第14話 本当にどうでもいい話「黒百合作戦前日」

 数々の異世界へ渡っていると独自の法則を持つ世界へたどり着くことがたまにある。

 魔法のある世界はその代表格だが中には正に物理法則に真っ向から喧嘩を売っているような世界もあった。


 その法則に関わる仕事を受けた時はまさかここまで後悔するとは考えもしなかった。

 あれは本当に――後悔している。




「君には聖ユリウス学園へ潜入してもらいたい」

 簡素な電灯が淡く照らす室内で眼鏡を掛けた男が神経質な声で依頼内容を明かした。

 男が私の隣にいる怪我をした大柄な男を一瞥すると更にこう続ける。

「ユリウス学園に女生徒として潜入してもらい、我が国の為にの間に挟まってもらいたいのだ」


 ……?

 今なんて言った?


 一部、植物の名前のようなものが聞こえたが意味が分からなかった。何かのスラングだろうか?


 この男が話す言葉は遠く離れた別の大陸の言葉で今いるこの国の言葉と違って日常会話くらいしか分からない。


 そのことを伝えると男は目を瞑り仕方がないと言わんばかりに嘆息した。


「そんなことも知らんのかね。見目ばかりよくて教養が足りんようだな」


 所詮は硝煙臭い傭兵か。と、付け加えて男はこの国の言葉に切り替えて分からなかった部分を懇切丁寧に熱に浮かされるように説明する。


 ユリは私達の世界での百合だ。実際の発音も植物としての形も生態も全く別のものだが別の意味ではあっている。

 

 そのことを私が理解すると男は更に頭のおかしなことを言い始めた。


「その昔、ユリザック・ニュートウが発見した万百合引力を皮切りに百合学が生まれ、様々な百合法則が発見された。そして近年、ある百合学者によって一つの学説が提唱されたのだよ」


 そして、男は何かしらの魔力でも込めるかのように人差し指を立てて言い放つ。

「それが特殊百合対性理論だ」


 大丈夫なのだろうかこの男は?

 いや、どんなに荒唐無稽な法則でも異世界ならあり得る。


 私は視線を外し、隣の大柄な男の方を見る。

 大柄な男は今にも笑いを堪えに堪えてぷるぷると震えていた。


 どうやら百合法則云々は信憑性のないオカルトの部類らしい。

 私の世界で言う超能力のようなものだ。


 因みに何でもない所で突然、慌てだして小銭を落とす奴は未来視持ちの超能力者だ。

 小銭を落とす未来を今のことだと勘違いして落としてもいない小銭を掴もうとして未来視通りに落としてしまうのだ。


 私も何度かやって小銭を落としかけたものだ。


 昔を思い出し、適当に聞き流していると男の話は突拍子もない結論へと行き着く。


「これだけは語れば学のない君にも事の重大さがわかるだろう! そう、この国は女学園に女生徒を集め百合分裂反応を実験しているのだっ!」


 その言葉が耳を通過した瞬間、隣から笑い声が炸裂した。

 体格にそった大きな大きな笑い声だった。 


 この後の話は興味がなくて一切覚えていない。


 とにかく私は女生徒に成りすまして潜入し、百合の間に割って入らなければいけなくなった。




 ワックスの塗られた皮と煙草の臭いでむせ返そうな車を降り、女学園の門の前に立つ。


 隣で怪我を一つ増やした大柄な男が私に付きそう。

 この男は世界各国を股にかけるやり手の貿易商で私はその姪っ子と言う態だ。


 バレる心配はないかと確認する。

「股間のモン、隠してる限りどっからどう見ても女学生にしか見えんよお嬢様」

 そう言って男は豪快に笑った。

 

 お前経由でバレかねないんだよと思ったが言うのは止めた。口に出せばそうなり兼ねないからだ。


 私は校舎へと向かい任務を開始する。


 人の色恋に横槍を入れるだけの簡単な仕事だ。馬に蹴られない程度にこなしてしまえばいい。


 そんな生温い考えはすぐに後悔へと変わる。


 この乙女達の花園は欲望と陰謀渦巻く鬼百合の地と化していたのだ。

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