第2話 木炭

 殺して、殺して、殺して、殺す。

 剣で、槍で、弓で、殺す。

 炎で、毒で、病で、殺す。


 殺して、殺して、殺して、殺す。

 兵を、将を、王を、民を殺す。

 男を、女を、子供を、年寄りを、殺す。


 赤子を殺す時、少しだけ黒く滲んだ。



 城が燃える。月のない真夜中を火の灯りだけがゆらゆらと照らす。

 戦が終わり、敵国の旗を焼くと味方の兵や将校達が宴の準備を始めた。

 私はそこら辺の瓦礫から燃えるモノを調達し、彼等から少し離れた場所で火をくべる。そして、適当な物をイス代わりにして座った。

 

『久しぶりね』

 そう言って数年ぶりに彼女が姿を現した。

『貴方、私がいない間にずいぶんとやらかしたみたいね』

 頭を捻って記憶を辿るがとんと覚えがない。だけど、何かやったかと聞いてしまったら負けのような気もした。


『二千人』

 彼女は指を二本突き出し出来の悪い子供を諭すかのように言う。

『この国で生き残った国民がたったの二千人。これがやらかしじゃなくてなんて言うのかしら』


「なんだその程度のことか」

 私は安堵の息を小さく吐いた。


「例え、この国の連中を皆殺しにしたとしてもこの世界の人類が滅びる訳でもないし、次の世界にも次の次の世界にも人類なんてどこにも掃いて捨てるほどいる。どうなろうが知ったことじゃない」


『なろうが……じゃなくて見られるか――よ』

 それこそどうでもいい。と、呟いて足元に転がっていた頭のない縫い包みを火にくべた。


『あなた……この世界で本当にやっていける?』

 私は燃え盛る城を見やる。


「やっていくも何もいつも通りにするだけだよ」

 いつも通りに仕事して、いつも通りに報酬を貰って奪って、いつも通りに次の世界へ渡る縁を切り捨てる

 数えきれない位に繰り返したことだ。


 私が肩を竦ませて笑うと彼女は嘆息した。

『どこから見ても辛そうな人のする顔してるわよ。鏡でも見たら?』

 場を和ませようとしたのが癪に障ったらしい。

 全く、上手くいかない。


『こういう時は我儘の一つでも言って見るものよ。何でも聞いてあげるわ。聞くだけね』

 想いの口を吐き出させようとしているのだろうが吐き出せるものは一つしかなかった。


「家に帰りたい……」

 その言葉がこぼれると彼女は私から視線を逸らし口を噤んだ。


 彼女は私の横に座ると肩に凭れ掛かるような仕草をする。

 こちらに干渉できず、私以外の誰にも見えない彼女は幽霊か幻影のようだ。

 だが、彼女は確かに存在して自分を捕えている次元の檻が砕けるのを待っている。

 何万年も何億年もだ。


 私達は交わす話題も失い、この場を支配する薪の音色を聞き続ける。時折、戦勝を祝う兵達の笑い声も聞こえたが空に茜が差す頃には止んだ。


 ふと、彼女が聞いた。

『……ねえ、ちゃんと食べてる? 誰かが見てないと貴方ってそう言う所すぐ疎かにするから』

「お説教は聞き飽きたよ……」

『心配してるのよ』


 仕方なく私はカバンから支給されたパンを取り出すと石でも噛み砕くように食む。

 そうすると少しだけ、黒く塗りつぶした画布に光が滲んで広がった。

 私は、僕は――

 異世界が嫌いだ。



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