第3話 ちょっとした色抜け

 水気を帯びた赤土に蹄の跡が残る。

 その跡を革靴が幾度となく踏み重ねる。

 革靴の主が列をなし、泥交じりに荒れ地を往く。


 行軍。 

 中隊、二百八名が奇襲の為に敵軍の監視区域を潜り抜けるように密やかに進んでいた。


 突如、鳥達が逃げ惑い兵達に緊張が走った。

 兵達は銃を構え何百もの視線を周囲に張り巡らす。

 警戒を顕わにした状態の中で私だけが反応が違った。

「すみません……私です」

 騒ぎの原因はこの私だった。



「何があった!」

 中隊を指揮する将校が急いで私の元へ駆け寄る。


「すみません。ホルスターの銃が暴発しました」

「足は無事だろうな!?」

「はい、ホルスターと靴に鉄板を埋め込んでいたので無事でした」

「全く……どこの不良品だ。見せ給え」


 私は弾丸と燃焼ガスでズタズタになったホルスターを外して渡す。

 将校は渡されたホルスターから煌びやかに装飾された二つ折り回転銃を抜き眉を顰めた。

「傭兵殿……この銃は飾る為の銃だ……」


 しっかりと整えられた髭をなぞりながら将校は語り始める。

「貴殿は知らないだろうが我が国には一寸した慣習……いや、悪習があってな。自慢ではないが我が国はその昔、剣の生産で名を馳せていて名立たる名剣がいくつも世に打ち出されていたのだ。しかしだ……」

 将校は暴発した回転銃を見やる。

「銃については一歩、いや二歩も三歩も出遅れていた。それを憂いた先王陛下が一つのお触書を出されたのだ」


「それがこの銃ですか」


「その通りだ。先王陛下は最新式の銃その一番目を国王自ら国の功労者に下賜することで銃器工房に名誉をお与えなされたのだ」


 目的は銃器メーカに開発競争をさせるためなのだろう。だけど、何故こんなまともに使えない欠陥品が御下賜品になってしまったのだろうか。


「最初はよかった。父の代には名銃と呼ばれる代物が何丁も出ていた。しかし、戦争が激化した今ではそれが仇となったのだ」


 戦争が負け込んだ所為で国は士気向上の為に新型銃の下賜を乱用。

 結果、運用テストも安全審査も碌に通ってもない新機能を付けただけの粗悪な銃が出回ることになったと将校は話を続けた。


 将校が回転銃の入ったホルスターを返す。

「移動中は常に一発抜いておけ。弾が撃針に触れてなければそうそう暴発もせんだろう」

「はい、そうします」

 そう答えてホルスターを受け取ると私は別のホルスターからもう一丁の煌びやかな回転銃を抜いて弾を取り出した。

 慌てて将校が私から距離を取る。

「貴殿はいくつ爆弾を抱えておるのだ!」

「流石にもうありませんよ」


 兵達から笑い声が漏れる。将校は小さく咳ばらいをし、誤魔化すように怒鳴る。

「ええい、貴様ら行くぞ! 敵兵に気づかれる前に走れ、走れぃ!」

 将校は馬に飛び乗り往く。私達駆け足でもそれに続いた。



 作戦後、暴発したこの回転銃は正式に量産化され、持ち主の足を打ち抜く迷銃『足貫きピアッシングピッド』と呼ばれて歴史に名を遺した。

 こんな欠陥品だからこそ私は――僕は旅の最後まで使い続けた。


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