第6話 ファミレスの窓側奥の2テ―ブル目で

 飲食業界での仕事を長く続けていたから舌が肥えてしまって困る。店を選ぶ時、一回目は店構え等を見て入るから不味いとしても自分の責任ではない。ただし二回目からは自分の責任で入店しないといけない。

 ファミレスでステーキを食べながら赤ワインで流し込み、お母さんがいつからうつ状態になったのか思い返していた。今は味よりも考える時間と空間を必要とした。「お父さんが亡くなった後だな……」そんな気がした。

 母は60歳過ぎまで近くの鉄工所で働いていた。作業中に鉄骨が指に落ちたらしい。しかし指はなんともなかった。なぜか?結婚指輪が指を守り大きく変形していたのだ。お母さんが嬉しそうにお父さんが守ってくれているという話しを聞いたのを覚えている。まだあの時は元気だった。

 お父さんは62歳で死んだ。肝硬変だった。アル中だから仕方ない。黄疸が出て目も体も黄色になった。最後の3週間は姉が病院に泊まり掛けで看病した。あれだけ酒を飲みつづけた男が最後の一週間は酒をくれとは一言も言わなかった。いまでも不思議に思っている。最後の言葉は「みんな、なかよくね」だった。人はこんなに泣けるのかというくらい泣いた。

 ただ泣いてばかりいられなかった。当時は家で葬儀するのが当たり前の時代だったから家にある家具などを小屋に持っていったり襖を外したりと大変だった。そして兄が東京から初孫を連れて帰ってきてくれた。これで終わったのだと思った。

 葬儀の後、姉と私は風邪で寝込んだ。母だけは気丈に振る舞っていた。しかしその後くらいからだろうか。お母さんがおかしくなっていったのは……そして母の血に混じりこみ澄むことがない小さな破片が私のなかにも流れ込んでしまっているのを知るのはまだ後のことだ。


 残された者の大変さを知っているから死ねないのかもしれない。だからお母さんより先には死ねない。繰り返しになったね。


 その点では彼はどうだろうか?自殺したのか殺されたのかわからない。ただ、今もハッキリ覚えているのはあなたが死んだと報じられた後、姉が不機嫌に帰ってきてから自分の部屋に入るなり大きな声で泣き続けていたことだ。

 あなたは多くのファンを悲しみのどん底におとしめたことを涅槃でも忘れてはならない。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る