第13話 本当にどうでもいい話「天才は才能に命を握られ、変態は才能の為に命を投げ出す。だから凡人は彼等にかなわない」
私は自分の世界の知識を異世界人にできるだけ渡さないようにしている。
当たり前と言えば当たり前だけれど、異世界であっても人類は知恵や知識を駆使して文明を築いている。
そこに差はあっても好奇心や気付きがある限り、何処かで誰かが技術を進歩させているのだ。
そう、いるのだ。
どこの世界にも天才や変態と呼ばれる傑物が。
そして私は彼等のような生き物が嫌いではないと言う深刻な病を持っていた。
秋が始まり、木々や草花に実りが付く頃。旅の途中で変わった仕事が飛び込んできた。
普通ならそんな仕事は何かに理由をつけて蹴っているのだけれど、今回は仕事を持ってきた依頼人がどうにも変わっていた。
常にテンションが高く何かにつけて奇声を上げる。挙動はおかしく常に動いていないと落ち着かない。
そして他者に頼みごとをするのがどうにも苦手だ。
だから、依頼人が私が泊まっている宿にいきなり乗り込んできた時は一寸した騒動になって警邏隊に連れて行かれる所だった。
今となっては笑い話で、私はある屋敷の一室で服を脱いでベッドの上で寝そべっている。
身体に布を一枚かけいるだけの状態だ。
そして依頼人はこの世界の画板らしき物に向かって切り刻むように筆を振るっていた。
今回の仕事は絵のモデルだ。
絵のモデルは監獄の面会室で通り魔の画家に頼まれて以来なので実に数百年ぶりになる。
絵描きの依頼人は金切り声を上げるように話す。
「男も女も凌駕するような造形! 闇夜を体現した黒髪! そこに浮かぶ月のような肌! まるで神の手によって作られたよう! 神の作り給う奇跡! むしろ神! 君こそが神! おお神よ何故貴方がここに居わすのかっ!」
私を神と呼ぶな。仕事を仕事を降りるぞ?
それを伝えると絵描きは子供のように泣きながら筆を振るう。
「君の謙遜に感動したっ! なんて敬虔な信徒なんだ!」
私の言葉をポジティブに捉えて奇声を上げた。
どうやら何を言っても無意味らしい。
そうやって日が降りてまた昇り、他愛もない会話を繰り返す。
すると突然、絵描きが倒れた。
私はベッドから降り、絵描きを抱え上げると部屋を出る。
そして、屋敷を掃除していた女中に預けて休ませた後食事を取らせるよう伝えた。
すると何故か女中は全身の血が昇るかのように赤くなった。
「部屋から出る時は何か着てください!」
絵描きの方はいいのかと思ったが何時ものことだと思えば当然の反応か。
私が子供の頃にいた場所でも寝食忘れるのは当たり前で気が付けば倒れてるのが日常だったから周りの対応も似たようなものだった。
部屋に戻り寝て過ごしていたら絵描きが戻ってきた。
倒れた時の礼やその後の話をしてくれたが興味もないので適当に相槌を返して流した。
そして、絵描きは奇声を上げながらまた絵を描き始めた。
絵のモデルになってから暫く経ち筆の動きが繊細になった頃、絵描きはこんなことを聞いてきた。
「どうして君は僕の依頼を受けてくれたんだい? こう言っては何だが僕は……そのアレだろ? 君に初めて会った時も迷惑をかけたし……」
迷惑なんて誰しもがかけるものだ。
私のいた所には足が動かない者もいれば手のない者もいたし、喋ることができない者や自分の世界しか見えない者もいた。
皆、何処かに欠陥を持っていて誰かの助けが必要で生きていく為に一つのことに才能を偏らせていた。
私は子供の頃を思い出しながらそのことを呟く。
「君もその中の一人だったのかい?」
その言葉に答えられず会話が途切れる。絵描きの望む答えを私には出せなかった。
「ごめんね、私こんなだからさ。でも思うんだよ……もっと普通だったら、もっと皆と同じだったらパパもママも安心させてあげられるのに……って」
……耳の痛い話だった。
絵が描き上がる前日、街中が収穫の祝いをしている最中に絵描きの両親に呼ばれた。
応接室に入り、挨拶と自己紹介を交わしてソファーに座るとすぐさま絵描きの父親は要件に入る。
「どうかウチの子と一緒になっていただけませんか?」
「あの子が結婚すれば私達も安心できるのです」
絵描きの父親は穏やかに話を始めたが母親の方は声に焦燥感が混じっていた。
「これ、口を挟むでない。妻がすみません。それでどうですかな? ウチの子は――」
父親は自分の妻を制し、縁談を進めようとする。その姿には彼女以上の必死さが見え隠れしていた。
だから私は真摯に話して断りを入れる。
それはできない。
私はあの絵描きの才能が好きなのであって絵描き自身は何とも思っていない。
絵描きも同じだ。
題材としての私が好きだから依頼を出したのであって私が好きな訳ではない。
そう伝えると二人は肩を落とした。
この二人に両親の姿が少しだけ重なる。
普通に生まれず、普通に生きれず、普通に死ねずとも人の情は欠片くらいはあったのだ。
だからこそ、この二人の為に一寸だけ
「北東の街。季節が廻り、例年より早い冬が来るようになると依頼人を連れてそこへ向かいなさい……」
二人は何か遠く似合うものを覗き込むかのような目で私の眼を見る。
私の――彼等には見えない四つの緑の眼は絵描きとその子々孫々の最もいい分岐の流れを見る。
「積み荷は――積み荷は赤い実がいい。道中、赤い実を描かせればその間に良い縁が見つかる」
そこまで言って私は四ツ目を閉じる。
私の眼は人間は非常に見え辛い。それに連なる人類も同じだ。
普通ならこの二人の為にここまでしなかっただろう。
私がここまでするのは天才と言うどうしようもない欠陥を持った傑物が好きだからだ。
これは病だ。
教え子は師に似る呪いのような病だ。
モデルの仕事が終わり彼等と別れて暫く経った後、彼女がこちらの世界に出て来た。
『いい縁談だったのに残念ね。彼女かなりの美人だったわよ』
そう言って彼女はくすくすと笑った。
彼女と言うのはあの絵描きのことだろうか?
『ええ、そうよ。本当に後世に残ってもいいくらいの美女だったわ』
そう言われても私には人の顔と言うものが分からない。
分かるのは人以外の相貌だけだ。
「私には君がいるだけで十分だよ」
『嬉しいこと言ってくれるのね』
そう言って彼女は触れられない手で私の背中を抱きしめた。
鉛色の空からちらちらと雪が降り始める。今年の冬は遅かったが来年の冬はきっと――
早くなりそうだ。
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