第4話
04
僕という人間を語るには、表を語る他ないように思う。
僕からすれば前世であり、曰く表。
つまるところ生前、高校三年生であった頃の僕を、僕は僕という人間を語るためにはまず、語らなければいけないだろう。
鋼坂私立東菓子高等学校。
三年一組。
男子。
曰く帰宅部。
友達は多い方。
愛読書、浦安鉄筋家族。友達の影響。
彼女、大鳥居 小都子。
好きな授業は歴史。しかし得意科目というわけではない。
得意な科目は体育。先生が好き。
愛車——ラブマシン、八千円、自転車。名は番長。お母さんが買ってきた。名前もお母さんがつけた。
四人家族。両親、姉、僕、四人暮らし。
僕はママっ子。姉はパパっ子。
姉の半裸で小都子と修羅場。
——いや、これ以上語ってしまうと、少々行き過ぎるか。
長々とした過去編が退屈だというのは、生前の僕にして心得ている。
死後の僕にしては、言わずもがなである。
死後——表の僕からしたら、今いる僕は死後の僕であり、この世界は天国か地獄の死後の世界という認識になるのだろうけれど、しかし今の僕は裏の僕であるからして、即ち今の僕からすればここは単なる世界ということになるわけで、死んでもいない、つまりあちら——表の僕に対して僕は、全くの同一人物だと認識を引き締めていくべきだと感じている。
ここまでが、だいたいにしておよそ約十五分で僕が整理できた最低限。
整理はできたのだけど、しかし整頓はされていないというような、少しモヤモヤする、居心地の悪いこの感覚。
十五分も時間があってこれだけかと、まるで見当違い甚だしいことを思われるかもしれないが、しかし以上が僕の精一杯。
なにせ混乱しているのだ。
当たり前だろう。
というか、僕が整理しなければいけないのは、先ほどの、本当につい先ほど起きた出来事なんじゃないのか。
生前の死の際とか、視界が開けたと思った矢先の女性が言っていたこととか。
なによりも、あの最後だろう。目の前で状況が行われただけに、強烈に過ぎるインパクトが今も硬い感触を連れて僕に想起を促している。
まるで常識外れ、マジックなんてとんでもない。
種や仕掛けがまるでない。
理の介在だって疑ってしまうような。
僕の身にいったいなにが起こったのか。
答えとしてはとてもシンプルで、言ってしまえば、僕からして瞬間移動。
つまり僕はワープしたのだ。この場所に。
あの人の随分と長い、まるで授業のような一人芝居の末に、僕に一枚の紙を渡してきた。板書を取っていなかった僕にノートを渡したとは、まさか言うまい。
金色の紙。その紙を手に取った途端、急に景色が流れ出し、現在僕がいるお城めいた座敷の大広間に通された——というよりは、叩き出されたかんじである。
ちなみにその金色の紙はというと、僕をここに通すとすぐに、この一室の内の一枚の襖となった。
その襖が壁一面を囲う豪奢なお座敷。
僕の口から言うとどうやら陳腐に聞こえてしまうかもしれないけれど、この大広間に対して僕が最初に受けた印象はそう、大奥というかんじ。そう、あの大奥だ。
襖一面が大きな一枚絵となっていて、その迫力に思わず見入ってしまう。
装飾品の一切が見受けられない。あえてその類を嫌ったのだろう。
しかしそれでもこの一室は、豪奢だと感じた。贅沢だと思った。
誤解を恐れず言えば、本物だと思った。
まあ、あんな魔法みたいなことを目にしたあとでは、今僕がいるこの場所だって疑ってかかってしまうのだけど。
それこそ本物の魔法なのかもしれないが。
「——おう、俺の座敷に客か?あの魔女も計らうようになったじゃねえの」
僕自身くだらないと思われる思考の一端を、突如として
驚くことにその声は僕の背中側から発せられたようだった。
——この室内には僕しかいなかったはずなのに。
僕は振り返る。
いや全然、まるで緊張感なく、上半身を横に捻った。
「久方ぶりに過ぎるくらいには、随分間の空いた客だからな。手厚く歓迎するぜ」
——まあ、座れや。人間。
言われて僕は、おずおずと席に座する。
『俺の座敷に客か』なんて言われて、実際僕は期待していたのかもしれない。
先ほど僕はここを大奥みたいだなんて、おかしなたとえをしたけれど、まさか的を射るたとえをしていたと、僕自身驚いてしまったくらいだ。
まあ実際には的を射るどころか、的そのものが消えてなくなったくらい衝撃的だったのだけれど、しかし正直な話、お座敷という単語一つに心踊らされていたのは認めざるをえないだろう。
お座敷、そこから僕が連想したのはそう、大奥が如く、ワクワク将軍様体験である。
以上より詳細に語る必要はないだろう。
察してほしい。
まあ、そんなウキウキワクワクな僕が念願の対面を果たしたのは、全くの期待外れだったことは、僕の反応からして言うまでもない。
いや、状況によっては、僕は飛んで喜んでいたかもしれない。
長い体躯に四本足。
輝かしい藍の光沢を放つ、僕の手の平くらいはあるだろう大きな鱗。
腹面から足にかけて生える草原のような青白い軟毛。
顎の突き出た顔面の左右から勇猛が如き二本髭。
そして、なにより僕の目を引き付けたのは、分厚い瞼の奥にある、夜更けの湖畔を彷彿させる、いくら凝らしても瞳孔の見られない深青の瞳。
日本昔話、オープニング、あんなかんじ。
「どうした。肉はレアだろう」
僕は龍と肉を焼く。
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