第10話 砂岩の夢

 旅の途中、天に昇る程の巨岩を見た。


 私達の世界のウルル程ではないがそれでも巨大な岩だ。

 その岩には一直線上の谷が存在し、ここに来る前に立ち寄った街の水売りに聞いた話によれば大昔に天にも届く人喰らいの巨人がこの岩を寝床に使っていたが天をも貫く光の剣によって寝床ごと首を斬り落とされたらしい。


 それ故にこの巨岩を巨人の寝床と呼び、谷を剣の通り道と水売りは呼んでいた。

 巨岩も谷も今となっては巨大な鳥の住処になっているようだが――


『もし、あの話が本当だったら巨人って全長三キロはあるんじゃないかしら? セラフィースの三倍ね』

「流石に三キロメートルは大きすぎじゃないか?」


『そんなに大きくないんじゃないかしら? 貴方の世界だって巨人と比較にならないくらいに大きなロボットが原子力もなしに動いてたじゃない』


「あれは他の世界から流れ着いたものだからだよ」

『でも、アレの基礎は貴方が作ったものでしょ』

「あくまで造ったのは並列世界の私だよ」


 選択肢が一つ違えばそれは他人も同然で、未来が交わることのないifの世界の事なんて言われても私には関係ない。


 それ所かこちらに迷惑しかかけてこない連中だ。

 出会う事があったら次こそ殺してやる。


『厄介な性分ね……』

「並列世界だろうが未来だろうが私は今ここにいるこの私一人で十分なんだよ」


『そう言う所をどうにかしていれば日本も貴方をもう少し自由にしたんじゃないかしら? 学問の自由くらいは認めてもらえた筈よ』


 どうやらこの話は私に分が悪いらしい。

 話を逸らせよう。


「私の造った物もとんでもないけれど巨人の首を斬り落とした光の剣も大概だよ。どんな動力を使ってるんだ」

 細い部位だとしても全長三キロある物体を巨岩ごと斬り落としたのだ。光学兵器なら科学的にも魔術的にも大掛かりになる。


 私達のように星や設備を隠し持ってない限り人間大ではおおよそ不可能な芸当だ。

 達を付けているのは私と同じことができる連中が十万といるからだ。


 理不尽なことに敵として。


 何にせよ光学兵器を持っていない私には想像しかできない話だ。

『持ってるわよ』

「造った覚えはないよ」


『セラフィースに三千センチ斥力破砕レーザーソードが搭載されているわ』

「あれ、内蔵武器だけじゃなかったんだ」

『内蔵武器だけなら手なんてついてないわよ。何の為に付いてると思ってたのよ』


 地球にたこ焼きの爪楊枝のように突き刺さった馬鹿デカい剣を引き抜く為だろうか。


『大体あってるわね』

 言って彼女はお道化る様に肩を竦ませる。


 大概、頭のおかしな連中だと思ってはいたけれど本当に頭がおかしかったようだ。月との戦争真っただ中に何やってたんだ異世界の神様は……


『私が創られる前だから詳細は知らないけれど地球を欲望の剣の力で囲って月からの砲撃を防いでたみたい。私が創られた時には太陽系全体で反地球派、反元老院派で溢れ返ってたから終戦直前まで引きこもり状態だったわ』


 そんな状態で防護の要を引き抜こうとしたのか。


『今更、どうでもいい話よ。十億年も前の話だもの』


 どうでもいい話をしながら巨岩に近付き、ふと足を止める。

 巨岩から何らかの磁力線あるいは電磁波を感じた。


 一拍おいて巨大な鳥の群れが怯えの声を上げながら飛び立つ。

 放たれる波長から漏れ出る感情。マグマのように沸き立つ憤怒を読み取ったのだ。


『何か……動いてるみたいね?』


 視れば砂粒の群れが巨岩へと向かい集まっていく。

 集合した砂粒は何らかの姿をかたどり砂岩でできた岩山すらも削りながら砂を吸い上げて膨れ上がって行った。


 首から上のない砂の巨人が巨岩の上で静かに起き上がった。


 砂の巨人は何らかの方法でこちらを認識し、あからさまな敵意をむき出しにする。

 前もって言っておくがこの巨人に恨まれる覚えは過去にも未来にもない。

 完全に誰かのとばっちりだ。


 目の前の事態に彼女は暢気な感想を口にする。

『思ってたよりも大きいわね。頭があったら五キロ近くになるんじゃないかしら?』

 どうやら巨岩は寝床ではなく腰掛が正しかったようだ。

『貴方だって相当暢気な物よ?』


 ともかく――


「あれだけデカいと生身じゃ対処しようがないな」

『じゃあ、尻尾でも巻いて逃げる?』

「多分、時速八十キロ出しても追いつかれる」

『もっと速く走れるでしょ?』

「大気成分が悪いから無理」


 この世界――この惑星の大気は地球よりも濃く、粘り気のある未知の気体が混在している。

 この気体があるため飛ぶに浮くにも有利だが走るのには向いていない。

 翼竜のような大型の鳥類がいるのはこの為だ。


「出費がきついけど迎え撃つ。セラフィース出すよ」

 私は漆塗りの扇子を取り出し、振り下ろすように扇子を開いた。

 彼女は半歩この世界へと足を踏み入れる。そして、世界に自分の存在を知らしめるように歌い始めた。

 

