第5話 平面世界
異世界は私達の考えや理屈が遠く及ばない領域である。
私は世界の果てから下を覗き見てその不可知を実感する。
人類の住む世界は球形が常識で知識と科学の積み重ねが証明してきた。
けれど、その知識と科学の積み重ねが私達の常識を軽く覆していた。
この世界は平面だ。巨大なガス惑星の傍に位置し、科学技術を駆使して海面を水平に保ちながらグルグルと公転している。
これを造った奴はお世辞でも頭がおかしいとしか考えられない。
大陸一つ分の質量を持っているのだから映画のような球形でもアニメの様に筒形にでも出来た筈だ。
何を考えてこんな形にしたのだか。
そんな事を考えていた時が私にもあった。
無数の星々が煌めく宇宙を幾つもの船が魚の群れの様に漂っていた。
その旗艦の執務室から溜息が漏れた。
「……こんなバカげた計画を本当に実行するつもりかね」
震えるような声を出して航宇宙船団の提督は二度三度と書類を読み返した。目でも疲れているのか眉間を揉んでまた書類を嫌そうに読もうとする。
「何、言ってるんですか提督。本当も何も実行に移さなければ我が船団は終わるんですよ」
「分かっている。分かっているが……成功率はどのくらいかね?」
「一割あれば上出来かと」
私の言葉を聞いて提督が掠れる様に笑う。隣で傍聴していた秘書官も同じ声が漏れ出ていた。
「実際はもっと低いのだろう? 失敗すると言ってるようなものではないか……」
「あるだけましなんですよ」
「ガス惑星の上を高速でピザを飛ばすような真似、どこの狂人が考えたんだ……」
「私ですが何か?」
「……最近の傭兵は建築家も兼ねているとでも言うのか」
「昔、同じような構造物に降りたことがありましてね。今回の計画はそれを基にしたんですよ」
提督は冷め切った珈琲を呷り一息吐いた。どうにか計画を中止にする手段を探しているのだろう。
「君は傭兵ではなく冒険家を名乗った方がいいのではないか?」
その細やかな抵抗に私はやんわりと笑った。
「ニュースを見ておられませんでしたか? 実は冒険家としてはすでに有名なんですよ。硫酸の大気を持つ惑星から資源を吸い上げようとして政府に止めらた馬鹿としてですがね。この船団に配属されたのは星食い行為に対する罰則も兼ねているんですよ」
提督は両手で顔を覆いながら項垂れる。
「勘弁してくれ……」
勘弁してくれと言うが折れるつもりはない。
「泣き言を言う前に許可を頂けませんか。許可を頂けたら泣き言を言っても皆、目を瞑ってくれますよ」
少々、辛辣だが仕方がない。より良いプランが見つかるかもしれないからと二十日も決断を先延ばしにしているようだが私はそんな未来は絶対に来ないと知っている。
何故なら私が視たあの平面世界はこれから建造する巨大人工衛星の未来の姿だからだ。
異世界跳躍の行先は必ずしも見知らぬ世界とは限らない。
跳躍距離の調整の為に別の世界を踏み台にして跳んだ事のあるの世界の過去や未来へ着地することもあるのだ。
転移先を選べないが転移事故で宇宙空間に飛ばされたり異世界召喚に巻き込まれて帰り道を見失わない限りこれが元の世界に帰る為の最短ルートだ。
余計な事を考えながらも提督から計画の実行許可を強奪して作業を始めた。
開発部には資料を送り、現場には資材を送って作業用ボットをフル回転させる。
すぐさま開発と現場が悲鳴を上げて予算と資材の追加を申し込んでくるが必要な物の生産が追い着いていない。
度重なるトラブルによって計画が頓挫したこの船団には資源も労働力も時間もついでに技術力も足りないのだ。
人工衛星が円盤状になったのも私が未来を知っているからではなくコスト不足が原因だ。
重力を低コストで保つには重力その物を他から持って来るのが効率よく、その受け皿も平面である方が球や円筒よりも低コストである。
本当ならもっと効率が良い物があるのだけれど、それが出来たら一介の傭兵のプランなんて採用されてない。
船団の科学者が言い出さなかったのは単に責任が負えないからだ。
科学者達が出した計画の成功率は実は一パーセント未満。十倍盛って計画書を出したが、天地がひっくり返っても開闢してもそんなにない事は船団にいる者ならば誰もが知っている事実だ。
けれど、私にとっては他の誰にも覆しようのない過ぎ去った未来でしかない。
紅茶を飲んで一息を吐き、申請書にクルーシュチャ方程式の解を書いて送り返した。
科学の進んだこの世界は材質と量を変えるだけで未だにペーパーレスにはなっていない。
外に目を向ければ資源調達船が小惑星に向かって出発を始めた。帰ってくる時は膨大な量の資源と書類の束を抱えていることだろう。
その書類が年月をかけて巨大なピザとなりそして数百年後、過去の私は僕は――その平らな世界の果てから跳び降りた。
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