可愛い俺の妹が婚約者から濡れ衣を着せられて捨てられたらしい。俺は復讐のため国に帰る事にした

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 俺の両親は死ぬときに「人を疑ってはいけない」と言った。

 だから俺は、妹に婚約者ができた時も、疑わないようにしていた。


 その男は、どことなく嫌な雰囲気をまとっていたのだが、そうゆう風に見えたのは気のせいだと思い込んだ。


 妹が選んだ人間なのだから、信じようと決めていたのだ。


 それなのに。


 その人物は妹を裏切ったのだ。





 


 その手紙が届いたのは、騎士の任務がちょうど終わった頃だった。


 俺は騎士として働いているため、国から離れた所にいる。


 故郷から届く妹の手紙は、何日もかかるため、これを書いたのは一体いつになるだろう。


 部下が持ってきたその手紙を、手に取った。


 任務をこなす間、俺はずっとその手紙を心待ちにしていた。


 殺伐とした仕事が多い中、明るい妹がつづってくれるなにげない日常の話が俺の癒しだったのだ。


 一体どんな内容が書いてあるのだろう。


 手紙の封を破いて文面に目を通した。


 しかし、そこには悲惨な内容しかかかれていなかった。


 いつも楽しい内容ばかりだったのに、今回は違った。


 隣の家の奥さんが旦那さんと痴話げんかしてるとか、いつもの空き地の野良猫がかわいいとか、そういう内容ばかりだったのに、今回はぜんぜん違う。


 全てを読み終えた後、俺の頭は怒りでいっぱいになった。


「八つ裂きだ!」


 こうしてはいられない。


 早く国に帰らなければ。


 妹が、大切な俺の妹が泣いている!


 まだ、任務の続きが残っていたが、俺でなくてもできる仕事だった。


 ドラゴン退治とか魔人退治なんて、他の奴にやらせとけ!


 だから、さっさと荷物をまとめ、困惑する部下達に引継ぎをした。


 けれど、もし俺にしかできない事が残っていとしても、何よりも妹を優先しただろう。







 妹は婚約者に裏切られたらしい。


 その婚約者が、浮気女と一緒にくっついて、捨てられたようだ。


 それだけならまだしも(それも許しがたいが)!


 婚約者の男は、あろうことか自分の悪事を妹のしわざにしたのだ。


 浮気女にプレゼントするため、ブランド品をかいあさっていたその男は、金がつきたらしく店から強奪。


 それを、妹の指示で行った事だと言いふらしたのだ。


 おそらく、婚約破棄するのは仕方がない、という状況をつくりたかったのだろう。


 妹は婚約者から「こんな悪事に手を染める女とは一緒にはいられない!」と公衆の面前で言われたらしい。


 俺は妹に脅されてやっただけだ、とかも言ったらしい。


 なんて可哀そうなのだろう。


 妹は婚約者の事が好きだったのに。


 俺の涙で手紙の文面が滲んで見えた。


 涙をぬぐっても文字が滲んで見えたのは、妹も泣いていたからだろう。


「待ってろ! 妹を泣かた分だけ絶対に、引き裂いてやる!」


 妹の心境を想像するだけで、胸がはちきれそうだ。


 俺は帰りの馬車の中で般若とかしてたびたび部下を怖がらせてしまった


 おのれ婚約者め。


「串刺しだ!」







 何日もかけた馬車の中で、ずっと怒っていた俺を見ていた部下達はげっそりしていた。


 申し訳ないが、俺は怒らずにはいられない。


 俺にとっては、妹が何よりも大切だからな!


 俺は、騎士の本部へと向かう。


 やっと国へ帰ってこれた。


 上司に任務の報告をさっと終わらせて家へと変える事にしよう。


 上司は俺の顔を見て「これから血の雨でも降るのか」と聞かれたが、それは後の流れ次第だ。


 妹が嘘をつくとは思えないが、何かしらの手違いや間違いが百パーセントないとは限らない。


 家に帰ったら妹が満面の笑みで俺を迎えてくれたというのだったら、俺はもうそれで満足なのだ。


 あの手紙が、何かの間違いだったなら、どれほどいいか。


 しかし、現実は非情だった。







 久しぶりの我が家。


 なつかしさを感じながらドアを開けた。


 そしたら、部屋の中から足音が近づいてきた。


「お兄ちゃんっ」


 家のドアをあけたら、まぶたを真っ赤にはらした妹がとびついてきた。


 即死だ! 死刑だ! 極刑だ!