 彼女の歌と共に機械部品が幾重もの次元を跨いでこの世界へ組み込まれては別空間へ送り込まれる。


 足元で歯車の群れが回り、頬を掠めるように伸びた動力シャフトが接続され、左手を嚙み千切らんとピストンが緑の火の粉トゥールスチャを散らしながら現れては消えていく。


 その隙間を縫うように潜り抜けるように私は舞い、扇子を介して認証センサーに触れる。


 全長一キロメートルの天使兵を降ろす為の儀式。


 別に踊らなくても呼び出すことはできるがその時は命と引き換えだ。


 彼女の歌が終わり私は扇子を閉じる。それと同時に緑の炎が亀裂から噴き出すように溢れ出した。


 炎の中から十本の白い塔が天を穿つ。塔はぐにゃりと曲がり、炎を黒く引き裂く。

 その中から白い――十本の塔など一部にしかすぎないと知らしめるだけの質量が姿を覗かせた。


 天使兵セラフィース

 宇宙を食い尽くす十三欠片の四つを使った異世界の旧神類が一柱の神を殺す為に生み出した白亜の夢がここに降臨する。 


 私はセラフィースの胸の上の野外劇場に立つ。この天使兵にコクピットのような気の利いたものはない。

 いや、あるにはあるのだけれどパーツを分離した状態で呼び出さないと乗り込めないのだ。


 セラフィースを脅威と感じたのか首のない巨人が全身の砂を震わせ威嚇の咆哮を上げる。


 そんな余裕があるのならさっさと攻撃すればいいものを。


 セラフィースは次元断裂に手を入れ、自身の身丈程の杖を引き抜く。

 先程の話題にあった三千センチ斥力破砕レーザーソードだ。

 光の刃が天蓋を貫くとレーザー内の物質の斥力が消失し核融合が始まる。

 そして、その全てのエネルギーを熱量に換えて巨人へと振り下ろした。

 巨人を構成する原子から斥力が消え熱量を帯びたニュートリノが降り注ぐ。

 ニュートリノは互いを引力によって押し潰し合い、光となって破裂した。

 巨人のいた巨岩には新たにできたガラス質の谷と冷め切らぬニュートリノの光が残った。その残照を光子檻で拾い上げ閉じ込める。


「こんなに威力があるのか。でも、これだと祭神セフィリアを殺せないだろ」

『……ええ、そうね』

 彼女は肯定する。


『圧縮空間装甲を貫けなかったからかすり傷すら負わせられなかったわ。当時の技術力じゃ、戦艦の全エネルギーを使い果たしても眷属を一体しか爆破できなかったし数時間後には何食わぬ顔で戦場に戻って来てたもの』


 圧縮空間装甲の厚さは数千万光年から数千億光年。たとえ旧神類の科学技術であっても光速を軽く超えられなければ貫けない。


 貫くなら同じ時空間操作方法かあるいは長さが変わらないという概念が必要だ。


 いや、六千億光年の圧縮空間装甲を紙のようにレーザーで貫かれたことがある。

 それを考えれば抜け道なんて幾らでもあるんじゃないだろうか?


『旧神類、最盛期の欲望の欠片マシマシの重天使超光速レーザーでしょ。あんなの例外中の例外よ。だから、祭神を殺すのに欲望の剣を丸々一本失うことになったのよ。彼等はそれで月との戦争に勝利したなんて言ってたけれど祭神の目的を果たしたから眷属達からは見逃して貰えたと言った方が正しいわ』


 もし、眷属達が祭神の弔い合戦をしていたらおそらく旧神類はその戦争で絶滅していただろう。


 どうせ、その後の旧神類同士の争いで絶滅してしまうのだから始末をつけておいてくれれば私が異世界人に攫われることもなかったと言うのに……


 そんな連中と共に異世界の地球人が滅ぶことが決まった未来から逃れようと私の世界の地球に侵略にきている。

 自ら滅びを選んだのだから潔く滅べばいいのに他人に押し付けようとしているのだ。


 巨岩の谷に足を踏み入れると風が吹き、ガラス質の砂塵が舞った。

 巨岩の上で眠っていた首のない巨人はどんな気持ちだったのだろうか。

 あの怒りようからきっと自分の死すら認めなかったのだろう。


 死を認めないのもいい、滅びから逃れようとするのも勝手だ。

 けれど、その為に終わりを誰かに押し付けるのなら私は僕は――彼等を認めない。

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