第4話 愚者の金

 眩い限りの廊下を歩いていた。


 右を見れば生きていると錯覚するような人の彫像が並び、左を見れば時を止めたかのような植物の彫刻が咲く。

 その全てが金色に輝いていた。


 ここは黄金の城。この世のあらゆるモノを右手で黄金に変えるこの国の王の住処である。


「この扉の向こうが王の御膳となります」

 道案内していた役人の足が止まり、悲痛に満ちた視線を投げかける。

 私が頷くと役人は兵士に扉を開けさせた。 


 王の間に入ると私は両手両膝を床に付き腰を曲げないまま首を垂れる。

 行儀の悪い正座に見えるがこえは謀反を働くことができない事を示すこの国の礼儀作法だ。


 国王と宰相の何らかのやり取りの後、神官に肩を叩かれ私は面を上げた。


 何らかの病状を患っているのか息も絶え絶えの薄く濁った目の老人。

 それが国王の印象だった。


 顔はまあ、何時もの事だがよく分からない。不明だ。


 国王は何度も切らしていた息を整え、厳かに言う。

「呼び立ててすまなんだ。今日は其方に頼みがあっての」


「陛下の右手について……で宜しいでしょうか?」


 私の言葉に国王は頷いた。

「その通りだ。先日……言葉のおかしな私兵を連れた異国の商人が城を訪れての。儲けた礼にと余の右手に黄金の呪いまじないを掛けてくれたのだ。しかしながらの――」


 そこまで言って国王は辛そうに息を吐く。


「この右手、触れたモノ全てを黄金に変えてくれるのだがそれゆえに不便での。其方は……医者だったか魔術師だったか――まあ、どちらでもよい。余の右手をどうにかしてくれぬか」


「畏まりました」

 私は深々と頭を下げた。


「では陛下、右手がどのような理をもって黄金に変えるのか知りたいのでこの革袋を黄金に変えていただきたいのですが宜しいですか?」


 この言葉を聞くと国王は眉を顰め宰相に視線を移す。宰相が小さく頷くと肯定の意を示した。


「……よかろう」


 兵士が革袋を受け取り玉座のすぐ傍にある黄金の台座の上に置いた。

 国王は自身の右手を革袋に触れさせた。触れた先と台座から霜が降りるかのように革袋は黄金へと変わり輝いた。


 視た所、個体は変わるが気体は変わらない。袋の中の液体は変わるがその分体積は増えている。

 表面的に分かるのはそれくらいだがその裏側で複雑な科学変化が繰り返されていてとても実用に満たない。


 国王に直接呪いを掛けただけあって商人は随分と腹に据えかねていたらしい。


 国王は右腕を差し出して言う。

「この手をどうにかしてくれぬか」


「では――」

 私は腰に差した刀を兵士に預ける体で鞘ごと抜く。

 そして、鯉口を切ると同時に大きく一歩を踏み出し左手を柄に引っ掛け鞘を引いた。

 弧を描いた鋼が粘性を帯びた空気と国王の右腕を通り抜ける。鋼の厚みで斬った肉の断面が撓み始めた。


 僅かに熱を帯びた鋼を納刀し、黄金の革袋を掴んで国王から離れていく右腕に被せた。


 国王と家臣達の瞳孔が広がる。


 そして、右腕を失った断面から黄色く褪せた血が噴き出した。


 国王のどの言語ともつかない叫び声が王の間に響き渡る。


 この時の私の眼は強欲に塗れた驢馬国王にとって凍える程に冷く見えただろう。


「依頼通り、右手は何とかした。褒美として望む物を貰っていく」

 そう言って、革袋の口を占めた。全てを黄金に帰る右手であっても既に黄金に変わってしまった物を再び黄金に変えることはできない。


「貴様! 初めからそのつもりで! 余の右手が目的で……! この悪魔めぇっ!!」


 それはお互い様では?

 私も大概なことをしているが臣下を廊下に飾る国王も負けずとも劣らずだ。


「だっ誰かこの者を捕らえよ!」


 宰相が私を庇うように前に出て言った。

「陛下、あなた様は力の使い過ぎで体調を崩し、王位を退かれた……そう言う事で御座います」


「何をふざけた事を!」


「妃殿下もご了承済みにてございます」


「そんな馬鹿な……」

 心底納得いかない声を出して国王は崩れ落ちた。



 右手が生んだ黄金はAuではない。


 鉄と硫黄が主元素の紛い物だ。


 人体に右手が触れると血液中の鉄分と体内に僅かにある硫黄が強制的に反応し、黄鉄鉱になる。

 勿論、人体の鉄分や硫黄だけでは足りないので周囲からも取り込んで包む。


 革袋が国王の手と石材から黄金になっていったのはその為だ。


 おそらく国王が右手を使えば使う程、この国は紛い物の黄金で溢れ返り土地の土壌成分は無茶苦茶になって何れは滅び行くだろう。


 そんな未来を危惧した宰相は王家の許可を得て今回の企てを決行したのだ。


 それはともかく私は今、火山の火口付近にいる。


『私の為に長い回想ありがとう』

 久々に聞く彼女の言葉に私は五月蠅いよと返した。


『それで切り取った右手はどうなったのかしら?』

「普通に腐ったから燃やして埋めて供養した」

『収穫ゼロじゃない……』


 私は笑うと転がっていた大きな岩に右手で触れる。

「ミダース」


 国王の右手を解析して作った術式を使って地下の溶岩から鉄と硫黄を無尽蔵に吸い上げる。

 吸い上げた鉄と硫黄は後で螺子や爆薬に変える予定だ。


「この術さあれば転移事故でまた宇宙空間に放り出されない限りどこでもやっていける」


「そんなこと言ってたらまた金属水素に浸かるわよ」

 お道化る様に言って彼女はクスリと笑った。


 他人には価値のない愚者の金パイライトでも私には僕には――本物以上に有用な黄金の鉄の塊だ。

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