第15話 白磁色の角


 山道を歩く中、あるものを見つけて茂みの中へ入った。

 茂みは獣道になっていて小動物が幾度となく通った跡が残っていた。

 その中をある程度進んで私は地面を確認する。


『ねえ、何か面白いものでも見つけたの?』

 一昨日、こちらの世界に現れたばかりの彼女は興味津々で私に聞いた。

「ウサギの足跡だよ。この世界には角の生えたウサギがいるんだ」

『ラノベやアニメでよく見る奴ね。本当にいるのね、角ウサギ』


 はて? アニメにそんなウサギがいただろうか?


『いたわ。貴方にとってアニメは雑誌で読むものだから知らないでしょうけれどテレビじゃ、ファンタジー物でよく出てくる定番の可愛い雑魚モンスターよ』


 なるほどと私は頷く。

 あのノイズ交じりのシュレッダーにかけた紙束みたいなのを映すラジオにはそんなのが流れていたのか。


 それよりも彼女はどこでテレビなんて見てたのだろうか?

 私の家にはリフレッシュレート800エクサヘルツのパソコンのモニターと神経プロセッサ入りのVR眼鏡しかなかったぞ。


『リフレッシュレート800エクサヘルツって旧神類側から見ても頭おかしいわね。頭おかしいんじゃないかしら?』


 二度も言わなくていい。

 このくらいしないと映像の切り替わりの間が延々と見えて目が疲れるんだよ。


 私は些か機嫌を悪くしながらウサギの足跡を追い、山に深く入り込む。

 そして茂みを抜けた向こうで狩りをしている数頭の名状しがたい――いや、本当に名状しがたいな。

 とにかく巨大な生物を目撃した。


 体長4~5メートル。体重2500キログラム前後。

 元は白かっただろう体毛の至る所が土に塗れ足と腹部は赤黒く変色している。

 首から上は捩じれた白磁色の角が生えていた。


 その角の先端を倒れている鹿に何度も突き刺し、そこから長い舌を伸ばして体の中身を啜り取る。

 上がる悲鳴が気に障ったのか赤ん坊の手のような前足を振り下ろして鹿の頭を叩き潰した。


 角ウサギ。

 それがこの生物の名だ。


『何がこの生物の名よ! あんなの角ウサギじゃないわ! 猛獣の生えたドリルよ!』


 彼女は期待を裏切られ声を荒らげる。

 あんな見た目でも生まれて間もなくは確かに普通の小さなウサギだ。


 ただ、生まれて三ヶ月を過ぎると唇から前歯が突き抜けて捩じれながら伸びていき十か月後には馬や鹿等の生き血や内臓を啜るようになる。


 しかも集団で襲い掛かる為、象も狩りの対象だ。


 人類にとって、あまり関わりたくない生物なのだけれど角を研ぐ為に人里に降りてくるので厄介なこと極まりない。

 この世界で城壁破壊の代表格と言えば攻城兵器よりも先にコイツの名前が挙がるくらいだ。


 角ウサギは食事を終えると穴を掘り、食い残しをその中へ落として埋める。

 埋葬の概念がある訳ではない。腹を減らした他の肉食動物が地面を掘り返さなければ食い残しにありつけないようにする為だ。


 そして、肉食動物が穴掘りに夢中になっている所を狙って襲う。

 これを常套手段として使い、誰も近寄ら無くなれば自ら獲物を探すのが角ウサギの狩りのサイクルだ。


 思った以上に頭がいい。

 角の中に詰まった大きな脳はちゃんと活用されているようだ。


『それでアレ、どうするの?』

 何もしない。襲い掛かってこなければ見た目は悪くても無害な生き物だ。

 

 私は暫く角ウサギの生態を観察して紙に書き留める。

 そして、街に寄って報告をしてこの話は終わった。




 旅の途中、立ち寄った宿の酒場で噂好きのウェイトレスから入ったばかりの噂話を聞いた。


 ある街の騎兵隊が住民に声援を送られながら出征したが誰一人帰ってこなかった話だ。


 興味もないのでよくある話だと私は早々に打ち切った。


 ふと、角ウサギのことを思い出す。あの時は報告だけして街を立ち去ったがその後どうなっただろう?


 いや、どうでもいいか。

 浮かんだ疑問等すぐに霧散してテーブルに置かれた料理に舌鼓を打つ。

 知らない他人の安否なんて、私にとって――僕にとっては心底興味のないことだ。

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