第9話 本当にどうでもいい話「自分語りの男」
これは私がある世界のある国の都へ向かおうとした時の話だ。
旅の途中、立ち寄った村で年老いた村長が私に奇妙な忠告をした。
村長が言うには隙あらば自分語りを始めるおかしなイケメンが都までの道中に出没しているらしい。
いや、よく分からない。
念のために再三聞いてみたが結局、理解ができなかった。
『自分語りを始めるおかしなイケメンってどんな奴かしら?』
村を出て都までの旅を続けている最中、彼女は特に気にも留めず次の日には忘れていた事を私に聞いた。
興味も関心もないので適当に相槌を打つ。
そんな風に道を歩いていると私と同じ旅人とすれ違った。
すれ違い様に旅人は鋭い視線を私に投げかける。その瞬間、気配が変わった。
何時もなら余裕をもって対処できたがその時は何故かこの厄介ごとを持ち込んできそうな旅人にあまりにも無防備すぎた。
「隙あり! とぅっ!」
そう叫んで旅人であるその男は天高く跳躍し、ムーンサルトを繰り出して前を遮る様に着地する。
『10.0点ね』
彼女の称賛を気にも留めず男は首に右手を置き、愁いを帯びた声色で語りだした。
「俺の故郷は小さな港町でな。帰ってくる船を海鳥と共に毎日、出迎えていたんだ。そうすることであの嵐の日、行方知れずになった父が帰ってくると信じていたんだ……」
何だこいつ?
男は長々と語り続け、私がその横を通り過ぎた後で漸くこちらの方を向く。
「君、そこの麗しい黒髪を靡かせた可憐な君。君はあの時の月明かりに照らされた海に似て……あ、一寸まっ――」
私はその男を無視して先を急いだ。
旅の途中、立ち寄った宿場町で宿の看板娘から奇妙な忠告を受けた。
曰く――隙あらば自分語りを始めるナイスなイケメンが最近、出没しているから気を付けてね。と――
『もう出会ったわね』
彼女はそう答えて腹を抱えて笑う。
そんな彼女を他所に宿の勘定を済ませ、出発しようとドアを開けると一人の旅人が立ち塞がっていた。
横を通り過ぎようとすると旅人が私の足にしがみ付く。
「待ってくれないか! せめて話を聞いてくれないか!」
私は今にでもその手を切り落としそうな様な冷たい視線を向けたが、それでも旅人――つい先日、出会った男は私の足から手を離そうとはしなかった。
「麗しい黒髪の君! 可憐な君! 君に頼みがあるんだ!」
心底、聞きたくない。それに麗しいとか可憐とか付けるな。
そう考えてそう答えたが男は知らぬ素振りで自分の身の上を語りだす。
「父を失った俺には二つ年上の幼馴染がいた。ロレッタと言う名の笑顔のよく似合う小さな花のような少女だ。嵐の日に同じく親を亡くした所為かそれとも街に同世代がいなかった所為か彼女はよく俺の面倒を見てくれていた。俺はこのままの時間を過ごし、彼女と結婚して何も変わらないまま二人で歳を取っていくそんな漠然とした未来を心のどこかで信じて疑わなかった。しかしそんな未来はやってこなかった。俺が母に連れられて隣町の叔父の家に向かった時の事だ。あの朝、ロレッタは一緒について行きたいと珍しくわがままを言った。あの時の俺は、自分も父と同じようにいなくなってしまうのではないかと危惧しているのだろうと思い彼女に必ず帰ってくると約束した。浅はかだった……いなくなったのは彼女の方だった――それを知ったのは彼女が失踪して十日後の事だ。隣町から帰ってきた俺は彼女の我ががままを聞いてやれなかった事に彼女から少しでも目を離してしまった事に後悔した。始めは人買いに攫われたのだと聞かされた。しかし日が経つに連れ、月が経つに連れその言葉に疑問を持つようになった。違和感があったんだ。なぜ彼女はあの日、隣町までついて行きたいと言ったのかと――」
男は語る。
延々と延々とそれはもう、延々とだ。
昇った日が沈んで宿の客がこの状況を肴にして酔い潰れるまで続いた。
結局、私は根負けした。
私は宿の中へ引き返すと男はその場でたたらを踏む。理由を聞けばこうだ。
「すまない。君を追いかけている間に路銀を落としたみたいだ」
本当に何だこいつ……?
「――このように美男子は隙あらば自分語りを始めるので道中、出会ってしまったら注意しなされ」
立ち寄った村の宿で皺の深く刻まれた老婆に奇妙な忠告を受ける。
座った席のすぐ隣を見ればその自分語りの男が老婆の話を耳にも入れず、飯を食い三杯目のスープのお代わりを給仕の娘に要求していた。
こんな訳の分からない男だが数年後、勇者と言う言葉も肩書ないこの世界で身の上話一つで邪神を討伐し人類を救うことになる。
だがそれはまた別のお話だ。
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