第6話 青色の休日

 

 磯の臭いが鼻を刺激した。

 潮騒が耳に届き熱量を持った光が肌を刺す。

 爪の間に砂が入り込み僅かな不快感をもたらした。

 

 どうやら今回の転移先は無人島らしい。



 異世界跳躍は必ず着地に失敗する。


 これは跳躍時の回転軸が完全固定であることが原因だ。

 惑星は殆どが球体で球体でない小惑星や一部の世界であっても自分の足元に地面であるとは限らないからだ。


 その為、アンカー等の事前準備なしに行先不明のランダム跳躍をすると体のどこかを打ち付けることになるのだ。


 そこまで考えて体を起こした。


 目の前には青い空と青い海。空にはカモメのような鳥らしき生物が飛び、海にはイサキのような魚かもしれない生物が泳いでいる。

 断定しないのはよく見たら全く違った進化を遂げた別の生き物だったりするからだ。


 異世界のモノは信用しない。


 漫画やアニメの様に都合のいい事は起きないのは私の転移回数で証明している。


 私は体に付いた砂を払い、周囲を見回した。


 半径十キロには海と島と島の中に森があるだけで人の生活反応らしきものがない。

 この世界の人類が火も起こせず道具も作れない石ころ投げるだけの文明なら観測できたとしてもそのコミュニティに入り込むのは不可能だろう。


 寄る辺がないなら自力で何とかするしかない。


 サバイバルには3・3・3の法則と言うものがある。


 これは人が極限下で与えられた生き残るための猶予期間で生身で宇宙空間に曝されて出て3分、木星等の高重力下で3秒、超光速航法中の船体から投げ出されて0.03秒の間に対処法を見つけ出せれば生存確率は比較的高まるという法則だ。


 今回は地上なので生きるのに必要なのは体温調節、水分補給、食料調達の手段だ。


 今更必要かと言われれば不要だが何もせず千年間ぼ~っとするよりは遥かにマシだろう。もう、宇宙に放り出された時の二の舞はごめんだ。


 砂浜に落ちていた木の枝らしき物の安全性を確認してから地面に突き刺し、バックパックから厚手の布を取り出してシェルターを作る。

 この布は転移した世界によってマントになったり売り物になったりと重宝している。

 但し、消耗品なので質も耐久性も世界や国でバラバラだ。転移した世界の空気に合わず、溶解したこともある。


 次に水だが今回は逆浸透膜を使う。

 海浜植物から都合の良さそうな生体を調査し、幾つか選び茎を傷付ける。束ねて植物の傷口に水筒の口を添えればそこから逆浸透膜で濾過された水が流れ出すだろう。

 手に入る水が望んだ量ではなかったり傷付けられたせいで酸性の液体が流れ出すかもしれないがそれを知るのは数時間後の自分だ。

 もし駄目だったとしても海から水だけを掬えばいい。

 もっと楽な方法もあるけれど転移直後にできるのは今の所これだけだ。


 最後に食料調達。


 準備として島の森に入って道具になりそうな物を手に入れる必要がある。

 素手でもできなくはないが異世界で出会った生物の中には触れただけで破裂して卵を撒き散らす奴もいるので生体が分かるまで近づきたくないのだ。


 森に入り鬱蒼と生い茂る木々から長めの枝と蔓、地面から適当な大きさの石を幾つか手に入れる。

 蔓からは苦味があるが安全な水も採れた。

 枝は槍と弓に弦は縄や弓の弦に石はナイフに加工するつもりでいる。


 森の奥の水辺に辿り着き、安全を確認してから蔓を水に浸ける。時間が経てば蔓が腐って繊維が取れるだろう。


 石と石を掠る様に打ち付けて破片が出るように割る。その欠片をさらに割ってそれらを鑢の様に擦り合わせた。

 小さな石の欠片は枝にねじ込んで槍の穂にする。大きな欠片はまた後でナイフに加工することにした。


 シェルターに戻りバックパックを開いた。中はどれも旅をする上で役に立ちそうな物はなく服の着替えと懐中時計等の装飾品しか入っていない。


 これは転移先によって法律が大きく変わるからだ。


 私達の世界でも旅客機に刃物を持ち込むことはできない。それくらいを想定してバックパックの中身を詰めている。とは言え――


 私は懐中時計を手に取り裏側をゆっくりと捻る。そしてリューズを引っ張ると三センチ程度の小さな刃が飛び出した。


 ――機内に刃物は持ち込めなくても忍ばせる事はできる。


 私は時計の刃を使って枝の余計な部分を削いで槍を完成させた。



 波打ち際へ行き波で濡れない様に気を付けながら槍の届く範囲の魚を狙う。

 海面に映る魚影より下、その更に下を槍で突く。

 槍はくの字に屈折して魚影を貫いたが魚影は風船の様に破裂し中身をまき散らした。


 そして破裂した中身が粘性を持って這いずり回り磁性流体のような挙動を行って魚の形へと戻る。


 その様子を見て理解する。


 この魚影の一つ一つが小さな個体の組み合わさった群体だ。単体では単細胞生物として行動するが集団になると多細胞生物として振る舞う。


 しかも只、密集しているのではない。単体でも集団でも一つの生物なのだ。


 人は出血したらその血は人とは言えない。けれどこの生物は細胞一つになっても同じ生物と言えてしまう。

 昔、出会ったガス状人類に近い生態をしていた。


 私は魚を諦め海にも極力近付かない事にした。



 空が暗くなり星が瞬き始めた。


 森で見つけた枯れ木に火を灯す。火起しは時間が掛かるので手を抜いた。

 アルミニウムと酸化鉄、マグネシウムの粉を酸素と同時に吹き付ける。その化学反応で着火した。


 他にも手軽に火を着けられる方法として圧縮断熱着火法があるがこれは耐えられないと両腕が吹き飛ぶか両腕以外が吹き飛ぶかの二択になるのであまりお勧めはしない。後、回りの物が衝撃波で吹き飛ぶので後片付けも必要になる。


 火の着いた枯れ木の蛋白質の焦げる臭いを避けながら夕飯の用意をしていると魚達がこちらの様子を覗きながらゆらゆらと踊る。

 私が口を閉じて魚達に目を向けると恐ろしいものを見たかの様にぴたりと止まった。

 その様子に飽きて彼等を気にも留めなくなるとまた踊り始めた。


 夕日が海へ沈もうとする。それでも空は相変わらず真っ青で海も青いままだ。


 この星の大気成分は地球とは僅かに違い、それが今、顕著となって現れている。


 異世界で私の常識は通じない。いや、異世界でさえ私の常識は通じない。


 昇る月を背にして海浜植物に添えていた水筒を取り出す。

 海浜植物から水を採る方法は失敗した。染み出した汁が水筒内で蒸発して糖分の結晶ができていたのだ。


 それが私の僕の――今日の夕飯だ。


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