる魔法、魔術の才能を持った男がいた。

 けれど、男はその才能を知らず、今日を生きるために悪魔との取引で魔力を失ってしまった。

 その後、男は学びの機会を得て大学へやって来た。

 男は魔法使いそれとも魔術師どちらになるべきだろうか?


 この問いに二人は難色を示した。

「魔力がないないなら魔術師なんてなれっこないじゃない。だって魔術を使えないのよ」

「そうだよ。魔法使いだって無理だ。どれだけ才能があっても魔力のない奴が魔法を覚えてどうするんだよ」


 そうか。そうか……

 私は二人から名前を聞いた。

 私は人の名前なんてこれっぽっちも覚えていられないが脅しをするにはこの行為が役に立つ。

 私は小さくそれでも鮮やかに呪詛を吐いた。

 それを聞いた二人はあからさまに狼狽え自己弁護を始める。

 私はこの二人を乾いた砂のような目で一瞥するがやはり先程までの興味はもう持てなかった。


 この二人にとって必要なのは自分の派閥の母数を増やす事じゃない。

 自分に都合のいい魔術師、魔法使いを派閥に引き込むことだ。


 これならコーヒーなんて飲まずにヒップホップ爺さんの『お前でもわかる魂のストリートミュージック魔術講座』でも覗きに行くべきだった。

 あの音の羅列は聞いてもさっぱりだがこの二人の戯言を耳に入れるよりかは遥かにマシだ。


 大学から講義の終わりを知らせる鐘が鳴る。


 講義室から学生たちが雪崩だし、大学から帰る者、残る者、フラフラと何処かへ消える者へと分ける。

 その雑音が二人の声をかき消すが浴びせられる不快感は残ったままだ。


 私はウェイターを呼ぶと事情を話して料金をその場で支払い席を立つ。二人は即座に縋り付こうとするが超能力者に同じ技は通じない。


 私は二人の腕からするりと抜けて回避した。


「ああ!? サークルの始まりから伝わる伝統の技が!」


「何が伝統の技だ! 創立して五年しかたってないだろ! 本気で奨学金打ち切るぞ!」

 大人げなく声を荒げてしまったが投資している以上、学生は学生の本分を全うしてもらいたい。




 学生二人をいなした後、私は理事長室へ戻った。


 デスクに置かれた大学の教本を手に取り二人の言葉を思い出す。


 確かに彼等の言う通り魔力を持たない私は他者から魔法、魔術を師事することはできない。

 外部から魔力を無理やり流せば使えるがそんな危険な外法を使う者など好んで弟子にする魔術師、魔法使いは存在しない。


 そんな私が大学を設立してまで魔法、魔術を学ぼうとするのはとても奇異に見えただろう。


 私に魔力はない。これは誰にも覆せない私の真実だ。


 そのハンデを負いながら手を伸ばし続け、やがて生まれるだろう技術や考えは魔法と呼ぶべきかそれとも魔術と呼ぶべきか。


 魔術魔法論争はまだ終わらない。




 Tips


 魔法第一法則、発動した魔法の持続時間は一秒に満たない。

 これは如何なる魔法も月には届かないことを意味する。


 魔法第二法則、魔法は内外の魔力の中和によって行使される。

 これは個人単独の魔力だけで魔法が使えないことを意味する。


 魔法第三法則、回復魔法など存在しない。

 これは魔力は有毒であることを意味する。

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