第12話 本当にどうでもいい話「知らない言葉」
私が転移後、異世界の文明圏に辿り着いて始めにすることは彼等の行動を観察し、言葉を拾うことだ。
下準備もなしに初めて訪れる世界や国、地方の言葉は分からないし初めてでなくても数百年経っていれば全く知らない言葉だったりもする。
また、誰かに言葉を教わる機会があったとしても鵜呑みにすることはできない。
ある外国人から彼等の国の言葉を学んで実際に彼等の国で使ってみたらとんでもない暴言を吐いていたと言う話も実際にあるのだ。
……あの時は本当に悪いことをしたと思っている。
このように私達の世界でさえ言葉によるトラブルが起きるのだから敬語の一つも使えない転移者がいたとしても許してやって欲しい。
彼等は敬語を使っているつもりなのかもしれないのだから。
それはそれとして私は今、深い森の中七キロ向こうに城壁都市が見える地点で彼等を観察している。
彼等の出す音や電磁波を見てこの世界で立ち寄った村や町の言葉と擦り合わせるのだ。
城壁の門で守衛が強い語気で何かを叫ぶ。
彼等の言葉はだいたい決まっていて不測の事態でなければ通行税を取る為のものだ。
けれど、その何かが確定しない。
数字? 通貨単位あるいは銅貨や銀貨? いや、単に次の者は前へと言っているだけかもしれない。
とにかく、税を納めれば通れるのだが旅人や行商人の悉くが物納だ。
この国には通貨がないのかとさえ思ってしまうが都市内では普通に銅貨や銀貨が使われている。
そもそも、ここに来るまでの小さな村でも金のやり取りはしていたのだから物納はここでの風習なのだろう。
そう見当をつけると私は税を納める旅人側を注視し、三日三晩をかけてこの都市の言葉と文化を学んだ。
日が昇り驢馬代わりの生き物を連れる行商や旅人がごった返す頃、私はその群れの中に潜り込んだ。
群れは門前の守衛によって途中で一列に並ばされ、税を納めては一人また一人と門を潜っていく。
前の旅人が税を納めて門を潜ると守衛は私の方へ向いて叫んだ。
「次の者前へ!」
私が通行税代わりの織物を携えて前へ出ると守衛は僅かにおかしな挙動をして呟いた。
「……イイ」
知らない言葉だ。この世界に来て初めて聞く。
どういう意味なのか知りたかったが先ずは自己紹介だ。
「初めますて、オラさ旅さすてる行商だべさ。この国さ寄ったばかりでこだな言葉だずけど許してくら」
「……イイ」
よく分からない。
もしかしたら訛りが酷かったのかちゃんと聞き取れなかったのかもしれない。
「オラの言葉さ変だべか?」
そう言うと守衛はわたわたと更におかしな挙動をし始めた。
この挙動のおかしな守衛に気付いた別の守衛が彼を守衛室へ連れて行きそこから年季の入った鎧を身に着けた上官らしき人物がでてくる。
「部下が失礼をした。君が抱えいている織物が税で宜しいかね?」
「そうだべ」
上官の守衛は羊皮紙とペンを取り名前等を聞いて記入する。その流れで上官の守衛がこちらを二度見したが構わずやり取りを続け、ついでに通行税が物納である理由を聞いた。
どうやら昔、通行税をちょろまかす守衛が何人も出たらしく領主は悩んだ末に金よりはまだ足の付きやすい物納に踏み切ったとのことだ。
なるほどと思う反面、食料品なんかは領主の元へ着くまでに減っているのではないかと果物の入った樽に視線を向ける。
視線の先を知ってか上官の守衛は毒味は必要だからと言ってのけた。
全く、逞しいものだ。
門でのやり取りを終え、都市に入る。
疑問は解けたがそこでもう一つ疑問が増えた。
『イイ』とは何と言う意味だったのだろうか?
あの守衛の言った言葉は最後まで分からなかった。
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