 万死に値する!


 おのれ婚約者め。


 妹を傷つけたその罪は、決して許さんぞ!


 俺は脳内で、ロクデナシの(元)婚約者に、有罪判決を言い渡した。







 俺は妹をなだめてから、詳しい事情を聞いた。


 手紙であった以上の事を奴はやらかしたらしい。


 (元)婚約者は、浮気女に貢ぐ金が足りないといって、妹からお金をせびったり、妹の友人にまで金を借りようとして交友関係を悪化させたらしい。


 その際に、自分の名前で借りればいいものの、妹の名前を出すものだから、質が悪い。


 おかげで妹は、嫌われ者になってしまった。


 俺は遠い異国のものとして語られるされるおっかない顔に、般若の形相に変化してから(元)婚約者の家に乗り込んでいった。


 そして俺を見た奴は、


「誰だお前は、おい誰かこの侵入者をつまみだせ!」


 と言った。


 どうやら、俺の顔をおぼえていなかったようだ。


 確かに仕事で忙しく、数回しか顔を合わせていないけれど、それはないだろう。


 俺はその(元)婚約者、いやダメ男の襟首をつかみ上げた。


「きさま! よくも俺の妹を傷つけてくれたな! 百回死ね!」

「ぐはっ!」


 そして宣言通り、百回くらい頬を貼り倒した。


 任務で悪党を何度もしばき倒していたので、加減は分かっている。


 死なない程度にいためつけてやった。


 その後は、ロープでしばりあげて国で一番高い塔につるしておいた。


 途中で使用人がオロオロしているのが視界の隅に見えたが、彼等は俺をとめてこなかった。


 それどころか俺が睨んだら、逃げ出すヤツもいた。


 人望ないんだなこいつ、と思った。


 けれど、そんな人間と妹に近づけてしまった俺は、なんて駄目な兄なんだ。






 ダメ男をロープでつるしてたっぷり恐怖心を味合わせた後は、猛獣の檻に放り込んでおいた。


 何年か前の任務で動物園から脱走した奴を捕まえて、その後大人しくさせるためにしばき倒したヤツだ。


 徹底的に教育しなおして、人間に(特に俺には)逆らわないようにしたため、他の任務でも役に立つ優秀なやつだ。


 猛獣は駄目男をしっかりおどしてやったらしい。


 なさけない悲鳴をあげて逃げ回っているヤツを見たら、少しすっきりした。


 そこまでやれば、俺になめた態度なんてとらないだろう。


 俺は「妹に謝れ!そしてお前がきせた濡れ衣をはらせ」と言った。


 ダメ男はよっぽど堪えたのか、その日のうちに全部やったようだった。


 まったく情けない男だ。男気なんてものありはしない。


 こんな奴と妹を婚約させるんじゃなかった。


 くっ、俺の見る目がなかったばかりに、妹に悲しい思いをさせてしまうなんて。


 妹がダメ男好きだっていうのを忘れていた。


 昔から、怒ると目の前の事以外見えなくなってしまう駄目な兄を、傍で見てきたせいかもしれない。


 俺のせいだ。


 しかし、妹の濡れ衣が晴れてよかった。


 もうじき始まろうとしていた妹の裁判も、なんとかなりそうだ。


 最愛の妹が、罪に問われる事はないだろう。

 でもまだだ。


 裁判中に、ダメ男が妹に不利な証言をしないかきちんとみはっておかないとな。


 元婚約者が浮気していた女は、とっくに愛想を尽かしたそうだ。


 噂では別の男に乗り換えたとか聞く。


 あのろくでもないダメ男も人を見る目がなかったっていうのは、少し微妙な気持ちになるが。






 俺達二人は、兄弟そろって支え合いながら今まで生きてきた。


 両親は人を疑ってはいけないと言い残して、幼い頃に流行り病で死んでしまったから。


 俺達はその遺言を守って生きてきたのだが、こんな事になるのは両親だって望んでいなかったはずだ。


 命の大切さも、なくなった人の想いを大切にすることの重要さも分かっている。


 任務でなくなった部下達や仲間の事を考えれば、それは一目瞭然だ。


 だが、俺達はきっとどこかで間違えたのだろうな。


「お前を困らせるヤツはお兄ちゃんが成敗してやった。もう大丈夫だからな」

「うん、ありがとうお兄ちゃん、ごめんね。私、とうぶん恋愛はしなくていいかな」


 全てが終わった後でも、妹は俺の腕の中でずっと泣いているのだから。



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