第8話 「Scrap Alley 」(開演3日前)
クリスマスも正月もあっという間に過ぎて日常を取り戻し、ただ働くだけの日々に戻った。
尾崎のコンサートまでやっとあと3日となった。長い間であったが待つしかなかった。そんな時、『尾崎文書4段』が発信された。
Dear クラクション達へ
こんにちは。
あと、3日まできたね。皆さんへお手紙を送るのはこれで最後です。
それで話しておかないといけないことがあるんだ。僕が黄泉に来たとき体の大きな人から聞かれたんだ。「だれに会いたい?」とね。僕はすぐに答えたよ。「ジョン」。小学生の時に飼っていた犬でね。雑種のメスで、僕はジョンにまたがりよく遊んだよ。その当時は放し飼いなんて普通でジョンも首輪も付けていなかった。ある日、ジョンが傷だらけで瀕死の状態で帰った。野良犬だと思われてどこかの大人にやられたんだと思う。それからは首輪を付けてチェーンで繫いたんだ。ジョンは10年生きたんだ。最後は看取ったよ。一晩中痙攣してがんばったけど死んじゃた。遊んでくれて、死ぬところまで見せてくれて大好きだったんだ。だからジョンと再会したときの嬉しさは……。
ごめんね。みんなに伝わるように話すよ。
今回のコンサートには3時間取っている。しかし実質2.5hで終える。残りの30分は参加してくれた人が亡くなってしまった、愛した人、会いたい人、ペット、生き物?に会う時間なんだ。5万人と会いたい人を合致させるには少なくとも2.5hはかかるんだ。だからその間、僕が歌わせて頂くというのが道理であり、望むことなんだ。わかってくれるかい。悩むとは思うけど今から会いたい人を胸に秘めといてほしい。必ず会えるから……残りの30分が本番なんだよ、大切に……では3日後。
Eternal Heart
「そういうことか……尾崎、よかったねジョンと会えて……」
僕は普通に考えたらお父さんなんだけど……なんかお父さんとはこの機会を逃してもいつか会える気がするんだよね……。
「……会いたい人がいる……」
僕は小学生の3年から6年まで新聞配達をしていた。雪の日は母とふたりで歩いて配った。当時は集金もしなければならなかった。
家の近くに塾があった。ご年配の赤石先生が開校されていた。見るからに裕福な家庭だった。僕はそこに通った。今度、先生の息子さんが結婚され若奥様が嫁がれるとの話を聞いた。しかしなかなか拝見することはできなかった。
ある寒風吹きすさぶ夜、アパートの住人の集金に手間取り、赤石先生の御自宅に集金に伺ったのは午後8時を回っていた。
「こんばんは。新聞の集金に来ました」
「は~い。お疲れさまです、いくらですか?」
「1980円です(ああ、この方が若奥様だ)」「はい、確認してください」その時、若奥様と僕の手が触れた。「まあ、冷たい!手を出して」すると若奥様は僕の霜焼けだらけの手を包み込み暫く温めてくれた。こんなことしてもらったことがなかったので小学5年生の男の子は何も言葉を発することはできなかった。「きれいだな、やさしいな、普通のお方とは違うな……」と夢心地。その体験は僕の女性への理想像となった。
中学生になってからはお会いすることもなくなり、若くして亡くなったと聞いた。玄関の木の香り、掃除の行き届いた土間。若奥様の気品。女性の香り。いまでもハッキリと脳裏に刻まれている。
「あの方に会いたい……小学5年生から40年来の思いだ」迷いは一切なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます