第7話 本当にどうでもいい話「新米冒険者」
これは私がある世界のある国で鍛冶屋で働いていた時の話だ。
その日は工房兼店の売り場で品出しをしていたが何故か外が何時もよりも騒がしかった。
その騒がしさはやがて大きな声となり、軽薄そうなチャラチャラとした煙よりも雲よりも軽そうな雰囲気を持った実体となって扉を開ける。
その騒がしさの主はサイズの違う所々穴の開いた中古の皮鎧を纏い柄頭の取れた短剣を申し訳程度に挿している。
明らかにこの街の者ではない。昨日今日、外から来たばかりであろう新米冒険者の風体をしていた。
その冒険者は開店前の店にずかずかと入りきょろきょろとあたりを見回す。
そして、私の方を見て立ち止まるがカウンターにいた鍛冶師のオヤジさんが咳払いをすると慌ててそちらに向かった。
新米冒険者は言う。
「おやっさん! 大剣造ってくれね? デカくてかっこいい奴!」
鍛冶師のオヤジさんはこう答えた。
「仕事なら打つがお前さんのひょろっちい体で振れんのかね?」
新米冒険者は袖をまくり、力こぶを作ってみせる。
「もちろんっすよ。俺、村じゃ一番の力持ちだったんすよ」
オヤジさんの目が疑わし気になる。私も同じ目をしていただろう。
「村一番の馬鹿力はいいとしてお前さん、金は持っとるんじゃろな。一品物になると金がかかるぞい」
「冒険者支援制度ってのがあってギルドがいくらか肩代わりしてくれるらしいんすよ」
オヤジさんがこちらを見る。私は目を背けた。
「ギルドが肩代わりするからと言っても足りんじゃろ」
「そこは俺っちの人望と仕事ぶりで何とかするっすよ。前金の分も借りて来たんでここにあるっす」
そう言って新米冒険者は前金の入った革袋をカウンターに置いて強引に仕事を捻じ込んだ。
数日後。
嵐のような騒がしさが店の扉を開けてやって来た。
扉には閉店と書かれた札が吊るされていたがどうやらこの冒険者は文字が読めないようだ。
今日は私の方へまっすぐ足が伸び、途中でたたらを踏んで停止する。何か言おうとしていたがオヤジさんの咳払いと共にに首根っこを掴まれてカウンターまで連行された。
「なんじゃい騒がしい。お前さんの注文した馬鹿デカい剣、まだ出来とらんぞ」
「おやっさんすまねぇ!」
そう言って新米冒険者は突如、両腕を上げながら土下座をする。
この国、土下座の風習があったんだ。
いや、そうじゃない。そんなこと考えている場合じゃない。
この素振りからして全部駄目になった、借金も返さないといけないから前金も返してくれとか言いそうな雰囲気だ。
眉を顰めたオヤジさんの方を見るとオヤジさんは頷いて理由を聞く。
新米冒険者は顔を上げ恥ずかしそうな素振りで言う。
「この間頼んだ奴、やっぱり小さいのにしてくんね? 冒険行ってきたけど荷物重くてへとへとだわ」
こいつは……
オヤジさんがこちらに視線を送る。私は好きにしろとジェスチャーを返した。
「打った刃、詰めりゃ出来るがお前さん本当にそれでいいんかね?」
オヤジさんは困った素振りを見せながらも確認の言葉を伝えた。
一度詰めた刃は同じ強度で元に戻す事はできない。出来たとしてもウチの造り方では無理だ。
対して新米冒険者の返答はこうだ。
「ああ、いいよ。いいよ」
なんとも軽いものだ。
納期直前。
平穏な日常の穏やかさを硝子のように割りながら騒動の元は開店前の店の扉を開けた。
なぜこんなに早い時間に来るのかと聞いた事があったが清々しい朝は走りたくなるとワンテンポ飛んだ答えが返ってきた。
どうやらコイツは早寝早起きが日常でランニングも日課と冒険者とは真逆の生活を送っているらしい。
もう、お前は村に戻って鶏と共に生きてろよ。
「口に出てるっすよ」
おっと失礼、村に戻られたら鶏がストレスで死にかねないな。
そうこうしているうちにオヤジさんが売り場に顔を出す。そしていつもの如くカウンターまで連れて行かれた。
新米冒険者はいつものように言う。
「おやっさん、やっぱりデカいのいるわ。デカいのにしてくれね?」
鍛冶師のオヤジさんは困惑しながら答えた。
「おいおい、刃詰めちまったからもう元に戻せんぞ」
「そこを何とか頼むよ~」
納期。
いつもの如く騒がしく開けられた開店前の扉は既に閉じられ、五月蠅いくらいの挙動もなりを潜ませていた。
今、新米冒険者にあるのは困惑一つである。
「…………え? 何これ……」
詰めた剣の茎を芯鉄で挟んで伸ばし。鍔と柄を取り付けて芯鉄が覗く部分を皮で覆う。柄は短かったので柄頭を削って別の柄を捻じ込んで繋げた。
要するにショートソードの刃渡りを持ったなんちゃってトゥーハンドソードだ。
「わしゃ知らん。お前さんがやれと言ったからやっただけじゃ」
「そんなぁ……こんなのカッコ悪くて持ってけないっすよぉ……」
そう言って新米冒険者は泣き崩れる。
いや、仕事でいるのなら持っていくべきだろう。
私は新米冒険者に大剣を渡して、がんばれと励ましてから店を追い出した。
理由は分からないがオヤジさんは悪い奴じゃのうと言って笑っていた。
私は扉に吊るされた札を裏返し、店を開ける。
今日も店の外は騒がしく賑やかだ。
その後。
どでかいヤマを終えて飯も食わずに寝た俺っちはお天道様が顔を上げると共に目が覚めて何時ものジョギングを始めたっす。
「朝っぱらから五月蠅ぇぞ!」
「赤ちゃんが起きちゃうでしょ!」
「仕事終わってやっと寝られるのに静かにしてよ!」
走っていると街のおっちゃんやおばちゃん、お姉ぇちゃん達が手を振って応援してくれて今日も元気いっぱいでギルドの酒場に向かったんすよ。
今日は何、喰おうっすかね?
「あれ? 先輩、何やってんすか?」
空いている席を探しているといつもお世話になってる先輩冒険者がテーブルの上で何かを弄ってたっす。
はて、なんだか見覚えがあるような~?
「今朝、街に出たら武器屋で中古品の安売りをしててね。使えそうな剣があったから買い取って自分用に手直ししてるんだ」
弄ってた物を見せてくれながら先輩冒険者はぎこちなく笑ったっす。
顔は怖いっすけど気さくで面倒見のいい頼りがいのある先輩なんっすよ。頼れるの先輩ってヤツ?
「ふ~ん、先輩器用っすもんね」
「剣は財産だからな。お前もこのくらいできるようになった方がいいぞ。この剣も前の持ち主が鍛冶屋に無茶な注文して造らせた挙句、扱いに困って売り払われたようだし……そう言えばお前、この間方々から借金して両手剣買ったって言ってなかったか?」
んん~? なんだか悪い予感がしてきたっすね~。
答え方次第ではま~た説教されるっすよ。
でも俺っち、嘘つくのも誤魔化すのも苦手なんすよね~。
「えと……あの…………その……売っちまったっす」
この後、メチャクチャ説教されたっす。
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